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@特許の活用策・保全の必要性の意義
特許出願が実体的審査(新規性・進歩性等の審査)をパスして特許を付与されると、独占排他権である特許権が発生します。
この特許権の効力は、特許発明を業として実施する権利を専有することであり、特許発明が装置である場合には、当該装置の製造者だけでなく、当該装置を業として使用する事業者(末端ユーザー)にも及びます。
特許権者としては、被疑侵害品である装置の製造者に対して製造の停止を、また当該装置の末端ユーザーに対して使用の停止を求めて、差止請求訴訟をそれぞれ提起することができ、またそれらの行為を停止することを求める仮処分を申請することができます。
このように特許の活用を図ることで、市場での独占的利益を確保するためです。
しかしながら、前記装置の末端ユーザーの事業に当該装置の使用が必須であり、それを使用しないと、事業が停止してしまうような場合には、そうした仮処分の命令を出すことで前記末端ユーザーが受ける不利益は、重大なものになるおそれがあります。
しかも特許侵害訴訟では、特許出願前の公知であった先行技術から当業者が特許発明を容易に発明できたこと(進歩性の欠如)などの事情により、侵害の成否が左右されるという特殊性があり、末端ユーザーへの仮処分命令が出された後に、装置の製造者が特許権者との訴訟に勝訴するようなことがあれば、末端ユーザーとしてはたまったものではありません。
こうした場合に、仮処分を認めることが妥当かどうかが争点となった事例を紹介します。
A特許の活用策・保全の必要性の事例の内容
[事件の表示]昭和56年(ヨ)第215号
[事件の種類]実用新案権侵害禁止仮処分申請事件(却下)
[考案の名称]ゴルフコース用ゴルフバッグ搬送循環軌道装置
[保全の必要性の論点]
[事件の経緯]
(a)申請人は、“ゴルフコース用ゴルフバッグ搬送循環軌道装置”と称する考案に関して実用新案権(登録番号)を有している。
(b)被申請人は、本件装置の製造者(申請外)が製造した装置を業として使用しており、申請者は、被申請人がこの装置を使用してはならない旨の仮処分の裁判を求めた。
(c)なお、申請人は、債権者は、本件実用新案権について、既に、本件装置の製造者(申請外)を相手として大阪地方裁判所に本案並びに仮処分事件を提起し、また、本件債務者を相手として当庁に本案事件(当庁、昭和五六年(ワ)第四九四号)を提起している。
[裁判所の判断]
(a)債権者は本件実用新案権が単なる運搬装置としてのモノレールの転用ではなく、ゴルフコースにおいてプレーヤーの移動に随伴してゴルフバツグを搬送する目的でモノレールを利用する考案であってその点に新規性があり、従来のゴルフコースで用いられたゴルフバツグの搬送方法に比し進歩性があり、債務者の本件装置は本件実用新案権の範囲に属すると主張するに対し、債務者は本件実用新案権の権利範囲はその出願当時の技術水準を考慮すればその公報に実施例として記載されたものに限定されるべきであり債務者の本件装置は本件実用新案権の権利範囲に属しないと主張する。従って、本件実用新案権の範囲については慎重な審理を尽して判断される必要がある。
なお、債権者は、本件装置の製造者を相手方として侵害訴訟を提起しており、同種争点を廻って争っている。
(b)本件においては債権者は本件実用新案権を被保全権利として債務者に対し債務者の本件装置の使用を禁止し、その占有を排除すること、いわば、権利の終局的実現を求めている(断行の仮処分)ので、被保全権利に関する判断をひとまずおいて、保全の必要性について判断することとする。
(c)本件のように仮の地位を定める仮処分における保全の必要性は、権利関係が確定しないために債権者に生ずる著しい損害を避け、又は債務者による急迫な強暴を防ぐなどの理由で、暫定的な地位を形成して権利関係を規整する必要がある場合に認められるべきものであるが、その認定に際しては、単に債権者側の受ける利益(仮の地位が得られないことにより蒙る損害)のみならず、仮処分を命ずることにより債務者側に生ずるであろう不利益(仮の地位を免れることにより得られる利益)をも勘案し、後者に比べて前者が著しく大きい場合にはじめて積極的に解されるべきものであり、とりわけ、いわゆる断行の仮処分にあっては、この判断は慎重でなければならない。
(c)右疎明事実2及び4によれば、申請の趣旨記載のとおり、債務者が本件装置の使用を禁止されたとすれば、債務者が甚大な損害を蒙ることが明らかであり、最悪の場合には存立そのものが危くなって倒産に至ることも十分に予想されるところである。
これに対し、本件仮処分を認容されることによる債権者の利益としては、本件実用新案権の存続期間(実用新案法一五条)中における、権利侵害の停止であり、これを認容されないことによる債権者の損害としては右疎明事実1及び3によって明らかなとおり債務者が最終的ユーザーの立場にあることに照すと、せいぜい、モノレールシステム一式を売却した場合の得べかりし利益か、実用新案権の存続期間における実施料相当額(それも、せいぜい年間で実施品価格の数パーセントであることは公知の事実である。)を回収し得ないことにとどまるものというべく、それにしても債務者の規模からして、その支払が将来においては不可能ないし困難であるとは、到底考えられない。従って、債権者の受ける利益も右のように限定されたものという他ない。債権者はこの点について、使用禁止がなされない場合は、他のゴルフ場も債務者を見習って、債権者以外からモノレールシステムを購入する虞れがあると主張するが、右は債務者の行為とは直接関係しない、一般予防的な見地から自己の損害を主張するもので、私法上の保全の必要性の概念には含まれないというべきである。
そうだとすると、本件仮処分を認容する場合に債務者が蒙る損害と、債権者が受ける利益との間に、後者が前者をはるかに凌駕する関係が存しないばかりか、かえって著しいアンバランスが存すること明らかであり、前述したところから、かかる場合には保全の必要性を認めるべきものではないと解するのが相当である。
[コメント]
(a)本件は、
・仮処分の相手方(被申請人)が係争物である装置の末端的ユーザーであること、
・当該装置の製造者(申請外)を相手方にして対して侵害訴訟が提起されていること、
・進歩性を巡って権利範囲の解釈に争いがあること
を前提として、仮処分命令を出したときに申請人が受ける利益に比べて、被申請人が受ける不利益が過剰である場合には、仮処分の申請を却下するべきと判断された事例です。
(b)なお、裁判所の判断中、“債務者は本件実用新案権の権利範囲はその出願当時の技術水準を考慮すればその公報に実施例として記載されたものに限定されるべきであり”という文章があります。これは、いわゆるキルビー判決(特許に明らかな無効理由があるときにその権利を行使することは権利濫用になり、許されない)により判例の変更がある前の解釈手法であり、今日においては一般的ではありません。
同様の訴訟が現在提起されたとすれば、実施例限定説に代えて特許無効の抗弁が行われるだけで、仮処分申請事件の裁判に関しては同じ結論に至るものと思われます。
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