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●平成12年(ワ)第10050号「商品陳列取出ユニット」事件


包袋禁反言/特許出願等の経過の参酌・分割出願(是認)/商品陳列取出ユニット

 [事件の概要]
@事実関係

(a)原告及び被告は、ともに陳列器具類の製造、加工等を目的とする株式会社です。

(b)原告は、特許出願(原出願)から出願分割を行い、分割出願に関して本件特許を取得しました。

 特許番号  第3022544号

 登録日   平成12年1月14日

 出願日   平成7年4月28日(原出願日)

       平成11年2月5日(分割出願日)

 発明の名称 商品陳列取出ユニット

A原告の特許権の請求の範囲

(ア)側板が立設され前後方向に商品を陳列する商品陳列ケースと、

(イ)この商品陳列ケースの底側に組付けられ前後方向にわたって軸受孔が多数設けられてなるローラ支持板と、このローラ支持板の軸受孔に軸部が架設され前出し可能に回転する多数個のローラと、

(ウ)商品陳列ケースの前端部に設けられ最前部の商品に当接するストッパとからなり、

(エ)ストッパはその下端に設けられる係止爪が商品陳列ケースの前端部に設けられる係止片に係止することで着脱可能に設けられる

1…商品陳列ケース 5…ストッパ 20…ローラ支持板

図面1

(オ)商品陳列取出ユニット。

B本件訴訟争点

(1)被告が製造販売している商品前出し装置の特定

(2)被告が製造販売している商品前出し装置が構成要件(ア)を充足するか。

(3)被告が製造販売している商品前出し装置が構成要件(イ)の「商品陳列ケースの底側に組付けられ」ている「ローラ支持板」を充足するか。

(4)被告が製造販売している商品前出し装置が構成要件(エ)を充足するか。

(5)被告が製造販売している商品前出し装置の意匠が本件意匠と類似しているか。

(6)損害の発生及び額

C争点3に関して原告及び被告は次のように主張しました。

 (原告の主張)

(a)本件発明の「ローラ支持板」は、商品陳列ケースの底側に組み付けられているものであるが、それが着脱可能であることは、要件ではない。

(b)本件特許は、原告が平成7年4月28日にした特許出願からの分割出願によるものであるが、原出願の当初の明細書の特許請求の範囲請求項1には、ローラ支持板を商品陳列ケースの底側に一体に組み付けるという技術的思想が包含されている。

(c)また、原出願において、原告が、意見書、手続補正書によって、「ローラ支持板」を着脱可能なものに限定している経緯があるが、本件特許は、原出願の当初の明細書の記載に基づく分割出願であって、あくまでも新たな特許出願であるから、このような原出願の審査経緯を根拠として、本件発明の技術的範囲が制約されるものではない。

(d)被告が製造販売している商品前出し装置のローラ支持板17は、ローラマット1の底板16に一体に組み付けられているが、ローラ支持板が着脱可能であることは本件発明の要件ではないから、このような構造のものも、構成要件(イ)の「商品陳列ケースの底側に組付けられ」ている「ローラ支持板」ということができる。

(e)仮に、このような一体に組み付けられているものは、「商品陳列ケースの底側に組付けられ」ている「ローラ支持板」とはいえないとしても、複数の部品よりなる構成を一体の構成とすることは、プラスチック成型品では当然の技術であって、当業者としては容易に想到できることであるし、これにより、本件発明の効果に何ら変わりがない。また、本件発明は、ストッパの係止構造を本質的部分としたものであるから、「ローラ支持板」は本質的部分ではなく、構成部品を複数にしてこれを組み付けることに本質的要素がないことは明らかである。そうすると、被告が製造販売している商品前出し装置は、本件発明と均等な構成というべきである。

zu

 (被告の主張)

