[事件の概要] |
(1)甲(原告)は,丙とともに“鉄骨柱の傾き調整装置および鉄骨柱の傾き調整方法”について特許出願を行い、審査において意見書提出などの中間処理を経て、当該特許出願に係る発明について共同で特許権を取得しました(特許第3487812号)。 (2)原告が,被告製品は原告の有する同特許権に係る特許発明(請求項1)の技術的範囲に属すると主張して,被告に対し,被告製品の製造・貸与の差止め及び廃棄を求めるとともに逸失利益の損害賠償を請求しました。 (3)甲の特許請求の範囲に記載の発明は次の通りです。 A@鉛直に立設された一の鉄骨柱60の端部と,該端部に対向する他の鉄骨柱80の端部との周面にそれぞれ設けられたエレクションピース90,90を連結する連結体1に, A前記両鉄骨柱60,80のエレクションピース90,90間の距離を押し広げる屈曲自在の押圧手段40が設けられ, B該押圧手段40は, @前記連結体1に回転自在に支持された可動レバー41と, A該可動レバー41の先端部に連結され,且つ,前記鉄骨柱60,80のエレクションピース90,90側にガイドされながら移動する押圧レバー42と, B前記可動レバー41と押圧レバー42との連結部をエレクションピース90,90の接離方向に対して直交する方向に押圧する調整ボルト25とを有し, C前記押圧レバー42が,調整ボルト25から入力される押圧力によって,前記他の鉄骨柱80のエレクションピース90を押圧すると共に,前記両鉄骨柱60,80のエレクションピース90,90間の距離を調整してなる Dことを特徴とする鉄骨柱の傾き調整装置。 本件発明 乙1公報 (4)特許明細書は本件発明の効果に関して、次の記載があります(段落0014)。 「連結体に回転自在に支持された可動レバーと,該可動レバーに連結された押圧レバーとの屈曲を,入力される押圧力によって調整するようにすれば,鉄骨柱の傾き調整が容易に行え,作業性の効率化を図るのに有効である。」 (5)Z本件特許出願の審査においては、次の経緯がありました。 @審査官は,本件特許出願につき,次の理由を記載した通知拒絶理由通知書を発送した。 (イ)本件発明は,特開平11−303406号公報,特開平08−189201号公報及び特開平09−256681号公報(乙1公報)に記載された発明に基づいて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものである。 (ロ)2部材間の距離を調整する手段として,回転自在に支持されたレバー及び押圧手段からなるものは引用文献3(乙1公報)にも記載されている。 (ハ)そして,乙1公報には,大リンクと小リンクによって構成される平行リンクとこの平行リンクを起伏させる送りネジ機構を有するジャッキ機構が開示されており,そのネジ機構の作用については,中実角材のねじ穴と角パイプ中央に設けられたきり穴を貫通する寸切りボルトの中実角材側の突出軸に溶着されたナットを操作して,送りねじ作用によって中実角材と角パイプとが互いに近づいたり遠のいたりし,大リンクを介して中実角材側の小リンクがリンクシャフトを軸にして回動して平行リンクが起伏し,上枠が下枠に対して昇降するとの記載がある(乙1)。 A共同特許出願人である丙は,手続補正書を提出して本件公報記載のとおりに明細書を補正するとともに,意見書を提出し,次の主張をした。 (イ)乙1公報に記載されたジャッキ機構は,ねじ機構によってリンクを起伏させるという作用において,本件発明の押圧手段40と共通しているが,本件発明は,調整ボルト(25)が可動レバー(41)と押圧レバー(42)との連結部を押圧する構成であり,調整ボルト(25)の端面で両レバー(41,42)の連結部を移動させるものであり,全く構成が異なる。 (ロ)本件発明は引用文献1ないし引用文献3に開示された発明とは異質のものであり,また各引用発明の単なる寄せ集めではなく,各引用発明に基づいて容易に想到できるものとはいえない。 B本件発明は,平成15年9月19日に特許査定され,同年10月31日に登録された。 (6)この裁判の争点は次の通りです。 争点1 被告製品は,本件発明の構成要件BBを充足するか。 争点2 被告製品は,本件発明の構成要件Cを充足するか。 争点3 原告の損害 (以下、争点2のみに関して説明します) (7)甲の主要な主張は次の通りです。 @本件発明の構成要件Cは「前記押圧レバー42が,調整ボルト25から入力される押圧力によって,前記他の鉄骨柱80のエレクションピース90を押圧すると共に,前記両鉄骨柱60,80のエレクションピース90,90間の距離を調整してなる」というものである。 A被告製品のこれに該当する構成は,次の通りである。 「該押上ナット25を回転させ押上ボルト26を螺合させることにより,押上ナット25がセンターホールブロックh1を介して連結部Q1を連結部Q2の方向に押圧するとともに,押上ボルト26に押上ナット25方向の力を発生させ,押上ボルト26頭部h2に支えられた連結部Q2を押上ナット25方向に引寄せて連結部Q1と連結部Q2を相互に近接させることにより,押上ブロック43を支点軸Pから離間させ,前記他の鉄骨柱80のエレクションピース90を押圧すると共に,前記両鉄骨柱60,80のエレクションピース90,90間の距離を調整してなる」 B被告製品は,押上ナット25を回転させることにより入力される押圧力によって,連結部Q2をエレクションピース90の接離方向に対し直交する方向に押圧することになり,その結果,押圧レバー42a,42bが押上ブロック43を支点軸Pから離間させる構造であり,本件発明と作用する押圧力の方向が同一であるから,被告の主張するように本件発明と異なるメカニズムを有するものではない。 