[事件の概要] |
@甲(原告)は、イギリス国に本拠地を有し,日本国外における幼児用製品の製造等を業とする会社であり、ゴミ貯蔵機器に係る発明について、イギリス国への特許出願に基づいて優先権を主張して、日本に特許出願を行うとともに、当該特許出願の一部を分割出願して、平成21年11月6日に特許権(第4402165号)を取得しました。 A乙(被告)は,育児用品・子ども乗物・玩具等の製造販売等を業とする株式会社です。甲と乙は,いずれもごみ貯蔵機器及びごみ貯蔵機器用カセットの市場において,需用者が共通し,競争関係にあります。 B甲は,コンビ社との間で本件販売店契約を締結し,これに基づき,コンビ社を日本国内における甲製品の販売店とし,コンビ社に対し,英国で製造した本件発明1に係る甲製カセットを輸出していること,コンビ社は,上記甲製カセットを,日本国内において,一般消費者に対し,販売していました。 C乙は,イ号物件を日本国内に輸入し,販売することにより,コンビ社のみならず甲ともごみ貯蔵カセットに係る日本国内の市場において競業関係にあること,乙の侵害行為(イ号物件の販売)により,甲製カセットの日本国内での売上げが減少していました。 D甲は、イ号物件が本件特許発明1の技術的範囲に属するとして、損害賠償の請求等を求めて訴訟を提起し、損害額の推定の規定を用いて損害金を算定しました。 E本件発明1(請求項14)の構成要件は次の通りです。 (a)ごみ貯蔵機器の上部に備えられた小室に設けられたごみ貯蔵カセット回転装置に係合され回転可能に据え付けるためのごみ貯蔵カセットであって, (b)該ごみ貯蔵カセットは, (c)略円柱状のコアを画定する内側壁と, (d)外側壁と, (e)前記内側壁と前記外側壁との間に設けられたごみ貯蔵袋織りを入れる貯蔵部と, (f)前記内側壁の上部から前記外部壁に向けて延出する延出部であって,使用時に前記ごみ貯蔵袋織りが前記延出部をこえて前記コア内へ引き出される延出部と, (g)前記ごみ貯蔵カセットの支持・回転のために,前記ごみ貯蔵カセット回転装置と係合するように,前記外側壁から突出する構成と, (h)を備え,前記ごみ貯蔵カセット回転装置から吊り下げられるように構成された,ごみ貯蔵カセット。 E乙は、公表特許公報2005−514295号の発明(乙14発明)と国際公開公報WO02/083525A1号(乙18発明)とを組み合わせることにより,当業者は,本件発明1を容易に想到し得る、と主張しました。 (イ)乙14文献は,フィルムの捩りを「手で実施しても良いし,器具により実施しても良い」と記載している。 (ロ)乙18発明には,カセットを回転させてフィルムを捩るために,カセットを回転装置(クラッチ270)の上に載せて回転体と共に回転させることを教示している。 (ハ)フィルムを捩るために,フィルムを収容しているカセットを回転させることは,優先日当時,周知であるから、乙14発明において,フィルムを捩るためにカセットを回転させることは周知技術により当業者には容易想到であり,また乙18発明と組み合わせることの示唆がある。 F第1審において、主引用例と本件発明との相違点は次のように認定されました。 (イ)相違点1 本件発明1のごみ貯蔵カセットは,「小室に設けられたごみ貯蔵カセット回転装置に係合され回転可能」とされているのに対し,乙14発明のごみ貯蔵カセットは,「小室内に設けられた」「ごみ貯蔵カセット回転装置に係合され回転可能」とされていない点 (ロ)相違点2 本件発明1のごみ貯蔵カセットは,「前記ごみ貯蔵カセットの支持・回転のために,前記ごみ貯蔵カセット回転装置と係合するように」外側壁から突出する構成とされているのに対し,乙14発明のごみ貯蔵セットは,ごみ貯蔵カセットの支持・回転のために,ごみ貯蔵カセット回転装置と係合するように構成されているものではない点 (ハ)相違点3 本件発明1のごみ貯蔵カセットは「前記ごみ貯蔵カセット回転装置から」吊り下げられるように構成されているが,乙14発明のごみ貯蔵カセットは,ごみ貯蔵カセット回転装置から吊り下げられるようには構成されていない点 G第1審は進歩性欠如の無効理由に関して次のように判断しました。 (イ)乙14発明の課題は明細書の記載からは必ずしも明確ではないが,発明の目的が「ひだ付チューブ供給用カセットを提供することにある」とされ,これは「環状ボディと環状フランジの組立体によって達成される」(【0005】)とされていることからみれば,従来の構造とは異なる,環状ボディと環状フランジの組立体からなるカセットを提供することに課題解決の主眼があることがうかがわれる。そして,このような新型カセットの作用効果としては,環状フランジの張出し部によって外周隙間が形成され,また,張出し部の漏斗状の形状によってチューブを滑らすことにあるものと解される(【0006】)。 (ロ)このように,乙14発明の課題はカセットの形状の改善にあるものと考えられる。