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●平成14年(ネ)第3714号(特許権侵害差止請求事件控訴審)


機能的クレーム/限定/特許出願/特許明細書

 [事件の概要]
@事件の経緯

 本件は,玩具銃に関する特許権(第2871583号)を有する原告が,玩具銃の製造及び販売をしている被告に対して,被告の行為が原告の上記特許権を侵害するとして,被告の行為の差止め及び損害賠償金の支払等を求めている事案です。第一審では請求が棄却されました。

A本件特許権の権利範囲(請求項1)は次の通りです。

A@ 本体に,

 A 弾倉部と,

 B 弾丸が供給される装弾室と,

B 内部に摺動部材が配され,上記本体に対して移動可能とされた空間部形成部材と,

C 上記本体に対して移動可能とされ,上記空間部形成部材を移動させる状態をとるスライダ部とが設けられ,

D@ 上記摺動部材が

 A 上記空間部形成部材内に得られるガス圧により上記装弾室に供給された弾丸が銃身部内に移動せしめられることになる状態をとった後,

 B 該弾丸の銃身部内への移動により生じる上記空間部形成部材内におけるガス圧の低下に伴って位置が切り換えられ,

 C 上記スライダ部の後退及びその後の前進,及び,それに伴う上記空間部形成部材の移動が生じて,上記弾倉部からの弾丸が上記装弾室に送り込まれることになる状態をとることを特徴とするガス圧力式玩具銃。

〔本件特許発明〕

図面

B争点

 要件DBの解釈、他

C第一審の裁判所の判断
当裁判所は,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄の記載中の本件発明の解決課題,解決手段,実施例等を参酌すると,「空間部形成部材内におけるガス圧の低下に伴って位置が切り換えられ(る)」とは,「コイルスプリングの付勢力の存在下において,空間部形成部材内のガス圧の低下を原因として摺動部材の位置が切り換えられる」と理解すべきであると判断する。その理由は,以下のとおりである。

 摺動部材が空間部形成部材内のガス圧の低下に伴って切り換えられるという前記DBの構成要件が,下記の課題を解決するための構成として記載されていることは明らかである。しかし,特許請求の範囲の記載のみでは,摺動部材の位置の切り換えが,どのような原理又は機序で実現されているのかが不明であり,結局,本件発明の「特許請求の範囲」の記載から,「ガス圧の低下に伴って」の意義を明確にすることができない。

 したがって,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄の記載及び図面を参酌し,これらに開示されている技術内容(これにより当事者が容易に実施し得る技術も含む。)に限定して,特許請求の範囲の記載を解釈するのが相当である。

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B控訴人(特許権者)の主張

(a)原判決は、上記解釈の理由として、「特許請求の範囲の記載のみでは、摺動部材の位置の切換えがどのような原理又は機序で実現されているのかが不明であり、結局、本件発明の「特許請求の範囲」の記載から、「ガス圧の低下に伴って」の意義を明確にすることができない」と述べる。

(b)しかし、本件発明の「ガス圧の低下に伴って」の要件は、上記のとおり、「ガス圧の低下」と「摺動部材の切換え」という二つの現象が、時間的に、ほぼ同時に生ずる状態を意味するものであり、その意義は、明確である。この関係は、摺動部材の位置の切換えを実現させる原理又は機序のいかんによって左右されるものではない。発明のある構成要素の作動が特許請求の範囲に記載されている場合に、実施品においてその作動を現実にもたらすための様々な力学的要因や部材のすべてを請求の範囲の記載に盛り込むべきであるということはできない。その作動は、多数の部材と力学的要因の複雑な組合せによって実現されるものであり、そのすべてを明示して特許請求の範囲に記載することを求め、あるいは、記載がないからといって実施例の記載に限定して解釈することは、許されない。

(c)被控訴人が自明である、と述べている内容は、いずれも、自明のこととはいえない。弾丸を発射した後にスライダ部を後退させることは、弾道に狂いが生じることを回避するための一つの選択肢にすぎない。弾丸の発射の後にスライダ部の後退を行わせることをガスの制御により実現することも、さらに、このガスの制御を一つの弁で行うことも、この弁を摺動部材とすることも、種々あり得る方策のうちの一つの選択肢であり、かつ、本件特許の原出願以前には、これらのアイディアを組み合わせた技術を用いたガス式玩具銃は存在しなかった。