(a)原出願において、

(i)原告が、「商品陳列ケースの側板に対して着脱可能」としていたクレームを「商品陳列ケースの底側に着脱可能」と変更したこと、

(ii)原出願の明細書の「発明の効果」に、「商品の大きさ、重量等に対応してローラ等を簡単に選択変更することができる効果がある。」と記載されていること、

(iii)本件特許請求の範囲において、ローラ支持板が「底側に組付けられ」と明示されていること
 からすると、構成要件(イ)の「ローラ支持板」は、商品陳列ケースの底側に着脱可能に組み付けられているものに限定されなければならない。

(b)しかるに、被告が製造販売している商品前出し装置には、着脱可能に組み付けられるローラ支持板は存しない。

(c)原出願の当初の明細書に、商品陳列ケースの底側において、一体に組み付けるローラ支持板を技術思想とするような記載は一切ないし、また、原出願の当初の特許請求の範囲請求項1にいう「組み付ける」も、上記明細書の他の個所では、各別体をなす部材を相互に一体的に結合する状態を表現する用語として使用されているから、本件発明において、ローラ支持板が商品陳列ケースと一体に成形されている構成を、「組付けられ」ているということはできない。

(d)「ローラ支持板」は、原出願の当初の明細書において、11の請求項中5つの請求項においてクレームされた要件であること及び本件明細書の「発明が解決しようとする課題」における記載に照らすと、「ローラ支持板」は、本件発明の本質的部分である。

(e)また、「ローラ支持板」が、原告の主張のように、商品陳列ケースと一体となっているものも含むとすると、そのような商品陳列棚は、本件特許の出願過程において拒絶理由通知によって出願前公知とされたもので、原告もこれを争っていないから、均等の要件のうち、「対象製品が出願時の公知技術から容易に推考できたものではないこと」を充足しない。

C争点4に関して原告及び被告は次のように主張しました。
 (原告の主張)

(a)被告が製造販売している商品前出し装置は、ストッパ10が、係止爪12を有するレール部材11と、レール部材11の溝13に差し込みされるコロビ止め14から構成され、ストッパ10は、係止爪12がローラマット1の前端部に設けられている係止片15に係止することで着脱可能に設けられているので、構成要件(エ)を充足する。

(b)仮に、コロビ止め14のみが「ストッパ」であるとしても、コロビ止め14は、溝13に差し込まれて係止するところ、溝13が「係止片」に該当するとともに、コロビ止め14の下端が「係止爪」として機能し、下端に「係止爪」があると認められるから、構成要件(エ)を充足する。

 (被告の主張)
(a)被告が製造販売している商品前出し装置において、商品が外方に転落することを防止する作用効果を有する「ストッパ」に該当するのは、転び止め板(ストッパー)5であるところ、この部材は、その下端に係止爪を有しておらず、フロントレール4の前面壁4aと段違いリブ4cとの間に形成された転び止め板挿入溝4bに抜き差しすることで着脱自在となっているから、本件発明の「ストッパ」には当たらない。

(b)また、フロントレール4は、複数のローラマット1を隣接するローラマット1との間に所望の間隔をとって連結固定するための部材であって、かつ、顧客の商品陳列ケースの棚面に凹凸がある場合に複数のローラマット1を直接棚上に載置した場合に生じるローラマット1の面上のゆがみを避け、複数のローラマット1の面上を均整のとれたものにするための部材であるから、本件発明における「商品陳列ケース」とは、その目的、構成及び作用効果において全く相違する。さらに、フロントレール4の前面壁4a及び段違いリブ4cは、本件発明におけるストッパ下端の係止爪のようなものと係合するものではないから、本件発明における「係止片」に該当しない。

(c)したがって、被告が製造販売している商品前出し装置は、構成要件(エ)を充足しない。


 [裁判所の判断]
@裁判所は争点3に関して次のように判断しました。

(a)本件特許が、原出願からの分割出願によるものであり、原出願の当初の明細書において、特許請求の範囲請求項1、2及び4は、次のとおりであったことが認められる。

 請求項1

 「両側板が相対して設けられ前後方向に商品を陳列する商品陳列ケースと、商品陳列ケースの底側に後方から前方に向けて下降傾斜する状態で回転可能に架設された多数個のローラと、商品陳列ケースの前端部に設けられ陳列の最前部の商品に当接するストッパとからなる商品陳列取出ユニット」

