[事件の概要] |
@甲(原告)は、「三次元罫書き装置」という発明について米国特許出願をし、パリ条約優先権を主張して日本へ特許出願(特願昭34−8830号)をし、進歩性の欠如を理由として拒絶査定を受けたので審判(抗告審判)を請求しました。その結果、出願公告となり(昭和41−17520)、これに対して異議申立があり、審判請求が成り立たない旨の審決が出されたために、これを不服として本訴訟が提起されました。 A本件特許出願に係る発明の内容は次の通りです(特許請求の範囲)。 (1)横向に走る細長い案内装置を有する水平定盤で使用するための罫書き装置にして、 (2)前記案内装置に沿って滑動可能に前記定盤11上に支持されるべき底部材17と、 (3)右底部材から前記定盤に対して直角に延出した直立脚柱15と、 (4)右直立脚柱上に装架されその軸方向に可動な取付用加減装置40と、(5)前記直立脚柱に対し直角方向に摺動し得るように前記取付用加減装置によって担持され右加減装置に対し軸線方向の相対運動は可能であるがその軸線のまわりの回転運動は錠止された細長い横棒14と、 (6)右横棒上にその軸線に対し平行に設けられた第一目盛と、 (7)前記直立脚柱上にその軸線に対し平行に設けられた第二目盛30と、 (8)前記横棒の一端に隣接して装架された第一及び第二の罫書き針を有し、 (9)右第一の罫書き針は前記第一目盛に直角な面内で枢動し得るようにされて定盤上の工作物上の相隔たる点間の水平距離を前記第一目盛上で測定することができ、 (10)前記第二の罫書き針は前記第二目盛に直角な面内で枢動可能にされて、工作物上の相隔たる点間の垂直距離を前記第二目盛で測定することができる罫書き装置。 (符号は筆者がいれました)。 本件特許出願 引用文献2 B特許出願に係る発明の目的は、重量鋳物を加工する場合、最終寸法が不正確であることが予備的な機械作業が相当進んだ後で判明するという不都合を除くため、機械作業に取り掛かる前に十分な三次元罫書きを行い得る装置を提供することです。 C特許出願に係る発明の作用は、次の通りです。 (a)底盤11には平行溝19,19及び20,20が設けられており、底部材17の下面に付設した車(図示せず)が平行溝内を走行することができる。 (b)直立脚柱15に対して加減装置40及び横棒14が昇降可能であり、加減装置に対して横棒が軸方向にスライド可能である。 (c)横棒13の幅方向端部14aは溝孔115を有し、該溝孔の中にブロック116が枢動自在に枢着されている。罫書き針12はブロック116の中に受け入れられて定盤11に平行な弧を描いて移動することができる。 D特許出願人は、本願発明が次の効果を奏すると主張しました。 (イ)(8)及び(10)の構成により、水平に枢動する罫書き針をもつて工作物上に水平線を罫書くことができる。 (ロ)(5)、(8)、(9)及び(10)の構成により、横棒の端部付近に設けられた二つの罫書き針が、従来横棒に邪魔されて到達不能であつた工作物、特に鋳物の穴の中まで到達し、穴の壁上に罫書くことができる。 (ハ)同構成により、定盤上に置かれた工作物の一つの側の罫書きを終えた後、横棒を移して引き続き、反対側の罫書きをすることができ、特に横棒を上方に動かしても跨ぐことができない程、丈の高い工作物の場合でも、これを据え直す必要がない。 (ニ)(8)、(9)及び(10)の構成により、二本の罫書き針が互に独立しながら、無関係ではなくし、これを平行と直角との両面の二様の罫書きに使い分けるにも第三引用例のもののように一本の罫書き針の取付替えをする必要がないから、作業能率に格段の差異があるのみならず、針の取付替えに伴う基準点の喪失による精度の低下がない。 (ホ)(10)の構成により、第二の罫書き針が横棒の先端から突出して水平に枢動するので、横棒に平行な面のみならず、直角な面にも罫書くことができる。 E本件特許出願の審判において、昭和7年実用新案出願公告第10628号公報(第一引用例)、米国特許第2、594、457号明細書(第二引用例)、特許第119659号明細書(第三引用例)から容易に発明できると判断されました。 F上記審判では、引用発明について次のように記載しました。 {第一引用例} 「横向に走る細長い案内装置を有する水平盤で使用するための罫書き装置にして、前記案内装置に沿って滑動可能に前記定盤上に支持されるべき底部材と、右底部材から前記定盤に対して直角に延出した直立脚柱と、右直立脚柱上に装架されその軸方向に可動な取付用加減装置」 {第二引用例} 「直立脚柱上に装架されその軸方向に可動な取付用加減装置と、前記直立脚柱に対し直角方向に摺動し得るように前記取付用加減装置によって把握され、右取付用加減装置に対し軸線方向の相対運動は可能であるがその軸線のまわりの回転運動は錠止された細長い横棒と、右横棒上にその軸線に対し平行に設けられた第一目盛と、前記直立脚柱上にその軸線に対し平行に設けられた第二目盛」を備えた罫書き装置。 {第三引用例} 罫書き針を罫書き針取付腕に対して直角な面と水平な面で枢動し得るようにした構成。 G審判官は、特許出願に係る発明の進歩性に関して判断しました。 (イ)第二引用例に示されるような罫書き装置において、これを、第一引用例に示されるように横向に走る細長い案内装置を有する水平定盤に対し滑動可能にし、また、その横方向部材に取り付ける罫書き針を第三引用例に示されるように横方向部材に対して直角な平面と水平な平面で枢動し得るようにすることは、いずれも罫書き装置に関する各引用例のものの構成部分の寄せ集めであって、これにより新たな作用効果が生じるものとは認められない。 (ロ)その明細書、図面の記載及び特許出願人の主張を見ても、第一、第二の罫書き針は、それぞれ別個独立に使用されるものであつて、両者の間に第三引用例に示されるような罫書き針によっては得られない作用効果を生じるような特殊な関係があるものとは認められない |
