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判例紹介
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●平成17年(ワ)第22834号(債務不存在確認訴訟事件)


機能的クレーム/限定/特許出願/リパーゼ判決

 [事件の概要]
(a)本件は、原告製品を製造、販売している原告が、後記本件特許権(特許第3650955号)の特許権者である被告甲山に対し、原告製品の製造販売行為について、同被告が同特許権に基づく差止請求権、損害賠償請求権及び不当利得返還請求権を有しないことの確認を求めるものです。

(b)原告製品は、原告が特許出願した「公開特許公報2001−262914」の発明の実施の形態に記載された構成を有しています。

〔本件特許権〕

図面1

A本件特許権の請求項1は次の通りです。

 A 地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法において

 B 棚本体側に取り付けられた装置本体の扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体が地震時に扉等の開く動きを許容しない状態になり、

 C 前記係止体は扉等の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず地震時に扉等の開く動きを許容しない状態を保持し、

 D 地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる

 E 扉等の地震時ロック方法。

B本件特許明細書には次の記載があります。

(a)「【0002】【従来の技術】
従来において地震時に扉等を自動ロックする地震時ロック装置においてはゆれによって球が動くことにより地震を検出する地震時ロック方法が用いられている。この場合において係止体は扉等の戻る動きにより解除されていたため解除機構が複雑になっていた。」

(b)「【0003】【発明が解決しようとする課題】

 本発明は以上の従来の課題を解決し地震時に係止体が扉等の戻る動きとは独立して動くことにより扉等の戻る動きで解除されず地震時にロック位置に到って振動し又はロック位置を保持する構成にすることにより解除機構を単純に出来る扉等の地震時ロック方法及び該方法を用いた地震対策付き棚の提供を目的とする。

 更に本発明の他の目的は係止体が扉等の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず地震時に扉等の開く動きを許容しない状態を保持し、地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる構成にすることにより解除機構を単純に出来る扉等の地震時ロック方法及び該方法を用いた地震対策付き棚の提供を目的とする。」

(c)「【0004】【課題を解決するための手段】

 本発明は、以上の目的達成のために:

 地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法において棚本体側に取り付けられた装置本体の扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体が地震時に扉等の開く動きを許容しない状態になり、前記係止体は扉等の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず地震時に扉等の開く動きを許容しない状態を保持し、地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる扉等の地震時ロック方法等を提案するものである。」

(d)「扉等の地震時ロック装置…は装置本体(1)に振動エリアAとしての凹所が設けられる。該振動エリアAの床面は図示の実施例では左右に傾斜が上がると共に前方にも傾斜が上がっている。更に振動エリアAには球(9)が振動可能に収納され該球(9)は振動エリアAの中央後端をその安定位置にしている。次に装置本体(1)には係止体(2)が軸(2c)において回動可能に取り付けられる。…

地震時においては棚の本体(90)がゆれるため前方へのゆれの際には球(9)は振動エリアAの中央後端又は後端近くの安定位置から図3に示す様に前進する。その結果球(9)は係止体(2)の庇(2b)を押し上げて係止体(2)の前端の係止部(2e)は図4に示す様に上昇する。…

地震が終わると使用者は隙間を有してロックされている図5の開き戸(91)を係止保持力以上の力で押す。これにより係止状態が解除され図5の状態から図1に示す様に係止体(2)の係止部(2e)は下降し開き戸(91)の開閉は自由になる。ここで球(9)については地震が終わると係止状態の解除と関係なく装置本体(1)の振動エリアAの床面の傾斜により中央後端の安定位置に戻る。」

(e)「【0006】【発明の効果】

 …本発明の地震時ロック方法は特に係止体が扉等の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず地震時に扉等の開く動きを許容しない状態を保持し、地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる構成にすることにより解除機構を単純に出来る。」

C原告装置の構成に関して、原告が行った特許出願の明細書の記載を引用します。

(a)「震動で動作し感震動作が互いに異なる複数の感震体と、これら複数の感震体の少なくとも1つ以上の感震動作で感震姿勢に固定され、これら複数の感震体それぞれの非感震時に固定が解除されるラッチ保持具と、前記感震体による前記ラッチ保持具の固定で閉塞状態にある開閉体を係合保持するラッチ体とを具備していることを特徴とした開閉体の施錠装置。」

