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●平9年(行ケ)第198号(拒絶査定不服審判審決取消事件)


進歩性審査基準/特許出願の要件/受信機

 [事件の概要]
@原告は、無線呼出用受信機に係る特許出願(特願昭63−680206号)を行い、出願公告された(特公平5−24693号)後に拒絶査定を受けたため、拒絶査定不服審判を請求しました。そして請求は成り立たない旨の審決を受けたため、本件訴訟に至りました。

A本件特許出願の請求の範囲の記載は次の通りです。

(イ)筐体に受信機回路が収容された無線呼出用受信機において、

(ロ)前記筐体は、前記受信機回路が内側に収まるような形状の絶縁物よりなるフレーム2と、該フレームを挟んで固定された方形板状の導電体よりなる上板1と底板4とで薄形カード状に形成され、

(ハ)前記上板と前記底板は前記筐体の一端側に位置する該上板と該底板の相対向する各一辺の両端角部近傍で第1の導体10を介して止ねじによる締め付けで導電接続され、さらに、前記上板上で前記一辺と対向関係にある他の一辺と前記底板上で前記一辺と対向関係にある他の一辺の相対向する角部近傍の1箇所で前記上板は止ねじによる締め付けで第2の導体9を介して前記受信機回路のアンテナ給電端子12に電気的に接続され、前記上板と前記底板および前記第1、第2の導体とによって前記アンテナ給電端子に対して断面形状がコの字状のアンテナを形成するように構成されたことを特徴とする無線呼出用受信機。 ※…符号は、筆者により付加されました。

 本願発明
図面037

B本件特許出願の明細書には、技術的課題に関して次の記載があります。

(イ)本願発明は、VHF帯における無線呼出用受信機の構造に関するものである(公報2欄3行ないし5行)。

(ロ)小形無線受信機のアンテナは、周波数帯あるいは受信機の用途・形状に応じて種々の形式のものが採用されており(同2欄7行ないし9行)、VHF等の周波数帯に対しては方形板を90°で2度折り曲げ、断面形状がコの字状のループアンテナが用いられている(同2欄12行ないし16行)。

(ハ)しかしながら、このアンテナは、液晶等の情報表示器を持つ薄形カード状の超小形受信機の筐体に内蔵することが困難であり(同2欄16行ないし3欄3行)、特に、これを着衣のポケット等に入れて利用すると、周囲の影響(とりわけ人体からの影響)を強く受けるという問題点がある(同3欄6行ないし11行)。

(ニ)本願発明の目的は、上記の問題点を解決する受信機の構造を創案することである(同3欄19行、20行)

C本件特許出願明細書の実施例の欄には次の記載があります。

 「本発明のアンテナは上板と底板をループ導体として広い面積を有しているため、動作インピーダンスを低くすることができるので、周囲の影響、特に人体からの影響が少なく、着衣のポケットに入れても感度の低下は見られなかった。」(第6欄第41行〜第7欄第2行目)。

D本件特許出願に係る発明の効果の要旨は次の通りです。

 本願発明によれば、

(a)薄形カード状の超小形受信機を実現できる、

(b)アンテナ用素子が不要のため経済的である、

(c)筐体の上板及び下板が金属導体であるため、静電的・電磁的な遮蔽効果がある、

(d)機械的な外部ストレスに対する耐久性に優れているとの作用効果を得ることができる(公報7欄6行ないし14行)。

E引用例(実開昭60−111103号公報)の内容は次の通りです。
「携帯して用いられる受信機、特に、無線個別選択呼出受信機(いわゆるポケットベル)においては、その使用目的から見ても筐体が超小型化されており、それに伴なってアンテナも携帯に邪魔にならないように工夫されている。一般に、この種ポケットベルなどのアンテナは受信機の筐体内に内蔵されている(公報第2頁第4〜10行)。
(以下省略)

zu

F本件特許出願に係る発明と引用発明との相違点は次の通りです。

〈相違点1〉筐体が、本願発明では薄型カード状であるのに対し、引用発明では筐体の形状についての明示がない点。

〈相違点2〉第1導体が、本願発明では両端角部にあるのに対し、引用発明では一個でありその位置の明示がない点。

〈相違点3〉第2の導体が、本願発明では角部近傍でねじで接続されているのに対し、引用発明では接続される位置が明示されておらず接続が接触である点。

G特許出願人の訴訟における主張は次の通りです。

(a)相違点1の判断の誤り
(省略)

(b)相違点〈2〉の判断の誤り

(イ)審決は、引用例記載の第1の導体は一個であり、その配設位置は明示されていないと認定したうえで、直方体のループアンテナは上下板の幅が大きいほど、そして、幅全体を使って導電接続するほど、アンテナ効率が良いことは周知であるから、相違点2に係る構成を得ることに格別の推考力を要するとは認められない旨判断している。