[裁判所の判断] |
@裁判所は特許出願に係る発明が引用文献の寄せ集めであるという点は認めました。 (イ)第一引用例に示されている技術は本願発明の(1)ないし(4)と同一構成の取付用加減装置であり、第二引用例に示されている技術は本願発明の(4)ないし(7)と同一構成の罫書き装置であり、第三引用例には、本願発明の(8)ないし(10)の構成のうち、罫書き針をその取付部材に対し直角な面と水平な面とに枢動し得るようにした技術が示されている。 (ロ)従って、本願発明は、いずれにしても複数の公知技術の寄せ集めによって構成されているものといわなければならない。 A次に裁判所は顕著な効果の有無に関して次のように判断しました。 (a)第一引用例によれば、第一引用例のものによっては、工作物の前面及び後面に水平線を罫書くことができるが、左側面及び右側面には水平線を罫書くことができないことが、第二引用例によれば、第二引用例のものによっては、工作物の前面、後面、左側面及び右側面のいずれにも水平線を罫書くことができないことが、また第三引用例によれば、第三引用例のものによっては、工作物の前面及び右側面に水平線を罫書くことができるが、工作物の後面及び左側面には水平線を罫書くことができないことがそれぞれ認められるから、結局、いずれの引用例のものによっても工作物の左側面には水平線を罫書くことができないものといわなければならない。本願発明において水平線の罫書きが可能な工作物の面は、前面、後面、左側面及び右側面のすべてにわたるものであることが認められる。したがつて、本願発明の(イ)の作用効果は、少くとも工作物の左側面上の水平線の罫書きも可能な点において、各引用例にない新たなものというべきである。 (b)各引用例のものの罫書き針が工作物の穴に到達可能な構造をしていることは示されていないから、これによって工作物の穴の中の罫書きが可能であるということはできない。したがつて、本願発明の(ロ)の作用効果は各引用例にない新たなものというべきである。 (c)第三引用例のものにおいては、横棒を定盤上の工作物の一方の側から反対側に移すことができない(これがため、前記のように、工作物の後面に水平線の罫書きも不可能になる。)ことが認められ、また第二引用例のものは、もともと、型板の外形を投影する湾曲面上に所要の曲線を描くことを意図したものであつて、立体罫書き(三次元の罫書き)を意図したものでないため、罫書きをするには、横棒を柱上に固定して摺動させず、基部を基盤上に動かすことによるほかなく、また、定盤上には横棒を工作物の一方の側から反対側に移動させる案内装置もない(これがため、前記のように、工作物のいずれの面の水平線の罫書きも不可能になる。)ことが認められる。したがつて、第二、第三引用例のものには、横棒を移すだけで工作物の両側を引続いて罫書きすることを可能にする作用効果を期待することができない。ただ、前出甲第四号証によれば、第一引用例のものは、一応、そのような作用効果を有する(これがため、前記のように、工作物の後面に水平線を罫書くこともできる。)ことが認められるが、同時に、右引用例においては、横棒を工作物の一方の側から反対側に移すには工作物の上を跨がせる構造のため、工作物の丈が高きに過ぎて横棒を移すことができない場合も生じ得ることが認められる。したがつて、本願発明の(ハ)の作用効果は、少くとも工作物の丈にかかわらず、罫書き針を装架した横棒を移動させるだけで定盤上の工作物の両側を引続いて罫書きすることが可能な点において、各引用例にない新たなものといわなければならない。 |
[コメント] |
@進歩性審査基準には、請求項に係る発明が引用発明と比較した有利な効果を有していても、当業者が請求項に係る発明に容易に想到し得たことが十分に論理付けられたときには進歩性は否定される、但し、引用文献と比較した有利な効果が、技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものであることにより、進歩性を否定されないこともある、と説明されています。 A進歩性審査基準の上述の説明の具体例の一つが本事例です。通常、顕著な効果というと化学分野の発明(例えば選択発明)を考えますが、本事例は珍しく機械の分野を扱っていますので、紹介しました。 B機械の分野では技術要素の組み合わせに予測性があることが多く、“顕著な効果”という主張が簡単には認められません。本件では、特許出願人が多数の効果(イ〜ホの効果)を主張し、裁判所はそのうちイ〜ニの効果を肯定してこれら全体として顕著な効果と認めました。 Cもっとも何でも多数の効果を主張すればよいというものではないでしょう。本事例では、多数の効果が生じたということは、特許出願に係る発明を構成する技術的要素同士の関係が、引用文献に開示されていないからであると考えられます。そうした技術的要素同士の関係は単なる設計変更(或いは設計的事項)であると極め付けられることがありますが、実際にはそうでないと反論できることが多くあります。 D本件の場合には、横腕の一端に装架された第一罫書き針が枢動し得るという点が重要であり、それにより工作物の穴内に罫書きができるなどの顕著な効果を奏しました。 E本件の教訓として、次をことが言えると考えます。 {第1の教訓} 機械の分野で“顕著な効果”を主張する場合でも、発明の構成の相違が主、効果の相違が従であるという形に持ち込むのが有効である。 {第2の教訓} 発明の効果は、特許出願の準備の段階で十分に考案しておき、請求項又は実施例記載の発明の効果として記載しておくと、特許出願の審査の段階でもつれることがない。 |
[特記事項] |
進歩性審査基準に引用された裁判例 |
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