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●昭和41年(行ケ)第62号(拒絶査定不服審決…否認)


新規性進歩性審査基準/特許出願の要件/要旨の認定/殺虫方法

 [事件の概要]
@X(原告)は,発明の名称を「アレスリン等による殺虫方法」とする発明につき特許出願をしたところ、出願公告がなされましたが(昭和38年特許出願公告第8000号)、これに対して複数件の特許異議の申立てがなされ、特許庁が審理した結果,本件特許出願につき拒絶査定がなされました。Xは、これを不服として拒絶査定不服審判を請求しましたが、特許庁は昭和41年3月12日,実公昭29−6859号公報(以下「引例1」という。),実公昭30−4844号公報(以下「引例2」という。)に基づき,本願発明は,進歩性あるものとは解し難いと判断しました。

A本件特許出願の請求の範囲の記載

 「アレスリン或はピレトリンを繊維板類に吸着させ燻熱を伴うことなく120〜140℃の温度に加熱してこれら有効成分を揮散させることを特徴とする殺虫方法」

B本件特許出願の明細書の発明の詳細な説明の記載

(a)蚊取り線香のように燻蒸熱により殺虫剤の有効成分(アレスリン・ピレトリン)を加熱蒸発させる方法では大部分の有効成分が熱分解して徒に消費されるという欠点があり、溶液として噴霧し若しくは蒸発による方法は液の取り扱いに手数や不便を伴うという欠点があることに鑑み、「有効成分が殆ど分解せざる程度に加熱してアレスリン或いはピレトリンを揮散させることを特徴とするものである。」

(b)「本発明を実施するにはアレスリン或はピレトリンを例えばメタノール、エタノール若しくはベンゾールのような溶液に溶解しその溶液をパルプ或は石綿等を主剤とした繊維板に吸着させ、使用に当たってはこの繊維板を例えば130℃程度に加熱されている電熱器等の上において有効成分を空気中に放散せしめるものである。この加熱温度が高過ぎると有効成分の分解が多く起り低すぎると揮散が少ないので、分解が最小で揮散が十分行われる程第としては大体120〜140℃程第が適当であり、アレスリン等の有効成分を吸着せしめた繊維板はその効力が8時間程度持続せしめるために暑さを1.5〜4.0mm程度となし、又その表面積1cm2当り有効成分を3〜30mg程度含有せしめるのが適当である。」

C原告(特許出願人)の主張

(イ)特許出願人Xは,本願発明がその構成において「繊維板類を発熱体上に接触させて加熱すること」を要件とするものであることを前提として,請求の範囲の記載を次のように解釈すべきと論じました。すなわち

「アレスリンあるいはピレトリンを繊維板類に吸着させ、これを発熱体上に接触させて燻熱を伴なうことなく120〜140℃の温度に加熱してこれら有効成分を揮散させることを特徴とする殺虫方法」

 その理由は本願発明の方法の実施に当つては、「アレスリンまたはピレトリンを吸着させた繊維板類を発熱体上に接触させて加熱すること」が必要であるからです。

(ロ)そして特許出願人Xは、引例1に比し進歩性を有する旨主張しました。


 [裁判所の判断]
@裁判所は特許出願に係る発明の認定に関して次のように判示しました。

(イ)特許法第36条第2項第4号が,特許出願にあたり願書に添附すべき明細書の必要的記載事項として「特許請求の範囲」を掲げ,同条第5項において右「特許請求の範囲」には,「発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。」と規定しており,また出願発明が特許されたものである特許発明について同法第70条が「特許発明の技術的範囲は,願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定めなければならない。」と規定しているのによれば,出願発明の内容の理解であるその要旨の認定も,特許発明の内容の理解であるその技術的範囲の確定も,明細書の「特許請求の範囲」の記載を基本とし,これによってなさるべきものといわねばならない。

(ロ)そして「特許請求の範囲」の記載によるといつても,もとよりその記載された文言,表現のみによるべきものと解すべきではなく,例えば「特許請求の範囲」の記載に用いられている技術用語が通常の用法と異なり,その旨が「発明の詳細な説明」に記載されているとか,「特許請求の範囲」に記載されているところが不明確で理解困難であり,それの意味内容が「発明の詳細な説明」において明確にされているというような場合等に,これら用語,記載を解釈するに当って,「発明の詳細な説明」の記載を参酌してなすべきであるのはいうまでもないが,これは,すでに「特許請求の範囲」に記載されている事項の説明を「発明の詳細な説明」の記載に求めるのにすぎないことであつて,「特許請求の範囲」の記載についてその合理的な解釈をすることにほかならない。

(ハ)しかしながらこれと異なり,「特許請求の範囲」の記載が明確であって,その記載により発明の内容を適確に把握できる場合に,この「特許請求の範囲」に何ら記載されていない,「発明の詳細な説明」に記載されている事項を加えて,当該発明の内容を理解することは,右のようにすでに「特許請求の範囲」に記載されている事項の説明を「発明の詳細な説明」の記載に求めることではなく,「特許請求の範囲」に記載されているものに,新たなものを附加することであつて,前記のごとく発明の内容の理解が「特許請求の範囲」の記載を基本とし,これによってなさるべきことに反するものであり,出願発明の要旨認定においても,特許発明の技術的範囲の確定にあたっても,許されないところである。

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A次に裁判所は上記の見解を本件特許出願の案件に次のように当て嵌めました。

(イ)これを本願についてみると,その「特許請求の範囲」の記載は前記のとおりであつて,その記載のどこにも繊維板類を120〜140℃の温度に加熱する方法についてこれを限定する趣旨の記載はなく,その記載は明確であって,これによって発明の内容を理解するに十分である。

(ロ)そしてこの「特許請求の範囲」の記載と対比し,また当該各記載内容を検討するとき,Xの挙示する「発明の詳細な説明」の項におけるa,b,cの各記載は,「本願発明そのものの説明」として内容を規定すべきものではなく,本願発明におけるいわゆる具体的実施例ないし実験例についての説明であるとみるべきは明らかであつて,本願発明の要旨は前記のごとくその「特許請求の範囲」のとおりであると認定するのが,法の規定にそうこの出願発明の合理的解釈というべきである。すなわち本願発明はX主張のごとく「繊維板類を発熱体上に接触させて加熱すること」をその構成要件とするものではない。」

B以上のことから、裁判所は、この構成要件を前提とする原告(特許出願人)の進歩性の主張を採用できないとしました。


 [コメント]
@特許出願に係る発明の要旨の認定に関しては、新規性・進歩性審査基準に挙げれられているようにリパーゼ判決(下記参照)が有名です。

 「(特許出願の)要旨認定は、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解できないとか、あるいは一見してその記載が誤記であることが明細書の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情のない限り、特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである」

Aこのリパーゼ判決に至る以前にこうした考え方の論理を解説した事例として本件を紹介しました。

B本件特許出願の発明の実施においては、加熱が過ぎると殺虫剤の有効成分の分解が多くなり、加熱不足であると有効成分が足りない、従って所要の温度を維持するために発熱体に接触させることが重要である、という特許出願人の主張は分からないでもないですが、それを示唆する記述が請求の範囲中に一切ないことを考えれば、裁判所が上述の通り解釈したことはやむを得ないことです。


 [特記事項]
新規性・進歩性審査基準で引用された事例
 
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