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●平9(行ケ)111号


明細書に記載されていない発明の課題/発明の課題の参酌/進歩性

 [事件の概要]
@甲は、米国特許出願に基づくパリ条約優先権を主張して、「紫外線で硬化可能なクリアーコート組成物」に係る特許出願をしました。当該特許出願について進歩性の欠如を理由として拒絶査定が出されたので、甲は拒絶査定不服審判を請求し、請求は成り立たない旨の審決に対して、本件訴訟を提起しました。

A当該特許出願に係る発明(請求項1)の内容は次の通りです。

 (イ) 組成物を基準として95重量%までの不活性溶剤、

 (ロ) 分子量が約1200〜2600であり、分子当たり約2つの重合可能な不飽和基を有するアクリル化脂肪族ポリエーテルウレタン、前記不活性溶剤を除いて約30〜90重量%、

 (ハ) 分子量が約170〜1000であり、分子当たり少なくとも二つの重合可能な不飽和基を有する多官能価アクリレート、前記不活性溶剤を除いて約15〜70重量%、及び

 (ニ) 光重合開始剤又は増感剤、

 からなり、紫外線のみで硬化可能であり、かつ紫外線での硬化時に耐摩耗性のコーティングを形成する、クリアーコート組成物。

B審決は、主引用例(特開昭62−177012)と本願発明との相違点に関して次のように認定しました。

(相違点1)
 本願発明が、「(イ)組成物を基準として95重量%までの不活性溶剤を構成要件としている(すなわち併用している)が、引用例記載の発明はその点が明らかでない点」

(相違点2)
(ロ)の分子量に関して、本願発明が、約1200〜2600と規定しているが、引用例記載の発明は、・・・分子量10,000程度までのオリゴマーと規定しており、・・・また、その(ロ)の化合物を構成する反応成分及びその反応成分の分子量を開示ないし規定してはいるが、反応後の化合物の具体的分子量については明らかにしていない点。

C裁判における争点

 甲は、相違点1の認定・判断の誤り及び相違点2の判断の誤りを取消事由としており、前者に関しては、「この相違点について『一般にこの種コーティング組成物において、塗布手段あるいは塗布条件などに応じて、不活性溶剤を適宜含有させ、粘度などを調整することは慣用手段・・・であり、さらに引用例記載の発明において、不活性溶剤を用いるに当たり格別な技術的支障があるとはいえないので、引用例記載の発明において不活性溶剤を併用することは、当業者が容易に想到できたことといえる。』と判断した」ことも誤りであるとしています。

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C裁判における甲の主張(要旨)

(イ)一般に、光硬化性樹脂につき、粘度調整を行いつつ、コーティング材としての機能を高めるためには、溶剤として反応性希釈剤を使用しなければならないが、反応性希釈剤を使用した場合においては、それによる硬化フィルム(皮膜)の軟化という周知の課題が生ずる。

(ロ)本願発明は、アクリル化脂肪族ポリエーテルウレタン((ロ)成分)の分子量を1200〜2600に限定するとともに、反応性希釈剤((ハ)成分)に加えて不活性溶剤((イ)成分)を併用して粘度調整をすることにより、かかる軟化の課題を解決し、柔軟性、耐久性、熱安定性、亀裂抵抗性、化学抵抗性、耐汚染性、耐侯性及び接着性という多岐にわたる効果を一つの紫外線硬化性クリアーコートで実現したものである。

(ハ) 引用例に、「a成分の反応性希釈剤としての作用を少なくとも有する1分子中に重合性炭素−炭素二重結合が1個以上含まれた常温で低粘度液状の化合物」(審決書4頁6〜8行)であるb成分の作用につき、引用例には次の記載がある。

「この発明において使用するb成分・・・は、・・・組成物としての粘度を調整して、作業性をよくするために用いられる」

「上記b成分の使用量は、前記のa成分との合計量中、b成分が通常40〜85重量%・・・となるようにするのがよい。b成分が・・・多すぎると硬化性や硬化物の柔軟性などが低下するため、いずれも好ましくない。」

