トップ

判例紹介
今岡憲特許事務所マーク


●昭44(ネ)575号 分離自在のファスナ事件


均等論/機能置換性/ファスナ

 [事件の概要]
@甲(被控訴人)は、“分離自在のファスナー”についてスイス国に特許出願をし、パリ条約優先権を主張して昭和32年に特許出願を行い、35年出願公告となり、特許第二六二、〇二三号(本件特許)を取得しました。

A乙(控訴人)は、“ファスナー”について特許出願をし、昭和44年に出願公告となりました。乙が出願公告の明細書及び図面に記載した通り製品を実施し、甲は当該実施を自己の特許権の侵害として訴訟を提起しました。第一審では、裁判官は係争物の「キノコ型小片」が本件特許の「鉤」と均等であると判断しました。乙はこれを不服として控訴しました。

B甲の特許請求の範囲に記載された発明は次の通りです。

 「互に引懸けられる様になっている鉤止部材を備えた二個の支持体にて形成された二個の可撓性部分を連結するファスナーに於て、該支持体の一方はその表面上に多数の鉤を備え、他の支持体はその表面上に多数のループを備えた事を特徴とするファスナ」

C乙の特許請求の範囲に記載された発明は次の通りです。

 「互に引懸けられる様になっている鉤止部材を備えた二個の支持体にて形成された二個の可撓性部分を連結するファスナに於て、該支持体の一方はその表面上に多数の鉤を備え、他の支持体はその表面上に多数のループを備えた事を特徴とするファスナ」

本件発明 
説明図1
係争物
説明図2

D乙の裁判での主張は次の通りです。

 本件特許発明にいう鉤とイ号のキノコ型小片は均等物ではない。

 係合ループとの離脱に際し、本件特許発明の鉤は先端のわん曲部が、外力が加わるにつれて次第に変形し、ほとんど一直線となってループから離脱し、この場合わん曲部の変形に伴い、わん曲部の内側をループがスリップするのであるが、イ号のキノコ型小片は離脱力が強化されてもキノコ頭部は変形せず、茎部が引張り方向に曲げられ、これに伴ってループがキノコ頭部周縁をスリップして係合を解く。

 本件特許の最も優れた同種の実施品にあっては、その鉤が一方口であるためループと係合する割合が比較的少ないに反し、イ号のキノコ型小片はキノコ頭部に方向性がないから、あらゆる方向に係合の機会があり、ループと係合する割合が大きく、イ号の係合力は、実験の結果本件特許の最も優れた同種の実施に比較して六倍強の強さを示し、格段にまさる。

 このように両者は作用効果において著しい相違があるのみならず、本件特許出願優先日当時において当業者が両者の置換可能性を推知することは不可能であつた。

E甲の裁判での主な主張は次の通りです。

乙は、イ号は離脱に際しキノコ頭部が変形しないというが事実に反する。ループとの離脱に際し、ループ係止点と支持点との間の部分の弾性変形によりループとの係合を解くことにおいて、本件特許発明の鉤もイ号のキノコ型小片も同一の原理にしたがうものである。

乙はイ号と本件特許発明の実施品とを比較して作用効果の差を強調するが、本件特許発明の鉤は比較に供された右実施品に限られず、鉤の形状、材質、配置、太さなどを変えることによっていくらでも係合力の強いものを作ることができるから、乙の主張は意味がない。


 [裁判所の判断]
@裁判所は本件特許発明における「鉤」が文言上イ号のキノコ型小片に該当するか否かについて次のように判断ました。

(イ)甲は、本件特許発明にいう「鉤」は、多数のループに引っかかることによって二個の支持体を結合し、弾性変形によりループとの係合から離脱することによって両支持体を分離するという機能を有するものであれば足り、イ号のキノコ型小片は右機能を有するから本件特許発明の「鉤」にあたると主張するが、

(ロ)特許公報の図面は「鉤」としての先端がわん曲した形状のものを示すだけで、明細書中に「鉤」の形状等についての特別の説明、「鉤」の用語についての特別の定義はない、

(ハ)〈書証(いずれも辞典)によると、「鉤」という用語は通常「先の折れ曲つたもの」とか「先端の屈曲した器具の総称」を意味し、機能、用途として「物を引っかけたり、とめたりするのに用いるもの」などとされている、

(ニ)スイス特許第二九五六三八号の明細書、特許公報昭三八―一〇七八号の明細書によると、本件特許発明者自身は先に折れ曲った鉤止部材を「鉤」といい、同じくループに引っかけるための鉤止部材であっても先端の曲っていないものは「鉤」とよんでいない。

zu

A裁判所は、均等論の要件に関して次のように判示しました。

 一般に均等物、均等方法であるというためには、当該物または方法が他の特許発明の構成要素と機能を同じくし、これを取換えてみても作用効果が同一であり、かつ特許出願当時の当該技術分野における平均的水準の専門家にとつて右置換可能を容易に類推できる場合でなければならない。

B裁判所は、下記の観点から、本件特許発明の鉤もイ号のキノコ型小片も、ループとの係合、離脱のメカニズムにおいて同一の原理に従うと認めました。 

(イ)両支持体を重ねて押圧すると鉤(イ号においてはキノコ型小片)はループの中に没入し、両支持体を分離しようとする力が働くと鉤(キノコ型小片)とループとが引っかかりあい、分離に対し抵抗を示すこと、

