[事件の概要] |
@甲は、「スロットマシン」の特許出願をし、この特許出願を親出願として、分割出願である本件特許出願をし、この本件特許出願に特許を受けました(第4523017号)。 A乙は上記特許に対して進歩性欠如を理由として特許無効審判を請求し、請求は成り立たないという審決を受けたために、本件審決取消訴訟を提訴しました。 B特許無効審判を本発明(請求項1)の内容を説明します。請求項の文章は、このレポートの末尾に付しますが、長いために特許出願の願書に添付した特許請求の範囲から所要事項を抜粋して説明します。 (ア)本発明の対象は、スロットマシンです。 (イ)このスロットマシンは、一ゲーム毎に、各々が識別可能な複数種類の識別情報(例えばスイカ・チェリーなどの絵柄)を変動表示可能な可変表示装置(リール)の表示結果が表示され、その表示結果に応じて入賞が発生することで遊ぶもので、この遊技の制御を行う遊技制御手段を備えています。 (ロ)この遊技制御手段は、データ記憶手段と、初期化手段とを含んでいます。 (ハ)この初期化手段は、1ゲーム毎にデータ記憶手段のうちで、一定の動作を行うためのデータを記憶したワーク領域だけでなく、データを書き込んでいない未使用領域も初期化します。これは未使用領域に不正なプログラムが書き込まれることを阻止するためです。 (ニ)初期化は、複数の初期化条件のいずれかが成立したときに実行されます。 (ホ)ここまでは、本件発明のスロットマシンの基本的構成であり、さらに次の特徴を有しています。 第1の特徴は、データ記憶手段には、記憶領域を特定するアドレスが割り当てられていることです(以下「構成要件C」という)。 第2の特徴は、前記初期化手段は、2種類以上の初期化条件の種類に対応して前記データ記憶手段における初期化開始アドレスがそれぞれ設定されるとともに、該2種類以上の初期化条件に共通する一の初期化終了アドレスが設定された初期化領域設定手段を含み、前記2種類以上の初期化条件のうちいずれかの初期化条件が成立したときに、該初期化条件の種類に対応して前記初期化領域設定手段に設定された初期化開始アドレスから前記2種類以上の初期化条件に共通して前記初期化領域設定手段に設定された初期化終了アドレスまでの各アドレスが割り当てられた記憶領域を初期化すること(構成要件D)です。 (ニ)要するに、初期化の範囲を〔開始アドレス、終了アドレス〕と表したとすると、例えば上記図44の例では、初期化条件1が〔7E00,SP〕、初期化条件2が〔7E53,SP〕、初期化条件3が〔7E30,SP〕…、初期化条件4が〔7F05,SP〕という如く、各条件毎に開始アドレス及び終了アドレスを設定する代わりに、終了アドレスが全ての初期化条件に共通することに着眼して、各初期化条件毎に設定された開始アドレスから、共通の終了アドレスまで初期化するように構成した、“初期化領域を設定する手段”を有するということです。 (ホ)初期化領域設定手段を、特許明細書の発明の詳細な説明では“初期化テーブル”と称しています。 C特許出願の願書に添付した明細書の記載によれば、本件発明の効果は、「初期化条件の種類に対応する初期化終了アドレスを個々に設定しておくことなく、初期化条件の種類に対応する領域を初期化することができるとともに、複数種類の初期化を共通の処理(RAM初期化処理)を用いて行えるので、複数種類の初期化を行うためのプログラム容量を削減できる。」ことです(段落00297)。 D引用例(特開2004−223077号)は、記憶手段がワーク領域(一般ワーク・特別ワーク、設定値ワーク、非保存ワーク)及び未使用領域・未使用スタック領域を含み、RAMの状態に応じて初期化の範囲を設定することを開示しています。 例えば、電源投入時にRAMが壊れていたときには全領域を初期化する、電源投入時にRAMが壊れていないときには非保存ワーク・未使用領域・未使用スタック領域を初期化する、という具合です。 E審判部は、上述の構成要件C,Dが記載されているか否かに関して次のように判断しました。 (イ)引用例には、構成要件C及びDを開示する直接的な記載が存在しない。 (ロ)構成要件Cは引用例に記載されているに等しい事項と言える可能性があるが、構成要件Dは引用例に記載されているに等しい事項をも言えない。 F審判部は上記の事実認定に基づき本件発明は新規性・進歩性を欠いていないと決定し、特許を維持する審決を出しました。 