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●平成8年(行ケ)第136号 「新規ペプチド」事件


顕著な効果/選択発明/進歩性

 [事件の概要]
@甲(原告)は、「新規ペプチド」の発明の特許出願(昭和61年特許願第215088号)をしましたが、進歩性の欠如を理由として拒絶査定を受けたので拒絶査定不服の審判を請求しました。そして「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決が出されたので、本訴訟を提起しました。

A本件特許出願に係る発明の内容は次の通りです。

「下記式1のアミノ酸配列を有する新規ペプチド。
〈省略〉

(式1)

(式中、記号は下記アミノ酸残基を示す。)
Phe:フェニルアラニン、Val:バリン、
Pro:プロリン、Ile:イソロイシン、
Thr:スレオニン、 Tyr:チロシン、
Gly:グリシン、Glu:グルタミン酸、
Leu:ロイシン、Gln:グルタミン
Arg:アルギニン、Lys:リジン
Asn:アスパラギン 以下同じ)」

B本願特許出願の明細書には次の事柄が開示されています。

(イ)産業上の利用分野

「本発明は、モチリンの13位メチオニン(Met)をロイシン(Leu)に置換した新規ペプチド…およびこれらの製造法に関する。」

(ロ)従来技術等
「モチリン…は哺乳類の血中に存在する生理活性ペプチドで腸管蠕動を活発にする作用を持つことが知られている。…モチリンの13位アミノ酸はMetであって、これは酸化されやすく、酸化されてスルホキシド体になるとモチリンの活性は低下する。…天然のモチリンは動物臓器から抽出する方法で得ることができるが、この方法では量的に不十分である。…従って、モチリンの活性を有する物質を安価に大量に供給することが望まれている。」

(ハ)問題点を解決するための手段

「本発明者は、…モチリンの13位MetをLeuに変換したペプチド(13Leu−モチリン)がモチリンと同等の活性を有し、酸化による活性の低下のないことを見出した。さらにこの13Leu−モチリンを安価に大量に供給する方法について研究した結果、遺伝子組換え技法で供給することができることを見出した。」

(ニ)効果

「13Leu−モチリンは天然型ウシモチリンと同等の腸管収縮活性を示すことが判った。」

C本件特許出願に係る発明と引用発明との相違は次の通りです。

 本願発明 アミノ酸配列の14位がグルタミン(Gln)である

 引用発明 14位がグルタミン酸(Glu)である

D取消事由は次の通りです。

(イ)審決は、相違点についての判断(事由1)及び効果についての判断(事由2)を誤った結果、本願第1発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(ロ)審決は、「引用例に記載の14位のグルタミン酸(Glu)をグルタミン(Gln)に置換することに格別の困難性は存在しない」と判断するが、誤りである(事由1)。

(ハ)本願モチリンでは、0.25μg/Kgの投与で腸管運動亢進作用が認められ、2.5μg/Kgの投与で最大活性値を示すのに対し、引用例モチリンでは、0.25μg/Kgの投与ではほとんど腸管運動亢進作用が認められず、5.0μg/Kgの投与においても、本願モチリンの1.0μg/Kgの投与と同程度の腸管運動亢進作用しか示さなかった。また、0.5μg/Kg及び1.0μg/Kgの投与量において、本願モチリンは引用例モチリンに比べて約6ないし9倍の活性を示した。イン・ビボ(生体内)試験において、約6ないし9倍の活性強度の差を示す上記比較試験の結果は、到底予測し得るものではなく、少ない投与量で活性を示し、また、最大活性値においても優れている本願モチリンが引用例モチリンに比して顕著な効果を有していることは明らかである(事由2)。

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E裁判における甲の主張

{取消事由1について}
(イ)審決の相違点についての判断は、13位のメチオニンがロイシンで置換されたモチリン誘導体においても、14位のアミノ酸がグルタミン酸であるモチリンとグルタミンであるモチリンとを同効のものと考えていたから、引用例に記載の14位のグルタミン酸をグルタミンに置換することに格別の困難性は存在しないということになり、他に何ら具体的根拠を示すことなく、同効のものだから置換は容易であるという乱暴な論理である。

(ロ)「同効のものと考えられていた」のであれば、他に必要性が見いだしえない限り、当業者において新たに作製してみようとする動機がない。

{取消事由2について}

(ハ)ペプチド系生理活性物質の構成アミノ酸の1つを他のアミノ酸に置換すると、その生理活性が通常低下することからすると、本願モチリンが天然モチリンと同等の活性を有することは、むしろ予測し得ないことである。

