[事件の概要] |
@Xは、パンチパーマ用のセットブラシを創作し意匠等の登録出願をし、意匠登録を受けました(第603625号)。 Aそのセットブラシは、従来品に比較して、(a)ブラシの歯の部分が固形の円錐状になっている、(b)ブラシの両端に割り込みを設けている、(c)樹脂材を用いて一体成形されている独自の形態を有している、という独自性を有しています。 B(a)によりブラシの歯を固形の円錐状にしたことで、毛髪を引張ることなくアイロンでカールされた状態のままの整髪が可能になり、何ら特殊な技術を用することなく誰が使用しても均一にセットできる、(b)により、耳上部等の非常に短い部分のセットや全体の仕上りのシルエットの調整が容易になる、という効能を発揮します。 CYは、Xと意匠権につき専用実施権設定契約をなし、Y商品を独占的に製造販売しました。 Dその契約は、意匠権の範囲全部につき、XがYに専用実施権を許諾すること、Xは自ら本件意匠を実施せず、またY以外の第三者に許諾することができないこと、Yは実施料を支払うこと、XはYの実施権の登録手続に協力することを内容とします。しかし、侵害品が出回つた際Xが侵害排除義務を負うとの約定は右契約書にはありませんでした。 EZは、Y商品と類似するZ商品を販売し、それによりYの売り上げが減少したと推定されています。その販売の時点でXはYに対する専用実施権の登録をしていませんでした。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は専用実施権の登録前のYの権利に関して次のように判断しました。 ア.Yの専用実施権の設定については未だ登録を経ておらず、意匠法27条、特許法98条1項2号によれば、効力を生じていない。 イ.通常、権利者と実施権者間で専用実施権の設定が約されたが、その登録に至らない間にもその実施が許諾されている場合には、実施権者は右実施につきいわゆる独占的通常実施権を付与されたものと同一視することができ、またそうみることが当事者の意思に合致するものと考えられる。 A裁判所は完全独占的通常実施権に基づく差止可否に関して次のように判断しました。 完全独占的通常実施権の性質について検討するに、意匠法二八条二項には、「通常実施権者は、この法律の規定により又は設定行為で定めた範囲内において、業としてその登録意匠又はこれに類似する意匠の実施をする権利を有する。」と規定しており、これより、通常実施権の許諾者は、通常実施権者に対し、当該意匠を業として実施することを容認する義務を負うに止まり、それ以上に許諾者は当然には実施権者に対し、他の無承諾実施権者の行為を排除し通常実施権者の損害を避止する義務までも負うものではない。完全独占的通常実施権といえども本来通常実施権であり、これに権利者が自己実施及び第三者に対し実施許諾をしない旨の不作為義務を負うという特約が付随するにすぎず、通常実施権の性質が変わるものではない。無権限の第三者が当該意匠を実施した場合にも、実施権者の実施それ自体は何ら妨げられるものではなく、また実施許諾権そのものは権利者に留保されて在り、完全独占的通常実施権者に移付されるものではないから、実施権者の有する権利が排他性を有するということはできない。通常実施権者である限りは、それが完全独占的通常実施権者であってもこれに差止請求権を認めることは困難であり、許されない。 B裁判所は完全独占的通常実施権に基づく損害賠償請求権に関して次のように判断しました。 完全独占的通常実施権においては、権利者は実施権者に対し、実施権者以外の第三者に実施権を許諾しない義務を負うばかりか、権利者自身も実施しない義務を負つており、その結果実施権者は権利の実施品の製造販売にかかる市場及び利益を独占できる地位、期待をえているのであり、そのためにそれに見合う実施料を権利者に支払っているのであるから、無権限の第三者が当該意匠を実施することは実施権者の右地位を害し、その期待利益を奪うものであり、これによつて損害が生じた場合には、完全独占的通常実施権者は固有の権利として(債権者代位によらず)直接侵害者に対して損害賠償請求をなし得るものと解するのが相当である。 |
[コメント] |
完全独占的通常実施権に基づく損害賠償請求権を認める根拠は、契約により実施権者が有する期待利益(期待権)にあるということです。調べて見ると、期待権に基づいて損害賠償請求権を認めるケースは、一般法の分野では若干あるようです。しかしながら、法律の明文の規定によらずに安易に期待権を認めるべきでないという考え方もあるので、それを頼りにすることには慎重であるべきです。この事例では、Xが最初から専用実施権の設定登録をしていれば何の問題もなかったわけです。実務者としては、相手に“登録の義務があるから必ず登録をするとは限らない。”ということを肝に銘じ、例えば契約の際に単独申請同意書に署名して貰うなど、リスク回避の措置を講ずるべきと考えます。 |
[特記事項] |
戻る |