[事件の概要] |
@事件の経緯 甲(原告)は、パソコン等の器具の盗難防止用連結具と称する発明について特許出願を行い、特許権(3559501号)を取得しました。乙(被告)は、後述の被告製品を業として輸入販売していました。甲は、乙の行為を特許権侵害行為として差止等を請求して地方裁判所に提訴しました。同裁判所は請求を棄却し、甲が控訴して本件訴訟に至りました。 A甲の特許権の権利範囲は次の通りです(請求項1のみ)。 A パソコン等の器具の本体ケーシングに開設された盗難防止用のスリットに挿入される盗難防止用連結具であって, B 主プレートと補助プレートとを,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され, C 主プレートは,ベース板と,該ベース板の先端に突設した差込片と,該差込片の先端に側方へ向けて突設された抜止め片とを具え, D 補助プレートは,主プレートに対して,前記主プレートの差込片の突出設方向に沿ってスライド可能に係合したスライド板と,該スライド板を差込片の突出方向にスライドさせたときに,差込片と重なり,逆向きにスライドさせたときに,差込片との重なりが外れるように突設された回止め片とを具え, E 主プレートと補助プレートには,補助プレートを前進スライドさせ,差込片と回止め片とを重ねた状態で,互いに対応一致する位置に係止部が形成されていることを特徴とする F パソコン等の器具の盗難防止用連結具。 (他に、請求項2、請求項5の侵害も争われましたが、論点が重複するため省略します) 〔本件特許権〕 B本件特許明細書には次の記載があります。 【0001】本発明は、ノート型パソコン等の器具を盗難から護るためのケーブルを連結する連結具に関するものである。 【0002】【従来の技術】ノート型パソコンの店頭や陳列台などからの盗難を防止するために、ノート型パソコン80の本体ケーシング84には、矩形のスリット82が開設されている。このスリット82に、ケーブル72が連結可能な連結具10を挿入し、ケーブル72を柱などの固定構造物に掛けておくことにより、パソコン80の持ち出しを防止できる〔図1参照〕。その種連結具90として、特開平11−148262号公報には、図9に示すように、先端に掛止部91が形成された掛金具92と、該掛金具92に対し着脱可能に嵌まり合う扁平な卵形のカバー93からなる連結具90を開示している。上記連結具90は、パソコン側のスリット82に掛金具側の掛止部91を挿入して掛金具92を90度捻った後、掛止部91の回止めとして、掛金具92を覆うようにカバー93に突設している規制片9494をスリット82に挿入するものである。後略 【0003】【発明が解決しようとする課題】しかしながら、掛金具92の掛止部91をスリット82に挿入した後、掛金具92から手を離すと、掛金具92がスリット82に吊り下がったり、スリット82から脱落することがあり、カバー93を装着できない。このため、掛金具92を片手で押さえたままで、他方の手でカバー93を挿入する必要があった。しかしながら、掛金具92、カバー93は共に小型であり、また、スリット82は、図1に示すように、ノート型パソコン80の下面に近い側部に形成されているから、両手で連結具90を取り付ける操作は困難であり、作業性が悪い問題があった。 【0004】また、上記連結具90では、ノート型パソコン80の盗難は防止できるが、付属するマウスやその他の外部接続機器の盗難を防止できないため、別途これらの盗難防止について策を講じなければならなかった。 【0005】本発明の目的は、片手で簡単に取付けできるノート型パソコン等の器具の盗難防止用のケーブル連結具を提供することである。 【0010】図2乃至図5に示すように、本発明の連結具10は、主プレート20と補助プレート40とをスライド可能に係合して構成される。主プレート20は、金属材料や樹脂材料から形成され、図3aに示すように、ベース板22と、該ベース板22の先端に突設された差込片24と、差込片24の先端に両側方へ向けて突出した抜止め片26とを具える。後略 【0014】補助プレート40は、図2、図3b及び図5a、bに示すように、コ字状に折り曲げられ、間に主プレート20が嵌まる凹部空間を形成しているスライド板42と、スライド板42の上下先端から夫々突設された回止め片44とから構成される。後略 【0018】連結具10を装着するには、まず、図6に示すように、補助プレート40をずらして下げ、主プレート20を補助プレート40の先端から突出させる。中略この状態で、抜止め片26をスリット82に位置合わせし、その儘。抜止め片26及び差込片24をスリット82に挿入する。スリット82に差込片24まで挿入した後、連結具10を左右何れかに90度捻る〔図7矢印参照〕。 【0019】次に、図8に示すように、補助プレート40を主プレート20に対して本体ケーシング84側に押し込み、回止め片44をスリット82に差し込んで、係止孔3656どうしを位置合わせする。補助プレート40をスライドさせることによって、差込片24と回止め片44が重なり、連結具10の回転が阻止される。 C被告製品の構成を,本件特許発明1の構成に対応して表現すると次の通りです。 