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●昭和42年(行ケ)第46号


進歩性(特許出願の要件)/長期間の不実施/時計側

 [事件の概要]
@甲は、“携帯時計の側”の発明についてスイス国に特許出願し、これをパリ条約優先権の主張の基礎として日本国へ特許出願しました(特願昭36−39328号)。そして、その出願について進歩性の欠如を理由として拒絶査定を受けたので、拒絶査定不服審判を請求し、請求は成り立たない旨の審決を受けたので、本訴訟を提起しました。

A本件特許出願に係る発明の目的は、従来の次の課題を解決することです。
 携帯時計、特に腕時計の頑丈な側を政策するための、今までに知られている唯一の方法は、前期側を鋼鉄−普通はステンレス鋼−で作ることがあった。ところが、こうして出来た側も、外部の物体との接触には抵抗出来ない。製造の時研磨される時、間もなく多くの条痕を生ずるに到る。

B特許出願に係る発明の構成は次の通りです。
目に見える部分の内、少なくとも幾つかが少なくともほぼトパーズの硬度に匹敵する硬度を有する焼結タングステンの炭化物または焼結チタンの炭化物を基礎とする金属により構成されることを特徴とする携帯時計の側。

※1…符号1で表す部材がタングステン炭化物を基礎とする硬質金属製の部分です。


図面036

C本願発明の効果は次の通りです。

(イ)滑らかに磨かれた、目に見える大きな面を有する、新しい形式の時計側を製造することを可能ならしめる。

(ロ)タングステン炭化別を基礎とする金属の色も、鋼鉄の色よりも渋く、本発明の目的を形成する時計側に独特の外観を与える。

D裁判では、当事者間に争いのない事実、〈書証〉、証人Hの証言および原告代表者Rの供述、本願発明の実施品であることについて争いのない検甲第一号証ならびに弁論の全趣旨によれば、つぎの事実が認定されました。

(イ)携帯用時計の側の材料としては、従来、その耐蝕性、装飾的効果および加工容易性等の条件を考慮して、金、銀、プラチナおよびクローム等でメッキした黄銅(真鍮)等が用いられて来たが、これらは、いずれも硬度が低く、擦過されることによって容易に傷がつき、光沢を失うという欠点があつたこと。

(ロ)傷の生じない(すなわちスクラッチ・プルーフの)時計側を製造することは、時計側製造に関する当業者間において、解決されなければならない課題として周知のものであつたこと、

(ハ)タングステン炭化物等の金属炭化物は、原告主張のいわゆる粉末冶金法で製造されることにより、高い常温硬さ、高い高温硬さ、高温における安定性耐摩耗性、高い弾性係数、高い抗圧力および耐蝕性等を有するものとして、早くから知られ、もつぱら、切削工具、耐摩耐蝕工具、鉱山工具および耐摩耐熱等の性質を要する部品に使用されて来たこと。(ニ)本件特許出願の前には、金属炭化物を時計側として使用した事例のなかつたことはもちろん、これを何らかの装飾的用途に使用した事例もまつたくなかつたこと、

(ヘ)金属炭化物の従来の用途が前記のとおりで、時計側のような装飾的効果を要するものに使われた事例がなかつたこと。

(ト)前記粉末冶金法によつて時計側のような高い精度を要する複雑な形状を有するものを製造することは困難であり、また、同方法による成型物をさらに加工して精度の高い製品に仕上げることも、その硬度および脆弱性のため困難であると予想されていたこと等により、前記当業者の間では、前記のような課題があつたにもかかわらず、金属炭化物を携帯用時計の側の材料とすることは、まつたく考えられていなかつたことと。


 [裁判所の判断]
@裁判所は、特許出願に係る発明の構成、効果に関して次のように判断しました。

(イ)本願発明は、時計側製造業界における前記課題の解決のため、前記のように加工上の困難があると予想されていた金属炭化物をあえてとり上げ、時計側の目に見える部分のうち少なくともいくつかを、いわゆる粉末冶金法によって成型加工した硬度の高い金属炭化物によって構成することとしたものである。

(ロ)この構成により、前記予想に反し、公知の粉末冶金法による金属炭化物の成型品を使用して、必要な精度を有する携帯用時計の側を得ることが可能であることが判明し、従来の金属製時計側に見られない一種独特の深味のある色調を有し、ダイヤモンド(まれにカーボランダム)以外のものによって傷つけられることがないため長期にわたってその光沢が消えることがないという、従来品に比し著しい作用効果を有する時計側を得ることができた。

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A裁判所は、書証の信頼性に関して次のように判断しました。

(イ)被告は、〈書証〉について、これらは、原告と特定の関係のあるメーカー等による回答と思われ、その内容も本願発明の特許性を証明するものではない旨主張するが、右各証拠および前記甲第七号証ならびに原告代表者本人の供述をあわせ考えれば、原告と各回答者との間には、その回答の証明力に疑いを入れるに足るような特別の関係はないものとみるのが相当である。

(ロ)回答の内容についても、原告の注文書に指示された条件がとくに苛酷であつたために、回答者が困難または不可能と考えたとみることはできず、回答全体を通じ、金属炭化物による時計側の製造を示唆されてもなお、各回答者が、それを困難ないしは不可能と考えていた事実を認めるに十分である。


 [コメント]
@長期間の不実施が進歩性の判断において肯定的に評価されたことのポイントは、次の通りであると考えられます。

(イ)発明の構成に到達することが困難と予測させる常識の存在(時計側のように高い精度を要する複雑な形状を粉末冶金法で形成することは困難)

(ロ)常識に反する方向への試み及び困難性を回避するための工夫(時計側の見える部分を粉末冶金法で成形すること)

(ハ)顕著な効果(予想に反して高い精度の時計側が得られた)
本事例では特許になっていますが、「目に見える部分」という発明特定事項が分かりにくく、明細書の記載の成功例として考えるには疑問があります。

A判決文から見ると、発明の骨子は、時計側のうち目に見える部分を金属炭化物で成形することであり、さらに発明の詳細な説明を参酌すると、時計側のうち本体と係合するための細かい加工(溝18や肩部14、16)を要する内側部分(目に見えない部分)を通常の方法で成形し、そうではない目に見える部分を粉末冶金法によって成型加工した硬度の高い金属炭化物で形成したことであると思われます。

(c)しかしながら、時計の本体と組み合わせずに、時計側のみで観察すると、内側部分も“目に見える部分”となるので、今の特許実務の感覚では、発明が不明確であるという拒絶理由が出されても仕方がないと思います。


 [特記事項]
 
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