トップ

判例紹介
今岡憲特許事務所マーク


●昭和58年(ワ)第2341号「解凍・洗浄槽」事件


包袋禁反言(特許出願の経過の参酌/意見書/解凍・洗浄槽

 [事件の概要]
@甲は、解凍・洗浄槽の考案について実用新案登録出願を行い、実体審査において進歩性を欠如とする拒絶理由を受け、それに対して意見書で引用例に比べて3倍の解凍効果があるなどと主張するとともに、明細書の補正を行い、その結果、出願公告(実公昭56−49438号)を受け、実用新案権を取得しました。

A乙は、葉菜(野沢菜など)の洗浄する装置(イ号物件)の製造・販売を行い、これに対して甲が侵害訴訟を提起しました。

B本件考案の内容は次の通りです。

(一)槽体と、

(二)槽体内部下方に設けた曝気管と、

(三)曝気管の上方に直接に懸架した多孔槽とからなる

(四) 解凍・洗浄槽。

図面1


 1…槽体 4A、4B…曝気管 8…多孔槽

C本件考案の作用:効果は次の通りです。

 本件考案は、槽体内部に洗浄水を保持し、曝気管から右槽体内部の洗浄水に空気を噴出させることにより多孔槽内に保持された被処理物を解凍・洗浄することを目的とする解凍・洗浄槽に関し、

(一) 被処理物に接触するのが洗浄水と気泡のみであるから被処理物に損傷が生じない。

(二) 気泡による洗浄水の騒乱は無方向性のものであり被処理物のすべての面に振動・衝撃が及ぼされ、解凍時間が短縮され、また短時間に完全に洗浄が可能になる。

 という効果を奏する。

D本件の明細書には次の記載があります。

(イ)本考案は「冷凍食品の解凍・洗浄に用いられる解凍・洗浄槽に関するものである」こと(別添公報1欄20、21行目)

(ロ)「本考案は上記従来の問題点を解消して冷凍食品を極めて速やかに解凍することを主目的とし、同時に食品を極めて有効に洗浄することを目的とするものである。」こと(別添公報1欄29ないし32行目)

(ハ)「なお、本考案の解凍洗浄槽は冷凍物以外、例えば野菜等の洗浄にも用いられるものである。」と記載されていること(別添公報3欄6、7行目)。


 [裁判所の判断]
@裁判所は、イ号物件が解凍作用を有するか否かに関して次のように判断しました。

(イ)検証の結果によれば、作動状態のイ号物件の投入口2に半解凍(シヤーベツト状)の野沢菜一茎を投入した場合、該野沢菜は約一〇秒ないし一五秒で解凍不十分な状態のまま排出口3に到達することが認められ、また、(中略)通常の操業状態においてイ号物件の投入口2に野沢菜を連続的に投入した場合、野沢菜が投入口2から排出口3に至るまでの到達時間は約五〇秒であることが認められ(る)。

(ロ)野沢菜の場合における投入口2から排出口3に至る到達時間を前提として考えるのに、冷凍状態にある野沢菜等の葉菜類が一分間程度水中で気泡を浴びたからといつてただちに解凍されるものでないことは経験則上明らかであるから、イ号物件は、少なくとも被洗滌物Wが野沢菜等の葉菜類である場合については、冷凍食品の解凍槽としての実用的な機能を有するものではないといわざるを得ない。

(ハ)原告はこの点について、被処理物の多孔槽1内の通過時間は被処理物の取り上げ速度に律せられる旨主張する。

(ニ)しかしながら、右の如き被処理物の投入速度と、その取り上げ速度との差をもつて被処理物を多孔槽1内に渋滞せしめる態様にてイ号物件を作動せしめることがイ号物件の通常の使用方法であると解することは困難であ(る)。

zu

A裁判所は、請求の範囲中の「洗浄・解凍槽」の意味に関して次のように判断しました。

(イ)原告は、本件考案の構成要件(四)は食品の洗浄にのみ用いられる洗浄槽も含まれるものである旨主張するが、右の主張は失当である。

(ロ)明細書中の「冷凍食品の解凍・洗浄に用いられる解凍・洗浄槽に関するものである」及び「本考案は上記従来の問題点を解消して冷凍食品を極めて速やかに解凍することを主目的とし、同時に食品を極めて有効に洗浄することを目的とするものである。」という記載からすれば、前記構成要件(四)の「解凍・洗浄槽」とは、解凍機能及び洗浄機能の双方を有するものを意味するものと解するほかはない。

(ハ)また、本件考案は、出願から登録になるまでに、出願前に公知である実開昭五二―一四五五七一号公報(考案の名称―冷凍物解凍装置)に記載されたものから当業者がきわめて容易に考案することができたものであるということを理由として二度にわたり拒絶理由通知を受けている。

(ニ)出願人である原告は意見書を提出し、右拒絶理由通知における引用例に比して本件考案は三倍の解凍効果がある旨主張すると共にその旨明細書の補正をした後、登録されるに至つたものであり、その際に、原告は、本件考案が冷凍食品の解凍目的のみでなく、食品の洗浄目的にも特段の作用効果を有する旨の主張を何らしていないことが認められる。

(ホ)この出願経過を参酌しても、出願人(原告)において、本件実用新案権の実用新案登録請求の範囲に記載の「解凍・洗浄槽」を、解凍機能は有せず、洗浄機能のみを有する槽をも含む趣旨で本件実用新案権を出願したものとは到底考えることができない。


 [コメント]
@一般に日本語で“A・B”という表現をするときの“・”は、アンドの意味であり、単純に「解凍・洗浄槽」を“解凍又は洗浄槽”という意味と主張するのには無理があると考えます。

A本件の場合には、明細書中に「なお、本考案の解凍洗浄槽は冷凍物以外、例えば野菜等の洗浄にも用いられるものである。」という記載があったことを手掛かりとして、解凍作用を有しない係争物も権利範囲に含まれると主張しようとしたのですが、意見書の主張と矛盾しており、裁判所はこれを認めませんでした。

Bなお、本事例は、実用新案法に無審査主義が導入する以前のものであり、この頃は、実用新案登録出願についても特許出願と同様に実体審査が行われていました。


 [特記事項]
 
 戻る




今岡憲特許事務所 : 〒164-0003 東京都中野区東中野3-1-4 タカトウビル 2F
TEL:03-3369-0190 FAX:03-3369-0191 

お問い合わせ

営業時間:平日9:00〜17:20
今岡憲特許事務所TOPページ |  はじめに |  特許について |  判例紹介 |  事務所概要 | 減免制度 |  リンク |  無料相談  

Copyright (c) 2014 今岡特許事務所 All Rights Reserved.