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判例紹介
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●昭56(行ケ)第93号(拒絶査定不服審判審決取消訴訟)


刊行物に記載した発明の意味/新規性

 [事件の概要]
@甲は、多回路スイッチの考案について実用新案登録出願(実願昭48−21913号)をしましたが、進歩性の欠如を理由として拒絶査定を受けました。そこで拒絶査定不服審判を請求し、請求が成り立たない旨の審決が出されたので、本訴訟に至りました。

A甲の考案の構成は次の通りです(請求の範囲/符号は筆者が追加した)

 次の各項から構成されることを特徴とする多回路スイッチ。

(a)多回路にそれぞれ接続される端子11〜13、21〜23を保持する絶縁体3

(b)前記端子の少なくとも一部の端子を互に隔離するように前記絶縁体3の表面に形成され、アースに落とされる導電体8

  本願考案 

引例



B甲の考案の目的は次の通りです。

(イ)この考案は、低周波回路に使用するプッシュスイッチ…のような多回路スイッチに関する。

(ロ)従来技術では、クロストーク特性を悪化させる原因であるスイッチ自体の端子間容量を低減させることができず、また基板の回路間にアースさせる導電体のパターンを設けているため、前記回路のパターンを設けることに制約を受け、さらに導電体のアースと回路のアースとを別に取らないと却ってクロストーク特性に悪影響を及ぼし、アースを別に取った場合にはパターンを設けるのに制約を受けるなどの欠点があった。

(ハ)この考案は、各回路の端子間のストローク特性を向上させると共に、プリント配線方式のものに用いた場合にパターンの配置などの制約を少なくした多回路スイッチを得ることを目的とする。

※クロストーク(crosstalk)特性とは、接点回路の相互間における、高周波信号の漏れの程度をいいます。

C引例(実公昭37―18926号)の構成は次の通りです。

 多回路にそれぞれ接続される複数の切換端子4を保持した絶縁体からなる端子板2、これら端子の一部を互に隔離するように、端子板2を貫通して設けられアースに落とされているシールド板3から構成されることを特徴とするスライドスイッチ。

D審決の理由は次の通りです。

(イ)本願考案と引例のスイッチとの相違点は、引例の端子板2を貫通したシールド板3が本願考案では絶縁体の表面に形成された導電体である点を除いて、両者間に検討を要する相違は見出せない。

(ロ)アースに落とされた導電体を端子板(本願考案でいう絶縁体)の表面に配置しても、それが端子間であれば、これら端子間にクロストーキングに関する一定のシールド効果を期待できることは周知であり、また、このような導電体を端子板の表面に形成することは、プリント配線に関する周知の技術的思想からみてきわめて容易なことと認められる。

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E裁判における甲の主張は次の通りです。

(イ)引例には、その明細書、図面のいずれにも、そのシールド板(3)がアースに落とされている旨の記載は全くない。

(ロ)かえつて、引例の出願人自身が、別件実用新案登録出願(実願昭48―143336号。以下「別件出願」という。)につき、本件と同じ引例に基づく拒絶理由に対する意見書において、引例記載のシールド板(3)は固定端子列の間に単に配置されているにすぎず、かつ、それでもクロストークが2ないし3デシベル向上する旨を述べている。

(ハ)実験によれば、もしもシールド板(3)がアースされていればクロストークの向上が2ないし3デシベル程度の低い値であるはずはない(甲第8号証)。

(ニ)また引例の出願当時においては、シールドやアースに関して必ずしも充分解明されていたとはいえない。

(ホ)以上を総合すれば、引例記載のシールド板(3)は固定端子間に単に配置したにすぎない(アースに落とされていない)ものと解すべきであり、かつ、当時としては、それでもスイッチの改良としての効果を有していたものとみるべきである。

F裁判における被告(特許庁)乙の主張は次の通りです。

(イ)本願考案と引例のものとに共通な問題であるクロストークは、導体間の静電結合に基因するものであるから、この静電結合を無くすることがクロストークを防止することになる。そして、静電結合を無くする技術がシールドである。

(ロ)しかるところ、シールド用導体はアースに落として使用することが理論上必要であり、実際上もそのように構成され、遊んでいる導体でさえアースに落として誘導を防ぐことが行われている。さらに、スイッチの分野に限つても、シールド板はアースに落として使用されるものである。

