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●平成26年(行ケ)第10149号 (拒絶審決取消請求事件/容認)


後知恵/進歩性審査基準/オーバーホイスト搬送車

 [事件の概要]
@本件特許出願の経緯

 甲は、発明の名称を「オーバーヘッドホイスト搬送車」とする発明について、米国特許出願に基づく優先権を主張して特願2004−515615号を行い、その分割出願である本件特許出願(特願2011−115010号)を行い、拒絶査定を受けたために、拒絶査定不服審判を請求し、その請求を棄却されたために本件訴訟に至りました。

A本件特許出願の請求の範囲

 【請求項1】

 オーバーヘッドホイストを搭載したオーバーヘッドホイスト搬送車であって、

 前記オーバーヘッドホイストは、移動ステージ及びこの移動ステージの下方に取り付けられカセットポッドを把持するホイスト把持部を有し、

 前記オーバーヘッドホイスト搬送車は、所定経路を画定する懸架軌道に沿って吊り下げられて移動し、且つ、前記オーバーヘッドホイストを前記懸架軌道よりも下方位置に搭載し、

 前記移動ステージは、前記ホイスト把持部に把持されたカセットポッドの全部が前記オーバーヘッドホイスト搬送車の外に位置するように前記ホイスト把持部を水平方向に移動させ、且つ、その全部が前記オーバーヘッドホイスト搬送車の外に位置するカセットポッドを前記ホイスト把持部により把持可能なように前記ホイスト把持部を水平方向に移動させ、

 前記オーバーヘッドホイストのホイスト把持部が、前記オーバーヘッドホイスト搬送車のいずれかの側方において、カセットポッドが配置された又は配置される固定棚の上方へ直接到達し、

 前記移動ステージは、前記ホイスト把持部を、前記ホイスト把持部に把持されたカセットポッドの全部がオーバーヘッドホイスト搬送車内に位置する第1の位置からこの第1の位置よりも水平方向に遠く且つ前記ホイスト把持部に把持されたカセットポッドの全部がオーバーヘッドホイスト搬送車の外に位置する第2の位置へ水平方向に移動させるように設定され、前記ホイスト把持部は、前記第1の位置から前記オーバーヘッドホイスト搬送車の真下に位置する処理加工治具ロードポートへ下降してカセットポッドを取り上げ又は配置し、且つ、第2の位置へ移動した後に第2の位置から前記処理加工治具ロードポートより高い位置にある前記固定棚へ下降してカセットポッドを取り上げ又は配置するオーバーヘッドホイスト搬送車。

〔本件特許発明〕

図面1

〔刊行物2〕

図面2

B本件特許出願に対する拒絶審決の理由

 審決の要旨は、本件発明は、特開平10−45213号公報(刊行物2という。)記載の発明び国際公開第2002/035583号(刊行物1)に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件出願は拒絶されるべきである、というものです。

C本件特許出願の先行技術

 審決による刊行物の内容の認定は次の通りです。

(a)刊行物2

 昇降部3cを搭載した走行部3aであって、

 前記昇降部3cは、物品Bを把持する把持具3dを有し、

 前記走行部3aは、走行経路を画定する案内レール1に沿って吊り下げられて移動し、且つ、前記昇降部3cを前記案内レール1よりも下方位置に搭載し、

 前記昇降部3cの把持具3dが、物品Bが載置された又は載置される物品載置台11の上方へ直接到達し、

 前記把持具3dは、前記走行部3aの真下に位置する加工装置5のステーションSTへ下降して物品Bを移載し、且つ、前記加工装置5のステーションSTより高い位置にある前記物品載置台11へ下降して物品Bを移載する走行部3a。

(b)刊行物1の内容

昇降部3cを搭載した走行部3aであって、

 前記昇降部3cは、物品Bを把持する把持具3dを有し、

 前記走行部3aは、走行経路を画定する案内レール1に沿って吊り下げられて移動し、且つ、前記昇降部3cを前記案内レール1よりも下方位置に搭載し、

 前記昇降部3cの把持具3dが、物品Bが載置された又は載置される物品載置台11の上方へ直接到達し、

 前記把持具3dは、前記走行部3aの真下に位置する加工装置5のステーションSTへ下降して物品Bを移載し、且つ、前記加工装置5のステーションSTより高い位置にある前記物品載置台11へ下降して物品Bを移載する走行部3a。