したがって,明細書の【0024】において,チューブの捩りについて,「前記ねじりは,人手によって実施してもよいし,器具によって実施しても良いし,器具によって実施しても良い。」とされている部分についても,人手による捩りに,捩り部分が戻りやすいなどの欠点があるなどという課題について意識があることはうかがわれない。 (ハ)また乙14の明細書の記載からは,フィルム(チューブ,パッケージ)の「捩り」については,構造上カセットを吊り下げ固定したままで廃棄物を収容したチューブを人手や器具により回転させて捩るものであり,吊り下げたカセット自体を回転させて捩るという技術的思想はうかがわれない。 (ニ)乙18文献等の技術の課題及びその解決手段と乙14発明の課題及びその解決手段を比較すると,両者はその課題を異にしており,またその解決手段も異なっている。そしてフィルム(チューブ,パッケージ)の「捩り」についても両者は技術的思想を大きく異にしており,特に乙18の文献等では,カセットを本体に載置して回転させてフィルムを捩るという技術的思想が開示されているものの,カセットを吊り下げて回転させてフィルムを捩るという技術的思想はいずれの文献にも開示されていない。 (ホ)よってフィルムの捩り部分の戻りを防ぐという課題のない乙14発明に乙18文献等の技術を適用する動機づけは認められず,仮に適用できたとしても,カセットを吊り下げて回転させてフィルムを捩るという技術事項は何れの文献からも導くことはできない。 H第2審において乙は損害額の推定の規定の適用に関して次のように主張しました。 (イ)特許法102条2項は,不法行為の一般成立要件のうち侵害行為と損害との因果関係及び損害の額を推定する規定であり,損害の発生自体を推定する規定ではない。 (ロ)特許法102条2項が規定するような逸失利益型の損害が発生したというためには,前提として,特許権者が特許発明の実施等の事業により日本国内で独占的利益を享受していたとの事実状態が特許権侵害により損なわれたことを主張立証しなければならない。また特許発明の実施は,属地主義の原則の見地からも日本国内での行為であることを要する。 (ハ)したがって,特許法102条2項の適用が認められるためには,特許権者が当該特許発明について,日本国内において同法2条3項所定の『実施』をしていることを要する。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は損害額の過失の規定(特許法102条2項)に関して次の解釈を示しました。 (イ)特許法102条2項は,損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられた規定であって,その効果も推定にすぎないことからすれば,同項を適用するための要件を,殊更厳格なものとする合理的な理由はないというべきである。 (ロ)故に特許権者に,侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情がある場合には,特許法102条2項の適用が認められるべきである。 (ハ)特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在するなどの諸事情は,推定された損害額を覆滅する事情として考慮されるとするのが相当である。 A裁判所は、上記解釈を本件事例に次のように当て嵌めました。 (イ)乙の主張(特許法102条2項が損害の発生自体を推定する規定ではないことや属地主義の原則の見地から,同項が適用されるためには特許権者が当該特許発明について日本国内において「実施」を行っていることを要する)は,採用することができない。 (ロ)すなわち,特許法102条2項には,特許権者が当該特許発明の実施をしていることを要する旨の文言は存在しないこと,同項は,損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられたものであり,推定規定であることに照らすならば,同項の適用に当たって殊更厳格な要件を課すことは妥当を欠くというべきであることなどを総合すれば,特許権者が当該特許発明を実施していることは同項を適用するための要件とはいえない。 (ハ)特許権者に,侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には特許法102条2項の適用が認められると解する。 |
[コメント] |
損害額の推定の規定に関する裁判所の解釈は、今日の日本の経済状況を考えれば、妥当であると考えられます。仮に特許品の製造を国内で行っていなければ損害額の推定の規定が受けられないとすれば、次には、特許品の部品の一部又は全部を国外で実施している場合はどうなるのかということになり、国内の多くのメーカーが国外の生産拠点に頼っている現状では、上記規定が有名無実化するおそれがあります。 |
[特記事項] |
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