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●昭和35年(行ケ)第34号


進歩性(特許出願の要件)/商業的成功/紡織機

 [事件の概要]
@甲(原告)は、“精紡機におけるトップローラー軸受装置”の考案について実用新案登録出願を行い(実願昭30−7302)、拒絶査定が出されたので、審判を請求し、請求が成り立たない旨の審決が出されたので、本件訴訟に至りました。

A本件の登録請求の範囲は次の通りです(実公昭38−25819)。

 「主体(1)の左右に設けた軸受溝(2)(2)の前方側壁およびその中間における主体(1)の上部を連通して一定幅の切溝(3)を穿ち、該切溝内にポリスチロールその他の硬質耐摩性合成樹脂よりなる平板状支片(4)を圧入密嵌して軸受溝(2)(2)の前壁上部を該平板状支片で形成して成る精紡機におけるトツプローラー軸受装置の構造」

B本件考案の作用効果は次の通りです。

(イ)トツプローラーの軸受部はその運転中には軸受溝(2)(2)の前壁上部のみに接触し該部を局部的に摩滅するものであるから、本考案にあっては該部をポリスチロール等の硬質耐摩性合成樹脂よりなる平板状支片で形成すべく……構成したものである。……

(ロ)普通の耐摩メタルより耐摩性に富む合成樹脂製平板状支片(4)は弾性を有することとこれを左右軸受溝の前方側壁およびその中間における主体に穿設された凹溝内に嵌入することによって押え金を用いないですこぶる簡単容易かつ確実に前記切溝に密嵌定着し、また、その取換えも自在にできるので、きわめて便利である。なお、平板状支片(4)の後面は軸受溝(2)(2)の前壁と同一面にあらしめたことによって該軸受溝は各所とも同一幅であってローラー軸が上下した場合にも支障を生じないものである。」

C引用例(実公昭30−1229号)の要旨は次の通りです。

「主体(1)の軸受溝(2)においてトツプローラーaの軸心bを受ける側に切欠(3)を設け、この切欠内に上下両縁に凹所(5)(5′)を有する耐摩金属製メタル板(4)を挿入し、上部を押え金(6)で圧着した精紡機のキヤツプバーフインガーの構造」

本願考案
図面035-1
引用例
図面035-2

D原告(甲)の主張は次の通りです。

(a)本願実用新案の着想の主眼は、

(イ)特殊合成樹脂の弾性に着目し、構造をきわめて簡素化し、

(ロ)特殊合成樹脂の強度の耐摩性に着目し、従前の金属製メタルに比し、耐久力を高め、(ハ)特殊合成樹脂の摩擦係数が小さい点に着目し、トツプローラーの回転の円滑をはかつたことにあり、
その出願前にはなかつたトツプローラー軸受装置を新規に考案したものである。

(b)引用例においては、耐摩金属性メタル板(4)は、H状に形成されていて、これを切欠(3)に挿入しその下部凹所(5′)が切欠(3)の下底に達した位置でこれを固定するには、その上部凹所(5)に一端を差し込んだ押え金(6)をビスネジ(7)によって頭部に固定する。これに対し、本願実用新案においては、硬質耐摩性合成樹脂よりなる平板状支片(4)は、単なる矩形の平板であり、その弾性を利用して、中間における主体の切溝(3)に圧入密嵌して固定してあるから、引用例の耐摩金属製メタル板(4)にくらべ、その構造が簡単であり、また、着脱が簡便で、これを製造することも容易である。

(c)引用例の切欠(3)は、H状金属製メタル板(4)の下端凹部(5′)が緊密に嵌入できるように切欠(3)の底部に凸起部を構成しているのに対し、本願実用新案の耐摩支片(4)は、単なる矩形の平板であるから凸起部を必要としない。したがつて、引用例の切欠(3)の加工は、比較的困難で手数と時間を要するが、これに相応する本願実用新案の切溝(4)には、このような加工を要せず、きわめて簡易である。