(d)本件発明の意義を明らかにするには、従前技術との対比が必要である。ガスを利用した自動給弾機構付玩具銃の分野においては、機構の単純性・ガス消費量の低減のため、蓄圧室からのガス供給ルートが単一であるものが有利とされる。このような技術を用いたものとしては、従来、ガスを最初に給弾動作のためのスライダ部の後退に用い、その後にガスが前方に噴射されて弾丸を発射するものしか存在しなかった(甲第30、第31号証参照。)。給弾動作時に生じるスライダ部の後退による集弾性能の著しい低下は、玩具銃の性能としては極めて重大な問題であり、ユーザーからの改善の要望も強く、当然ながら各メーカー共通の課題であった。

(e)蓄圧室から弾丸発射用、弾丸供給用の二系統の独立したガス通路・ガス放出バルブを設けた製品においては、まず弾丸を発射し、次いでスライダを後退させることが可能であったが、ガス供給機構を二系統有することにより、機構的に複雑でガス消費量も多いという欠陥があった。

(f)このように、ガス供給ルートを単一のものとしながら、発射動作の後に給弾動作を行う技術は、本件特許の原出願の特許出願前には存在しなかった。被控訴人が自明であるという内容は、本件発明の特許出願前にはだれも実現した者がなかったのである。

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B被控訴人の主張

(a)訴人は、本件発明の課題を解決する上で、摺動部材の位置を切り換えるための具体的方法いかんは問題ではない、と主張する。

(b)しかし、本件発明の課題は、いかにタイミング良く摺動部材の位置を切り換えるかにある。本件発明は、発射された弾丸の弾道に狂いが生じてしまうことを回避するために、「弾丸発射の後」に弾丸供給動作を行うことを課題とし、この課題を解決するために、ガスを、弾丸発射のために使用し、その後、弾丸供給動作のために使用することにしたものである。ガスの制御に弁を使用することは、従来から一般に行われていることであるから、結局、本件発明の課題を解決するための手段は、この弁(摺動部材)によってガスの流れを制御する方法いかんということに集約される。仮に、控訴人が主張するように、摺動部材(弁)の位置を切り換えるための手段いかんは問題ではない、とするならば、そもそも本件特許は課題を示しただけで何ら解決手段を示していないことになり、産業上利用することができる発明とはいえず、完成していないことになる。原判決が、いかなる機序で摺動部材の位置の切換えが行われるかを問題としたのは、当然のことである。

(b)控訴人が主張するように本件発明が摺動部材の移動のための技術的手段を提案するものではないとするならば、本件発明は、発射された弾丸の弾道に狂いが生じてしまうことを回避するため弾丸の発射より前にスライダの後退移動を行うという課題を完全には解決していないといわなければならない。弾道の狂いをなくすための方法として、弾道に大きな影響を与えると考えられるスライダの後退移動の開始を弾丸発射の後にすればよいこと、その方法として、まず最初に弾丸発射のためにガスを供給し、その後にスライダ後退のためにガスを供給すればよいことは、当業者にとって自明だからである。本件発明の意義は、ガス・ブローバック玩具銃の技術史の中で、ワンウェイ方式(弾丸発射とブローバックを一つのガス供給系統で行う方式)のプレシュート(弾丸が発射された後にスライダーの後退動作を行うこと)を実現する一つの方法を提示したことにあるのであって、ワンウェイ方式のプレシュートという考え方自体は何ら目新しいことではない(そもそも、ワンウェイ、プレシュートが最も実銃に近いものであるから、この点からも、これが斬新なアイデアであるということはできない。)。問題は、いかにして最初の弾丸発射のためにガスを供給し、その後にスライダ後退のためにガスを供給するかということである。本件発明の最も重要な部分は、どのようにして弾丸発射後にスライダの後退が生じるようにガスの流れを制御するかという点にあるから、その方法こそが克明に開示されるべきものである。

