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●昭和50年(ワ)第2564号(実用新案権侵害差止等請求事件/否認)


機能的クレーム/限定/特許出願/貸ロッカーの硬貨投入口開閉装置

 [事件の概要]
@本件実用新案権(第1029038号/実公昭48−17360号)の請求の範囲
「鍵2の挿入または抜取りにより硬貨投入口8を開閉する遮蔽板9を設けたことを特徴とする貸ロツカーの硬貨投入口開閉装置。」

A本件実用新案権の明細書には次の技術が開示されています。

(ア)鍵2の挿入又は抜取りによつて進退する作動棒6を設け、

(イ)作動棒6の一端が操作軸7の下方のクランクアーム部7aに当接し、

(ウ)操作軸7の上部は直角に折曲され、その先端はピン13により軸着された遮蔽板9の突片10に当接し、

(エ)遮蔽板9の下端部は、ピン13により軸着され、その中間部においてコイル状発条14の一端を係止している。

(オ)硬貨投入口開閉装置。

〔本件登録実用新案〕

図面

B本件物件の構造

(ア)キー8の挿入により、進退杆9をコイルバネ13に抗して押して係止動作解除上下動板15のカム14による係合を解除して降下させることにより、遮蔽板21を反時計方向に回動させて硬貨投入口4を開き(本件物件についての番号は、別紙目録記載のものを指す。)、

(イ)キー8の抜取りにより、進退杆9がコイルバネ13の押圧力により押し戻され、カム14によつて係止動作解除上下動板15がピン22を押して、遮蔽板21を時計方向に回動して、硬貨投入口4を閉じる、

(ウ)遮蔽板21を設けた、

(エ)硬貨投入口開閉装置。


 [裁判所の判断]
@裁判所は、本件実用新案権の請求の範囲の構成を次のように整理しました。

(a)鍵2の挿入により硬貨投入口8を開き、

(b)鍵2の抜取りにより硬貸投入口8を閉じる、

(c)遮蔽板9を設けた、

(d)貸ロツカーの硬貨投入口開閉装置。

Aまず裁判所は本件実用新案権の有効性に関して次のように判断しました。

(イ)被告は、本件考案はその実用新案登録請求の範囲の記載が右のように抽象的であるので、権利として不成立であり、そうでないとしても、その権利範囲が特定されず、さらに、その構成要件のすべてが公知であつて、新規性を欠くから、原告の本件実用新案権に基づく権利の行使が許されない旨主張する。

(ロ)しかしながら、本件実用新案権が権利として成立している以上、被告主張のような事実があるとしても、この権利が無内容のものであり、したがつて、実質的にその登録が無効のものとして、取り扱うことはできないから、本件考案の技術的範囲は、右1のとおり限定して解されるべきであり、この範囲における権利の行使が許されないものとはいえない。

(ハ)したがつて、被告の右主張は、理由がない。 

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B裁判所は本件登録実用新案の技術的範囲に関して次のように解釈しました。

(イ)本件考案の実用新案登録請求の範囲に記載されているところは、鍵の挿入又は抜取りにより、貸ロツカーの硬貨投入口を開閉する装置を構成する課題の提示のみであるというべきである。

(ロ)すなわち、すでに判示したとおり、本件考案においては、右課題の解決のために鍵の挿入又は抜取りという手段及び遮蔽板という手段を具体的に挙げているので、右課題の解決を示しているかのように見られるが、右各手段についての表現は、抽象的であり、右各手段が具体的にいかなる中間的機構を有すれば、鍵の挿入又は抜取りという動作と遮蔽板の作動という動作とを連動させることができるかについては、実用新案登録請求の範囲の記載のみによつては知ることができないから、右のような抽象的な記載をもつて、何ら右課題の解決を示したものということはできない。

(ハ)しかして、実用新案権の技術的範囲は、願書に添付した明細書の実用新案登録請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないところ、本件考案は、その明細書の右のような抽象的な実用新案登録請求の範囲の記載のみによつては、とうてい、その技術的範囲を定めることはできないものというべきである。

(ニ)そこで、本件考案の技術的範囲を定めるためには、右明細書の考案の詳細な説明の項及び図面の記載に従い、その記載のとおりの内容のものとして、限定して解されなければならない。したがつて、本件考案の構成要件を具備した装置がすべて本件考案の技術的範囲内にあるものということはできない。

C裁判所は本件物件の前記登録実用新案の技術的範囲への属否に関して次のように判断しました。

(イ)本件物件と本件考案とを対比すると、本件物件においては、本件考案における操作軸7を欠くから、この点において、本件考案の要件を備えていないものである。したがつて、本件物件は、その余の点について判断するまでもなく、本件考案の技術的範囲に属しないものである。

(ロ)原告は、本件物件について、鍵の抜挿という直線運動を遮蔽板を回動させる運動に変える構造について、クランク機構を利用するかカム機構を利用するかは設計上の問題にすぎず、カム機構を利用する本件物件はクランク機構を利用する本件考案の均等物である旨主張する。

(ハ)しかし、すでに判示したとおり、本件考案の技術的範囲は、明細書の考案の詳細な説明の項及び図面の記載のとおりの内容のものとして、限定して解さなければならない。ところで、証拠によれば、本件考案については、その詳細な説明の項及び図面の記載には原告主張のようなカム機構を利用することに関する記載はないから、カム機構を利用することは、その技術的範囲に属しないものといわなければならない。

(ニ)してみれば、本件物件が本件考案の技術的範囲に属することを前提とする原告の本訴請求は、失当である。


 [コメント]
@本件の意義は、実用新案登録出願人(或いは特許出願人)が請求の範囲に創作の課題相当の漠然とした機能しか記載されていない場合に、

(a)直ちに権利の有効性は否定されないことはないが、

(b)権利対象の技術的範囲は開示の範囲に応じて限定解釈される

 ということです。

A前記(a)はよいとして、(b)について考察します。

(イ)具体的に“鍵を挿入すると硬貨投入口が閉まる”という課題を解決するためにどういう手段があるかを考えましょう。

(ロ)一つの考え方は、鍵を挿入するときの直線的な押し込み力を利用して硬貨投入口を閉める機構を作動させるというアイディア(上位概念)です。

 この機構が回転式の機構である場合に、前記アイディアを実現する中間機構は直線的な押し込み力を回転力に変換するシステム(中位概念)かもしれません。
さらにその具体例として判決に出てくるようなカムやクランク(下位概念)があるかもしれません。

(ハ)別の考え方は、鍵が挿入穴内にあることを何等かの手段(位置センサーなど)で感知して別個の動力を用いて硬貨投入口を閉じることです。

(ニ)このように“鍵の抜き差しにより硬貨投入口を開閉する”と一口にいってもいろいろ考えられる訳ですが、本来こうしたことを考えるのは、特許出願人や実用新案登録出願人の仕事です。一定の課題を解決する手段を創造し、それを特許出願等を通じて社会に公開する代償として独占権が与えられるからです。それをしていないのだから、限定解釈されることは止むを得ないことです。

Cもっとも、明細書の実施例(クランク)まで権利範囲を限定解釈し、その均等物(カム)を排除するというのは、現在の考え方からすると行き過ぎに見えます。


 [特記事項]
 
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