E被告(特許庁)の主張は次の通りです。

 下記の事柄が本願実用新案出願前周知の事実に属し、これと公知に属する引用例とによれば本願実用新案は公知の事実から当業者が必要に応じ容易になしうる程度のものである。

(イ)合成樹脂の成型品の平板がその高硬度および弾性等の特性から座金、スペーサー、ガスキツト等の機械部品等に使用されること、

(ロ)合成樹脂片が狭い間隙に圧入固定され必要に応じ取換え自在とされるものたとえば壜の栓等として用いられること、

(ロ)合成樹脂の耐摩性を機械の部分に使用してその耐久力を高めること、合成樹脂の摩擦係数が小さいことを利用してこれを軸受けに使用すること、


 [裁判所の判断]
@裁判所は、本願考案の構造及び作用効果について次のように判断しました。

(イ)本願実用新案は、引用例に比し、構造および作用効果において、すでに右のとおり十分な差異を有し、その差異は本願実用新案が引用例における耐摩金属製メタル板のかわりに耐摩性合成樹脂の支片を用いたというだけにとどまるものでないことは明らかである。

(ロ)耐摩性合成樹脂の特性を精紡機におけるトツプローラー軸受けとして利用するために、なおその弾性をも利用して、引用例におけるような押え金およびビスネジの力をかりることなしに平板状支片を切溝に圧入密嵌するだけで足りるように構造および材料の取合わせを工夫し、特段の作用効果をあげるにいたつているものということができる。

(ハ)本件においては、特段の作用効果がありながらこのような構造のものを当業者において本願実用新案出願前に実施していたことを認めるに足りる証拠がなく、かえつて、書証によれば、東洋紡績株式会社、富士紡績株式会社、鐘渕紡績株式会社などの業者においても本願実用新案にかかる装置を賞揚していることさえうかがえるので、本願実用新案が当業者において考案力を要せず容易になしうる程度のものとはにわかに断じ難い。

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A裁判所は、被告の主張に関して次のように判断しました。
被告は、合成樹脂平板が機械的部品に使用されること、合成樹脂片が狭い空間に圧入され取り換え自在とする技術(壜の詰栓)が周知であること、摩擦係数の小さい合成樹脂を軸受に利用することが周知であるから本案の進歩性がない、と主張するけれども、本願実用新案につき考案の因って生じた各部の構造が公知公用に属するものとしても、これらを綜合応用して新たに工業上実用ある型を案出したものであることは前段の判断に徴し明らかであるので、被告の右主張は、これを採りえないものといわなければならない。


 [コメント]
@本件は、特許出願に係る発明の商業的成功という事象が進歩性判断に参酌される事例を取り上げていますが、この事象はあくまで参考的基準と解釈するべきであります。

A商業的な成功が技術的な観点と別の理由に起因する場合は論外としても、商業的成功のみに着目して進歩性を判断することが妥当とは思われません。すなわち、本事例と同程度に商業的に成功し、それが技術的な観点(顕著な効果など)であっても、進歩性が認められるとは限らないと考えるべきです。

B何故なら商業的な成功とは、技術的な効果の程度を評価する指標の一つだからです。効果が顕著でも、発明の構成面で困難性が認めにくければ進歩性を否定される可能性が高いと考えられます。

C本件の場合には、精紡機におけるトップローラー軸受装置の主体の切溝に平板状支片を圧入密嵌に係る本願発明の構成に対して、“ゴム、コルク等のように狭い間隙に合成樹脂片を圧入して固定し、…取替え自在にしたものは、例えば壜の詰栓等で普通に知られている”とした点において、進歩性を否定する論理付けに無理があったと考えます。壜の詰栓と精紡機の支片とでは、間隙の形状も、そこに作用する力も異なり、壜の詰栓から紡織機の支片へ至ることの予測可能性があるとは思えないからです。

D本件では、特許出願に係る発明の技術的分野の3社程度の業者の賞揚を以て商業的成功としていますが、普通に論理付けができている場合に同程度の業者からの賞揚の証拠を出しても、進歩性が認められるとは思われません。


 [特記事項]
 
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