パテントに関する専門用語
  

 No:  1124   

訂正審判CS(実質上の変更1)/特許出願

 
体系 審判など
用語

訂正審判のケーススタディ(実質上の変更1)

意味  特許請求の範囲の実質的な変更とは、一見したところ特許請求の範囲の減縮・釈明・誤記訂正のようでありながら、実際には訂正前の特許権の効力を超えて特許請求の範囲を変更することを言います。


内容 ①実質上の変更の意義

(a)特許権者に特許請求の範囲・明細書・図面の訂正を認める理由は、技術的思想の創作である発明を文章にすることは困難であるために不完全な記載となることが少なからずあり、不完全な記載のままにしておくことは、特許出願当初に完成した特許に係る新規な工業的発明を正確に開示するというこれら明細書などの書面の本来の使命にもとることになります。

 特許権者に訂正を認める理由は、特許出願人に明細書等の補正を認める理由と重なる者です。しかしながら、特許出願に対して特許権の設定登録が行われた後には独占排他権が発生しており、その権利範囲を妄りに変更することは、善意の第三者の利益を害することになります。

 当該独占排他権が生じていない段階(特許出願が出願公告に付される法制の下では当該出願公告前)には、発明の要旨(発明の同一性)を害しない範囲で特許出願人の補正を認めるという規定を過去の特許法は採用していましたが、それと同じ基準で特許請求の範囲の訂正を認めることは到底できません。

 明細書・図面の内容を理解している特許庁の審査官及び特許出願人にとっては直ちに誤記と判る程度のことであっても、第三者にとっては判らないこともあります。

 そこで特許請求の範囲の表示を信頼する第三者の利益を害することを防止するために実質的な拡張・変更とならない範囲で訂正を認める旨の規定がおかれました。

②実質上の拡張の内容 

[事件の表示]昭和41年(行ツ)第46号(審決取消・最高裁)

[事件の種類](訂正審判)審決取消訴訟・請求棄却

[判決の言い渡し日]昭和47年12月14日

[発明の名称]あられ菓子の製造方法

[訂正前の請求の範囲]

 常法により搗き上げた餅生地を規定の容器に充填して約3日間3乃至5度Fの冷気中に冷蔵する第一工程と,

 該冷凍餅生地を取出してこれを各種形状の小片に截断し且つ一旦乾燥後これに短時間赤外線を照射した後焼上げる第二工程と,

 この焼上げたものにこれを攪拌しつゝ予め短時間煮沸したサラダ油を噴付けつゝ食塩及び調味料を振りかけした後,再び乾燥せしめる第三工程との結合を特徴とするあられ菓子の製造方法。

[請求した訂正の内容]

 「3乃至5°F」を「3乃至5C°」と訂正する。



[発明の詳細な説明(要旨)]

(イ)本発明は長期間軟化黴生することなく軽く然も風味と栄養を具有するあられ菓子を提供しようとするものである。

(ロ)従来の従来のあられ菓子は餅生地を直ちに細片としてこれに醤油・食塩・食用油等を配合したものを塗布滲潤せしめた後焼成したものですが、塗布した醤油,食塩,食用油が内芯まで滲透しているので湿気を呼び易く、時日を経ると軟化したり微生や腐敗し易い欠点があるなどの不利があった。

(ロ)本発明はこうした不利益を防止することを目的としており、餅生地を容器内に充填してこれを3乃至5度Fの冷気中に於て約3日間冷凍させ、容器から取り出した冷凍した餅生地を各種形状に截断して小片としたものを天日若しくは火力で乾燥させ、更に赤外線照射を加えて後焼成し、この焼成小片を攪拌しつゝ煮沸したサラダ油を噴霧し且つこの際適量の食塩と調味料を振りかけ、再び天日若しくは火力で乾燥するあられ菓子の製造方法である。

