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●平9年(行ケ)第86号(緊急車運行制御システム事件)


適用を妨げる別段の事情/設計変更の評価/進歩性

 [事件の概要]
@甲は、米国特許出願に基づくパリ条約優先権を主張して、日本において「緊急車両運行制御システム」に係る発明の特許出願を行い、拒絶査定を受けました。そこで拒絶査定不服審判を請求し、原査定を受ける審決が出されたため、本件訴訟を提起しました。

本件特許出願(図1)



A拒絶査定不服審判の請求時における特許出願に係る発明(請求項1)は次の通りです。

 伝達手段と、

 緊急車上に前進伝達装置と後進伝達装置とを有する伝達装置を据え着ける手段と、

 前記緊急車の通路における交通交差点に据え着けた複数個の方向の感受装置と、

 前記複数個の方向の感受装置からの出力信号を受けて処理する信号処理装置と、前記信号処理装置を交差卓の交通コントロールシステムに結合する結合装置とよりなり、

 前記伝達装置と複数個の感受装置は赤外線波長範囲で送受信し、この赤外線エネルギーの波長範囲は略0.8より1.0μmで感受装置は0.8より1.0μmの波長で動作し、

 前記信号処理装置は前記交差点を通る凡ての交通の流れを制御して交差点を予め空にするよう前記交通コントロールシステムを先に制御し、前記交差点に表示装置を据え着け、

 前記表示装置は前記緊急車の交差点への接近或いは交差点からの離間に応じて指示するように構成配置され、接続装置は前記信号処理装置を表示装置に接続して複数個の方向感受装置から信号を受けたとき前記表示を作動して接近する緊急車の情報を表示するようにした緊急車運行制御システム

A上記特許出願に係る発明と、後述の引用例1〜2との相違点は次の通りです。

 (相違点1)
 伝達装置について、本願発明が前進伝達装置と後進伝達装置とを有するのに対して、引用例1記載の発明は前進伝達装置のみを有している点。

 (相違点2)
 送受信手段について、本願発明が赤外線エネルギーの波長範囲が略0.8より1.0μmの赤外線波を用いているのに対し、引用例1記載の発明はマイクロ波又はミリ波を用いている点。

 (相違点3)
 表示装置について、本願発明が交差点に表示装置を据え着け、前記表示装置は前記緊急車の交差点への接近或いは交差点からの離間に応じて指示するように構成配置され、接続装置は前記信号処理装置を表示装置に接続して複数個の方向感受装置から信号を受けたとき前記表示を作動して接近する緊急車の情報を表示するようにしたのに対し、引用例1記載の発明は表示装置に関する構成がない点。

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B乙(特許庁)は、次の引用例1〜2及び周知例1〜6を引用して、上記特許出願に係る発明の進歩性を否定しました。

(イ)本発明の基本的構成(交差点を通過する緊急車両からの信号により交差点の信号機を制御するシステム)に関して
特開昭55−118200号公報(引用例1)
特開昭60−144900号公報(引用例2)

(ロ)相異点1に関して
特開昭55−10664号公報(周知例1)、特開昭60−229200号公報

(ハ)相異点2に関して
特開昭57−207450号公報(周知例3)
特開昭58−175331号公報(周知例4)
実開昭60−114453号公報(周知例5)
実用電子回路ハンドブック(2)」CQ出版株式会社(周知例6)

(ニ)相異点3に関して
 引用例2には交差点に表示装置(3)を設置し、表示装置(3)は前記緊急自動車(4)が進行してくる方向を報知するように構成配置した緊急自動車通行予告報知の方法が記載されている。

 引用例1記載の発明において、緊急車の進行方向を明示するために引用例2記載の発明を採用し、交差点に表示装置を据え着け、前記表示装置は前記緊急車の交差点への接近に応じて指示するように構成配置することは、必要に応じて容易にし得るものと認められる。

C甲は、裁判で次のように主張しました。

○(相違点1)に関する主張

 本願発明の「後進伝達装置」の「伝達」とは、単に信号の伝達、制御のみでなく、更に表示して、後続の交差点に入る車に緊急車の後進(離間)を知らせるものでなければならない。このように解釈すべきことは、特許請求の範囲1の項の「表示装置は前記緊急車の交差点への接近或いは交差点からの離間に応じて指示するように構成配置され(る)」の記載より明らかである。

