内容 |
@隠れた瑕疵の意義
(a)民法570条によれば、売買等の有償契約において、その目的である物自体に隠れた瑕疵がある場合には、その瑕疵があることを知らなかった買主に対して売主は、いわゆる瑕疵担保責任を負います。
すなわち、損害賠償責任を負い、特に売買の目的を達成することができないときには契約の解除を請求されるという責任を負うのです。
(b)何が“隠れた瑕疵”であるかは契約の目的によります。
(c)特許ライセンス契約の場合には、特許出願に係る発明又は特許発明に技術的な欠点があったとしても、契約の解約に結び付くものではありません。新たに開発された技術というものは通常何等かの欠点があり、それを開発しようとして、次の投資・研究・特許出願がなされ、技術が発展していくからです。しかしながら、実用的な実施が不可能という程度の瑕疵が存在するときには、“隠れた瑕疵”を理由として、契約が解除される場合があります。そうした事例を紹介します。
A隠れた瑕疵の事例の内容
[事件の表示]昭和56年(ワ)第891号
[事件の種類]不当利得金返還等請求事件(請求認容)
[判決の言い渡し日]昭和56年(ワ)第891号
[発明の名称]「ゴム並びに合成樹脂等に係る微粒子状気泡の安定分散制禦技術」(以下「マンダラ技術」という)
[事件の経緯]
(a)被告は、昭和五五年二月一三日、画期的なソリッドラバーの超加硫技術の開発に成功したので国内外の大手ゴム企業への技術供与に応じる旨発表し、業界誌もこぞってこれを掲載したが、その要旨は次のとおりであった。
・被告の開発した新技術では同じ質量の原料ゴムから平均約三〇倍、最高四〇倍もの高発泡体を倍増することができ、発泡倍率も自由に調節することができる。
・被告の開発した新技術により得られる発泡体は超微粒子状の気泡が均一に混在して(マイクロセル状)いる。
・従来の公知技術では加硫前に必要とされた通常約二四時間の熟成期間が不要となり、原料配合工程の大幅な短縮が可能である。
・被告の開発した新技術は原料ゴムの配合技術と新たに開発された特殊な発泡剤の使用により可能となったもので、発泡してボリュームを大きくする発泡システムとは異なり、倍率により物性は変化するものの、ソリッドラバーとしてゴム原料を有効利用することを目的とする技術である。
(b)原告は、新聞発表された新技術の情報を得るべく、昭和五五年三月一四日、同年三月二六日、被告会社の担当者と面接を行い、被告側からは新技術がマンダラ技術と呼ばれるゴム製造に関する画期的技術である旨の説明を受け、同年五月二〇日、工場見学をしたが、それらを通じて得た情報は前記報道を肯定するものでした。
(c)原告と被告とは昭和五五年六月五日次の契約を締結しました。
・被告は原告に対し、日本国内に限りマンダラ技術(ゴム並びに合成樹脂等に係る微粒子状気泡の安定分散制禦技術、世界各国特許出願済)を使用してライセンス製品(各種工業用ゴム板製品並びにゴム成型製品でマンダラ技術の範囲に該当する諸製品)を製造、販売する非独占的ライセンスを許諾する。
・原告は被告に対し、契約金を現金で本契約時に、マンダラ技術の特許出願に対して特許権が成立した時にそれぞれ一時金を支払い、さらに改めて原・被告間の協議により締結する契約において生産量に対して一定割合のランニングロイヤリティーを支払う。
・技術指導に係る旅費その他の諸費用については原告が必要の都度被告に支払う。
・原告から被告に対し、本契約に基づき与えるマンダラ技術に関する全ての資料及び原告がマンダラ技術に関連して創造した全ての技術改良の一切を第三者に対して秘密とする。
・契約の有効期間は契約締結の日から一〇年間とする。マンダラ技術の特許出願に対して特許が成立した時は特許権有効期間満了の時までとする。
(d)なお、被告はマンダラ技術に関連して、
昭和五四年五月二八日に、低密度合成樹脂気泡体(特にエチレン―酢酸ビニル共重合体の低密度合成樹脂気泡体)の製法を特許出願し、
また昭和五五年二月八日に、高発泡・低密度ゴム気泡体を特許出願しており、
前者については昭和五七年三月五日に出願公告されて昭和五九年三月一二日に登録されるに至ったが、後者については特許法二九条一項三号の公知技術に該当するとして昭和五八年八月一九日付で特許庁審判官により拒絶査定がなされています。
(e)原告は、昭和五五年六月一一日に前記契約に従って所定の金員を支払い、同月一九日から同月二七日に亘ってノウハウ開示書面を受領しました。しかしながら、その内容に従って実験をしても、極端な収縮が生じ(線収縮率が47%)、そのままではソリッドラバーとしてゴム原料を有効利用するという技術目的が達成できませんでした。
(f)原告は、被告に対してその旨を申し向け、同年七月一六日頃に被告からマンダラ技術の収縮率の改善策を提供されたものの依然として収縮率が高く(20〜29%)問題が解決されないため、昭和五五年一〇月一六日に被告に対してさらに約定通りの技術の提供を求め、これに対して、被告が契約に基づく技術の提供は終了していると回答したために、本件訴訟に至りました。
[原告の主張]
被告はマンダラ技術による前記4の超微粒子状の高倍増のゴム発泡体の生成及びこれを利用したライセンス製品の製造がいずれも不可能であることを知りつつ、もしくはノウハウの売主としてこれを知るべきにもかかわらず重大な過失によりこれを知らず、右高倍増のゴム発泡体及びライセンス製品の製造が可能として原告をして本件契約締結に至らしめたもので、原告に対して不法行為責任を負う。
[被告の主張]
マンダラ技術は、加硫反応と発泡剤の分解反応のバランス化を図り、ゴム系各種発泡体における微粒子状気泡の安定分散制禦を可能とした発泡に関する技術であって、一旦発泡したゴム発泡体に必然的に伴う収縮の防止技術ではなく、その有効性は高倍増のゴム発泡体が得られるか否かにあり、仮に収縮があっても、結果としてなお従前の公知技術では得ることのできない高倍増体が得られるならば、技術思想としての実施可能性を有するというべきで、被告は昭和五五年六月一二日から同月二七日までの間に、文書もしくは口頭により被告が開発したマンダラ技術のすべてを開示しており、本件契約に基づく債務は履行ずみである。
[裁判所の判断]
マンダラ技術についての業界誌の報道、原・被告間の本件契約締結に至る経緯とその間の被告側の説明、本件契約が原告の営業目的である工業用ゴム板製品並びにゴム成型製品をライセンス製品に指定してこれにマンダラ技術を適用することを目的とするノウハウ実施許諾契約であり、ロイヤリティーの支払も別途予定されていたことによれば、被告は原告の右ライセンス製品に使用しうるノウハウを供与したものであるから、供与されるノウハウが技術的に実施可能なものとする義務を負うというべきところ、被告が原告に開示ずみのマンダラ技術に関する諸資料では、それに従って同技術を実施したところで右ライセンス製品に必要とされる収縮率が得られないところからすると、マンダラ技術を原告のライセンス製品に適用しても、安定した高倍増のゴム発泡体を組成するに足る技術的実施可能性を欠いていたと認めるのが相当であり、被告が原告に供与したノウハウは瑕疵のある技術であったというべきである。とすると本件契約の目的とされたノウハウには契約目的を達成しえない隠れた瑕疵があるといわなければならない。
|