[事件の概要] |
@甲(被告)は、名称を「替え刃式鋸における背金の構造」とする登録第1951623号実用新案(昭和61年4月28日登録出願、平成2年11月20日出願公告、平成5年2月12日設定登録。以下「本件考案」という。)の実用新案権者です。 A乙(原告)は、甲を被請求人として、特許庁に対し、本件考案について登録無効の審判を請求し、平成6年審判第2958号事件として審理された結果、「本件審判の請求は、成り立たない」との審決があったため、これに対して本件訴訟を提起しました。 B本件考案の要旨は次の通りです。 (イ)柄2の先端部に背金3を取り付け、該柄2への鋸替え刃4の取り付けに際しては、背金3の内側に形成した支持部5に、替え刃4の凹部6を掛け合わせるように形成した構成の替え刃式の鋸において、 (ロ)背金3全体の長さを、替え刃4の手前側基部を支持する寸法に設定するとともに、背金3における支持部5が位置する下方の間隙部Bを、鋸替え刃4の基部を容易に差し入れ得る巾に設定して解放し、該巾広上の間隙部Bを、背金3における支持部5よりも前方側で、かつ、背金3の下方側付近、あるいは、背金3の先端側付近に形成した鋸替え刃4の厚み以下に設定した狭まり部Cに至るまで継続させ、 (ハ)背金3への鋸替え刃4の掛止め操作時にあっては、鋸替え刃4の背部が該狭まり部Cに至るまでは、狭持状態となることなく自由に回動させ得るようにする一方、鋸替え刃の完全装着時にあっては、専ら該恒久的な狭まり部Cによって狭持され、背金3における他の内壁面部分は、鋸替え刃4の側面部に対して、圧接状態とならないように形成したことを特徴とする替え刃式鋸における背金の構造。 C本件考案の目的は、鋸替え刃を係合させるための背金に関し、背金に替え刃を差し入れる間隙を形成するとともに、背金の一定箇所にその間隙を少なくした狭まり部を形成することで、厚さの異なる鋸替え刃に対しては使用できないという不便さを解消することです。 D本件考案の作用は、次の通りです。 背金部への替え刃4の取り付けに際しては、第2図に示す通り、鋸替え刃4の端部Aを、背金3に形成せられた間隙部B内に差し入れると同時に、鋸替え刃に形成された凹部6を、背金の支持部5に掛け合わせた状態とした後、鋸替え刃全体と上方へ押し上げるという操作によって行われるものです。 E本件考案では、鋸替え刃の差し替え作業を容易とするための構造を有します。 具体的には、差し替え作業を、 第1工程:鋸替え刃の凹部6を背金内へ挿入する 第2工程:挿入した凹部を支持部5に掛け合せる 第3工程:支持部を中心に鋸替え刃を回転させ、狭まり部を経て背金の奥へ到達させる というように分解して、第1、第2工程を容易とするために、支持部5の下方へ刃の挿入口として幅広の間隙部Bとし(要件aという)、かつ第3工程を容易とするために、背金の前部の上端部側へ継続するようにしました(要件bという)。背金の前部の上端部より下側には狭まり部Cを形成し、支持部5を中心とする鋸替え刃の回転によりテコの原理により、鋸替え刃が狭まり部Cを強制通過するようにしました。 F審決は、本件考案の構成要件(ロ)の間隙部を要件a及び要件bに分けて、要件bを除く本件考案の構成は、引用文献1に開示されており、要件bは引用文献4〜7に開示されていると分析しました。 G要件bは、要するに、刃を支持する挟持手段として、上端が狭まる断面U字形として、下端側に間隙部とした形態ですが、それ自体はありふれた形態です。金属板を曲げ加工して挟むようにすれば、そういう形態にするのが普通だからです。 H審判官は、引用文献4〜7には支持部の下方に間隙部を設けていないし、これら引用文献は、厚みの異なる替え刃を装着容易とするという課題も開示していないので、上記間隙部を引用文献1へ適用することは容易ではない、と判断しました。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、引用文献1と引用文献4〜7との関係について次のように判断しました。 (イ)引用考案1は、前記1認定のとおり、目立てあるいは鋸刃の交換使用のため、柄に対して鋸刃を簡単に着脱できるようにするため、鋸刃に円弧状の凹所を形成し、柄の基端部には該凹所と係合する係止部を設けたものであるが、同じ厚さの鋸刃を交換の対象とするものであることは、鋸刃保持体を形成する鋼板が鋸刃の厚さ寸法に等しい間隙を残して2重に折曲げた構成から明らかである。 (ロ)しかしながら,鋸刃の厚みは鋸刃の刃長さによって種々異なっているのが普通であるから、鋸刃に一定の剛性を持たせるためには、刃の長いものは刃の短いものに比べ厚くしなければならないことは技術常識としても理解できる。したがって替え刃式鋸において、そのような厚みの異なる鋸刃をも交換して使用できるようにすること、すなわち、本件考案の技術的課題(目的A)自体は引用例1に接した当業者であれば容易に予測できる。 (ハ)引用例4ないし7に記載された狭持体の下方側付近にナイフ、剃刀の厚み以下に設定した狭まり部を、その上方には被狭持部材の厚み以上に設定した巾広の間隙部を設ける狭持手段は、ナイフ、剃刀の厚みが異なってもその弾性による狭持力により狭持できることは明らかであり、その構造自体が種々の厚みのナイフ、剃刀に対応して狭持させるという技術的思想のもとに製作されているというべきものと認められる。 (ニ)そうすると、引用考案4ないし7の上記技術的思想は、厚みの異なる刃物を交換使用するという点において、本件考案の技術的課題(目的A)と共通し、また、本件考案の技術的課題は引用考案1及び鋸刃の厚みは鋸刃の刃長さによって種々異なっているという鋸刃の普通の形態から当業者が予測できるから、種々厚みの異なる鋸刃を装着するという技術的課題を解決するため引用考案1の鋸刃の構成に引用考案4ないし7の構成を転用することは当業者において極めて容易に着想することが可能というべきである。 (ホ)そして、引用考案1における「柄の先端部に取り付けた鋸刃保持体の狭持溝に設けた係止部と鋸刃の基端部に形成した円弧状の凹所」による交換刃の支持態様は厚みの異なる鋸刃の交換にも採用できるものであり、また、厚みの異なる鋸刃の交換のため係止部の下方の間隙部は、交換に使用する最大厚みの鋸刃の基部を差入れられる巾と差し入れるに差し支えない程度の支持部からの前方側距離を設けておけば足り、引用考案1の鋸刃保持体の狭持溝の形状として引用考案4ないし7の構成を転用することを阻害する事情が存するものとは認められない。 (ヘ)また本件考案が奏する作用効果は、引用考案1の鋸刃の構成に引用考案4ないし7の構成を転用することによって当業者が容易に予測できる範囲のものにすぎない。従って本件考案は引用考案1及び引用考案4〜7に基づいて当業者がきわめて容易に想到できた。 Aさらに裁判所は審決の判断(及び甲の主張)に関して次のように判断しました。 (イ)被告は、ナイフ等の他の技術分野における公知の狭持手段Bを引用考案1の鋸背金に転用することが極めて容易であるとするためには、その狭持手段に本件考案の構成cを設けることが示されていることと、本件考案の「背金に取り付けられる鋸替え刃の厚みが異なった場合にも対応可能とする」目的Aが示されていることが必要であるところ、引用例4ないし7には本件考案に関連する技術的内容は一切記載されていないし、引用考案1には本件考案の目的Aが欠如しているから、狭持手段Bが公知であっても、引用考案1に狭持手段Bを適用することは、当業者において容易に行えることではない旨主張する。 (ロ)しかしながら、技術の転用の容易性は、ある技術分野に属する当業者が当該技術分野における技術開発を行うに当たり、技術的観点からみて類似する他の技術分野に属する技術が存在する場合において、その技術を転用することを容易に着想できるか否かの観点から判断されるべきであり、転用する技術が適用の対象となる技術的思想の創作を構成する複数の構成要件と一致していなければ転用できないとは必ずしもいえない。 |
[コメント] |
@進歩性審査基準では、“課題が共通することは、当業者が引用発明を適用したり結び付けて請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。”と述べており、当該課題は引用文献に直接記載されていることだけでなく、引用文献に記載した用途から導かれる課題も含まれるという具体例として、本件事例を挙げています。 A個人的に分析すると、本件考案は、テコの原理を利用するアイディアであり、下方に幅広の間隙部を有する支持部はテコの支点、背金の前部の狭まり部及び幅広の間隙部はテコの作用点であると解釈される、引用文献4〜7は、挟持手段はテコの作用点という意味合い、本件考案の要件a+bによれば、支持部3下方の幅広間隙部へ替え刃の凹部を挿入したのちに、替え刃のテコ作用により、替え刃が支持部下の間隙部から狭まり部C側へ強制的に差し込まれるという作用は引用文献4〜7にはない、という主張もできたと思います。 Bしかしながら、本件では、替え刃の厚みの相違に対応するという課題が引用文献4〜7にあるかどうかが主要な論点となりました。そうすると特許出願や実用新案登録出願の進歩性の判断は、さまざまな観点から論理付けが試みられるものであり、特に課題の共通性は発明・考案の出発点になるものなので、厚みの異なる刃の交換に対応するという課題に対応して、その課題に適した(しかも比較的ありふれた)引用文献4〜7の挟持手段を引用文献1の構成に適用することは容易である、という判断になったのでしょう。 |
[特記事項] |
進歩性審査基準で引用された事例 |
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