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●平成13年(ワ)第9153号


商標権の効力の制限/商品の普通名称化/自他商品識別力

 [事件の概要]
@この事件は、商標権者Bから専用使用権の設定を受けた原告が、被告による標章を表示したぶどう出荷用包装資材の製造販売が専用使用権を侵害するとして、これらの製造販売の差止めなどを求め、これに対し、被告が、登録商標の「巨峰」の語は、ぶどうの一品種を表す普通名称であるなどと主張して争った事案です。

A裁判の基礎となる事実は次の通りです。

(イ)Bは、登録番号第472182号の商標権を有し、原告は、その専用使用権を有する。

(ロ)民間のぶどう研究家であったAは、独自の理論に基づきぶどうの品種改良の研究を行っていたが、昭和17年、果粒が大きく糖度が高い新品種を得た。Aは、昭和27年3月日本理農協会を設立したのち、死去した。

(ハ)その後、Cは、昭和28年6月1日付けで、本件品種につき、「巨峰」の名称で農産種苗法に基づく種苗名称登録の出願をしたが、登録をしない旨の通知を受けた。

(ニ)本件登録商標は、昭和29年11月6日、出願人をC及びDとして商標登録出願され、昭和30年10月27日、商標登録された。

(ホ)昭和31年2月、として、Aの理論に基づき本件品種の栽培の指導、普及などを行うBが設立された(Bは、その後有限会社となった。)。

(ヘ)C及びDは、昭和42年9月20日、本件商標権を、日本理農協会の関係団体であるBに譲渡した。

(ト)原告は、平成9年8月6日、Bから本件専用使用権の設定を受け、同年10月6日、本件専用使用権の設定登録がされた。

(チ)Bは、昭和50年10月17日、本件登録商標等の連合商標として、指定商品を、「加工食料品その他本類に属する商品(但し葡萄、その種子、乾葡萄を除く)」として、「巨峰」の文字を横書きにした商標の登録を出願した。特許庁審査官は拒絶理由通知を行ったが、その理由は、「本願商標は葡萄の一品種名の『巨峰』の文字を書してなるため、これを指定商品中の果実、加工果実について使用するときは、恰かも該商品が巨峰葡萄もしくは巨峰葡萄の加工食料品であるかの如く、商品の品質について誤認を生ずるおそれのあるものと認める。」というものであった。Bは、指定商品を、「加工食料品、その他本類に属する商品(但し、果実、加工果実を除く)」と補正した。そうすることにより商標登録がされた。

(リ)被告とBは、昭和42年10月ごろ、被告が、本件登録商標の使用料を日本理農協会の会員から徴収する業務を受託する旨の契約を締結した。

(ヌ)昭和52年基本契約及び昭和52年付随契約は、昭和62年12月25日、Bからの解約によって終了した。Bは、日本理農協会の会員向けのぶどうの包装資材の製造販売を被告以外の者に行わせるために、これらの契約を解約したものであった。その後、被告とBとの関係は途絶していた。

(ル)Bは、平成4年10月25日、被告との間で再び、被告が、Bの会員にぶどうの包装資材を販売し、本件登録商標の使用料を同会員から徴収する業務を受託するという内容の契約(以下「平成4年契約」という。)を締結した。

(ヲ)Bは、平成9年11月4日、本件専用使用権を設定したとして、被告との平成4年契約を終了させた。その後、被告とBとの関係は途絶している。

(ワ)Bは、昭和44年12月、「巨峰」の文字を付してぶどうを出荷していた長野県経済連、中野市農業協同組合、塩田町農業協同組合を被告として、本件商標権に基づき、ぶどうの生産販売等に当たっての「巨峰」の文字の使用差止めなど訴訟を提起し、昭和51年3月31日、中野市農業協同組合、塩田町農業協同組合に対する訴えを取り下げ、長野県経済連との間で裁判上の和解が成立した。その和解条項は、次のとおりであった

 「1 原告と被告は、長野県における『巨峰』(この場合はぶどうの品種の意味で用いる。以下同じ。)生産の現状にかんがみ、直接生産者の利益を考慮して、相互の立場を尊重しながら、協力して『巨峰』産業の発展を期する。

  2 原告は、被告に対しては登録番号第472182号(連合商標登録番号第782084号)の商標権を主張せず、被告は原告に対して、右商標権の無効を主張しない。(後略)」