(c)本件発明の実施例によれば、ロッド(=摺動部材)は、コイルスプリングにより前方に付勢されている。しかし、そこでは、装弾室に弾丸が装填されることにより、弾丸がロッドの先端部に当接し、ロッドをコイルスプリングの付勢力に抗する方向に押圧する(本件明細書【0023】)。弾丸がガス圧により銃身部への移動を開始すると、付勢力に抗する方向へ押圧していた存在がなくなり、コイルスプリングの付勢力により、摺動部材は前進を開始する、とされているのである。

(c)本件発明においては、弾丸を装弾室から銃身内に移動させ、発射させる状態にあるとき、ガスは、摺動部材の前方(弾丸発射ガス通路)に供給されており、後方(弾丸供給用ガス)には供給されていないから、ガス圧は、摺動部材を後方に押圧するだけで、前進方向に押圧することはない。この状態で停止している摺動部材を前方に移動させるためには何らかの力が摺動部材に加わらなければならないため、スプリングにより、後方へのガス圧より強い力で、前方に付勢する必要がある。(中略)何らかの物理力によって摺動部材の位置が切り換えられる必要はあるというべきである。

 これに対し、被告製品は、当初から弁の後方(弾丸供給用ガス通路)にガスが供給されている。このため、弁の前方のガス圧より後方のガス圧が高いことによるガス圧の差により、あるいは、高圧ガスの流れによって、弁が移動するのである。

 このように、本件発明と被告製品とは、技術思想を全く異にする。

(d)「ガス圧の低下に伴って」の解釈の誤り、の主張について

 控訴人は、「ガス圧の低下に伴って」とは、ガス圧の低下と同時に摺動部材の位置の切換えが生じるとの意味である、と主張する。しかし、どのようにして摺動部材の位置の切換えが生じるのかが明らかとならなければ、ガス圧の低下との関係を論じることができないことは、明らかである。

 本件発明の構成要件D〈3〉は、本件発明の核心部分であり、これが当業者に自明であるはずはないから、当業者が実施可能な程度に開示されている必要がある。特許請求の範囲に記載された構成要件の意義が明確でない場合は、実施例を含めて発明の詳細な説明を参酌して解釈する以外にないのである。


 [裁判所の判断]
(a)当裁判所は、構成要件D〈3〉につき、原判決のいうように本件明細書の発明の詳細な説明中の実施例に記載された「コイルスプリングによる付勢」に限られるわけではないものの、「コイルスプリングと均等(等価)な、摺動部材を前方に付勢する部材による付勢力の存在下において、空間部形成部材内のガス圧の低下を原因として摺動部材の位置が切り換えられる」と理解すべきであり、被告製品は、このような摺動部材を付勢する部材を有しないから、構成要件D〈3〉を充足しない、と判断する。

(b)本件明細書の発明の詳細の説明の記載及び図面の記載状況(実施例に記載された以外には、弾丸の発射が行われた後にスライダ部の後退が開始されるようにするための構成についての記載は一切ない、ということを含む。)に照らすならば、本件発明における特許請求の範囲中の、「上記摺動部材が、上記空間部形成部材内に得られるガス圧により上記装弾室に供給された弾丸が銃身部内に移動せしめられることになる状態をとった後、該弾丸の銃身部内への移動により生じる上記空間部形成部材内におけるガス圧の低下に伴って位置が切り換えられ、上記スライダ部の後退及びその後の前進、及び、それに伴う上記空間部形成部材の移動が生じて、上記弾倉部からの弾丸が上記装弾室に送り込まれることになる状態をとる」(構成要件D)のうち、「上記摺動部材が、・・・該弾丸の銃身部内への移動により生じる上記空間部形成部材内におけるガス圧の低下に伴って位置が切り換えられ(る)」(構成要件D〈3〉)とは、「上記実施例に記載されたコイルスプリング」又はこれと均等(等価)な、摺動部材を前方に付勢する部材による付勢力の存在下において、弾丸の銃身部内への移動により生じる空間部形成部材内のガス圧の低下を原因として摺動部材の位置が切り換えられる」ということであると解すべきである。