 12、13…感震体 14…ラッチ保持具 15…ラッチ体

〔原告装置〕

図面2

(b)「【0043】まず、ケース体11の底面部22と水平な方向成分を有する方向に向かう震動時に第1の感震体12が揺動する。また、ケース体11の規制面部33に沿った方向成分を有する方向に向かう震動時に第2の感震体13が揺動する。」

(c)「【0048】さらに、非震動時に閉塞された開閉体3を開操作すると、係合体6の係合ピン部74がラッチ体15のフック部52を上方に向けて回動させて押し上げる。その後、フック部52が係合ピン部74を乗り越え、このフック部52が自重によりケース体11のストッパ面30に当接するまで下方に向けて回動する。
【0049】この結果、非震動時で開閉体3を自由に開閉できる。」

D本件訴訟の争点は次の通りです。

(1) 原告製品は、本件特許権の構成要件を充足するか。

(2) 本件特許権には、特許法29条の2による無効理由が存在するか。

(3) 本件特許権には、新規性欠如又は進歩性欠如の無効理由が存在するか。

(4) 被告らの行為は、不正競争防止法2条1項14号に当たるか。

(5) 被告らの行為は、不法行為を構成するか(予備的請求)。

(6) 原告の損害額はいくらか。

 以下、争点1の構成要件充足性のうち構成要件Dの充足性に絞って解説します。

[構成要件Dの充足性に関する被告の主張]

@構成要件Dの「扉等の戻る動きと関係なく」とは、収納物等の棚を構成しないものにより扉等に外側への付勢力が動いて地震終了した場合には、扉等を手で内側に押すなどすることが必要であるが、そうでなければ、球がロック位置にあること等による動き不能状態の原因を除去するのに、扉等の戻る動きは必要ないことを意味する。

 原告が指摘する審判官に対する回答内容は、地震終了時に収納物がもたれかかっていない場合についての説明にすぎない。

A原告製品は、収納物等により扉等に外側への付勢力が働かず地震終了した場合には、地震後に感震体12及び13がいずれも直立位置に戻ることにより、ラッチ保持具14の係止爪63とラッチ体15の爪係合部53との係合が解除され、ラッチ保持具14が水平位置に戻り、動き不能状態が解除される。

 原告製品は、扉等に外側への付勢力が働いて地震終了した場合には、手で扉等を戻して付勢力を解消することにより、ラッチ保持具14の係止爪63とラッチ体15の爪係合部53との係合が解除され、動き不能状態が解除される。

 よって、原告製品は、構成要件Dを充足する。

zu

B機能的クレームに対する反論

(a)本件の特許出願当時、「地震検出体」として球等のいろいろな手段は慣用技術であった。そして、本件特許発明は、それらを用いることを当然の前提とした発明であるから、「独立または関係なく」状態が切り替わるという限定表現が具体的構成であり、それが発明全体を機能的に関連づけるものである。

 したがって、地震時の状態と通常使用時の状態を切り替える「球等の地震検出体」を特許請求の範囲に限定していないからといって、「機能的クレーム」であるとはいえない。

(b)また、本件特許発明が機能的クレームであるとしても、当業者が明細書の記載を参酌することによって、実施例だけでなく、それと横並びの関係にある他の構成例を容易に想起できる場合は、それらも技術的範囲に含まれる。

(c)本件特許発明は、地震時と通常使用時を、扉等の戻る動きと独立又は関係なく切り替えるというロック方法での改良であり、解除を容易にすることを目的として「わずかに開かれるまで当たらない」係止体によりこの目的を達成した発明であって、「地震検出体」の改良を目的とした発明ではないから、地震検出体については、様々な周知慣用技術を利用することができる。

(d)構成要件Dの「扉等の戻る動きと関係なく」は、本件特許明細書の実施例において地震のゆれで動く球により達成されているところ、従来から、地震検出手段として、球だけでなく、倒立分銅も周知である。そして、球も倒立分銅も、ゆれを感じて動くものであり、技術思想は全く同じであり、地震検出の感度について比較しても、球については傾斜を緩くすれば、倒立分銅については重心を高くすれば、それぞれ感度を高くすることができるから、作用効果の程度も同じである。

(e)また、原告製品では、倒立分銅(感震体12及び13)の動きが、中間体(ラッチ保持具14)が付加されることによって、横方向の動きから上下方向に変換されて、係止体(ラッチ体15)の動きに関与するようになっているが、このような中間体の付加は、動きを伝える慣用技術である。

