[事件の概要] |
@Vargaは1957年に梳綿機の発明について特許出願を行い、その後特許を取得しました(US Pat
No.3003195)。Vargaの発明を譲り受けた特許権者(原告)は、特許侵害訴訟を提訴し、その訴訟において被告は進歩性の欠如による特許の無効を主張しました。 A通常、梳綿の作業は次の段階を経るものです。 (イ)混打綿機で開繊された繊維の塊を鋸歯状のワイヤーで裂いてシリンダーに送る。 (ロ)シリンダーの表面の鋸歯状のワイヤとフラットの針布との間でくしけずって繊維一本一本に分離するとともに夾雑物をフラット側へ移動させる。 (ハ)ドッファーのワイヤの上に繊維を移してドッファーコームで膜状に剥ぎ取る。 (ニ)絞ってスライバーを作る。 BVargaの発明の要点は、ドッファーと一対のカレンダーロールとの間にアイアンローラー(後述のクラッシュローラーと同じ)を置いて材料であるウェブ中の夾雑物を砕くとともにアイアンローラーとカレンダーロールとの間のウェブを長手方向に移動させ砕かれた異物を落下させることです。ちなみにカレンダーロールというのは、複数本の丸棒の間に各種の材料(樹脂やゴムなど)を入れて回転させ、延ばすための道具です。 Cウェブ中の夾雑物を砕く手段自体は、本件発明の技術分野(ファイン・コットン)と隣接する分野(ウーレン、ウースティッド、コットンコンデンサー)に存在しました。しかし、従来では、複数のカーディング行程を連続して行い、その間にクラッシュローラーを配置していました。砕いた後のカーディング行程で砕かれた異物を除くためです。 Dちなみに、技術分野について説明すると、ウーステッド(worsted:)は、梳毛毛織(布目に織り目が見え、繊細に織られているもの)で羊の背の長い毛を使用して、原毛をコーム(クシ)で梳いて揃えて強く撚って梳毛糸にします。ウーレン(woolen)は、紡毛毛織(布面が羽毛で覆われ、厚みがあるもの)であり、羊の腹に生える短い毛を使用しますが、梳くことができないため、繊維をまとめて撚りをかけて紡毛糸にします。て、コットン・コンデンサー(cotton-condenser)は特紡綿糸であり、綿くずをより集めて糸にします。 E本件特許の請求項2は次の通りです(請求項1は方法の発明であり、省略)。 ドッファー(doffer)と、 一対のカレンダーロール(calender roller)と、 ドッファー及びカレンダーロールの間にあって、ドッファーから梳いたウェブを全幅で受け取る一対の滑らかないアイロン・ローラー(ironing roller)と、 ウェブ中の小さい夾雑物を砕くのに十分な力でアイアン・ローラーを圧接するロード手段(load means)と、 ドッファー及びアイロン・ローラーの間のウェブの弛みを解消するのに十分なスピードでアイアン・ローラーを回転するドライブ手段(drive means)と、 ドッファー及びアイロン・ローラーの間でウェブ中の繊維の長手方向の移動を生ずる程度にアイアン・ローラーよりも大きい表面速度でカレンダーロールを回転させるドライブ手段と、 を具備する、梳綿機。 {Varga特許-US Pat No. 3003195} 10…ドッファー 24、36…アイアンローラー 16,18…カレンダーローラー F被告は、おもに2つの引用例(Harmelのバールクラッシャー、或いはUS Pat No.-Pareltaのバールクラッシャー)を引いて進歩性を否定しました。 {Harmel特許-US Pat No.318730} K,L…第1のバールクラッシャー K’,L’…第2のバールクラッシャー G’,G…ドッファー {Parelta特許-US Pat No.2075156} |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、本件特許の進歩性に関して争点や考え方を整理しました。 (イ)米国法第103条の自明性テストを適用するに当たって、問題点は、ファイン・コットンの分野で伝統的な単一の梳綿機のクラッシュ・ロールと、類似の技術分野(ウール、ウーステッド、コットン・コンデンサー)の類似のクラッシュ・ロールとの位置の相違は、請求項1〜5(特に請求項2〜3)の主題が1957年当時の当業者にとって容易と認めるに足る理由となるかである。当業者とは、すなわち、ファインコットンの処理及びカーディングの扱いに関する分野のそれである。 (ロ)当業者は、その分野の“通常”のスキルの持ち主でなければならない。大学の教授である、原告側の証人は、その発明の主題は自分にとって自明のことである、と述べた。裁判所としては、その証言を疑う理由がないが、彼は、当該分野において、いわば通常以上のスキル(extraordinary skill)を有する人物である。 A裁判所は本件発明(Varga Invention)に関して次の見解を述べました。 (イ)裁判所は、本件発明のエッセンスがクラッシング技術(ウール、ウーステッド、コットン・コンデンサーの分野でウェブの繊維中の夾雑物を砕くために用いられ、砕かれた夾雑物はその後の操作−主としてカーディング−において除去される)を、ファイン・コットンの分野に適用したことにあると考える。当該技術は発明の主題に関連する分野におけるものである。