F特許庁(乙)の主張

{取消事由1について}

(イ)引用例には、「14−グルタミン酸の側鎖のアミド基が生物の活性に影響しない」という表現で、13位がロイシンで14位がグルタミンであるモチリン誘導体について触れられているのであるから、本願モチリンの構成が実質的に示唆されており、本願第1発明の構成に困難性がないことは明らかである。

{取消事由2について}

(ロ)一般に生理活性が既に知られているペプチドについて、アミノ酸の置換、付加、欠失等によりその誘導体を製造して、その生理活性の強さ、作用の持続性、安定性を試験して医薬品としての可能性を研究することは、当業者が普通に行っていることである。このような研究においては、当業者はペプチド誘導体の構造(アミノ酸配列)と既に知られている生理活性との相関を検討するのが当然であり、ペプチド誘導体を製造すればその生理活性の強さ(腸管運動亢進作用の強さ)を必ず試験により確認するのである。

(ハ)そうすると、腸管運動亢進作用について、本願第1発明のモチリン誘導体が引用例に記載のモチリン誘導体に比較して量的な面で優れているとしても、その効果を発明の構成と切り離してそれ単独で判断することは適当でなく、生理活性ペプチドの技術分野における上記の事情を考慮して、顕著な作用効果を奏するものではないと判断するのが妥当なのである。


 [裁判所の判断]
@裁判所は取消事由1について次のように判断しました。

(イ)引用文献には、「14−グルタミン酸の側鎖のアミド基が生物の活性に影響しない(であろう)」という記載がある。

(ロ)審決の判断は、引用例に、引用例モチリンと本願モチリンとが同等の生物活性を有しており、同効のものであることが示唆されていることを根拠にしており、引用例の記載に照らすと、引用例に基づき本願第1発明のモチリン誘導体を製造することは当業者が容易になしうることであるとみることも可能である。

(ハ)引用例には、14位がグルタミンである本願第1発明のモチリン誘導体の製造方法や現実に製造した事実あるいはその生物活性に関する具体的な効果については開示されておらず、本願モチリンが引用例モチリンと同質の効果を有するものであったとしても、それが極めて優れた効果を有しており、当時の技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものであれば、進歩性があるものとして特許を付与することができると解するのが相当である。

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A裁判所は取消事由2について次のように判断しました。

(イ)前述の通り、0.5μg/Kg及び1.0μg/Kgの投与量において、本願第1発明のロイシンモチリンは引用例モチリンに比して約6ないし9倍の活性を示すことが認められる。

(ハ)上記認定の事実によれば、本願モチリンは、引用例モチリンに比して量的に著しく顕著な腸管運動亢進作用を奏していると認められ、本願モチリンは、引用例に記載された発明及び天然モチリンの14位がグルタミンである等の周知事項から予測できない顕著な効果を奏しているものと認めることができる。

(ロ)(乙は、天然モチリンのアミノ酸配列の14位のアミノ酸残基が正しくはグルタミンであることが明らかになっていた等の事情を主張するが)、ある発明に想到することが一見容易であるように見えても、その発明が当時の技術水準から予測される範囲を超えた顕著な作用効果をもたらすのであれば、これを特許するのが相当というべきである。


 [コメント]
@選択発明の進歩性の判断では、先行発明において発明特定事項が上位概念という形で示されているので、そこから下位概念を導くことが容易ではないというためには、顕著な効果が発揮されることが必要です。顕著な効果には、異質な効果と同質な効果とがあり、前者は新たな創作の存在を認め易い(∵新たな構成により別個の効果が発揮されるから)、後者の場合にはどういうケースで選択発明の進歩性が認められるのかが本件のテーマです。

A本件で重要なのは次のような事情であると考えられます。

(イ)構成から効果を予測しにくい化学の分野で先行の特許出願の明細書に開示された化学物質の一成分を他に置換することで、本願発明に到達できる、

(ロ)置換することで同等の効果(生物活性)を発揮するだろうという示唆が認められる、(ハ)特許出願人が実験をすると、当業者が予期できない顕著な効果(従来技術に比して6〜9倍の生物活性)が得られた。

B技術は適宜変更して用いるのが通常だから、現に社会に公開された発明(新規性を喪失した発明)以外に当業者が容易になし得る発明も社会の共有財産として、特許性を否定する。これが進歩性の考え方です。

C一定の手段(技術)によりどの程度の効果を発揮するかということは事業者にとって重要であり、所定の効果を発揮する手段を採用するために、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を強いるとすれば、それは未だ社会の共有財産になっているとは言えません。

Dそうであるならば、効果の顕著性が量的な効果の顕著性であっても、選択発明の進歩性を認めるべきです。


 [特記事項]
 
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