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B裁判において被告は次のように主張しました。

 「巨峰」という語は、各種統計、新聞記事、様々な書籍において、ぶどうの一品種を表す名称として扱われている。青果卸売市場の取引業者が用いている売買仕切書にも、「巨峰」、「キョホウ」という語は、「品名」すなわち普通名称として使用されている。これらは、「巨峰」が取引業者間でも一般消費者間でも普通名称化していることを示している。(中略)

 被告は包装資材のメーカーであり、包装資材の販売の拡大に努めなければならないから、本件商標権を尊重する生産者には、本件商標権を尊重するように対応し、「巨峰」という語を普通名称として扱う生産者には、「巨峰」という語を普通名称として扱うように対応してきた。Bとの間で契約関係があったときは、契約に従って包装資材の販売の拡大に努めてきた。(中略)

 このようなことからすると、「巨峰」は、ぶどうの一品種を表す普通名称である。

C裁判において、原告は次のように主張しました。

(イ)Bと原告は、本件登録商標の普通名称的使用に対する警告などを行っている。

(ロ)原告は、本件専用使用権の設定登録後から、本件品種のぶどうの出荷用包装資材の製造販売について、全国各地の包装資材製造販売業者との間で、本件登録商標の通常使用権許諾契約を締結し、経済的利益を上げている。

(ハ)原告の包装資材の出荷ルートは、〈1〉Bを通じて生産者に供給されるもの、〈2〉系統農協を通じて生産者に供給されるもの、〈3〉各地の資材販売業者から県経済連又は地区農業協同組合を通じて生産者に供給されるもの、〈4〉生産者に直接供給されるものがあるが、これらの取引過程に介在するすべての当事者が、「巨峰」という語が商標登録されている事実を知っている。本件登録商標が普通名称であると判断を誤っているのは一部にすぎない。

(ニ)被告は、Bとの契約(最後は平成4年契約)に基づき、平成8年度分までBに商標使用料を支払ってぶどう出荷用の包装資材の製造販売を行ってきたから、「巨峰」という語が普通名称でないという認識を有したはずである。(中略)

(ホ)長野地裁事件の和解は、本件商標権の有効性が前提となっており、これらの和解は、「巨峰」ぶどうの生産を振興する上で訴訟の継続は好ましくないという訴訟外政策的な考慮からされたにすぎない

 このようなことからすると、「巨峰」という語は、ぶどうの一品種を表す普通名称とはなっていない。


 [裁判所の判断]
@裁判所は登録商標の普通名称化に関して次のように判断しました。

(イ)多くの書籍、統計、新聞の市場欄等において、「巨峰」という語が、ぶどうの一品種を表す名称として用いられている。これらの書籍類の中には、ぶどうや果樹、くだものに関する解説書、食品関係の書籍のほか、一般に広く使われている国語辞典、事典、図鑑類等も多く含まれている。

(ロ)これに対し、「巨峰」が登録商標であることを記載した書籍等としては、B発行の「巨峰ブドウの開発、研究の歴史的事実」とBの代表者であるDの著作に係る「巨峰ブドウ栽培の新技術」の存在が認められ、平成10年東京都中央卸売市場青果物流通年報(果実編)の統計表の「品目 巨峰」に商標登録表示が付記されているのが認められるのみである。

(ハ)また、青果卸売市場の取引業者が用いる売買仕切書においても、「巨峰」、「キョホウ」の表示が、ぶどうの一品種を表す名称として用いられている。これらの事実からすると、「巨峰」の語は、長年の間、ぶどうの一品種を表す名称として、一般消費者のほか、ぶどうの取引関係者も含む国民の間で広く認識され、使用されてきたものということができる。

(ニ)これらの事実から、「巨峰」の語は、長年の間、ぶどうの一品種を表す名称として、一般消費者の他、ぶどうの取引関係者も含む国民の間で広く認識され、使用されてきたものということができる。


 [コメント]
 この事件の教訓は次の通りであると思います。

(イ)新商品の商品名は普通名称化し易い。

(ロ)特に地域に密着した農産物などの商品は、地域の名産品の名称と区別できなくなるため、普通名称化の可能性に注意すべきである。

(ハ)商品の名称を取引者のみが商標と認識している状態の場合、その状態から普通名称化が進行する可能性が高い。

(ニ)初期の対応が非常に重要であり、商品の開発者が商品に名付けた名称を普通名称なのか商標なのかをはっきりさせ、それなりに対応をする(普通名称とした場合には別に商標を選択して商標出願しておくなど)ことが大事である。


 [特記事項]
 
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