[事件の概要] |
@発明者は、米国において、牛等の施設の床の上にシート状の水を放出して牛糞などを洗い流すアイディアを特許出願して、特許(3,223,070号)を取得し、甲に譲渡しました。 A甲は、乙が特許権を侵害しているとして地方裁判所に提訴し、乙は甲の発明が進歩性を欠如しているために特許を受けることができない旨の請願書(petition)を提出しました。 Bこの請願書を認める地方裁判所の決定は、控訴裁判所により覆され、それを乙が不服として、最高裁判所の判断を仰ぐことになりました。 C本件特許の請求項の概要は次の通りです(符号は筆者が入れました)。 {請求項1} 牛等のための酪農用施設(dairy barn)であって、 後述の排水手段に向かって傾斜させた、牛が歩くための床(26) 床面から排水する手段(20) 床より高い位置にある個々の牛のための区画(13)を含む休息エリア(14) 餌供給用樋(19)を備えた餌供給エリア(16) 牛を留め置くための留置エリア(12) 搾乳エリア(11) 移動エリア(15) 床洗浄手段(30,32,94…) を備え、 上記留置エリア・搾乳エリア・移動エリアの底は床が形成する歩行面と連続しており、 これにより、洗浄水が牛糞を排水手段へ押し流すように設け、 上記床洗浄手段は、水をプールのように集めて、床の上にシート状に放水する手段を有していることを特徴とする酪農用施設。 {請求項2} 床洗浄手段は、床の上に配置された水貯蔵タンクと、この水貯蔵タンクのための土台とを備え、水貯蔵タンクを傾けて、当該タンクの内容物をタンクのトップから急激に逃がし、床へ逃がすことを許容することで、シート状の水を形成することを特徴とする、請求項1に記載の酪農用施設。 {請求項3} 水洗浄手段は、床の上に直接水をプールのように貯めるダム(94)を有し、このダムが急に解放されて、シート状の水が床の上を排水手段に向かって流れるようにしたことを特徴とする請求項1記載の酪農用施設。 D本発明の目的について次の記載があります。 この発明の目的は、完全に衛生的な酪農システムであって、均一で高品質のミルクを一頭当たりでより多く、従来よりも低コストで生産者にとってより容易に生産できるようにするものを提供するである。この目的は、牛の群れを管理された衛生的な状況におくことで達成される。牛たちは、大きな設備の複数のエリア内で飼育され、各エリア毎でそれぞれ休憩する、食べる、乳を出すということを一定のスケジュールサイクルで繰り返す。牛は、習慣的に一定の場所から別の場所へ移動する性質をもつ動物である。牛たちの居場所を管理することで人間の労力と時間とが節約され、ミルクの質及び量が向上する。 E本発明の実施例の欄に次の記載があります。 (イ)各通路(床)26の上側端部には、比較的大量の水を放出して通路を洗い清める手段が設けられている。この放水手段は、図4に示す貯水タンク30として形成することができる。この貯水タンクは、通路床26に配置されたフレーム33のシャフト32に貯水容器31を枢着してなる。…上記容器31 がライン40の上まで満たされたときに、貯水タンク30が前方へ傾き、床の上にシート状の水を放出する。 (ロ)留置エリア12と移動・徘徊エリア15との接続部近くでは、搾乳エリアからどっと放出される水流をコントロールするためのダム94を設けている。搾乳エリアの床95は、エリア15へと下っており、当該エリアは排水口20に向かって3/100程度のピッチで傾斜している。貯水壁96は留置エリアのサイドに沿って延びている。貯水壁96の各一端から搾乳エリアのサイド壁98へとウィング97が延びており、そして上記貯水壁96の各他端の間にダム94を形成している。ダム94は、床95に埋め込まれたチャネルアイアン102にヒンジ連結されたスチールプレート100を有している。図10に示すようにプレート100が起立している状態で、プレートとチャネルとの間から漏水することを防止するゴム状材料103のシートを設けている。ポスト105に付設したキャッチ104が、上記起立状態のダム94を留めている。キャッチ104が外れると、ダム94は床に倒れる。 F床上にシート状の水流を作るということの作用に関して、特許権者側の証人は次のように証言しました。 「水流の底側の水は水流のトップ側に比べて抵抗を受けるので、水流が前進するにつれて、水のローリング作用を生じ、これがクリーニング作用をもたらす。