[事件の概要] |
@甲は、磁気媒体リーダーの考案について昭和57年に実用新案登録出願をし、当該出願は平成元年に出願公告となり、実用新案権が付与されました。 A甲は、乙に対して、乙の製品が甲の実用新案権を侵害しているとして、損害賠償請求訴訟を提起しました。 B乙は、乙の製品の一要素が、請求の範囲に記載された機能的の表現(磁気ヘッドが下降位置にあるときは上記磁気ヘッドの回動を規制し)に文言上含まれるが、構成要素を有していましたが、乙は、明細書の開示内容から考えて機能的な表現に含まれるが、甲の出願によって開示されていないため、乙の製品が甲の登録実用新案の技術的範囲に含まれるべきではないと主張しました。 C甲の実用新案権の請求の範囲は次の通りです。 (イ)磁気ヘッド3を媒体に摺接走行させて情報の記録或いは再生を行う磁気媒体リーダーにおいて、 (ロ)上記磁気ヘッド3をレバー6に回動自在に支持すると共に、 (ハ) 該レバー6を前記媒体に沿って走行させる保持板18に回動自在に支持することにより、 (ニ)上記磁気ヘッド3が上記媒体との摺接位置と上記媒体から離間した下降位置との間を移動可能とし、 (ホ)上記磁気ヘッド3と上記保持板18との間に、 上記磁気ヘッド3が下降位置にあるときは上記磁気ヘッド3の回動を規制し、 上記磁気ヘッド3が媒体との摺接位置にあるときは上記磁気ヘッド3を回動自在とする 回動規制手段を設けたことを特徴とする (ト)磁気媒体リーダー。 (符号は筆者によって加えられた) E甲の登録実用新案の目的は次の通りです。 (イ) 従来の磁気媒体リーダーにおいては、磁気ヘッドは、ホームポジションやエンドポジションにあるときに傾斜している状態になることが多く、再度磁気記録帯に斜めに当接することになるため、当該当接した後、これに対して垂直となって正常な摺接走行を開始するまでに時間がかかり、書込みジッターが低下するなど、正しい記録再生が行われないという欠点を有していた。 (ロ)本考案の目的は、従来技術の右欠点を解消し、磁気ヘッドがホームポジション又はエンドポジションで停止しても磁気ヘッドが正常な姿勢でいるようにした磁気媒体リーダーを提案することである。 F乙の係争物の構成は次の通りです。 磁気ヘッドが下降位置にあるときに、磁気ヘッドを載置したヘッドブラケットに設けられた脚部及びの下端面と、保持板設けられた一対のディスタンスロッドとの間の隙間が狭められることによって、磁気ヘッド15の回動が規制されるという構成。 Gまず裁判所における乙の主張をみます。 (イ)前記回動規制手段について、出願当初の明細書(原明細書)の実用新案登録請求の範囲に、「前記磁気ヘッドと前記保持板とに前記磁気ヘッドの回動を規制する摺動可能な回動規制手段」と記載されている。 (ロ)このことからすれば、本件考案の実用新案登録請求の範囲にいう「回動規制手段」は、「磁気ヘッドのヘッドホルダーの一側と保持板の一側とに、それぞれ回動規制板を固定し、一方の回動規制板に設けた長孔で形成した係合部と他方の回動規制板に設けたピンとを摺動可能に嵌挿した構造」を意味するものである。 (ハ)或いは、これをどのように広く解するとしても、「回動規制板に設けられた長孔とピンとの摺動を可能とし、この構成によって移動する磁気ヘッドの回動を規制する構造」に限られているというべきである。 (ニ)単に隙間が狭められて回動が規制されていればいかなる構造をも含むという解釈は許されない。 H甲の主張は次の通りです。 (イ)乙は、原明細書」の実用新案登録請求の範囲の記載を参酌して本件考案の技術的範囲を限定して解釈すべきであると主張するが、本件考案の構成要件の解釈に当たり基準になるのは、出願公告された本件明細書及び図面の記載であり、その解釈により本件考案の技術的範囲は明確になるから、出願経過を参酌する必要はない。 (ロ)これを参酌するとしても、原明細書の実用新案登録請求の範囲に記載された「摺動」は、長孔の係合部とピンとが摺動することではなく、磁気ヘッドが磁気記録帯に摺接走行するという意味であり、乙の主張は原明細書の誤った理解を前提に展開されているものであって当を得ておらず、本件考案の目的、内容や技術思想を全く無視したものである。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は請求の範囲中の回転規制手段の記載について次の見解を述べました。 (イ)実用新案登録請求の範囲のうち「磁気ヘッドが下降位置にあるときは上記磁気ヘッドの回動を規制し、」との記載は、「磁気ヘッドがホームポジション又はエンドポジションで停止しても磁気ヘッドが正常な姿勢でいるようにした」という本件考案の目的そのものを記載したものにすぎない。 (ロ)すなわち、「回動規制手段」という抽象的な文言によって、本件考案の磁気媒体リーダーが果たすべき機能ないし作用効果のみを表現しているものであって、本件考案の目的及び効果を達成するために必要な具体的な構成を明らかにするものではないと認められる。 A裁判所は、上述の抽象的記載について次の見解を示しました。 (イ)実用新案登録請求の範囲に記載された考案の構成が機能的、抽象的な表現で記載されており、当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であればすべてその技術的範囲に含まれると解すると、明細書に開示されていない技術思想に属する構成までもが考案の技術的範囲に含まれ得ることとなり、出願人が考案した範囲を超えて実用新案権による保護を与える結果となりかねないが、このような結果が生ずることは、実用新案権に基づく考案者の独占権は当該考案を公衆に対して開示することの代償として与えられるという実用新案法の理念に反することになる。 (ロ)したがって、実用新案登録請求の範囲が右のような表現で記載されている場合には、その記載のみによって考案の技術的範囲を明らかにすることはできず、右記載に加えて明細書の考案の詳細な説明の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該考案の技術的範囲を確定すべきものと解するのが相当である。 (ハ)ただし、このことは、考案の技術的範囲を明細書に記載された具体的な実施例に限定するものではなく、実施例としては記載されていなくても、明細書に開示された考案に関する記述の内容から当業者が実施し得る構成であれば、その技術的範囲に含まれるものと解すべきである。 B本件考案の構成要件の「回動規制手段」につき本件明細書で開示されている構成には、保持板及び磁気ヘッドホルダーの双方に回動規制板を設け、その一方に係合部を、他方にピンを設けるという構成、並びに、保持板及び磁気ヘッドホルダーのいずれか一方に設けた回動固定板に係合部を設け、他方にピンを固定するという構成しかなく、それ以外の構成についての具体的な開示はないし、これを示唆する表現もない。したがって、本件考案の「回動規制手段」は、右のとおり本件明細書に開示された構成及び本件明細書の考案の詳細な説明の記載から当業者が実施し得る構成に限定して解釈するのが相当である。 Bさらに裁判所は、係争物に関して次のように判断しました。 (イ)乙装置においては、磁気ヘッドが下降位置にあるときに、磁気ヘッド15を載置したヘッドブラケットに設けられた脚部14a及び14bの下端面と、保持板5に設けられた一対のディスタンスロッド6及び7との間の隙間が狭められることによって、磁気ヘッド15の回動が規制されるという構成をとっている。 (ロ)これが本件明細書に開示された構成と異なることは明らかである。 (ハ)また、乙装置の右構成は、本件明細書の考案の詳細な説明の欄に開示されたところの回動規制板並びに係合部及びピンを設けるという構成とは、技術思想を異にするものと解され、当業者が本件明細書の考案の詳細な説明の記載に基づいて実施し得る構成であるということもできない。 |
[コメント] |
@特許出願や実用新案登録出願は、新規な技術的思想の創作を国家に開示する手段であるとともに独占権(特許権・実用新案権)の付与を請求する意思表示であり、特許権等は上記創作を社会に公開する代償として付与されるというのが、特許制度(及び実用新案制度)の原理です。 A従って、請求項中の機能的な表現が抽象的すぎる場合には、明細書中に記載された具体的な実施例から導き出される思想の範囲に限定的に解釈するという裁判所の判断は妥当なものと考えられます。 B本案の場合にも、下記の[参考/図示例の上位概念化の試み]で述べた如く、実施形態を上位概念化することを試みることができ、それにより広くて強い権利が獲得できると考えられます。そうした試みを省略して、単に機能的な表現をするだけで広い権利が得られるとするような解釈は制度趣旨から妥当ではないと思われます。 C特に本件では抽象的な機能の表現による考案特定事項以外の事項は既存の技術とほぼ同じでしたので、そうした表現はなおさら問題となります。 Dなお、“平成6年改正特許法等における審査及び審判の運用”によれば機能表現クレームを用いることの留意点として、“発明の外延が明確であること”を挙げており、この運用通りに特許出願等の審査が行われれば、抽象的過ぎる表現を含むクレームは特許されない筈であります。 Eなお、本件では、請求の範囲において、特定の作用・機能を有する回動規制手段という抽象的・機能的な表現をしましたが、それだけでなく実施例での回動規制手段の説明(ピンを長孔である係合部に挿入してなる)も抽象的でした。“係合”という言葉は、文言通りですと“何らかの係わりを持たせるために合わせている”という意味しかないからです。Fこうした「係合」のような特許用語を、他に説明なく発明の特徴部分の解説に使用するべきではないと考えます。 [参考/図示例の上位概念化の試み] @本件の場合には、回転可能なヘッドホルダー側と固定部(保持板18)の一方に長孔(係合部8a)を、他方に、長孔に挿入されたピンとを設けておき、磁気媒体通路側へのヘッドホルダーの進退により、ピンが長孔の長手方向へ移動し、長孔が磁気媒体通路へ近づくにつれて幅狭となるという構成が記載されています。 Aこれにより、ヘッドホルダーが磁気媒体通路側へ進むにつれて、長孔の対向する2つの孔縁(長辺)によってピンの幅方向の移動が規制され、ヘッドホルダーの回転幅も規制されるという作用が発揮されるという思想が明細書に開示されていると認められます。 Bしかしながら、そもそも係合部は長孔である必要があるのか、と考えると、長孔の孔縁のうち対向する2長辺がしかピン移動規制作用にしか関係していません。従って長孔の構成から長辺のみを取り出して、2つの対向する当接用案内辺の間を一つのピンが移動することで上記作用を達成するという上位概念を取り出すことができます。 Cまたそもそも当接用案内辺は対向する位置にある必要があるのか、またピンは一つである必要があるのか、と考えると、ヘッドホルダーの上面側及び下面側から上側ピン及び下側ピンをそれぞれ垂直方向に突出し、ヘッドホルダーが一方向へ回転するときに上側のピンに当たる第1の当接用案内辺を、ヘルダーホルダーが他方向へ回転するときに下側のピンに当たる第2の当接用案内辺を設けるという実施態様も考えられます。そうすると“2つの辺が対向位置にある”というのも余分な構成要件であると判ります。 |
[特記事項] |
戻る |