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●平成14年(行ケ)第539号


特許出願の要件/国内優先/人工乳首

 [事件の概要]
@甲(原告)は、平成10年10月20日の特許出願(特願平10−316899号)の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明に基づき、特許法41条による優先権を主張して、平成11年10月8日、名称を「人工乳首」とする発明につき特許出願(特願平11−288535号/本件出願)をしたが、拒絶の査定がされ、これに対して拒絶査定不服審判の請求をしました(不服2001−20120号事件)。

A特許庁は、同事件について「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、甲はこれを不服として審決取消訴訟を提起しました。

B本件出願の請求項1(本願発明1)は次の通りです。先の出願と本件出願とで請求項1は変更されていませんが、図11実施例が追加されたことが違います。

「【請求項1】乳首胴部と、この乳首胴部から突出して形成されている乳頭部とを有する人工乳首であって、上記乳頭部及び/又は上記乳首胴部の少なくとも一部に伸長する伸長部が備わっていることを特徴とする人工乳首。」

[先の出願]

図面1

[後の出願]

図面2

C審決の理由

(イ)本願発明1は、先の出願の当初明細書等に記載されていない、図11実施例に係る発明を包含するから、図11実施例の発明の出願については、特許法41条2項により先の出願の時にされたものとみなすことはできず、本件出願の現実の出願日がその出願日になる。

(ロ)この出願日の認定の結果として、本件出願は、先の出願と本件出願との間に出願された特願平11−85326号の明細書又は図面に記載された発明と同一であるので、特許法29条の2により特許を受けることができない。

[引用発明]

図面3

D原告の主張

(イ)特許法41条2項の適用の有無は、優先権の主張を伴う特許出願に係る発明が先の出願の請求項についての補正として提出されたと仮定した場合に、先の出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内の補正と認められるか否かを判断して決すべきである。

(ロ)本願発明1の構成要件はすべて先の出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内の補正と認められることは明らかであり、また、図11実施例発明は、先の出願の図1等の実施例で十分に実証されているから、上記の点を検討することなく、本件出願について優先権主張の効果を否定した審決は、判断手法を誤っている。

(ハ)国内優先権制度の実施例補充型といわれるもののうち、先の出願の請求項の発明が先の出願の実施例で十分実証されている場合には、後の出願で実質的に同一の発明が実施例で補充されても、この実施例によって影響を受けず、後の出願の請求項の発明が、先の出願と後の出願との重複範囲であれば、優先権主張の効果は肯定される。

E被告の主張

(イ)特許法41条2項の適用に当たっては、後の出願において追加された実施例が後の出願の請求項に係る発明の実施例であれば、後の出願の請求項に係る発明は、追加された実施例を含んだものとして認定し、また、先の出願の当初明細書等に記載された事項から客観的に定まる「先の発明」を認定した上で、後の出願の請求項に係る発明のいずれの部分が「先の発明」に該当するかを対比検討することが必要である。

(ロ)審決は、後の出願に係る本願発明1のうち「先の発明」に該当する部分の認定は、先の出願の当初明細書等に記載された事項の全体から実質的にとらえるべきであり、こうした判断手法の妥当性は、上記規定によっても裏付けられることを説示したものにほかならない。図11実施例発明に係る螺旋状のものは、本件出願の当初明細書等(甲2添付)の発明の詳細な説明中の段落0042の記載に照らせば、先の出願の当初明細書等に記載された環状のものが備えていない機能及び効果を備えたものと解され、螺旋状のものが環状のものから自明なものということはできない。また、螺旋状の形状が周知であったとしても、それは先の出願の当初明細書等の「発明が解決しようとする課題」欄に記載された「伸長を可能とする」(段落0004)という技術的課題とは異なる課題を解決するための手段として周知であるというにとどまる。


 [裁判所の判断]
@後の出願に係る発明が先の出願の当初明細書等に記載された事項の範囲のものといえるか否かは、単に後の出願の特許請求の範囲の文言と先の出願の当初明細書等に記載された文言とを対比するのではなく、後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項と先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項との対比によって決定すべきである。

A従って、後の出願の特許請求の範囲の文言が、先の出願の当初明細書等に記載されたものといえる場合であっても、後の出願の明細書の発明の詳細な説明に、先の出願の当初明細書等に記載されていなかった技術的事項を記載することにより、後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が、先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになる場合には、その超えた部分については優先権主張の効果は認められないというべきである。

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B先の出願の発明の目的・効果及び後の出願の実施例の発明の効果は次の通りである。

 [先の出願の発明の目的]

 母親の乳首により近似している人工乳首を提供すること

 [先の出願の発明の効果]

 人工乳首の乳頭部及び又は乳首胴部の少なくとも一部に伸長する伸長部が備わっていることにより、乳幼児の口腔内により効果的に圧力が高い部分を形成することができる、

 伸長部に隣接して伸長部より剛性のある剛性部が設けられていること、更に好ましくは、伸長部と剛性部が交互に配置されていることにより、乳頭部及び乳首胴部が伸長しても全体の剛性が低下することを防止できる、

 人工乳首がシリコンゴムで形成されているとともに、シリコンゴムの厚みが伸長部では比較的薄く、剛性部では比較的厚く構成されることにより、剛性が低下することなく全体が伸長することができる、

 [後の出願の実施例の発明の効果]

 伸長部である肉薄部を螺旋形状に形成することにより、哺乳運動の際、人工乳首がより伸びやすくなること、

 その際、縦方向に圧力が加わっても、人工乳首がつぶれて乳幼児の哺乳運動が困難になることがなく、製造に当たり金型から抜きやすくなり、製造しやすくなること。

C後の出願の実施例の効果は螺旋形状特有の効果であるのに対して、先の出願には伸長部である肉薄部を環状にしたものが記載されている。

D以上のことから後の出願の実施例の発明は、先の出願の出願当初に記載された技術的事項の範囲を超えるものである。


 [コメント]
@本件は、国内優先権の主張の一つである発明の同一性に関して判断が示された貴重な事例です。

A先の特許出願及び後の特許出願にそれぞれ記載された発明の構成・効果を比べると、
人工乳首を伸長し易くするという点で共通しており、一見したところ同一性があるようですが、その効果を実現するためのメカニズム(構成)が異なり、故に、裁判所は発明の同一性がないと判断しました。

(先の特許出願に係る発明の構成・効果)

 人工乳首がシリコンゴムで形成され、かつシリコンゴムの厚みが伸長部では比較的薄く、剛性部では比較的厚く構成した。
→剛性が低下することなく全体が伸長することができる。

(後の特許出願の実施例の構成・効果)
伸長部である肉薄部を螺旋形状に形成した
→哺乳運動の際、人工乳首がより伸びやすくなる。


 [特記事項]
 
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