 また、上記特許請求の範囲の記載の意味は、本願書添付の図再第2図の4つの離間していく緊急車の図形より明らかである。

本件特許出願(図2)



  ウ これに対して、周知例1は、後方にリセット波を送るだけで、本願発明のように緊急車の交差点からの離間に応じて指示するものではない。

○(相違点2)に関する主張

 周知例3はコードレスマイクロホンに関するもの、周知例4はテレビジョンリモートコントローラのレシーバーに用いる受光回路に関するもので、いずれも緊急車の運行とは関係がない。周知例5は、車両信号ではあるが、赤外線を使用することを示すのみで、0.8〜1.0μmの赤外線に関しては記載がない。また、周知例6は、赤外線フォトダイオードの特殊曲線を示しているが、これは、上記0.8〜1.0μmの波長の赤外線が存在することを示すのみで、それを緊急車の運行に使うことは全く示されていない。

○(相違点3)に関する主張

 引用例1、2には、いずれも具体的な制御手段の記載が全くないから、引用例1記載の発明に引用例2記載の発明の表示装置(3)を採用することはできない。


 [裁判所の判断]
@裁判所は相違点1に関して次のように判断しました。

 本願発明の「後進伝達装置」は、緊急車の交差点からの離間を示す信号を伝達する装置と認められ、それ以上に表示装置における表示内容ないし表示方法まで指示しなければならないものと解することはできない。のみならず、本願発明の表示装置が、「緊急車の・・・交差点からの離間に応じて指示する」ものであると認定され、これが緊急車が後進(離間)していることまで表示しなければならない趣旨とも解されない。

 原告は、本願書添付の図面第2図の4つの離間していく緊急車の図形をその主張の根拠とするけれども、上記第2図は本願発明の一実施例にすぎないことが認められ、本願発明がこれに限定されると解することはできないから、原告の主張は採用することができない。

A裁判所は相違点2に関して次のように判断しました。

 周知例3、周知例4、周知例5、周知例6及び弁論の全趣旨によれば、赤外線エネルギーの波長範囲が略0.8より1.0μmの赤外線波を用い送受信を行うことは、従来周知の事項であることが認められる。そうすると、緊急車の運行伝達装置にこれを適用することを妨げる特段の事情も窺えない以上、これを引用例1記載の発明の運行伝達に適用することは、当業者にとって容易に想到し得たことと認められる。

B裁判所は相違点3に関して次のように判断しました。

 引用例1は、点滅警灯の点滅により緊急車の接近通行を表示することが認められるから、引用例1の発明に引用例2の発明の「緊急自動車4が進行してくる方向を報知するように構成配置した」表示装置を採用することは、当業者が容易に想到し得たことと認められる。

 [コメント]
@本件は、特許庁の進歩性審査基準において“数値範囲の最適化や技術の具体的適用に伴う設計変更は当業者の通常の創作能力の発揮であり、相異点がこれのみである場合、進歩性の存在を推認できる根拠がない限り、通常は、当該発明は当業者が容易に想到できたものである”という考え方の具体例として挙げられています。

A特許出願人は、特定の波長範囲の赤外線波を信号伝達手段として用いることが周知であることを示すために採用された複数の周知例に対して、緊急車両に関するものではない、或いは上記波長範囲を開示していないと反論しています。

B周知例が、特許出願に係る発明の技術分野での或る技術の周知性を示しているか否か、周知性を示していないものをいわゆる“後知恵/ハインドサイト”によって進歩性否定の根拠としているのではないか、という視点は常に考える必要があります。

Cしかし本件の場合、“車両に用いられる信号技術”で車両を緊急車両に限定したとしても、それにより当業者が赤外線信号伝達技術を適用することをためらうような技術的困難性は見当たらないし、数値範囲を限定することによって特別顕著な効果が生ずるとは特許出願の明細書の記載からは認められません。

D故に上記事項が技術的観点から格別のものではない旨の裁判所の判断は妥当と考えます。


 [特記事項]
進歩性審査基準に引用された事例
 
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