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D訴訟における原告(特許出願人)の主張(要旨)

(a)審決は、「刊行物2発明の『昇降部3c』について、刊行物1事項の構造を適用して、刊行物2発明の昇降部3cを把持具3dとともに水平方向移動させる構造として、本件発明における上記<相違点1>に係る発明特定事項とすることは、当業者に容易に想到し得るものである」と認定した。

(b)しかし、刊行物1事項において、伸長可能アーム23を用いたのは、車両11の上面にあるウェハキャリア1をキャリア移載車21の側方の加工装置30のロードポートの上方位置まで水平移動させるためである。したがって、オーバーヘッドホイスト搬送車の側方に配置された固定棚にカセットポッド(物品)を配置するために使用される本件発明の移動ステージとは、使用目的や昇降動作が異なっているから、刊行物1事項の伸長可能アームを、刊行物2発明に適用する動機付けがない。

(c)また、刊行物1事項には、刊行物2発明における物品を一時的に保持するための物品載置台11のようなものが存在せず、加工装置のロードポートのみに物品を移載するので、物品を物品載置台11及び加工装置5のステーションSTの両方に移載する刊行物2発明とは、前提となる基本的な構成(レイアウト)が異なっている。したがって、刊行物1事項と刊行物2発明とは、物品を水平方向に移動させる目的・用途が異なり、適用する動機付けがない

(d)審決は、刊行物2の段落【0007】の記載事項を根拠として刊行物1事項を刊行物2発明に適用することが容易想到であると認定しているが、同記載は、保持部用移載手段を物品保持部に備えるよりは、移動体側に設けることが好ましいことを述べているものであって、それ以上のものではない。そして、刊行物2発明においては、既に保持部用移載手段を移動体側に設けているので、さらに、図12の他の実施形態における横方向へ移動可能な保持部用移載手段(屈曲アーム20b)を適用する必要性がない。さらに、刊行物2発明は、保持部用移載手段として把持具の昇降動作を利用し、そのため移動棚(物品載置台11)を用いることが必要であるが、図12の他の実施形態は、把持具の昇降動作は不要で且つ固定の荷台20aを用いているので、両者はその基本機能が異なっている。そのため、固定の荷台20aを用いることを前提としている図12の他の実施形態の横方向へ移動可能な保持部用移載手段を、移動棚を使うことが必須である刊行物2発明に適用しようとする当業者はおらず、また、これを適用することはできない。

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E訴訟での特許出願人の主張に対する特許庁の反論(要旨)

(a)刊行物2の段落【0001】ないし【0003】の記載によれば、刊行物2においては、物品保持部が搬送用空間にあること、その物品保持部に物品を移載することが最重要で、物品を移載するための具体的な手段として、各請求項や「発明の詳細な説明」に開示された種々の例が採用できることがわかる。

 刊行物2発明のような、走行する移動体3から把持具3dを下降させて物品載置台11上の物品Bへ到達させる物品移載手段BMがあり、該把持具3dに対して物品載置台11が移動体3の走行経路の両脇に位置するレイアウト構造を有するものにおいて、移動体3の真下に位置する把持具3dを、移動体3の走行経路脇の下方に位置する物品載置台11上に載置された物品Bに到達させるには、移動体3と物品載置台11を接近させること、相対的に移動させることが肝要であるから、物品載置台11の物品載置部分側を移動体3の把持具3dの真下に位置するよう横幅方向に移動させた上で把持具3dを下降させるか、又は反対に、移動体3の把持具3d側を物品載置台11の物品載置部分の真上に位置するよう横幅方向に移動させた上で把持具3dを降下させるかの二者択一的な動作を選択することで可能となることは、機械設計技術を勘案した当業者ならば当然着想する技術思想である。

