[事件の概要] |
@甲は、皮はぎ機における原木支持装置の発明について特許出願(特願昭50−107809号)を、また皮はぎ機における原木の位置調整装置について実用新案登録出願(実願昭50−122533号)を同日に出願し、それぞれ権利を取得しました。 A特許発明の要旨、及び、登録実用新案の要旨は、次の通りです。 特許発明:シリンダを利用して後述の受輪の軸間距離を調整することで原木の太さに対応して皮はぎに適切な高さを得ることができるもの。 登録実用新案:シリンダを利用して基端の回りを回転する腕杆により、原木を受輪から持ち上げ、この持ち上げ状態で腕杆に設けた調整輪で原木を長手方向に移動させ、原木の位置を調整するもの。 B甲は、乙に対して特許権及び実用新案権侵害訴訟を提起したが、その際に請求の範囲に記載されたシリンダと係争物が有するクランク機構とが均等であると主張しました。裁判所は、実用新案権について均等論に基づく甲の主張を認めましたが、特許権については、均等論の主張を退けたというのが本事件の大略です。 Cなお、特許出願の審査では、特許出願人である甲は、公知技術を示した拒絶理由通知書を受けました。甲は、先行技術との差異を明確にするため、意見書において「受輪14、15の感覚を調整する方法として油圧機構を採用することにより、原木を受輪に供給する際に発生する衝撃を油圧シリンダで吸収する」旨を主張し、また当該効果を明細書の補正により追加したようです。実用新案登録出願の明細書には当該効果は追加されていません。以下、実用新案権の侵害に焦点を当てて判例を紹介します。 D登録実用新案の目的は、「皮はぎ作業が終了した後に原木支持部分から原木を外部に排出する装置に付設して、皮はぎ作業中に原木を長手方向に移動して作業効率を向上させるようにした作業位置調整装置を提供すること」です。 E実用新案権の構成(実用新案登録請求の範囲)は次の通りです。 (イ)軸方向に平行して設けた2つの受輪9、10を原木27が支持できる間隔で一対設け、 (ロ)前記それぞれの受輪9,10によって形成される谷部に原木27を支持して皮はぎ作業を行うようにした皮はぎ機において、 (ハ)原木27の長手方向に直交する方向に複数の腕杆12を設け、 (ニ)前記腕桿12の一端を機台に固定した軸受板11に枢着し、 (ホ)対向する腕桿12を連結した連結杆14に設けたクランク板16と機台1に設けたシリンダ17のピストンロッド18とを連結し、 (ヘ)前記それぞれの腕杆12に前記原木の長手方向に直交する方向に調整輪20を設置し、 (ト)かつ前記調整輪20は中央部分が小径で側面鼓型を呈し、さらに回転駆動装置23を接続したこと を特徴とする皮はぎ機における原木作業位置調整装置。 (太線部分は補正により追加した事項) 本件実用新案 係争物 F登録実用新案の作用は次の通りです。 (イ)第1図において、腕杆12は、受輪9,10より低い位置に下げておき、受輪上に原木27を載置する。 (ロ)この状態で受輪を回転させ、これにより原木が回転してカッタ4により皮はぎが行われる。 (ハ)皮はぎ作業終了後は、シリンダ17を作動して、腕杆12を、支軸13を中心に反時計回りに回転させ、受輪上の原木を機台1から外部へ排出する。 G係争物について 係争物においては、シリンダの代わりにクランクを伝動手段として使用していました。 H原告の主張 ピストン運動とクランク運動との相違に関して、出願当時公知であり、これらの機構の作用効果は同一である。→不完全利用論に基づく特別な均等論を主張。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、均等論の適用の適用要件に関して次のように判断しました。 (イ)請求の範囲のシリンダ機構と係争物のクランク機構とは、腕桿を昇降させる目的において同一であり、またその方法として、シリンダ機構は直線往復運動をすることによるのに対して、クランク機構は回転運動を往復運動に代えることによるのですが、いずれも往復運動をするという作用効果においても同一です。 (ロ)クランク機構は直線運動をもたらす機構として公知の技術であることは明らかであり、これをシリンダ機構に置換することは出願時における当業者であれば容易に想到し得る程度のものです。 |
[コメント] |
最高裁判所は、ボールスプライン事件において均等論の適用の5要件を示したが、本件事例はそれ以前に均等論の適用を認めた数少ないケースです。本件実用新案登録出願の出願当初の請求の範囲にはシリンダなどが構成要件として入っておらず、どういう経過で請求の範囲を減縮したのかは不明です。本事例は、均等論の理論が構築される時代のものであり、この判決の結論を、現在の実務にそのまま適用することは危険と思われます。仮に特許出願の審査段階で補正によりシリンダなどの構成要件を追加した場合、意図的にシリンダに減縮したのだから均等は認められないと判断されるリスクがあると思われます。 |
[特記事項] |
吉藤幸朔著「特許法概説」第7版に紹介された事例 |
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