 請求項2

 「請求項1の商品陳列取出ユニットにおいて、ローラの軸受構造は、上縁から半円形に切込まれた軸受孔が設けられて商品陳列ケースの側板に固定される下部ローラ支持板と、下縁から半円形に切込まれた軸受孔が設けられて商品陳列ケースの側板または下部ローラ支持板に固定され下部ローラ支持板に組付けられる上部ローラ支持板とからなることを特徴とする商品陳列取出ユニット」

 請求項4

 「請求項1の商品陳列取出ユニットにおいて、ローラの軸受構造は、ローラの押込により弾圧変形してローラを抜止め嵌合させる軸受孔が設けられて商品陳列ケースの側板に固定されるローラ支持板からなることを特徴とする商品陳列取出ユニット」

zu

(b)また、原出願の明細書において、

・特許請求の範囲請求項3及び5は、特許請求の範囲請求項2及び4を、それぞれさらにローラ支持板が商品陳列ケースから着脱可能なものに限定したものであること、

・上記明細書の実施例及び図面(図3、4、7ないし10)において、下部ローラ支持板、上部ローラ支持板及びL字型ローラ支持板として、商品陳列ケース自体とは独立した部材であるローラ支持板を用いた技術が開示されていたこと、

 認められる。

(c)以上の事実によると、原出願の当初の明細書における特許請求の範囲請求項1においては、ローラの軸受構造に何らの限定もないが、請求項2ないし5においては、ローラの軸受構造として、商品陳列ケースとは別部材である「ローラ支持板」を用いるものに限定していることが認められる。

(d)また、本件特許は、上記原出願の請求項1について「引用例1には、商品の自重による移送具としてコロを用いた商品陳列棚が記載されている」との拒絶理由通知書が発せられた後に、上記原出願から分割出願されたものであるが、

・分割出願当初の明細書における特許請求の範囲は、請求項1及び2からなり、そのいずれも「ローラ支持板」を用いた技術についてのものであったこと、

・本件特許は、その後、請求項2を削除し、請求項1につき「ストッパ」の要件を加重する補正を経て、登録されたこと、本件明細書の実施例及び本件特許に係る図面に、原出願の当初の明細書の実施例及び図面のうち、L字型ローラ支持板を用いたものが、そのまま用いられていること、以上の事実が認められる。

 以上のような本件特許の出願の経緯及び本件特許請求の範囲に「ローラ支持板」は商品陳列ケースの底側に「組付けられ」るものであることが記載されていることに照らすと、本件特許における「ローラ支持板」は、「商品陳列ケース」とは別個の部材であると認めるのが相当である。

 被告製品においては、ローラ7の回転ローラ軸7aは、ローラマット1に形成された回転ローラ軸収納穴14に架設されているから、ローラの軸受構造として、ローラマット1とは別にローラを架設する独立の部材があるとは認められない。

(e)原告は、被告製品が「ローラ支持板」を充足しないとしても、被告製品は本件発明と均等であると主張する。

 均等が成立するためには、被告製品が、本件発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たらないことを要するが、上記(1)のとおり、本件特許は、ローラ支持板を用いる商品前出し装置と、ローラ支持板を用いずに商品陳列ケースに直接ローラを架設する商品前出し装置の双方が含まれていた原出願から、「ローラ支持板」を用いる商品前出し装置に限定して分割出願したものと認められるから、被告製品のように「ローラ支持板」を用いない商品前出し装置については、特許請求の範囲から意識的に除外されたものと認めるのが相当である。