Cしたがって,被告製品は構成要件Cを充足する。 (8)乙の主な主張は次の通りです。 @被告製品は,本件発明の構成要件Cの必須要件である「調整ボルト25」に該当する部材を有しないから,既にこの点において構成要件Cを充足しない。 A被告製品では,押上ナット25を回転させると,その内部に螺合している押上ボルト26の螺合が進行して,押上ボルト26の頭部h2に支えられている連結部Q2を連結部Q1の側に引き寄せることとなる一方,その引寄力の反力によって,押上ナット25がセンターホールブロックh1を介して連結部Q1を押圧することになり,その結果,連結部Q1と連結部Q2が相互に近接する方向に移動して,両押圧レバー42a,42bが押上ブロック43を支点軸Pから離間させて,他の鉄骨柱80のエレクションピース90を押圧するとともに,両鉄骨柱60,80のエレクションピース90,90間の距離を調整するものである。 Bこのように,被告製品は,単に「調整ボルト25」が連結部に押圧力を入力するだけの本件発明とは全く異なるメカニズムにより押圧レバーに押圧力を付与するものであるから,本件発明の構成要件Cを充足しない。 C本件発明の出願経過によれば,平成15年3月14日発送の拒絶理由通知において,2部材間の距離を調節する手段として,回転自在に支持されたレバー及び押圧手段からなるものは引用文献3乙1公報に記載されていると指摘されたのに対し,本件発明の共同特許出願人である丙は,平成15年5月13日受付の意見書乙3において,「本願発明は,調整ボルト25が可動レバー41と押圧レバー42との連結部を押圧する構成であり,調整ボルト25の端面で両レバー41,42の連結部を移動させるものであり,全く構成が異なります」と主張して特許査定を得ている。 D上記によれば,「押上ナット25」及び「押上ボルト26」いずれの「端面」でも両レバーの連結部を移動させるものではない被告製品は,出願経過において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるというべきであって,本件発明の技術的範囲に属すると主張することは出願経過禁反言の法理に抵触し許されない。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、要件Cに基づいて次のように判断しました。 (イ)出願経過によれば,共同特許出願人である丙は,上記意見書において,本件発明の押圧手段40と乙1公報記載のジャッキ機構との差異の説明として,本件発明の押圧手段は調整ボルト25の端面で可動レバー41と押圧レバー42との連結部を押圧する構成であり,2部材間のねじ機構によってリンクを押し引きしてリンクの屈曲を変更することにより昇降するというジャッキ機構とは異なる構成である,と明確に述べたものである。 (ロ)そして,これに基づいて本件発明が特許として成立したことが認められる。 (ハ)上記意見書は,原告とオカモト産業との共通の特許出願代理人によって作成提出されており,これが原告の意に反して作成提出された等の特段の主張立証がない本件においては,出願経過禁反言の法理に照らし,原告が本件訴訟において上記意見書と異なる主張をすることが許されると解すべき根拠はない。 (ニ)したがって,本件発明の構成要件Cの「押圧レバー42が,調整ボルト25から入力される押圧力によって,前記他の鉄骨柱80のエレクションピース90を押圧する」原理としては,少なくとも乙1公報記載のような2部材間のねじ機構によってリンクを押し引きしてリンクの屈曲を変更することにより昇降するというジャッキ機構を含まないものと解するのが相当である。 |
[コメント] |
@特許出願の審査で引用された先行文献には、くの字状に連結された2本のリンクを、水平方向へ移動するねじ機構により伸縮させる構成が記載されています。これに対して、意見書において、“本願発明は調整ねじの端面で押圧するので先行文献と相違する。”と主張したのですから、請求の範囲の「調整ボルト25から入力される押圧力」とは“調整ネジの端面で押すことで入力される押圧力”であると審査官は理解したでしょう。調整ネジを押圧棒として用いることが発明の骨子となっているように推察されます。 A裁判の経緯のみを見ると、特許出願の審査において意見書中に「調整ねじの端面」という言葉を使ったのが不用意であったということになりますが、そこまでしないで特許査定になったかどうかは分かりません。しかしながら、何れにしても意見書で主張している発明内容と請求の範囲に記載された発明内容とが乖離していたために、争いを生じたのであり、その点は問題だったと考えます。 B本件の特許出願は共同出願であり、原告と他の特許出願人との共通の代理人により、意見書が作成されています。裁判所は、“原告の意に反して意見書が作成された等の別段の事情がない限り包袋禁反言の法理を適用することが妥当。”として述べており、原告の意に反して意見書が作成された場合にはどう判断されるのかが気になるところです。 |
[特記事項] |
戻る |