(f)したがって、当業者は、本件特許明細書の記載を参酌して、実施例と横並びの関係にある原告製品の構成例を容易に想起できたものである。

[原告の主張]

(a)本件特許明細書には、収納物が寄りかかった状態で地震が終了した場合のことは何も記載されていないから、構成要件Dの「扉等の戻る動きと関係なく」は、収納物の状態とは無関係に、地震の終了によって係止体のロック状態が解除されることを意味する。

(b)被告は、(無効審判の)審判官に対する回答書において、「地震終了時に係止体が解除された状態に確実に戻る」(4頁2行、3行)と記載しており、被告らの主張は、本件特許の経過に照らしても許されない。


 [裁判所の判断]
@裁判所は、まずいわゆる機能的クレームの解釈に関して、次の見解を述べました。

(a)特許請求の範囲に記載された発明の構成が機能的、抽象的な表現で記載されている場合において、当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であればすべてその技術的範囲に含まれると解すると、明細書に開示されていない技術思想に属する構成まで発明の技術的範囲に含まれ得ることになり、特許出願人が発明した範囲を超えて特許権による保護を与える結果となりかねないが、このような結果が生ずることは、特許権に基づく発明者の独占権は当該発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるという特許法の理念に反することとなる。

(b)したがって、特許請求の範囲が上記のような表現で記載されている場合には、その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず、上記記載に加えて明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。具体的には、明細書及び図面に開示された構成及びそれらの記載から当業者が実施し得る構成が当該発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当である。

zu

A裁判所は、前記見解を本件に当てはめて次のように判断しました。

(a)構成要件Dに関して、本件特許明細書の段落0002、0003、0004、0006に具体的に説明しておらず、段落0005の発明の実施の形態及び図面には、実施例として球体を地震検出体として用いるという構成しか記載されていない。

(b)構成要件Dの「地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる」との記載は、本件特許明細書の【0003】【発明が解決しようとする課題】に記載された「地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる構成にすることにより解除機構を単純に出来る扉等の地震時ロック方法及び該方法を用いた地震対策付き棚の提供を目的とする」という本件特許発明の目的そのものを記載し、「扉等の戻る動きと関係なく」という抽象的な文言によって本件特許発明の地震時ロック方法が果たすべき機能又は作用効果のみを表現しているものであって、本件特許発明の目的及び効果を達成するために必要な具体的な構成を明らかにするものではないと認められる。

(c)これに反する被告らの主張は、採用することができない。

(d)原告製品の構成及び動作は、前提事実(4)イに説示のとおりであり、原告製品は、地震検出体として倒立分銅を用い、中間体を介在させる構成を採っている。

(e)このような原告製品の構成は、本件特許明細書に発明の実施の形態として開示された構成とは明らかに異なっている。

(f)また、このような原告製品の構成が本件特許明細書の詳細な説明及び図面の記載から当業者が実施し得る構成であると認めることもできない。

(イ)被告らは、本件特許は地震時と通常使用時を「扉等の戻る動きと独立または関係なく」切り替えるというロック方法での改良であり、「地震検出体」の改良を目的とした発明ではないから、地震検出体については様々な周知慣用技術を利用することができる、従来から地震検出手段として、球だけでなく倒立分銅も周知である、中間体の付加も動きを伝える慣用技術であるから、当業者であれば、本件特許明細書の記載を参酌して、原告製品の構成例を容易に想起できた旨主張する。

(ロ)しかし、被告らが指摘する慣用技術及び証拠のみでは、原告製品の構成が本件特許明細書の詳細な説明及び図面の記載から当業者が実施し得る構成であると認めることは、到底できない。
(g)以上によれば、原告製品は、本件特許発明1の構成要件Dを充足せず、その技術的範囲に含まれるものではない。


 [コメント]
@機能的クレームの解釈に関する有力な判例として本件事例を紹介します。

Aリパーゼ判決では、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解できないなどの特段の事情がない限り、特許発明の技術的範囲は特許請求の範囲に基づいて定めるべき旨が判示されていますが、機能的な記載が抽象的過ぎるときには、特許請求の範囲の要件(本件では「扉等の戻る動きと関係なく」など)の技術的意義が不明確になる可能性があります。そうした場合に、明細書・図面の記載が参酌されます。

B重要なことは、明細書・図面に記載された具体的構成そのものに技術的範囲が限定されるのではなく、具体的構成に示された技術的思想が特許発明の技術的範囲となることです。


 [特記事項]
 
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