[事件の概要] |
@事件の経緯 原告は、被告が有する特許第二三六、五六二号「写真植字機における表示装置」につき特許無効の審判を請求しましたたが(昭和三六年審判第三四九号事件)、「本件審判の請求は成り立たない」旨の審決があり、その取消を求めて本件訴訟を提起しました。 A本件特許発明の要旨 「感光材料捲着胴を収容せる暗匣体上に表示胴を回転可能に架設し、これを捲着胴の回転に関連して回転させるとともに、表示胴に表示するところの表示子を固定させる表示胴を回転させると同時に横方向に移動させるか、あるいは、表示胴は回転のみで固定させ表示子を横方向に移動させ、文字の縦送り及び横送りを表示胴に表示するようにした写真植字機における表示装置。」 B審決の理由 特許第七二、二八六号明細書(以下「第一引用例」という)及び大正十四年十一月五日発行の雑誌「発明」第十八頁(以下第二引用例」という)には「レンズ面の後方に表示胴を回転可能に架設し、これを感光材料捲着胴の回転と同様に回転させるとともに、シヤツター把手に連動して字送りを表示胴に表示する表示子を有する写真植字機」が記載されているが、これら引用例記載の写真植字機においては、本件特許発明の構成上の重要部分である「暗匣体上に表示胴を回転可能に架設した」構造を欠き、しかも、本件特許発明はこの構造により始めて「暗匣体の正面には支障物がないので暗匣体内の捲着胴の装脱に至極便利である」という効果を奏するものであるから、本件特許発明が前記引用例記載のものから容易に着想実施しうるものと認めることはできない。 C原告の主張 (a)各引用例記載の写真植字機には、本件特許発明の要旨である「暗匣体上に表示胴を回転可能に架設した構造」を欠くことは、いずれも審決認定のとおりであるが、本件特許発明は第一引用例の記載から当業者の容易になしうべき設計変更にすぎないのであるから、本件特許発明をもつて各引用例記載のものから当業者の容易に着想実施しうるものとはいえないとした本件審決の認定は誤りであり、その点において違法として取り消されるべきものである。 (b)すなわち、もともと必要がある場合に暗匣体正面に支障物のないようにすることは単純な設計上の問題であるばかりでなく、第一引用例に示された写真植字機における表示装置は、表示胴を暗匣体の下方、かつ、やや後方に回転可能に架設したものであり、暗匣体の正面に支障物がないことは、本件特許発明と同様である。本件特許発明の典型的な実施例においては、表示子を設けた縦杆が暗匣体の正面に存在し、暗匣体の正面に支障物がないとはいえないのであるが、第一引用例記載のものには、このような支障物も存在しない。 (c)したがつて、本件特許発明は、「暗匣体の正面には支障物がないので暗匣体内の捲着胴の装脱に至極便利である」点においても第一引用例記載のものと何の相違もなく、「暗匣体上に表示胴を回転可能に架設した」構造は、右第一引用例から容易になしうる設計変更にすぎない。 C被告の主張 (a)原告の引用する第一引用例の植字機は、いわゆる縦打ち専用機で、本件特許発明のもののような縦横兼用機ではない。縦打ち専用機の場合は、表示子は、単に文字の上下間の間隔を視認、調整する役割を果せば足るから、第一引用例のように、それがレンズ筒の背後にあっても、機能上さしたる障害は生じないが、文字の横打ちの場合には、横送りの間隔の表示が、表示子の最も重要な役割となるので、表示胴をレンズ筒の背後に設けることは、その目的に反する。 (b)したがつて、表示胴及び表示子はレンズ筒の前面に設けることが必要であるが、その場合、レンズ筒の移動調整、文字の選定、シヤツター把手の操作等に全く障害のない箇所に設けられなければならない。本件特許発明において、「暗匣体上に表示胴を回転可能に架設する」構造をとったのは、そのためであり、これにより、「暗匣体の正面に支障物がない」という効果を挙げることができたのである。それは、決して、原告のいうような単純な設計上の問題ではない。写真植字機において、表示子を固定して暗匣体を横方向に移動させるためには、必然的に、表示胴も横方向に移動せねばならず、かつ、それは常にフイルム捲着胴と同一回転を保たなければならないし、また、暗匣体及び表示胴を固定して表示子を横方向に移動させようとすれば、多数のレンズ群、シヤツター機構及び光源装置機構をすべて移動させねばならず、しかも、そのいずれの場合にも、作業者の文字盤及びレンズの選択その他の作業の障害となってはならないのである。 (c)このように、暗匣体と同一の回転をさせながら、かつ、横送り位置を完全に表示するように表示胴の位置を選択決定するは、写真植字機の製作技術において、決して簡単、容易なことではなく、他の光学的、機械的諸機構との関連において多くの技術的困難を解決しなければならない問題であり、これを単なる設計上の問題として片づけるわけにはいかないのである。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は本件特許発明の効果及び発明の効果に関して次のように評価しました。 (a)本件特許発明は、その構成要件において、少くとも、「暗匣体上に表示胴を回転可能に架設した」点において引用例記載のものと相違し、かつ、この構造に伴い「暗匣体の正面に支障物がないので、暗匣体内の捲着胴の装脱に至極便利である」という効果を挙げうるものであることを認めうべく、これを左右するに足る証拠はない。 (b)しかして、本件特許発明において、前記のような引用例記載のものにない構造をとることにより前記のようなある特定の効果が期待される以上(何らの効果がないというのなら別であるが)、前記の構造上の差異を有する本件特許発明をもつて、第一引用例のものの単なる設計変更ないしは当業者の容易に着想実施しうるものとすることは妥当ではない A裁判所は原告の主張に関して次のように説諭しました。 (a)原告の主張するように、必要がある場合に暗匣体の正面に支障物がないようにすることは、写真植字機の製作においては単純な設計上の問題であるといえるかもしれないが、問題は、その目的のために具体的に如何なる構造を採用したか、そして、それが、具体的にフイルム捲着胴の装脱に至便であるという効果をもたらしえたかであり、この構造と効果とが機能的に結合された以上、これをもつて単純な設計上の問題とみることは妥当ではない。 (b)あるいは、写真植字機における前記のような構造は、今日の写真植字機の製作技術においては、さまで高い技術的意味を有しないとしても、本件特許発明が横打ちをも可能にする兼用機であり、この種写真植字機において前記のような構造を採用するためには他の光学的あるいは機械的な諸機構との調整結合の点において解決しなければならない種々の要素の存在することは甲第二号証により認めうべきその全体の構造から容易に窺いうるところである |
[コメント] |
@進歩性審査基準には「請求項に係る発明が引用発明と比較した有利な効果を有している場合には、これを参酌して、当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことの論理づけを試みる。」と記載されていますが、発明の効果とはどの程度のものであるかを考えるために本事例を紹介します。 A発明の構成中の特定の技術的要素がどの引用文献に記載されていなくても、その要素が当該発明に固有の効果を奏しないものであるときに、単なる設計変更(或いは設計的事項)と判断されることはよくあります。 Bしかしながら、その技術的要素が固有の発明の効果を奏するのであれば、さほどに高い技術的意義を有するものではなくても、発明の効果を奏しない場合と同一視するべきではなく、後知恵(ハインドサイト)的な分析でその進歩性を否定するべきではありません。 |
[特記事項] |
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