(ニ)上記記載から判るように、引用例発明は、反応性希釈剤(b成分)を使用することによって粘度の調整を行うものとしており、軟化の課題に対しては、反応性希釈剤の使用量を少なくするという消極的解決策が示されているにすぎず、本願発明のように、反応性希釈剤に不活性溶剤を併用することによってこれを解決するという技術思想には全く想到していない。

D裁判における乙(特許庁)の反論

(イ)甲は、本願発明が、アクリル化脂肪族ポリエーテルウレタンの分子量を限定するとともに、反応性希釈剤に加えて不活性溶剤を併用して粘度調整をすることにより、軟化の課題を解決した旨主張し、あたかも、反応性希釈剤に不活性溶剤を併用することが、軟化の課題を解決するための技術手段であり、本願発明が反応性希釈剤を使用した場合の軟化を技術課題として、このような技術手段を採用することによりこれを解決したものであるかのように主張する。

(ロ)しかして、一般に、光硬化性樹脂において、反応性希釈剤を使用した場合に軟化という課題が生じることは認めるが、本願明細書には、軟化の課題を解決するための技術手段に関する記載は一切なく、そもそも軟化の技術課題の存在さえ記載されていない。したがって、反応性希釈剤に不活性溶剤を併用することが、軟化の課題を解決するための技術手段であるということについては、何らの技術的根拠も存在しないものであり、また、本願発明が、不活性溶剤を併用することにより軟化の課題を解決したものである旨、甲が主張することは失当である。

 [裁判所の判断]
(イ)本願明細書には、かかる軟化の技術課題の存在についての記載はなく、また、甲主張の技術手段を含め、かかる課題を解決するための技術手段に関する記載も一切存在せず、これを示唆するような記載も見い出せない。却って、不活性溶剤に至っては、仮に本願発明の要旨の規定上はこれが必須成分と解されるとしても、本願明細書の発明の詳細な説明上は、明らかに任意成分であるにすぎないものとされていることは前示記載のとおりである。したがって、本願明細書上は、アクリル化脂肪族ポリエーテルウレタンの分子量を限定し、反応性希釈剤に不活性溶剤を併用することが、かかる軟化の課題を解決するための技術手段たり得るとする技術的根拠を見い出すことができず…いずれにしても、甲の前示主張は、本願明細書の記載に基づかないものといわざるを得ない。

(ロ)甲は、前示軟化の技術課題が周知であり、本願明細書の特許請求の範囲(本願発明の要旨に同じ。)に反応性希釈剤と不活性溶剤との併用が記載されていることを該主張の正当性の根拠とするが、ある技術分野において特定の技術課題が周知であることと、当該技術分野における発明がその技術課題の解決を目的とすることとは別問題である。

(ハ)本願明細書の特許請求の範囲に反応性希釈剤と不活性溶剤との併用が記載されており、また、仮に、反応性希釈剤を使用した場合の軟化が周知の課題であるとしても、前示のとおり、本願明細書上、甲主張の技術手段を含め、かかる課題を解決するための技術手段に関する記載が一切存在せず、これを示唆するような記載も見い出せない以上、当業者において、本願発明が、甲主張の方法によってこの課題を解決することを目的としたものであることを読み取ることはできないから、甲の前示主張は到底採用することができない。

 [コメント]
 外国の特許出願の明細書においては、発明の基本的な思想に関して必要な説明を省略しているケースが散見されます。しかし、そうした外国の特許出願に基づいてパリ条約優先権を主張して日本へ特許出願した場合に、説明を省略したことにより、特許出願の実体的審査において不利に扱われる可能性があります。本件においても、特許出願当初の明細書において、「不活性溶剤」を加えることに関して、請求項に記載しておらず、硬化フィルムの軟化という技術的課題を説明していませんでした。判決の結論はやむをえないと考えられます。

 [特記事項]
進歩性審査基準に引用された事例
 
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