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●平成4年(行ケ)第214号 皮革又は毛皮の染色するため染料の使用法


連続的効果/選択発明/進歩性

 [事件の概要]
@原告は、名称を「皮革または毛皮を染色するための、1:2−クロム−または−コバルト錯体染料の使用法」とする発明(以下「本願発明」という。)について、スイス国でした特許出願に基づく優先権を主張して、特許出願をしたところ(57年特許願第44748号)ところ、進歩性の欠如を理由に拒絶査定を受けたため、審判を請求しました。特許庁が請求は成り立たない、とする審決をしたため、原告は審決取消訴訟を起こしました。

A本件特許出願に係る発明の要旨は次の通りです。
 遊離酸の形では下記の式で表される染料を用いて皮革または毛皮を染色する方法。
 (省略)

B本件特許出願に係る発明は、遊離酸の形では本願発明の前記要旨記載の式で表される染料を用いた毛皮又は好ましくは皮革の染色法であり、その発明の染色法で使用される染料の製造は、常法により、製造されるものです。本願発明の染色法による場合は、良好な堅牢度、とりわけ日光堅牢度及び湿潤堅牢度を示す青色又は紫色の染色物が得られるとの作用効果を示します。

C引用文献には次の開示があります。
「本発明方法でつくる新規染料によって得られた染色および捺染は、その染着力の優秀さ、その染着の均一性およびことに従来のクロム含有の染料によって得られた染色と比較してその色調の鮮明さ、塩素および日光に対する堅ろう性の良さ、なかでも摩擦およびポツチングに対する堅ろう性の良さによって一般に秀れたものである。これらの湿潤に対する堅ろう性は一般にスルホン酸基を含有しないで一般に製造し難い同様の染料によつて得られる染色の堅ろう性に相当するものである。」

D甲が主張する取消理由は次の通りです。

{取消理由1}
本願発明が皮革の染色を対象とするのに対し、引用発明は毛皮の毛の部分を染色対象とするものであるから、両者が染色対象において同一であるとした審決の判断は誤りである。(以下、取消理由1に関する経緯は省略)

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{取消理由2}
本願発明は、皮革を染色の対象とするものであるところ、審決は、皮革染色において本願発明の方法が奏する顕著な効果を看過したものである。

E甲は、取消理由2に関して次のように主張しました。

(イ)本願発明の染料と引用発明の染料による皮革染色物の彩度の差異は、CIELABユニットによって1.6〜10.7である(甲第4号証、同第8号証)。

(ロ)そして、引用発明の染料は、皮革を満足な鮮明色に染色することができない水準以下のものであるのに対し、本願発明の染色法によれば、皮革を充分に満足な鮮明色に染色することができる上、「所望の色に対して1ユニット以上の差異がある場合は、顧客は染色された材料の色に満足しない」ことからすると、上記の差異は人間の目に充分認識される顕著な差異であることは明らかである。

(ハ)そうすると、上記の差異は、本願発明の方法による彩度の効果が引用発明のそれと比較して極めて顕著であることを物語っているものである。
 
※上記(ロ)は、甲第6号証 (R.Schaich著「Farbmetrische Qualitatskontrolle Im Tectilveredlungsbetrieb」TEXTILEREDLUNG13(1978)Nr・1) の記述に基づいています。


 [裁判所の判断]
@裁判所は、選択発明の進歩性の判断に先立って、本件特許出願に係る発明の効果と引用発明の効果との差異の有無に関して、次のように判断しました。

(イ)甲第6号証には、見本(基準)の色と対照物の色を対比した場合、彩度については、見本からのずれ(偏差)が≧1.0単位(CIELAB)以上の場合には、不合格と判定される旨の記載があることが認められるから、この記載によれば、本願発明と引用発明の前記各染料との彩度における最小の差異においても、十分に見分けがつく程度の差異であるものということができる。

(ロ)しかしながら、上記の差異は両者が彩度において見分けがつくことを意味するに止まるところ、このように彩度において見分けがつくという程度の差異があるからといって、これが直ちに顕著な、当業者が予測し難い程の差異であると断定することはできないから、更に進んで、上記の差異について検討する。

A裁判所は、本件特許出願に係る発明の効果の程度に関して次のように判断しました。

(イ)甲第9号証(1981年6月15日、財団法人日本規格協会発行、川上元郎著「色の常識」増補改訂2版)によれば、彩度の差は写真3.3の横方向に隣接する各色において彩度2の差異を意味するものと認められるところ、上記の隣接する各色を見ると、本願発明と引用発明の前記各染料の彩度の差異である1.6ないし1.7は識別可能であるとはいえても、この程度の差異をもって彩度において顕著な差異があるとまでいうことは到底困難といわざるを得ないというべきである。

(ロ)加えて、引用発明の奏する作用効果を引用例の記載に即してみると、前掲甲第3号証によれば、「本発明方法でつくる新規染料によって得られた染色および捺染は、その染着力の優秀さ、その染着の均一性およびことに従来のクロム含有の染料によって得られた染色と比較してその色調の鮮明さ、塩素および日光に対する堅ろう性の良さ、なかでも摩擦およびポツチングに対する堅ろう性の良さによって一般に秀れたものである。これらの湿潤に対する堅ろう性は一般にスルホン酸基を含有しないで一般に製造し難い同様の染料によって得られる染色の堅ろう性に相当するものである。」(2頁左欄下から3行ないし右欄下から4行)との記載が認められる。

(ハ)この記載によれば、引用発明の奏する作用効果は、前記2に認定の本願発明の奏する作用効果と同質のものであると認められる。

(ニ)そうすると、染色対象を原告主張の皮革に限定してみたとしても、本願発明は前記のとおり、彩度において引用発明よりも優れた作用効果を奏するものの、その差異は引用発明の奏する作用効果から連続的に推移する程度のものといわざるを得ず、これをもって当業者の予測を越えた顕著な作用効果とまでいうことは困難といわざるを得ない。


 [コメント]
 原告は、需要者の購買意欲という観点から効果の顕著性をアピールしようとしたものと解釈されますが、選択発明の効果の顕著性とは、技術的観点からの顕著性(その効果が先行発明から予想できないこと)をいうものと解釈され、原告の主張には無理があったというべきであります。仮にそのように解釈しないと、先行発明の特許出願人からすると、その明細書に記載された実施例より技術的効果が多少異なるものでも、先行発明として後の特許出願に特許されることになり、不合理なことになります。


 [特記事項]
 進歩性審査基準に引用された事例
 
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