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 パテントに関する専門用語
  

 No:  1123   

訂正審判CS(実質上の拡張1)/特許出願

 
体系 審判など
用語

訂正審判のケーススタディ(実質上の拡張1)

意味  特許請求の範囲の実質的な拡張とは、一見したところ特許請求の範囲の減縮・釈明・誤記訂正のようでありながら、実際には訂正前の特許権の効力を超えて特許請求の範囲を拡張することを言います。


内容 @実質上の拡張の意義

(a)無体物である発明を明細書や特許請求の範囲に文章化することは一般に困難であるため、その記載事項の不備を是正する手段として、特許出願人には出願書類(明細書・特許請求の範囲・図面等)の補正が、また特許権者には、訂正審判或いは無効審判の審理における訂正請求がそれぞれ求められています。

(b)最も後者の場合には、既に独占排他権が発生しているため、第三者の利益を害するような形で明細書等の訂正が認められるべきではありません。そうした趣旨から、訂正の目的は、特許請求の範囲の減縮・誤記の訂正・不明瞭な記載の釈明に限られています。

(c)しかしながら、一見したところ文言の追加により特許請求の範囲を減縮しているようでも、実際には特許請求の範囲が技術的に拡張されている場合があります。ここではこうした事例を紹介します。

A実質上の拡張の内容

[事件の表示]昭和41年(行ツ)第1号(最高裁)

[事件の種類](訂正審判)審決取消訴訟・請求棄却

[判決の言い渡し日]昭和13年10月27日

[発明の名称]フェノチアジン誘導体製法

[訂正前の請求の範囲]

 「式{…記載を省略する…}

 (式中乙はアシル基、XおよびYはいずれも水素であるかいずれか一方が水素で他が低級アルキル基またはハロゲンのごとき1価の置換分を意味する。)

 なるアシフエノチアジン化合物を、場合により金属附与剤の存在下に、式

                   
zu

(式中Aは分枝を有するアルキレン基、R
1とR2はアルキル基または場合により分枝を有するアルキレン鎖でこれらは自体であるいは鎖Aの炭素原子と共に場合により置換分を有するピペリヂン、ピロリドン、モルフオリンまたはピペラヂンのごとき窒素含有5員環または6員環をなすことがある基を意味する。)

 なる塩基性アルコールのハロゲニドと反応せしめることを特徴とする式{…記載を省略する…}

 (式中X、Y、Z、A、R
1およびR2は前記と同一の意味を有する。)なるフエノチアジン誘導体の製法。」

[請求した訂正の内容]

 前述の「Aは分枝を有するアルキレン基」を、「Aは分枝を有することあるアルキレン基」とすること。

[訂正審判請求人の主張の要点]

(a)次の事実に照らすと、特許出願人が請求の範囲に「Aは分枝を有するアルキレン基」と記載したのは誤記であることが明らかである。

・化合物Aについては、特許請求の範囲には「Aは分枝を有するアルキレン基」」と記載されているが、発明の詳細な説明の欄には「Aは分枝を有することあるアルキレン基」と記載されていること、

・明細書中の全実施例52例中46例まで分枝を有しないアルキレン基に係るものが示されていること。

・その46例には第1実施例が含まれており、大事な実施例を最初の方に記載することは特許出願人にとって常道であること。

(b)訂正が実質的な拡張・変更であってはならない旨の規定は、第三者保護の見地から、発明の詳細な記載に全然記載のない事項を特許請求の範囲に持ち込むようなものであってはならないと解釈するべきであり、発明の基本的思想の同一性に基づいてこれを定めるべきである。本件の明細書では、式中のAの実質が”分枝を有しないアルキレン基”であり、“分枝を有するアルキレン基”はむしろ副次的なものであるから、前記訂正は実質的な拡張・変更には該当しないと考えるべきである。

zu

[裁判所の判断]

(a)“訂正が特許請求の範囲の実質的な拡張・変更であってはならない。”とは、特許請求の範囲に記載された事項の内容・性質等を拡張または変更すること、すなわち、訂正前と訂正後とで特許権の効力の及ぶ限界に差異を生ずることは許さない意と解すべきであることと解すべきである。

(b)特許請求の範囲に記載された「分枝を有することあるアルキレン基」とは、「分枝を有するアルキレン基」の他に「分枝を有しないアルキレン基」を含む概念であるから、前述の訂正は発明の範囲に「分枝を有しないアルキレン基」を附加し、用語の意味が広がることになる。

(c)また当業者であれば、特許請求の範囲中の「分枝を有するアルキレン基」が「分枝を有することあるアルキレン基」の誤記であると解されるという事実もない。
 (原告は、分枝を有しないアルキレン基の実施態様の方が重要であると主張するが)“分枝を有するアルキレン基”でも同種の効果を奏することは原告自身認めることであり、“分枝を有することあるアルキレン基”の方がより良い効果を収めるということに過ぎない。

(d)原告は、明細書に記載された発明との同一性があれば実質的な拡張・変更と解釈するべきではない旨を主張するが、特許出願の際に特許請求の範囲に“発明の構成に欠くことのできない事項”(※)を記載させ、かつ特許発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載により定めるとした法律の趣旨から、明細書の記載と特許請求の範囲の記載とを同列に語ることはできない。従って原告の主張は採用できない。

※これは当時の記載要件です。現時点では“特許出願人が発明の特定に必要と認める事項”を記載すべきとされています。

[コメント]

(a)本来誤記の訂正というのは、例えば特許請求の範囲中の「分岐を有するアルキレン基」のうちの「分岐」を「分岐」と訂正するというという如きものであると考えます。

 “分岐”は“道などが分かれること”であり、“枝が分かれる”とは意味が異なるために「分岐を有するアルキレン基」という構成要件は技術的意義が不明確です。技術常識で判断すれば「枝」を「岐」と書き間違えたのだろうと当業者なら理解できるので、訂正を認めても“特許権の効力の限界”に差異を生ずることはありません。

(b)他方、本件の「分枝を有するアルキレン基」は技術的意義が明確であり、誤記と伺える不自然さはないので、当業者は書いてある通りに特許発明の範囲を理解する筈です。

(c)明細書に記載されている実施例の大半は“分枝を有しないアルキレン基”であり、そちらの方が優れた効果を奏すると言っても、

・特許出願人が審査において先行技術を回避するために主要な実施例を特許請求の範囲から除外することはよくあることであり、

・そもそも“分枝を有することあるアルキレン基”という表現が一般的ではないため、

 それが誤記であると当業者が当然に理解するとは言えません。従ってそうした訂正を認めることは、特許請求の範囲の表示を信じる一般第三者の利益を害することになります。


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