(ハ)すなわち、「シールド」といえばそれに使われる導体はアースに落とされていると解するのが、斯界における技術常識である。

(ニ)以上にかんがみて、引例にはスイッチそれ自体の構造が記載されているに止まり、その使用態様に係るアースへの接続までは記載されていないけれども、「シールド板」という用語がある以上、審決は、前記の技術常識に従ってそれがアースに落とされて使用されるものと解するのが妥当である。

(ホ)そのように解することは、引例に記載された作用効果である、「本考案のスライドスイッチは……高周波用低周波用の端子を使いわけることができ、しかも両端子間に電気的干渉が生じなく、小型のバンド切換用のスライドスイッチを提供することができる」こととも整合し、適切である。

(ヘ)一般に、引例の記載に技術常識を加味してその解釈をするのは許されることである。したがつて、審決の認定は正当である。

(ト)審決は、引例に明記されている事項と使用態様に関する解釈事項とを、特にことわらずに、引例の記載事項として認定したものであるが、それは、通常の技術常識に従つて解釈したにすぎない事項であり、しかも、原告は審査・審判の過程を通じてアースの問題には全く触れなかつたので、アースに関する認定の根拠を特に示さなかつたまでのことである。


 [裁判所の判断]
@裁判所は新規性の規定に関して次の見解を述べました。

 実用新案法第3条の規定の趣旨にかんがみれば、同条第1項第3号にいう「刊行物に記載された考案」とは、刊行物の記載から一般の当業者が了知しうる技術的思想をいうものと解するのが相当である。

A裁判所は、上記見解より次のように判断しました。

(イ)従って審決が引例にアースに落とされているシールド板3が記載されているとしたのは、引例の記載の技術的内容の認定として、誤りであるということはできない。

(ロ)原告は、引例のシールド板はアースに落とされないものと解すべき旨の主張の根拠として引例の出願人が別件意見書で述べた事項を引用した

(ハ)しかし、たとえ別件意見書の内容が引例の出願人の真意を述べたものであるとしても、一般当業者はその存在を知る由もなく、また、前記甲第5号証を精査しても、引例の記載自体にはそのような出願人の真意を窺うに足りる記載を見出すことができないから、別件意見書は、一般当業者がその技術常識によって引例記載のシールド板3は当然アースに落とされるべきものとして理解することを妨げるものではありません。


 [コメント]
@裁判所は、新規性・進歩性判断における公知文献の記載の意義に関して、「『刊行物に記載された考案とは、刊行物の記載から一般の当業者が了知しうる技術的思想をいうものと解するのが相当である」という見解を示しました。

Aすなわち、スイッチの技術分野の技術文献において、端子の回りをシールドする導電体が開示されており、当該引用文献の他の記載や技術分野の技術常識を参酌して、当該導電体がアースされているものと考えることが妥当であれば、当該導電体をアースした技術の発明が文献公知と認定されるということです。

Bそして引用文献に記載された発明者の意図がその認定と違うことを引用文献と別個の資料(引用文献に係る特許出願の審査で提出された意見書等)を用いて証明しても、その認定を覆す直接の根拠とはなりません。

Cなぜならば、特許法が特許出願等の実体的要件として新規性・進歩性を要求するのは、技術の進歩を通じて産業の発達に貢献するためであり、そして発明の内容が文献等により一旦社会に公開されれば、発明者の意図と無関係に、文献に記載された事項及び技術常識に基づいて、次の発明の創作が行われるからです。

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Dもっとも、引用文献と別個の書類(意見書等)を用いて発明者の意図を説明したことが拙いのであり、例えば出願書類中の図面では導電体と地面とが接しているように見えるが、発明の詳細な説明をよく読むと導電体は接地していないというような形で発明者の意図が許されるのは言うまでもありません。発明の詳細な説明と図面とは相互に関連し合っているからです。

E特許庁の新規性・進歩性審査基準では、明細書等に記載はされていないが、技術常識などを参酌して実質的に記載されていると認められる事項を“記載されているに等しい事項”と呼び、文献公知の対象に含めています。

Fもっとも上述のケースでは、あえて上記当該導電体をアースした技術が引用文献に記載されているに等しいという認定をしなくても、端子をシールドする導電体をアースした技術を開示する別の引用文献をともに引用し、それら引用文献の組み合わせにより進歩性を否定するという論法を取る方が自然だったと思われます。

G本件では、出願人は何故か審査・審判を通じて引用文献がアースされていないという主張を行いませんでした。こういう主張をしていれば特許庁の方でも上述の論法で拒絶理由通知を出したと考えられます。 


 [特記事項]
 特許庁新規性・進歩性審査基準に引用された事例
 
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