(ロ)分離力がさらに強くなると鉤(キノコ型小片)はループ係止点(ループが引つかかりあつている点)と支持点(鉤止部材が支持体に支持されている点)との間の部分において変形し、ループと鉤(キノコ型小片)とのなす角度が開き、これが一定の角度(低脱限界角度)以上になるとループは鉤の曲折部(キノコ型小片にあつては頭部周縁)をスリップして引っかかりあいを解き、両支持体が分離されること、

(ハ)鉤(キノコ型小片)とループの係合が解かれると、変形していた鉤(キノコ型小片)はその弾性により原形に復すること。

C裁判所は、下記の観点から、本件特許発明の鉤とイ号のキノコ型小片とは作用効果において著しい相違があり、これを置換しても同効とはいいがたいと判断しました。

(イ) 本件特許の実施品における鉤は先端が下方に向ってわん曲した繊条であるから、ループと係合する方向はその先端のわん曲した方向に限られ、その背面方向についてはなんらの作用を営みえないに対し、キノコ型小片はその頭部が半球形状の笠形をなし、その直径が鉤部より大きいから、あらゆる方向のループと係合しうる可能性がある、

(ロ)従ってキノコ型小片は本件特許実施品の鉤に比して係合の割合が多く、スライドさせようとする外力に対して示す抵抗力も右鉤の場合に比して増大するということができる。

(ハ)テスト結果によると、イ号のキノコ型小片は本件特許の前記実施品に比し、平均して一本につき三倍強の係合力を有し、これらを各鉤止部材とする同面積の布製ファスナー(他方支持体の鉤止部材は、イ号はわん曲橋状ループ、実施品はいわゆる一束状ループ)剥離力において、イ号は右実施品の六倍強の強さを有する。

D裁判所は、均等の容易類推可能性に関して次のように判断しました。

(イ)本特許発明の発明者が「鉤」と「鉤」を引っかけあう面ファスナーを発明する以前に、「拡大部分を有する尖頭」同志をはめこんで係合する面ファスナーが公知であり、発明者自身もスイス特許第二九五六三八号の明細書において、「鉤」と「鉤」を引っかけあう方式のほか「球又はその他のふくらみ」同志をはまりこませる方式の面ファスナーの発明を開示していることが認められる。

(ロ)しかるにその後六年を経て出願された本件特許発明においては、ループと係合すべき鉤止部材に「鉤」をあげているだけで、「球又はその他のふくらみ」を鉤止部材とする意図はその明細書によっては全くうかがうことができない。このことは、発明者においてはめこみ方式の鉤止部材がループとの係合に適しないと考えていたことを推知させる。

(ハ)キノコ型小片はその形状からして前記の「拡大部分を有する尖頭」「球又はその他のふくらみ」の系列に属すると考えるのが通常というべく、米国特許第三一九二五八九号の明細書によると、このキノコ型小片同志をはめこませる方式の面ファスナーがその後特許されていることが認められる。そして、米国特許第三一三八八四一号の明細書によると、本件特許出願後五年を経た一九六二年一〇月の出願にかかる面ファスナーの発明において、初めてキノコ型小片がループに対応する鉤止部材として採用されたことが認められる。

(ニ)以上の事実に、同じ面ファスナーの分野であっても、はめこみ方式と引っかけ方式とでは係合、分離の原理を異にすることを考え合わせると、本件特許出願優先日当時において、本件特許発明の鉤とキノコ型小片との置換可能性を当業者が容易に推考しえたとはたやすく断じがたい。


 [コメント]
@いわゆる均等論は、平成6年のボールスプライン事件に至るまでにも特許権者側の論法としてたびたび主張されましたが、なかなか認められませんでした。

A本件判決も、結果として、均等論に基づく権利者側の主張を否定していますが、均等論そのものを否定しているのではなく、均等が成立するためには、少なくとも、作用・効果が同一でありかつ置換容易でなければならないとし、係争物は、その条件を満たしていないので特許発明の均等の範囲に属しないと判断しました。

B機能の同一及び作用・効果の同一性とは、“鉤”と“キノコ型小片”の如く係止という同種の機能を発揮するだけで足りず、係止力の程度も考慮されることが明らかになりました。

C本件明細書には、係合手段として、「ループ」及び「鉤」しか開示されていません。発明者としては、織物の補助経糸の一部を引き出してループとし、ループの一部を切断して、鉤とするということが自然な考え方であったのですが、特許出願の準備段階で「鉤」の概念を広げる作業が十分に行われていたのかは疑問に感じます。例えば織物から延びる縦棒の先端に横向きの突起を付設すると逆L字状の鉤となる、その突起を2つにするとT字状の係合部になる、さらに突起を4つにすると…、と発想を広げていくと、全方位型の係合が可能となり、キノコ型の係合片も均等の範囲に入ると判断されたかもしれません。


 [特記事項]
 
 戻る




今岡憲特許事務所 : 〒164-0003 東京都中野区東中野3-1-4 タカトウビル 2F
TEL:03-3369-0190 FAX:03-3369-0191 

お問い合わせ

営業時間:平日9:00〜17:20
今岡憲特許事務所TOPページ |  はじめに |  特許について |  判例紹介 |  事務所概要 | 減免制度 |  リンク |  無料相談  

Copyright (c) 2014 今岡特許事務所 All Rights Reserved.