(b)刊行物2には、実施形態は複数示されており、それぞれが異なった構造を有しているが、それらはいずれも刊行物2の特許請求の範囲に記載された発明に含まれるいくつかの実施態様であって、別発明として区別されるようなものではない。例えば、刊行物2の段落【0012】には、物品を移動体横幅方向へ移動させて前記物品の移載を行うように構成された物品移載手段を有する刊行物2の請求項11に係る発明について、「移動体の物品移載手段は、物品を移動体横幅方向へ移動させて物品の移載を行うので、物品収容能力を大きくするために物品保持部を、収納スペースの確保が容易な、案内レールに対する移動体横幅方向の位置に設けた場合に、物品を昇降移動させて移載する形式では、物品保持部に保持する物品を移動体横幅方向に移動させるための補助的な手段が必要となる場合があるのに対して、そのような補助的な手段を必要としない」と記載されているところ、同記載は、刊行物2の図1に示された移動体3(刊行物2発明)に、物品を移動体横幅方向へ移動させる当該物品移載手段を備えさせて、請求項11に係る発明のように構成すれば、「物品を昇降移動させて移載する形式(図1の実施形態1)では、物品保持部(物品載置台11)に保持する物品を移動体横幅方向に移動させるための補助的な手段(リンク機構10)が必要となるのに対して、そのような補助的な手段を必要としない」簡素な構成とすることができるという効果も述べているのであって、個別の実施形態によって奏する効果が区別されるものではない。このように、刊行物2には、刊行物2発明において、移動体3の把持具3d側を物品載置台11の物品載置部分の真上に位置するよう横幅方向に移動させることの示唆がある。

(c)刊行物2には、横幅方向に移動させる例も具体的に記載されていることも(図12)、刊行物2発明において、移動体3の把持具3d側を上記のとおり横幅方向に移動させることの示唆である。この図12に記載された設備は、別の実施例ではあるものの、屈曲アーム20bは物品Bをわずかであっても上昇(垂直移動)させてから水平移動させ下降(垂直移動)させるものであるから、物品Bの垂直移動機能を有する搬送設備として、関連する技術として示されているものである。そして、このように物品を垂直移動とともに水平移動させる搬送設備(図12)が、刊行物2発明である物品を垂直移動させる搬送設備(図1)と関連する技術として示されていることからも、刊行物2発明に刊行物1事項を適用して水平移動させる機能を付加することの動機付けがある。

(d)原告(特許出願人)は、刊行物1事項の伸長可能アームは、本件発明の移動ステージとは、昇降動作や使用目的が異なるため、これを刊行物2発明に適用する動機付けがない、また、刊行物1事項と刊行物2発明とは、前提構成が異なるとともに物品を水平方向に移動させる目的・用途が異なるため、適用する動機付けがないと主張する。

(イ)しかし、伸長可能アームは、被移載物を走行経路の位置と走行経路脇の位置との間で、持ち上げて移載する装置である点で、刊行物2発明と目的及び用途が一致し、昇降及び水平移動といった被移載物の動作も同じである。

(ロ)また、伸長可能アームは、被移載物であるウェハキャリアを走行経路の横幅方向に移載させる目的のものであるから、刊行物2発明のように、物品Bを、走行経路直下の加工装置5のステーションSTと走行経路側脇の物品載置台11との間を、走行経路の横幅方向に移載することを目的とするものへの適用に、十分な動機付けを有するものである。

(ハ)さらに、刊行物2には、物品の移載手段を移動体に備えることが構成の簡素化のために好ましいことも記載されており(段落【0007】、【0008】)、この点からも、刊行物2発明に刊行物1事項を適用することに動機付けがある。

(ニ)特許出願人は、段落【0007】の記載は、刊行物2に記載された実施形態に適用した場合のみの効果であると主張している。しかし、刊行物2の段落【0007】の記載は、【請求項4】記載の構成を備える発明について述べており、実施形態の構成のみに限定されるものではなく、「移動体に、物品保持部との間で、物品を移載するための保持部用移載手段が設けられている」構成を有するものが対象となるべきものである。したがって、審決の判断に誤りはない。


 [裁判所の判断]
(I)裁判所は取消理由2に関して次のように判断しました。

(a)刊行物2発明に、把持具を水平方向に移動する構成を適用することについて審決は、刊行物2発明の昇降部3cについて、刊行物1事項の構造を適用し、把持具3dと共に水平方向に移動させる構造とすることは、当業者が容易に想到し得ると判断したものである。