特許の有効性を判断するに当たり、上記技術の適用が1957年の時点において、その分野における通常のスキルを有する者、すなわちファインコットン・プロセス・ミルにおけるカーディング・オペレータにとって、自明であるかどうかが判断される。 (ロ)原告は、次の事柄に審理の多くの時間を費やしていたが、こうしたことを調整することが当業者にとって容易であることに関して、多数の証拠がある。 ・カレンダーロール及びクラッシュロールの表面速度の関係(ドッファーの表面速度との関係を含む) ・クラッシュロール及びカレンダーロールの間のウェブ繊維中での長手方向の繊維の移動 (ハ)原告は、本件発明の上記エッセンスに関して、1885年以来ウースティッドシステム使用されてきたHarmelのバールクラッシャー、或いは1937年以来ウールやコットン・コンデンサーの分野で用いられてきたParelta のバールクラッシャーを、ファインコットン・システムに適用することは自明であると主張している。一見するとその通りに見えるが、実際にはさまざまな理由からそれは自明ではない、と裁判所は考える。 B裁判所は、原告が提示した第1引用例(Harmelのバールクラッシャー)に関して次の見解を示しました。 (イ)第1引用例は、主としてウースディッドシステムを対象としている。 (ロ)第1引用例の発明のエッセンスは、クラッシングがカーディングの途中のステージで行われること、換言すれば、バール・クラッシャーがブレーカーとカーディングの終わりの箇所との間に位置することである。 (ハ)第1引用例には、バール・クラッシャーを別の場所に配置することの可能性に言及していると思われるが、それはそれ以外の開示事項と矛盾する。 Harmelの明細書には、“一つ又は複数のロールに溝を形成すること”に言及しているが、この種の技術では上下一対のロールのうち上側のロールの表面に溝を設け、下側のロールの表面を滑らかにするのが一般的なルールである。 [※すなわちカーディングの中間位置以外の場所にロールを設けることを示唆しているとも読める。] (ニ)更に別の文献(“Textile Manufacturer”)には、“Harmelのバールクラッシャーはウースティッド・カードの終わり(即ち、後続のカーディングが行われない位置)に配置しても構わない。”という記載がある。しかしながら、裁判所は、経験ある実務者がこのアドバイスに対して不賛成であろうと確信する。当業者が特定の問題に遭遇したときに、彼は類似の分野で解決策を探そうとするであろう。しかしながら、類似の技術で非実用的と考えられる手段にアプローチしようとすることは、ありそうもないことである。従って裁判所は、たとえカードの終わり位置での、Harmelのバールクラッシャーの“時々の使用”(occasional use)が見出されても、ファインコットンの処理の当業者がウースティッド・システムからクラッシング手段を転用して、Harmelのバールクラッシャーをコットン・カードの終わりに配置することが自明ではなかったと信じる。 (ホ)そのように信じることの根拠を以下に掲げる。 (i)一の証拠(“Practical Worsted Carding” 1957年)には次の記載がある。 “Harmelのバールクラッシャーは、次の条件を満たすときにのみ機能する。第1に、ウールがウェブの形態であることである。第2に、カーディングがバール(夾雑物)を砕く必要があるために、当該クラッシャーが1番目のドッファーと2番目のカーディング・シリンダとの間に採用されることである。” (ii)原告によって提出された他の証拠(ウースティッド・カードの終わりにバールクラッシャーを使用することが1957年に行われていたことを示すためのもの)にすら、カードの終わりでのバール・クラッシャーを使用することに関して、危険を示す旗を付けて、相当な繊維の破壊が生ずることを示唆していた。 (iii)同様に他の証拠(Wool Year Book and Diary)は、“Harmelのバールクラッシャーの動きは、ウールのアクションにとって深刻である。”と述べ、さらにこのバールクラッシャーをカードの終わりに配置することに言及した上で、繊維に対するこうしたアクションの危険は、深刻であり、繊維を弱く、ぐにゃぐにゃ(limp)になり過ぎることである、と指摘している。 (iv)裁判所は、こうした先行文献の開示は、コットン・ミラーの所有者やコットン・カードの操作者をおそれさせ、ファインコットン・ミルにおいて、上記ウースティッドの技術を伝統的なコットン・カードの終わり或いはそれ以外の場所へ適用することを回避させることになると考える。 (v)さらに、Parelta のクラッシャー・ロールに話題を転ずると、裁判所は、Harmelの特許が付与された年(1885年)から本件発明の年(1957年)までの間の実に72年間に亘り、誰も(VargaがしたようにHarmelのバールクラッシャーをファインコットンの処理に適用しなかったことに注目する。この長期間の不実施は、Harmelのバールクラッシャーを、単一の繊維システムから他のシステムへ転用することが容易でなかったことを示している。 C裁判所は、原告が提示した第2引用例(Pareltaのバールクラッシャー)に関して次の見解を示しました。 (イ)Pareltaの発明は、被告側証人の証言により、ウールン及びコットン・コンデンサーの分野で使用されように設計され(但し、このことは明細書には記載されていない)、Pareltaのローラーを通過した後のカーディング操作で夾雑物が除去されるものと認められる。