(c)被告製品は、このような摺動部材に相当するものに必須の皿形弁を付勢する部材を有しないことが弁論の全趣旨により明らかであるから、構成要件D〈3〉を充足しない。

(d)控訴人は、本件発明は、自動給弾式玩具銃において、ガスの供給ルートを単一のものとすることで構成を簡単なものとしながら、弾丸の発射後に給弾動作が開始されることを可能としたところにその創造的価値があるのであって、摺動部材の切換えのための技術的手段を提供するものではない、と主張する。本件発明は、弾丸の発射が行われた後にスライダ部の後退が開始するようにすることによって、発射された弾丸の弾道に狂いが生じることを防止しようとすることを技術的課題とすることは前記のとおりである。甲第3号証、乙第24、第31号証によれば、本件特許出願当時(原出願当時)、ガス圧力式玩具銃の技術分野において、このような技術的課題は自明の課題であったことが認められるから、本件発明が、この課題を解決するための技術的手段を提供するものであることは、明らかである。

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(e)証拠及び弁論の全趣旨によれば、原出願の特許出願当時、ガスを利用した自動給弾機構付玩具統の分野において、蓄圧室からのガス供給ルートを単一とし、ガスを最初に給弾動作のためのスライダ部の後退に用い、その後にガスを前方に噴射して弾丸を発射するものが存在したものの、給弾動作時に生じるスライダ部の後退によって弾丸の弾道に狂いが生じるという問題点があり、この改善が各メーカー共通の課題であったこと、この課題の解決手段として、まず弾丸を発射し、次いでスライダ部を後退させることを可能とする機構として、蓄圧室から弾丸発射用、弾丸供給用の2系統の独立したガス通路・ガス放出バルブを設けるものが存在したものの、ガス供給機構が2系統であることにより、機構的に複雑でガス消費量も多い、という問題点があったこと、が認められる。

(f)上に認定した事実によれば、上記問題点を解決するためガスの供給ルートを単一のものとすることで構成を簡単なものとしながら、弾丸の発射後にスライダの後退を開始するようにすればよいという抽象的な技術思想そのものは、原出願当時、当業者において自明のことであったというべきである。

(g)控訴人は、本件発明は、その特許請求の範囲に記載されているとおり、その構成要素である「摺動部材」が、〈1〉弾丸を装弾室から銃身内に移動させ発射させる第1の状態と、〈2〉スライダ部の後退・前進と空間部形成部材の移動が生じて弾丸が給弾されることとなる第2の状態の、二つの状態をとることとし、第1の状態にあった摺動部材の位置が切り換えられることで第2の状態をとること、その位置の切換えが、「弾丸の銃身部内への移動により生じる空間部形成部材内におけるガス圧の低下に伴って」行われる、というものであり、「摺動部材」に関する本件発明の内容は、これに尽きる、と主張する。確かに、本件発明の特許請求の範囲の文言のみに従って理解すれば、控訴人主張のとおりということになろう。しかしながら、「ガス圧の低下」が、弾丸の銃身部内への移動によって生じることは自明のことであるから、「ガス圧の低下に伴って」とは、弾丸の銃身部内への移動の後に、と述べているのと同じである。単一のルートから供給されるガスを弾丸発射のために用い、その後にスライダ部を後退させるために用いるためには、何らかの部材を用い、これを動かさなければならないことも自明である。

(h)本件発明の技術的意義は、上記自明の抽象的な技術思想を実現するために摺動部材の位置を切り換える具体的な方法を提示した点にあるというべきである。上記特許請求の範囲の文言には、摺動部材の位置の切換えによって、まず弾丸発射のためにガスを供給し、その後にスライダ部を後退させるためにガスを使用するということが記載されているにすぎず、この文言からだけでは、どのように摺動部材の位置を切り換えることによって、上記自明の抽象的な技術思想を具体化して、弾丸の発生が行われた後にスライダ部の後退が開始するようにしているのかを明確に理解することができないというべきである。摺動部材の位置の切換えのための具体的な技術的手段が明らかにならなければ、本件発明の上記課題を解決したことにならない。

(i)控訴人の主張は、本件発明は、上記自明の抽象的な技術思想そのものを構成要件としたにすぎないものである、というに等しいものであり、採用することができない。


 [コメント]
@いわゆる機能的なクレームの主要な構成要件について、発明の目的を表現しているにすぎないような抽象的な記載をしているときに、特許出願時の発明の課題などを参酌して、特許明細書の実施例(及びこれと均等な技術)の範囲に限定する解釈をした事例です。


 [特記事項]
 
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