…この作用はホースで水をまいても得られない。…水が継続的にクリーニングエリアへ向かっているのでない限り、クリーニング作用は直ぐに停止してしまうからである。」 G地方裁判所は、本件特許の進歩性に関して次のように判断しました。 (イ)動物の排泄物を動物用施設から除去するために水を使用するシステムは非常に古くから知られている。 (ロ)本件特許が包含する13の技術要素はどれも新規ではない。 (ハ)本件発明は、商業的成功の例かもしれないが、発明性(進歩性)を認めることはできない。何故なら、その技術の組み合わせは、合理的に自明だからである。 H控訴裁判所は進歩性について次のように判断しました。 本件発明は古い技術を組み合わせて、底部に排水機構を備えた酪農用施設の、勾配付きの床に、水を使うものであり、大量の水をタンクに蓄えて、連続的に或は一気にリリースするということも従来知られていることである。しかしながら、従来技術には、酪農用施設の床から動物の排泄物を洗い流すために急激に水をリリースするという要素が、従来技術には欠けている。 従って、本発明は、複雑な技術的な改良を欠いているものであるが、シナジー効果を生ずる新規な組み合わせと認められる。 |
[裁判所の判断] |
@控訴裁判所は、貯蔵タンクから施設の床への直接的で急激な水のリリースを生ずる古い技術の組み合わせがシナジー効果をもたらす、すなわち個々の技術の効果の総和を超える効果をもたらすと述べている。我々はそれに賛同できない。 Aむしろ、本件特許発明は、なるほど従来の組み合わせと比べてより優れた効果を生ずるが、結局、組み合わせられた個々の技術は元々の使われ方と同じ機能を果たしているに過ぎない。 Bこうした発明は、組み合わせ特許のルールによると、特許をすることができない。→Great A.&P. Tea Co. v. Supermarket Corp事件 Cこうしたルールによると、古い技術の集合により水を施設の床に直接分配することは、パイプやホースを使うことに比べて、“巧みな職人の技であって発明者の仕事ではない”と考えられる。 D重力の法則を用いることは、(人々が有する)有用な知識に何も追加しない。その組み合わせの個々の要素の機能に変化がないからである。従って古い技術の組み合わせにおける特定の使用は、機械的な適用の分野の当業者にとって容易なものと認められる。 E本件発明が非常に便利で、所要の結果を廉価にかつ早く実現し、商業的に成功したものであると認めるにやぶさかではないが、上述の通り、“新しい又は異なる機能”を生み出すものではない。従って、これらの利点から特許性を認めることはできない。 |
[コメント] |
@我国特許庁の進歩性審査基準には次の記載があります。 「発明を特定するための事項の各々が機能的又は作用的に関連しておらず、発明が各事項の単なる組み合わせ(単なる寄せ集め)である場合も、他に進歩性を推認できる根拠がない限り、その発明が当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内である。」 本件の場合には、水を貯蔵する技術と、貯蔵した水を一気にリリースする技術と、リリースされた水が流れ続け、異物を押し流すように床に勾配を付ける技術とが相互に関連しているので、上記進歩性審査基準に掲げる典型的な“単なる寄せ集め”の発明とは異なります。 Aそれ故に地方裁判所と控訴裁判所とで見解が異なったものの、クレームに限定された限りでみると、個々の技術は“新しい又は異なる機能”を発揮するというには至らず、進歩性を認められませんでした。 B特許出願人は、“急激な水のリリース”という点を発明の特徴としようとしたようですが、それではダムの堰を急激に解放したり、清掃人がバケツの水を床面にぶちまけて汚れを洗い流すのと比較して、格別に異なるところがないからです。 C一定の幅の通路の床から牛糞を洗い流すときには、一定の幅に亘って略均等な流速の水流を形成する必要があり(∵流速の弱い場所があると牛糞を流し損なう可能性がある)、そのための条件は何かを考えれば、“新しい又は異なる機能”があると認められた可能性はあると考えます。 |
[特記事項] |
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