(ロ)しかし直方体のループアンテナは上下板の幅が大きいほど、また、幅全体を使って導電接続するほど、アンテナ効率が良いことが本出願前に周知であったことを示す証拠は提出されていない。

 この点について、被告は、導電性の2枚の板を接続して形成されるループアンテナは、両者の接続点を多くすれば導体抵抗が小さくなることは、自明の事項である旨主張する。

(ハ)しかしながら、アンテナ効率は、導体抵抗だけではなく、アンテナの共振周波数に大きく依存する。そして、原告国際電気株式会社副技師長牛山勝實作成の「カード型アンテナの開発経緯」に、「B点の短絡点以外に、もう一つの短絡点を(中略)設けて、短絡点を移動することで自己共振周波数が変えられる事実を発見した。」(4頁26行ないし28行)と記載されているように、本願発明が上板と底板を2箇所で導電接続することを要件としたのは、アンテナの共振周波数を変えるためであって、アンテナの導体抵抗を小さくするためではないから、被告の上記主張は失当である。

(c)相違点〈3〉の判断の誤り
 (省略)

H被告(特許庁)の主張は次の通りです。

(a)原告らは、本願発明が上板と下板とを2箇所で通電接続することを要件としたのは、アンテナの共振周波数を変えるためであって、アンテナの導体抵抗を小さくするためではない旨主張する。

(b)しかしながら、アンテナは共振周波数で動作させるのが効率的であることは、本出願前の技術常識であり、薄形カード状の受信機の設計に当たって、適当な共振周波数が得られるようにアンテナの形状等を定めることは、当業者ならば当然に行う事項にすぎないから、原告らの上記主張は失当である


 [裁判所の判断]
@相違点2に対する裁判所の判断は次の通りです。

(イ)原告らは、直方体のループアンテナは上下板の幅が大きいほど、そして、幅全体を使って導電接続するほど、アンテナ効率が良いことが本出願前に周知であったことを示す証拠はないから、相違点〈2〉に関する審決の判断は誤りである旨主張する。

(ロ)しかしながら、前掲甲第5号証によれば、本願明細書に技術常識として記載されているアンテナの損失抵抗を示す式「Rl=L/(πd)δσ」(6欄14行)において、(πd)は「一般の線状ループ導体の単位長さ当りの表面積」(6欄17行、18行)であるから、「直方体のループアンテナは上下板の幅が大きいほど、そして、幅全体を使って導電接続するほどアンテナ効率が良い」ことは技術的に自明の事項にすぎない。したがって、相違点〈2〉に係る本願発明の構成を得ることに格別の推考力を要するとは認められないとした審決の判断に誤りはない。

(ハ)この点について、原告らは、本願発明が上板と下板とを2箇所で通電接続することを要件としたのは、アンテナの共振周波数を変えるためであって、アンテナの導体抵抗を小さくするためではない旨主張する。

(ニ)しかしながら、本願明細書には上板と下板とを2箇所で通電接続することによってアンテナの共振周波数を変えることは記載されていないから、原告らの上記主張は、明細書の記載に基づかないものであって、失当である。


 [コメント]
@進歩性審査基準には、“明細書に引用発明と比較した有利な効果が記載されているとき、或いは、明細書・図面の記載事項から当業者がそうした効果を推論できるときには、意見書等において主張・立証された効果を参酌する。しかし、明細書に記載されておらず、明細書・図面の記載から当業者が推論できない意見書等で主張された効果は、参酌できない。”と記載されています。

zu

A本件においては、明細書に「本発明のアンテナは上板と底板をループ導体として広い面積を有しているため、動作インピーダンスを低くすることができる」と記載されています。

B特許出願人が審決取消訴訟で主張した“上板と下板とを2箇所で通電接続することによってアンテナの共振周波数を変えること”という効果は明細書には記載されておらず、明細書・図面から推論しようとしても、そもそも何のために共振周波数を変えるのか、そのためには共鳴周波数をどの程度変える必要があるのか、ということが判りません。

C特許庁審査官が審査対象である明細書・図面から知り得た情報を進歩性否定の論理付けに組み込むことは、後知恵(ハインドサイト)と言われますが、特許出願人が引用文献を見てから発明時に想定していない効果をひねり出すのも、効果の後付け(afterthought)と言われます。これは、特許出願当初の明細書・図面等の記載範囲から推論できる範囲でない限り、許されません。


 [特記事項]
 進歩性審査基準で引用された事例
 
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