証拠によると、Pareltaのローラーをウースティッドの分野に導入することが度々試みられてきたが、こうした試みは1957年のVargaの発明の時まで成功しなかった。主要な理由は次の通りである。 第1に、Pareltaのローラーは破砕圧力の下で使用されるものであり、その過剰な圧力はウースティッドのウール繊維にダメージを与え、大量の短い繊維やnoilを発生させるので、次のカーディングで梳き取る(combed out)ことが必要である。このため、同量の原料から生産できるウースティッドの量が減ってしまうという不具合がある。 第2に、ウースティッドの処理でクシ(ドッファーの付近で使用するクシと混同してはならない)を使用しても、Pareltaのローラーで破砕しきらない大きな夾雑物は除去できるが、破砕により生じた細かいbitは除去できないということである。 (ロ)裁判所は、4つの技術分野のうちでファイン・コットン及びウースティッドが相互によく類似することを見い出した。 ・最後のドッファーから引き出された、梳かれたウェブがコンデンシング・トランペットを通ってスライバーとなり、これをスピンさせる点。 ・カーディングの後でクシを使用する点。 (ハ)本発明のクラッシュ・ローラーの構造は、ウーレンやコットン・コンデンサーに使用されるPareltaのクラッシュ・ローラーのそれ(表面が滑らかであるものこと)に類似するため、裁判所は、1957年の時点で通常のスキルを有するコットンミル・ワーカーにとってPareltaのクラッシュ・ローラーをファインコットン・プロセスのシステムに適用することは自明ではないと考える。 (ニ)原告は、ファインコットンの分野で一般的に使用されている伝統的な単一のシリンダの梳綿機では唯一つの場所(単一のドッファーとカレンダーシリンダーとの間)にウェブを提供するから、クラッシャーロールを挿入できる自明な場所は、このウェブが存在する場所しかない、と主張する。 (ホ)裁判所は、上述の原告の主張に対して、一旦当業者がこの種の梳綿機にクラッシャーロールを挿入することを決定した後には、上述の場所にクラッシャーロールを挿入することが自明であろうことに同意する。 (へ)しかしながら、本当の問題は、1957年の時点でクラッング手法をファインコットン・プロセスに適用することが当業者にとって同意か否かということである。発明が成立した時点の後でいわゆる後知恵(ハインドサイト)によりそれが自明であると極め付ける以上に、世の中に自明のことはないからである。 (ト)クラッシュされた夾雑物は、殆どクラッシュロールにおいて除去されず、次のカーディング行程で除去されるということは、当業者にとって、1957年においてPareltaのクラッシュ・ローラーをファインコットン・プロセスに適用しても、夾雑物の除去に成功していないことを示している。 (チ)発明者は、彼の発見(クラッシュロールはファインコットンのカーディング行程の最後に位置してもよいこと)に加えて、クラッシュロールとカレンダーロールとの間でウェブが僅かに伸びることに着目して、この伸びによりウェブの長手方向の相対的な移動が生じることに気付いた。すなわち、ウェブの一本の繊維が他の繊維に対して移動することで、緩んだ繊維の間から夾雑物が落下するのである。こうした作用は、ファインコットンの当業者においてクリーニング行程として認識されていなかった。 |
[コメント] |
@我国の進歩性審査基準は、進歩性の基本的な考え方として“特許出願時の技術水準を的確に把握した上で”発明の容易想到性の論理付けを行うべきであると述べています。 A本事例は、上述の“的確に把握する”ということを検討する上で参考となる事案です。 B引用文献同士が類似の技術であることは、進歩性を判断する際の重要な要素です。 “発明の課題解決のために、関連する技術分野の技術手段の適用を試みることは、当業者の通常の創作能力の発揮である。”(進歩性審査基準の“動機づけとなり得るもの”の欄)。 C本事例の4つの技術分野(ファインコットン・ウール・ウーステッド・特紡綿糸)は、用途(衣服等に用いる)から見ても、技術のメカニズム(製造過程)から見ても、類似の技術であることには間違いありません。だからと言って無条件で技術要素の転用が容易であるとは言えない、他分野の夾雑物破砕手段を不都合なく転用し得ると当業者が予見できるかどうかが重要なのである、というのが裁判所の意見です。 Dもう一つの論点は、技術の分野の通常を有する知識を有する者とは、研究者なのか、実際に装置を扱う実務者なのかをいうことです。これは、その技術分野での創作活動の担い手が誰かという問題に関係するので一義的に決めることができません。 E本件訴訟では、裁判所は、1957年(特許出願があった年)のファインコットンの分野の当業者のレベルとして、大学教授では“通常以上”(extraordinary)であって相応しくないとし、装置のオペレータが相当である、と判断しました。 Fこうした事例を踏まえて、本事例の判決の翌年に出されたグラハム判決では、進歩性の判断手法であるグラハムテストの一項目として“当業者のレベルを確定すること”が採用されました。→当業者のレベルとは |
[特記事項] |
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