(ハ)すなわち、本発明では常法による搗き上げた餅生地を先ず約3乃至5度Fの冷気中に約70時間冷蔵することにより餅生地の組織は全体が均一に安定すると共に緻密となりかつ耐寒性を具有するに至り,従って寒気による硬化及び餅肌に亀裂を生じないようになり,然してこの緻密均質化された餅生地を各種形状に截断し且つ一旦乾燥せしめた後これに短時間赤外線を照射することにより爾後常法による焼成の際生地の組織内芯部に火熱を充分に吸収して生地の外肌に過度の焼焦を生ずることなからしめると共に全体を均等に膨くらむと焼成し頗る軽く焼き上げしめる効果をもたらすものである。

(ニ)本発明に於て餅生地を予め約3乃至5度Fに於て冷蔵することは生地組織を適度に緻密化するためであって,従ってその冷蔵温度に於て上記以上の温度の場合は生地組織に締りを欠き且つ焼成時の膨みを阻害すると共に雑菌類を侵入し易く又上記温度以下の場合組織が冷結して水分が過度に除かれるので截断し悪く且つ組織が破壊し易くなると共に焼成時膨み困難となるので本発明所期の効果を得られないものである。

[訂正審判請求人の主張の要点]

(a)本件明細書の全文を通じて実質的に発明を解釈することなく、「3乃至5°F」を「3乃至5°C」と訂正することは発明の構成に欠くことのできない事項(現行法の発明特定事項)の一つの変更であると原判決が形式的に判断したのは違法である。

[裁判所の判断]

(a)特許出願に際し、「特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならないもの」とし(旧特許法第36条第5項)、「特許発明の技術的範囲は…特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」(特許法第70条第1項)と規定されていることから、特許請求の範囲に占める重要性は、明細書の発明の詳細な説明の欄や図面と同一に論ずることはできない。

(b)訂正の審判が確定したときの訂正の効果は特許出願の当初に遡って生じ、訂正後の特許権の効力は、当業者その他の不特定多数の一般第三者に及ぶものであるから、訂正の拒否の判断は特に慎重でなければならない。

(d)本件訂正に関しては次の事情が認定される。

・本件特許請求の範囲に記載された第一工程中の餅生地の冷蔵温度を「3乃至5度F」とする記載はそれ自体きわめて明瞭であって、明細書の記載を参照しなければ理解できないものではないこと。

・「3乃至5°F」と「3乃至5°C」との差は顕著で、その温度差はその後の工程を経た焼成品に著しい差異を及ぼすこと。

・(特許請求の範囲を含む)明細書の全文を通じて(※)一貫して「3乃至5°F」と記載されており、当業者であれば容易にその誤記であることに気付いて、「3乃至5°C」の趣旨に理解するのが当然であるとはいえない。

(※)この当時の法律では、特許出願の願書の添付書類は明細書・図面であり、特許請求の範囲は明細書の記載事項の一つという扱いでした。

(e)以上のことからすれば、(特許出願を行った)上告人の立場からすれば、「3乃至5°F」が誤記であることは明らかではないとしても、一般第三者との関係では到底これを同一に論ずることはできず、結局、「3乃至5°F」と記載したのが本件特許請求の範囲と言わざるをえないのである。

[コメント]

(a)本件判決のポイントは、特許権者(特許出願人)の立場から誤記であることが明らかでも実質的な変更でないとは言えないということです。一般第三者の立場からは誤記であることが明らかであるとは言えないとは言えないということです。

 「3乃至5°F」は、餅生地を適度に緻密化するための冷蔵温度として特許請求の範囲に規定されており、この数字は特許出願人の発明に固有の情報です。

 「3乃至5°F」はほぼマイナス16.1度乃至マイナス15.1度Cに相当しています。

 これほどの低温で餅生地を冷蔵することに不自然さを感じる当業者はいるかもしれませんが、必ずしも誤記であることが明らかであるとまでは言えず、百歩譲って誤記であると認識できたとしても、摂氏(°C)を華氏(°F)に誤記したということは分かりません。なぜなら、明細書全体を通じて「3乃至5°F」という要件で統一されており、特許出願人の認識する本来の温度条件を理解できないからです。

 従って前記訂正が実質上の拡張に相当するという判断は妥当であります。


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