 したがって、被告製品について、均等の成立を認めることはできない。

A裁判所は争点4に関して次のように判断しました。

(a)原告は、被告製品のフロントレール4と転び止め板5を合わせたものが「ストッパ」に当たると主張する。

[原告第1物件目録第4図]
図面2

(b)しかしながら、本件明細書において、「発明の効果」の欄に、「商品の大きさ、重量等に対応して最前部のストッパを交換することができ、その際にストッパの係止爪と商品陳列ケースの係止片とで最前部のストッパを簡単に選択交換できると同時に確実に係止固定できる効果がある」(6欄24ないし28行)との記載があることが認められるから、「ストッパ」は、商品の大きさ、重量等に対応して交換するものであると認められるが、証拠(甲6、7)と弁論の全趣旨によると、被告製品において、商品の大きさ、重量等に対応して交換される部材は転び止め板5のみであって、フロントレール4は交換されないものと認められる。

(c)また、本件明細書の実施例においても、被告製品の転び止め板5に相当する部材のみが「ストッパ5」とされ、この部材自体に係止爪があることが認められる。

(d)以上によると、被告製品の転び止め板5とフロントレール4を合わせたものが「ストッパ」に当たるとは認められない。

(e)原告は、転び止め板5が「ストッパ」に該当し、被告製品の転び止め板挿入溝4bが「係止片」に、転び止め板5の下端が「係止爪」にそれぞれ該当するとも主張する。

 しかしながら、本件特許は、分割出願時の特許請求の範囲においては、ストッパの形状や商品陳列ケースとストッパとの係止構造について何ら限定がなかったところ、

・「引用例2には、陳列棚の前端部に着脱可能に設けられた補助ストッパー板が記載されている」旨の拒絶理由通知書が発せられたこと、原告は、特許請求の範囲を補正して、構成要件(エ)を付加するとともに、発明の効果として、ストッパを確実に係止固定できる効果があることを付加し、意見書において、引用例においては構成要件(エ)のような係止爪と係止片とによる具体的着脱構造が記載されていない旨主張したこと、

・その後、本件特許が登録されたこと、

 以上の事実が認められる。そうすると、本件発明は、ストッパの下端に「係止爪」があり、商品陳列ケースに、この係止爪と係合する「係止片」があり、これらの係合によって、ストッパが商品陳列ケースに確実に係止固定されるものであると認められる。

(f)被告製品においては、上記1認定のとおり、転び止め板5には、特段の機構はなく、フロントレール4の転び止め板挿入溝4bに差し込まれているだけであるから、転び止め板5の下端に「係止爪」があるとは認められないし、転び止め板5が、商品陳列ケースに、係止爪と係止片によって、確実に係止固定されているとも認められない。

(g)従って、被告製品は、構成要件(エ)を充足しない。


 [コメント]
@分割出願に基礎となった特許出願(原出願)の経緯を参酌することの是非に関しては、平成8年(ワ)1597号「サーマルヘッド」事件において、下記の理由から、原出願の審査と分割出願の審査とが密接な関係にあるときには、例外的に参酌が認められ得るとした上で、当該事件では例外的な事例に該当しないという判決が出されました。

 “分割出願に係る発明と分割後の原出願の発明は、別個独立のものであるから、分割出願に係る発明の技術的範囲を確定するのに原出願の発明の出願経過を参酌するのは原則として相当でなく、分割出願に係る特許権の成立が原出願と密接な関係にある場合において、分割出願の際に既にもととなった原出願の願書に添付された明細書又は図面の意味内容が原出願の出願経過の参酌により明らかになるような例外的な場合に限り、原出願に係る発明の出願経過を参酌することができるというべきである。”

Aこれを見ると、特許出願の請求の範囲の記載の意義(本件では“組付けた”という限定的なニュアンスを有する言葉の意味)を解釈するための参考事項として本件特許出願の経緯が参酌され、その経緯で表れた手続の意味の解釈として、分割出願の基礎となった特許出願の経緯も参酌されるという趣旨ではないかと理解されます。

B米国では包袋禁反言が認められる範囲が広く、外国出願経過禁反言(Foreign Prosecution History Estoppel)という概念までありますが事例があるが(例えば714 F.2d 1110)、それとは意味が異なるものと理解されます。


 [特記事項]
 
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