[事件の概要] |
@乙(被告)は、「果菜自動選別装置用果菜載せ体と果菜選別装置と果菜自動判別方法」という発明について特許出願をして特許権を取得しました(特許第4920841号) A甲(原告)は、その特許権について進歩性の欠如及び発明の不明確性を根拠として無効審判を請求したが、本件審判の請求は成り立たないという審決が出されたので、審決取消訴訟を提訴しました。 B裁判所は、進歩性に関する取消事由を認めて上記審決を取り消しました。 C乙の特許権の請求項1は次の通りです。 (イ)果菜載せ体が無端搬送体に多数取付けられた果菜搬送ラインの供給部において果菜載せ体の上に果菜を載せて搬送し,搬送中に果菜を計測部で計測して等階級等を判別し,果菜載せ体の上の果菜を判別結果に基づいて振り分けて搬送ラインの搬送方向側方に送り出す果菜自動選別装置の果菜載せ体において, (ロ)果菜載せ体は搬送ラインの搬送方向側方に往復回転可能な搬送ベルトを備え,搬送ベルトの上に果菜を載せることのできる受け部が設けられ,搬送ベルトの上方であって前記受け部よりも往回転方向後方に仕切り体が設けられ,仕切り体は前記受け部よりも上方に突出しており,搬送ベルトの往回転に伴ってその往回転方向に移動し,復回転に伴ってその復回転方向に戻ることを特徴とする果菜自動選別装置用果菜載せ体。 D乙の発明の対象は、各種果菜をサイズ別,形状別,糖度別など規格(等階級)別に選別するための自動選別装置用果菜載せ体などに関するものであり,特に,トマト,桃,梨,メロン,西瓜などの果菜の選別に適したものです。 E本発明の目的は、従来の技術ではトマトを転倒して果菜引受け体に排出するため,トマトが転がってその表面が傷付いたり,転がって勢いがついて別のトマトとぶつかって互いに痛むことがあるという問題を解決することです。 F本発明の効果は、「方向と直交する左右方向に進行させて果菜を搬送ライン脇の果菜引受け体に送出することとしたため,果菜載せ体から果菜引受け体への果菜の乗り換え時に落下して傷んだり,転がって他の果菜とぶつかったりするようなことがなく,極めて傷みの発生が少ない果菜自動選別装置を提供することができる」ことです。 G甲が主張する無効理由の一つは、甲2発明(特開平3−256814号)に甲3号発明(特開平11−286328号)を適用することで本願発明に到ることは容易であるということです。 H特許発明と甲2発明との相違点 果菜自動選別装置用果菜載せ体において,果菜載せ体の搬送部材に関し, 本件発明においては,搬送部材が「往復回転可能な搬送ベルト」であり,「搬送ベルトの上方であって受け部よりも往回転方向後方に仕切り体が設けられ,仕切り体は前記受け部よりも上方に突出しており,搬送ベルトの往回転に伴ってその往回転方向に移動し,復回転に伴ってその復回転方向に戻る」のに対して, 甲2発明においては,搬送部材が「傾動可能な受け台8」である点。 I甲3発明には、次の事項が記載されています。 「搬送路に沿って搬送ユニットを搬送し,その搬送過程において,搬送ユニット上の搬送物を搬送方向と直交方向に設けた仕分けシュートに搬出する小物類の仕分け装置において,搬送ユニットが,搬送方向と直交する方向に走行可能であって端部位置で巻回される搬送物を載置する移送シートを備えて成り,この移送シートは,常態で中間部で窪んであり,この状態で移送シートを仕分けシュートに対応する位置で走行させることにより,搬送物を移送シートの走行方向の端部位置で仕分けシュートに搬出することを特徴とする小物類の仕分け装置」 J審決は、取消理由について次のように判断しました。 (イ)甲2発明の搬送対象は,傷付きやすく,傷みやすく,形状,大きさが一つずつ異なる「キューイK」(果菜)であり,甲3発明の搬送対象は「搬送物P」(薄物や不定形品などの小物類,例えばビン,缶)であるから,甲2発明と甲3発明とは,搬送対象に関して,「物品」という上位概念では共通するものの,その具体的性状を異にする。 そのため,甲2発明と甲3発明とは,「物品選別装置用物品載せ体」として上位概念では類似しているが,具体的な技術分野が共通しているとまではいえない。 (ロ)また,「物品の損傷や破損の防止」という上位概念での課題としては共通していても,「搬送物同士の衝合による損傷や破損」しないようにする力の大きさ等の隔たりがあるから,甲2発明に甲3発明を適用する動機付けは乏しい。 (ハ)甲3発明の移送シートは,果菜が転がる可能性があるから,甲2発明に甲3発明を適用することには,むしろ阻害要因がある。 甲3発明 図2 甲3発明図6 K甲は、裁判所で次のように主張しました。 (イ)甲3は,重心が不安定で,破損しやすく,転動するおそれがある搬送物を仕分けることを課題としているところ,【0035】には,窪み部に搬送物を安定した状態で保持できることが開示されているので,甲3の記載に接した当業者は,「果菜」のような「傷付きやすく,傷みやすく,形状,大きさが一つずつ異なるもの」で「転がる」可能性のある搬送対象に対して甲3発明を適用することを容易に想到するのである。 (ロ)なお,搬送する物品の種類に応じて,安定に載置されるように工夫することは,当業者が適宜行う設計事項であるから,審決が認定したような阻害要因は存在しない。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、引用発明の技術分野の共通性について次のように判断しました。 (イ)甲2発明は,キューイ等の果菜を選別する装置における果菜を載置する受け台に関するものであり,また,甲3発明は,上記のとおり,薄物や不定形品などの小物類を自動的に仕分ける装置における小物類を載置する搬送ユニットに関するものであるから,甲2発明と甲3発明とは,物品を選別・搬送する装置における物品載せ体,すなわち「物品選別装置用物品載せ体」に関する技術として共通しているといえる。 (ロ)両者が搬送する物品は,甲2発明ではキューイ等の果菜であるのに対して,甲3発明では薄物や不定形品などの小物類であり,物品の大きさや性状に大きな相違はない。 (ハ)果菜が傷みやすく傷付きやすいとはいえ,甲1発明(実開平6−23936号)にも示されるように,従来から,果菜を選別して搬送方向から側方に送り出す際であっても,容器を傾倒する方式が採用されていたのであるから,破損しやすい小物類との間で,技術分野が異なるというほどに相違するものではない。 A裁判所は、引用文献の課題の共通性について次のように判断しました。 (イ)傾動させて搬送物を搬送方向側方に送り出すには,ある程度の落下による衝撃,あるいは,接触時に衝撃が生じ,搬送物に損傷や破損の生じるおそれがあることは,従来技術の秤量バケットEを可倒させて,果菜Bを転がして落とす自動選別装置において,傷が付いたり潰れたりするという問題を解決するために,バケット式の果菜載せ体をベルト式の果菜載せ体に置換したと甲1に記載されるように,その構成自体から明らかな周知の課題である。 (ロ)甲3発明は,従来の傾動可能なトレイを備えた方式の場合は,搬送物同士の衝合による損傷や破損の生じるおそれがあり,破損しやすい搬送物の搬送には不向きであるという課題を解決するものである。 (ハ)そうすると,甲2発明と甲3発明は,課題としての共通性もある。 B阻害要因について (イ)被告は,甲3発明の移送シート49は,わずかであっても上下動するので,転がりやすい搬送物が転がるため,果菜の転がりによる傷付きを解消することはできないから,甲3発明を果菜に適用することは,阻害要因がある旨主張する。 (ロ)しかし,甲3発明は,ターンテーブル方式による従来例について,水平面であることによって円筒物が転動して落下するという問題を指摘しており,搬送物によっては,転がりやすいものもその射程に置いているものである。そうすると,移送シート49がわずかに上下動することが阻害要因になるということはできない。 (ハ)また,果菜を転がらないように果菜載置部(受け部)の構造を工夫することは,本件特許の出願前から周知であり(甲1,2,5),適宜,受け部の構造について搬送物の転がりの生じないように工夫するものである。 |
[コメント] |
@特許庁の進歩性審査基準には、“技術の具体的な適用に伴う設計変更などは、当業者の通常の創作能力の範囲であり、相異点がこれらの点のみにある場合は、他に進歩性の存在を推認できる根拠がない限り、通常は、その発明は当業者が容易に想到することができたものと考えられる。”と記載されています。 副引用例の物品載せ体において物品が多少の上下動をするので果実が転がる可能性があるとしても、転がらない形態に変更することは、載置対象を小物から果菜に変更することに伴う設計変更であり、通常の創作能力の範囲と考えるべきであります。 Aまた進歩性審査基準には、“進歩性の判断は、本願発明の属する技術における特許出願時の技術分野を的確に判断した上で、当業者であればどうするのかを常に考慮して、引用発明に基づいて当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことの論理づけができるか否かにより行う”と記載されています。 果菜は傷つき易いので小物類を載せることを対象とする副引用例の移送シート(中央が窪んだもの)を果菜載せ体に適用することに阻害要因があると主張するのであれば、およそ果菜の当業者が転がり易い扱い方をすることが考えられない、ということを、技術常識から考えられないということの証拠を示す必要があります。しかし、裁判所が指摘したように、果菜の選別の際に載せ台を傾けて転がして仕分けるということが普通に行われていたことが別の引用文献に開示されていますので、当業者が果菜を転がすようなことはしない、ということはできません。 Bさらに進歩性審査基準には「刊行物中に請求項に係る発明に容易に想到することを妨げるほどの記載があれば、引用発明としての適格性を欠く。しかし、(中略)一見論理付けを妨げるような課題があっても、技術分野の関連性や作用、機能の共通性等、他の観点から論理付けが可能な場合には、引用文献としての適格性を有している。」と記載されています。 果実が転がって傷がつくという不都合があるとしても、物品選別装置用の物品載せ体という技術の共通性や物品に傷を防止するという課題の共通性から、その記載は組み合わせ阻害要因に該当せず、進歩性はあると判断するのが順当であると思われます。 C阻害要因となるか否かは、発明への動機付けの論理の要素(課題の共通性、技術分野の共通性、作用・機能の共通性、示唆)と切り離して考えるべきではなく、それらの要素との間で相対的に評価すべきです。 |
[特記事項] |
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