[事件の概要] |
@本件の経緯 原告である甲は、「即席冷凍麺類用穀紛」と称する発明に関して昭和58年5月17日に特許出願(特開昭58−85072)を行い、その一部を出願分割して特開平3−185094号(特許出願Bという)をしました。 そして、当該特許出願が、昭和58年2月28日にされた他人の特許出願であって昭和59年9月5日にされたもの(特許出願A)というの明細書・図面に記載された発明と同一であるので、特許法第29条の2(拡大された先願の地位)違反であるという理由で拒絶査定され、それに対する拒絶査定不服審判の請求も成り立たないとされたため、本件訴訟に至りました。 A本件特許出願Bの発明の要旨 「タピオカ澱粉(注、上記手続補正書に「殿粉」とあるのは誤記と認める。)12〜50重量%と穀粉類88〜50重量%とからなる即席冷凍麺類用穀粉。」 B本件特許出願Bの先行技術 前記特許出願Aの明細書には、次の開示がありました。 「タピオカ澱粉5〜30重量%と穀粉95〜70重量%とを配合した製麺原料粉を真空度約600mmHg以下の減圧環境下で加水混練し、常法どおり製麺することにより生うどんを製造し、次いで生うどんを沸とう水中で茹でてゆでうどんを製造し、得られたゆでうどんを急速冷凍することにより冷凍うどんを製造すること」(審決書6頁11行目〜17行目) C争点 取消事由1…特許出願Aの発明は未完成発明であって先願の地位を有しない。 取消事由2…特許出願Aの冷凍うどんは解凍したのみでは材料に過ぎず、可食状態とするには調理が必要だから、その穀粉は即席冷凍麺類用穀粉ではない。 (事由2は裁判所で判断されなかったため、以下省略) D特許出願人甲の裁判での主張の要旨 (a)本願発明は、穀粉(小麦粉又は小麦粉と異種穀粉との混合物)にタピオカ澱粉を特定割合で配合した即席冷凍麺類用穀粉であることを構成要件とするものであり、タピオカ澱粉と穀粉との組成物を即席冷凍麺類用穀粉に用いると食味、食感の点で優れていること、すなわち、タピオカ澱粉という既知の物質を特定割合で他の穀粉類と配合して即席冷凍麺類用穀粉という用途に使用することにより優れた効果が得られることを見いだして特許出願されたものであり、いわゆる用途発明である。 (b)用途発明は、特定の用途を見いだしたとされる物質が公知であったというだけで新規性が失われるものではなく、出願前、その物質に当該用途が見いだされていた場合に初めて新規性が否定されるというべきである。したがって、用途発明の新規性を判断する上で、対比の対象となる発明は、用途発明でなければならない。 (c)能評価試験(以下「原告官能評価試験」という。)において、先願明細書の実施例1に従って製造された冷凍うどんは、小麦粉100%使用の麺を基準としその評価点を「3」として対比した場合に、「滑らかさ1.1」、「粘性1.7」、「弾力性1.0」及び「煮崩れ状態1.0」とされ、各項目につき、小麦粉100%使用の麺よりも劣悪な評価しか得られていない。そうすると先願明細書の実施例1ではタピオカ澱粉を特定割合で配合した穀粉が冷凍麺を製造することに適しているという用途は見いだされているとはいえない。 E被告(特許庁長官)の主張の要旨 (a)用途発明とは、昭和50年12月10日初版発行の工業所有権用語辞典編集委員会編「工業所有権用語辞典<新版>」に記載されているように、物の一属性に基づきそのものをある特定の用途に用いることについての発明をいう(441頁右欄5行目〜7行目)ものであるが、その用途(使い道)が単なる着想や願望の段階に留まらず、その用途に使用可能であることが実質的に示されていれば完成しているということができる。 (b)(本件において)先願である特許出願Aの明細書記載の穀粉によって喫食可能な即席冷凍麺類が製造できれば、即席冷凍麺類用としての用途があることを確認することができ、したがって、先願明細書において、即席冷凍麺類用穀粉という用途発明自体は完成しているということができる。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、用途発明を対象とする特許出願の特許法第29条の2(拡大された先願の地位)の適用の考え方に関して次の見解を判示しました。 (イ)用途発明は、既知の物質のある未知の属性を発見し、この属性により、当該物質が新たな用途への使用に適することを見いだしたことに基づく発明であると解すべきである。なぜなら、既知の物質につき未知の属性を発見したとしても、それによって当該物質の適用範囲が従来の用途を超えなければ、技術的思想の創作であるということはできず、また、新たな用途への使用に適するといえるものでなければ、適用範囲が従来の用途を超えたとはいい難いからである。 (ロ)用途発明に係る特許出願については、出願前に、その物質自体は公知であっても、当該新たな用途への使用に適することが見いだされていなければ、発明の新規性は否定されないというべきである。したがって、用途発明の新規性を判断する上で、これと対比して同一であるかどうかを判断する対象となる発明も用途発明でなければならない。同様に、用途発明に係る特許出願につき、当該特許出願の日前の他の特許出願であって当該特許出願後に出願公開等がされたものの願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明と同一であるとして、特許法29条の2第1項により、特許を受けることができないとされるためには、上記「特許出願の日前の他の特許出願に係る発明」も用途発明でなければならない。 (ハ)用途発明は、既知の物質のある未知の属性を発見し、この属性により、当該物質が新たな用途への使用に適することを見いだしたことに基づく発明であると解すべきである。なぜなら、既知の物質につき未知の属性を発見したとしても、それによって当該物質の適用範囲が従来の用途を超えなければ、技術的思想の創作であるということはできず、また、新たな用途への使用に適するといえるものでなければ、適用範囲が従来の用途を超えたとはいい難いからである。 (ニ)また発明が完成したというためには、その技術手段が当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることを要し、かつ、これをもって足りるものと解すべきである(昭61(オ)454号)。 (ホ)そうすると、先願発明が本願発明に対するいわゆる後願排除効を有するためには、先願明細書に先願発明が完成した用途発明として開示されていること、いい換えれば、先願明細書の記載において、用途発明である先願発明が、当業者が反復実施して所定の効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることを必要とする。 (へ)また用途発明に係る特許出願については、出願前に、その物質自体は公知であっても、当該新たな用途への使用に適することが見いだされていなければ、発明の新規性は否定されないというべきである。したがって、用途発明の新規性を判断する上で、これと対比して同一であるかどうかを判断する対象となる発明も用途発明でなければならない。 (ト)同様に、用途発明に係る特許出願につき、当該特許出願の日前の他の特許出願であって当該特許出願後に出願公開等がされたものの願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明と同一であるとして、特許法29条の2第1項により、特許を受けることができないとされるためには、上記「当該特許出願の日前の他の特許出願に係る発明」も用途発明でなければならない。 A裁判所は前記見解を次のように本件特許出願A、Bに当てはめました。 (イ)前示のとおり、用途発明は、既知の物質のある未知の属性を発見し、この属性により、当該物質が新たな用途への使用に適することを見いだしたことに基づく発明をいうものと解すべきであるから、タピオカ澱粉を特定割合で他の穀粉類と配合した先願発明が用途発明として完成しているというためには、タピオカ澱粉の特定の属性により、これを特定割合で他の穀粉類と配合した穀粉が、即席冷凍麺類用穀粉という新たな用途への使用に適することが見いだされたといい得ることが必要である。 (ロ)しかしながら、当該タピオカ澱粉配合の穀粉を即席冷凍麺類用穀粉として使用した場合に奏する効果が、タピオカ澱粉を含まず穀粉類のみから成る従来の即席冷凍麺類用穀粉(従来技術)が奏する効果以下のものとすれば、当該タピオカ澱粉配合の穀粉が、即席冷凍麺類の製造に適しているということができない。 (ハ)、したがって、タピオカ澱粉がその特定の属性により即席冷凍麺類用穀粉という新たな用途への使用に適することを見いだしたということ自体がいえないことになるから、用途発明である先願発明が完成したといい得るためには、タピオカ澱粉を特定割合で他の穀粉と配合した先願発明が、穀粉類のみから成る従来の即席冷凍麺類用穀粉(従来技術)よりも、即席冷凍麺類用穀粉として優れた効果を奏することが必要であるというべきである。 (ホ)先願明細書の記載において、タピオカ澱粉を特定割合で他の穀粉と配合した先願発明につき、その効果として、単に喫食可能な即席冷凍麺類が製造できるということ、すなわち、穀粉類のみから成る即席冷凍麺類用穀粉という従来技術以下の効果を奏することしか開示されていないとすれば、先願明細書上、用途発明である先願発明が、当業者が反復実施して所定の効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されているとは到底いうことができず、したがって、先願発明が完成した用途発明として開示されているということはできない。 |
[コメント] |
@この判決中の「用途発明は、ある物の未知の属性を発見し、この属性により、当該物が新たな用途への使用に適することを見いだしたことに基づく発明と解される。」という定義は、新規性進歩性審査基準で引用されています。 Aそれは、特許出願の対象として特許性を判断される場合だけでなく、拡大された先願の地位(特許法第29条の2)や先願主義(特許法39条)の先願発明としても同じです。 そうでなければ新たな用途の可能性の不明な不確かな情報により、有用な特許出願が拒絶されることになるからです。 Bこの定義中で大事なのは「新たな用途への使用に適する」という箇所であり、無理やり使用すればできるという程度では用途発明とは言えません。 すなわち、タピオカ澱粉を即席冷凍麺類の食材として用いるというのなら、食べようと思えば食べられるという程度では足りず、当業者が食材として用いようと考える程度の効果(食材としての優秀性など)が示されていなければなりません。 |
[特記事項] |
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