(b)刊行物2記載の発明は、物品保持部を、搬送用空間に配置することで、搬送用空間以外の「別の空間」における物品保持スペースを可及的に低減させることを可能とするだけではなく、移動体と物品保持部との間及び移動体とステーション(加工装置)との間の物品の各移載手段をいずれも移動体側に備え、さらに、これら双方の移載手段を単一の物品移載手段で兼用することにより、設備全体として一層の構成の簡素化を図ることができるとするものである。

(c)刊行物2発明は、移動体と物品保持部との間及び移動体とステーション(加工装置)との間の物品の各移載手段を、単一の昇降移動手段で兼用し、構成の簡素化を図ることをその技術的意義とするものである。一方、相違点1に係る本件発明の構成は、オーバーヘッド搬送車からその真下に位置する処理加工治具ロードポートへは、オーバーヘッド搬送車の移動ステージ下方に取り付けられて物品を把持するホイスト把持部が下降して、物品を移送するが、オーバーヘッド搬送車の側方に配置される固定棚へは、ホイスト把持部が移動ステージによって固定棚の上方へ水平方向に移動させられてから下降して、物品を移送するものであり、移動体側に物品の昇降移動と横幅移動の双方の手段を兼ね備え、ロードポートと固定棚への物品移載手段を互いに異なる動作で行うものであり、単一の昇降移動手段で兼用しているものではない。

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(d)そうすると、刊行物2発明において、把持具が昇降移動する構成に加えて、水平方向に移動する構成を適用し、物品載置台及び加工装置へ異なる移動手段で物品を移載するという相違点1に係る構成とすることは、刊行物2発明の技術的意義を失わせることになる。そして、そもそも刊行物2発明においては、物品載置台11が揺動移動する構成となっており、移動体3の直下に位置することが可能であるため、物品移載手段BMの把持具3dは昇降移動のみで物品載置台11との間の物品の移載が可能となるにもかかわらず、あえて把持具3dを水平方向に移動させる構成を追加する必要性がなく、そのような構成に変更する動機付けがあるとは認められない。

(e)被告は、刊行物2発明のような、把持具3dを下降させて物品載置台11へ物品を移載する物品移載手段BMがあり、該把持具3dに対して物品載置台11が移動体3の走行経路の両脇に位置するレイアウト構造を有するものにおいては、

 @物品載置台11の物品載置部分側を把持具3dの真下に位置するよう横幅方向に移動させた上で把持具3dを下降させるか、又は、

A移動体3の把持具3d側を物品載置台11の物品載置部分の真上に位置するよう横幅方向に移動させた上で把持具3dを降下させるかは、
単に二者択一的な動作を選択することで、当業者ならば当然着想する技術思想であり、上記Aの構造とした場合には、物品載置台11の横幅方向の移動機能が不要になるため、これを固定式の物品載置台にできることも、当業者には自明の事項にすぎないと主張する。

(f)しかし、前記のとおり、刊行物2発明においては、把持具3dが、物品載置台だけではなく、加工装置との間でも単一の移載手段(昇降手段)を兼用することで構成を簡素化することを技術的意義とするものであり、上記@の構成をあえてAの構成に変更することの動機付けがないから、刊行物2発明において上記Aの構成が上記@の構成と二者択一的とはいえないし、結局のところ同主張は後知恵的な発想であり、採用することができない。


 [コメント]
@進歩性審査基準には、進歩性の基本的な考え方として、特許出願時の技術水準を的確に把握した上で、当業者の立場であればどのようにするかを常に考慮して、引用発明に基づいて当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことの論理づけを試みなければならないと述べていますが、これは審査官が知らず知らずに後知恵(ハインドサイト)に陥ることを戒めたものであると考えられます。
後知恵とは

A刊行物2の把持具の技術的な意義が2方向の移動手段の兼用にあるのであれば、移動手段Bにより移動手段Aを横方向へ移動し、移動手段Aが縦方向への移動を実現するという構成に至るときが容易であるということを論理付けるのには、それが当該分野で技術常識であることを示す証拠(主引用例に適用可能なもの)が必要でした。裁判所の仕事は、本件特許出願の発明の進歩性の有無を判断することではなく、当該発明の進歩性を否定する論理付けの是非を判断することであり、と判断することです。

B特に、進歩性審査基準では、後知恵の防止に関して、引用発明の認定の際に、請求項に係る発明に引きずられてしまうことがないようにしなければならない、と述べています。


 [特記事項]
 
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