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●平17(行ケ)10490号


技術的思想を軽視した設計変更/設計変更/進歩性

 [事件の概要]
@Xは、「紙葉類識別装置の光学検出部」について特許出願を行い、拒絶査定を受けたので、拒絶不服審判を請求し、さらに拒絶審決を受けて、審決取消訴訟を提訴しました。

A「紙葉類」とは紙幣などのことです。「紙葉類識別装置」は、主に自動販売機に用いられるもので、紙幣の異常(紙幣の一部をくり抜いて他の種類の紙幣を貼り合せたり、紙幣を長手方向に切断して切断部に白紙を貼り合せるような悪戯)を検知する装置です。従来は、紙幣の両側に発光素子及び受光素子を配して、発光素子から紙幣を透過して受光素子に入る光を、基準値と比較して、異常を検出していました。しかしそれでは複数箇所を検出するときに、複数組の発光素子及び受光素子が必要となり、紙葉類識別装置が嵩張ることで自動販売機のサイズも大きくなり、車道側へはみ出すおそれがあります。

BXの発明の目的は、限られた設備スペースに設置でき、紙葉類から効率良く光学的データをサンプリングし得る紙葉類識別装置の光学検出部を提供することです。

CXの発明の構成は、“所定方向に搬送される紙葉類の一部に照射する照射光を発光する発光素子LS1、LS2と、前記照射光が前記紙葉類の一部を透過した透過光を前記所定方向とは交叉する方向で該紙葉類の一部とは異なる他部に照射されるように光学的に結合する導光部材6a、6bと、前記紙葉類の他部を透過した透過光を受光する受光素子LR1、LR2とを含み、前記発光素子,前記導光部材,及び前記受光素子は前記紙葉類を搬送するための搬送通路3近傍の異なる位置に配置されて成ることを特徴とする紙葉類識別装置の光学検出部”です。

D審決では、引用例及び乙1公報・乙2公報から本件発明に容易に想到できると判断されました。引用例は、発光素子6と導光手段12と受光素子7とを用いて複数層の紙葉類を2度透過させ、その光量により紙葉類の積層状態を検知する装置です。紙葉類識別装置に関しては乙1公報及び乙2公報により周知とされました。本件発明と引用例との一致点及び相違点は次の通りです。

 一致点:所定方向に搬送される紙葉類の一部に照射する照射光を発光する発光素子と,前記照射光が前記紙葉類の一部を透過した透過光を該紙葉類の一部とは異なる他部に照射されるように光学的に結合する導光部材と,前記紙葉類の他部を透過した透過光を受光する受光素子とを含み,発光素子,導光部材,及び受光素子は紙葉類を搬送するための搬送通路の異なる位置に配置されて成る光学検出部(=B)。

 相違点1:本願発明が,“紙葉類の一部を透過した透過光を前記所定方向とは交叉する方向で該紙葉類の一部とは異なる他部に照射される”』(=C)のに対し,引用例ではそうした事項が開示されていない点。

 相違点2:本願発明が“発光素子,前記導光部材,及び受光素子は前記紙葉類を搬送するための搬送通路近傍”に配置される(=D)のに対し,引用例はそうした事項を明示していない点。
相違点3:光学検出部が,本願発明では『紙葉類識別装置』用(=A)なのに対し,引用例では紙葉類の積層状態検知用(=A’)である点。

E訴訟における特許庁(Y)は、要するに、本件発明の構成(A+B+C+D)に対して、引用例にA’+Bの構成が開示されており、A’をAと置き換えることは乙1公報及び乙2公報から容易であり、Aの適用に伴い、C、Dの構成を適用することは単なる設計変更に過ぎないということです。


 [裁判所の判断]
@裁判所は、相違点1(引用例がCを有しないこと)と相違点3(AとA’との相違)とは技術的思想として関連するのだから、その関連性を考慮せずに個々にA’+B→A+Bが容易に想到できるか、Cを付加することが容易に想到できるかと分解して進歩性を判断することが不適である指摘しました。

A上述の技術的思想とは、検索ラインを2本とすることで2箇所の透過特性を合成することで、一対の発光素子及び受光素子で2箇所の異常を検知するということです。

Bそして裁判所は、A+Cの構成は、引用例にも乙1・乙2公報にも記載されていない新規の事項である、複数本の検出ラインの技術的思想を有しない引用例に、複数本の検索ラインの技術的思想を前提とし、一対の発光素子及び受光素子により一括して検出を行うCを付加することが単なる設計変更であると判断することはできない、と判断しました。


 [コメント]
 米国特許審査マニュアル(US MEPE)には(進歩性の判断において)“発明は全体として考慮されなければならない”(An invention be considered as a whole)旨が記載されていますが、本件判決中の“複数の相違点があるときの進歩性の判断においては、相違点相互の関係を考慮しなければならない。”も同様の趣旨と解釈されます。特許庁がCの付加自体を容易想到と判断した理由は容易に推察できます。引用例の図1では、たまたま紙葉類の2箇所の透過点が紙葉類の搬送方向に配列されていますが、紙葉類の積層状態を検知するという機能に鑑みて、その構成に特別の意味があったとは思えません。おそらく作図の都合上でそうしただけであり、2箇所の透過点を搬送方向以外の方向に配列することに創作力は必要ありません。しかしながら、そのことに囚われ過ぎては発明全体を見ることをおろそかにしてはいけないのであり、本件の場合、Cを付加するのは容易という先入観にとらわれて、これを、引用例にAを適用する(A’をAと置き換える)ことに伴う設計変更として位置付けてしまいました。A+Cの構成によって実現される技術的思想を無視して進歩性否定の論理を構築するのは、ハインドサイト(後知恵)であると理解されます。



 [特記事項]
 
 
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