G乙は、複数の刊行物を提示して、次の技術A及び技術Bは技術常識であるので審決の事実認定が間違っている、新規性・進歩性の解釈も間違っていると主張しました。 技術A:「メモリマップに連続したアドレスが割り当てられる構成」 技術B:「記載領域の初期化において、『初期化テーブル』を参照して、初期化開始アドレス及び初期化終了アドレスを取得する構成」 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、刊行物に技術Bが記載されているか否かに関して次のように判断しました。 (イ)第1の刊行物には、連続するメモリ領域をある値で埋めるためのクリアデータ、クリアしたいメモリの先頭アドレス、クリアしたいメモリ領域をそれぞれのレジスタにセットしておき、ループによって、クリアデータを指定された領域に書き込むことを繰り返すプログラムが記載されている。 しかし、初期化テーブルの構成に関しては、記載されていない。 (ロ)第2、第3の刊行物の初期化データテーブルは、初期化される領域に設定されるデータを格納しているものである。 初期化開始アドレス及び初期化終了アドレスが設定されているものとは認められない。 (ウ)残りの刊行物においては、初期化データテーブルにどのような設定されているのかに関して、具体的な記載や示唆がない。 |
[コメント] |
@新規性及び進歩性の審査基準には、特許法第29条第1項第3号の「刊行物に記載された発明」の「記載」とは“刊行物に記載されたに等しい事項”を含むと記載されています。 A“刊行物に記載されたに等しい”事項とは、どの程度の範囲をいうのかを考える事例として、本判決を取り上げました。 Bすなわち、同じ審判官が構成要件Cは“刊行物に記載されたに等しい事項”に該当する可能性があるが、構成要件Dは“刊行物に記載されたに等しい事項”に該当しないと判断しました。 C従って“刊行物に記載されたに等しい事項”であるか否かの境界線が構成要件Cと構成要件Dとの間にあると審判官の合議体が考えていると解釈できます。 D構成要件Cは、“記憶領域を特定するアドレスが割り当てる”というものです。仮に刊行物において、記憶領域を特定するアドレスを設定しないのであれば、初期化等の処理を行う領域をどうやって特定しているのかが私には判りません。 Eしかしながら、構成要件Dは、本件明細書に記載された初期化の方法(各初期化条件毎に初期化開始アドレス及び初期化終了アドレスを設定する)を、簡略化したものです。従って、従来の方法で初期化していたのではなく、構成要件Dの方法で初期化していたということが上記刊行物から読み取れるとは言えません。 |
[資料](本件特許の請求項1) |
1ゲームに対して所定数の賭数を設定することによりゲームが開始可能となるとともに、各々が識別可能な複数種類の識別情報を変動表示可能な可変表示装置の表示結果が導出表示されることにより1ゲームが終了し、該可変表示装置の表示結果に応じて入賞が発生可能とされたスロットマシンであって、 遊技の制御を行う遊技制御手段を備え、 前記遊技制御手段は、 データを読み出し及び書き込み可能に記憶する記憶領域を有する記憶手段であり、前記記憶領域として前記遊技制御手段が動作を行うためのデータが記憶されるワーク領域と、前記遊技制御手段が動作を行うためのデータが読み出し及び書き込みが行われることのない未使用領域と、が少なくとも割り当てられたデータ記憶手段と、 複数種類の初期化条件のうちいずれかの初期化条件が成立したときに、前記データ記憶手段における記憶領域のうち該成立した初期化条件の種類に対応して定められた領域を初期化するとともに、前記データ記憶手段の記憶領域における前記未使用領域を1ゲーム毎に初期化する初期化手段と、 を含み、 前記データ記憶手段には、記憶領域を特定するアドレスが割り当てられているとともに、 前記初期化手段は、2種類以上の初期化条件の種類に対応して前記データ記憶手段における初期化開始アドレスがそれぞれ設定されるとともに、該2種類以上の初期化条件に共通する一の初期化終了アドレスが設定された初期化領域設定手段を含み、前記2種類以上の初期化条件のうちいずれかの初期化条件が成立したときに、該初期化条件の種類に対応して前記初期化領域設定手段に設定された初期化開始アドレスから前記2種類以上の初期化条件に共通して前記初期化領域設定手段に設定された初期化終了アドレスまでの各アドレスが割り当てられた記憶領域を初期化する ことを特徴とするスロットマシン。 |
戻る |