a パソコンの本体ケーシング(84’)に開設された盗難防止用のスリット(82’)に挿入される盗難防止用連結具であって, b 主プレート(20’)と補助部材(40’)とを,後記差込片(24’)と後記突起部(44’)の重なりが生じている間,該スリット(82’)への挿入方向と近い距離を保って離れずにいる方向に,ずらすことができるように係合し且つ両プレート(20’)(40’)は分離不能に保持され, c 主プレート(20’)は,ベース板(22’)と,ベース板(22’)のうち前記盗難防止用連結具をスリットに挿入する際にスリット(82)に近くなる方の側に突設した差込片(24’)と,該差込片(24’)の先端に側方へ向けて突設された抜止め片(26’)とを具え, d 補助部材(40’)は,主プレート(20’)に対して,前記主プレート(20’)の差込片(24’)と補助部材(40’)に突設された突起部(44’)の重なりが生じている間,差込片(24’)の突出方向と近い距離を保って離れずにいる方向に,ずらすことができるように係合した回動板(42’)と,該回動板(42’)を差込片(24’)の突出方向にスライドさせたときに,差込片(24’)と重なり,逆向きにスライドさせたときに,差込片(24’)との重なりが外れるように突設された突起部(44’)とを具え, e 主プレート(20’)と補助部材(40’)には,差込片(24’)と突起部(44’)の重なりが生じている間,補助部材(40’)を,スリット(82’)への挿入方向と近い距離を保って離れずにいる方向にずらし,差込片(24’)と突起部(44’)とを重ねた状態で,互いに対応一致する係止部(28’)(48’)が形成されている f パソコンの盗難防止用連結具。 D本事件の争点(第1審判決より抜粋) (1) 被告各製品が本件特許発明1の技術的範囲に属するか ア 構成要件Bの充足性 (争点1−1) イ 構成要件Cの充足性 (争点1−2) ウ 構成要件Dの充足性 (争点1−3) エ 構成要件Eの充足性 (争点1−4) (中略) (4) 本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものであるか ア 本件各特許発明は,出願日前の他の特許出願である国際公開公報WO01/71132(以下「乙8公報」という。)に記載された発明(以下「乙8発明」という。)と同一であるか(特許法29条の2) (争点4−1) イ 本件各特許発明は,当業者が,出願前に頒布された特表平10−513516号公報(以下「乙13公報」という)に記載された発明(以下「乙13発明」という。)に基づいて容易に発明することができたものであるか (争点4−2) ウ 本件特許には明確性要件違反があるか (争点4−3) エ 本件特許にはサポート要件違反又は実施可能要件違反があるか (争点4−4) (5) 訂正の再抗弁(本件訂正により,争点4−1及び4−2の無効理由が解消されるか。) (争点5) (6) 本件各訂正発明は,当業者が,出願前に頒布された米国特許公報第6038891号(以下「乙15公報」という。)に記載された発明(以下「乙15発明」という。)に基づいて容易に発明することができたものであるか (争点6) (7) 損害額 (争点7) (以下、争点1−1に絞って紹介します) E乙の主張(構成要件Bに関して) (a)構成要件Bのスリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合」という構成に関して (イ)当該構成は,いわゆる機能的クレームであるから,本件明細書等に開示された具体的な構成に示されている技術的思想に基づいて技術的範囲を確定すべきである。本件明細書等に記載された実施例に限定されないとしても,本件明細書等の記載から当業者が容易に実施できる発明でなければ,技術的範囲には含まれない。 (ロ)本件明細書には,実施例として,補助プレートが主プレートに対しスリットの挿入方向と終始平行な直線方向にスライドする構造の連結具が開示されているのみであり,それ以外にスライド可能に係合する具体的な解決手段・構成は開示されていない。 また,「沿って」という単語の一般的な意味からしても,挿入方向と終始平行な直線方向をいう。 “補助プレートが主プレートに対してピンを中心とした円の円弧方向に移動する構成”を採用するためには,両プレートの係合構造を本件明細書に記載された実施例と全く別の構造にしなければならず,当業者が容易に実施することができるものではない。 (ハ)本件特許出願の経緯において、原告は,平成15年12月12日付けで拒絶理由通知を受けたことから,平成16年3月15日付けで手続補正をし,構成要件Eに「補助プレートを前進スライドさせ」る構成を追加した。 原告は,同日付けで意見書を提出しており,同意見書には,「引用例2のロック手段12は,第1ストッパ部材17と第2ストッパ部材18が『相対的に回転可能』な構成であり,これらを一列にした状態で小孔10に挿入した後,キー15と連動する第1ストッパ部材17を90°回転させて,ロックを行う構成です。引用例2のロック手段12は,第1ストッパ部材17と第2ストッパ部材18を相対的に回転させる構成であるのに対し,本発明の盗難防止用連結具10は,主プレート20と補助プレート40がスライド可能である点が相違します。」という記載がある。 上記記載によれば,主プレートと補助プレートとの係合手段として,補助プレートが主プレートに対してピンを中心とした円の円弧方向に移動する構成は,除外されている。 (b)「分離不能に保持」の意義について (イ)「分離不能に保持」という構成も,いわゆる機能的クレームであるから,前記ア(ア)と同様に,本件明細書等に開示された具体的な構成に示されている技術的思想に基づいて技術的範囲を確定すべきである。 (ロ)前記前述の通り,主プレートと補助プレートとの係合手段として,補助プレートが主プレートに対してピンを中心とした円の円弧方向に移動する構成は,本件特許発明1の技術的範囲には含まれない。 (ハ)本件特許出願の経緯において、原告は,平成16年3月15日付けで手続補正をし,「分離不能に保持」という構成を追加した。 原告は,同日付けで意見書を提出し,同意見書には,「この補正は,本件当初明細書等の【0021】や図2等に基づくものであり,新規事項の追加ではありません。」という記載がある。 そして,本件明細書の【0021】や図2等には,補助プレートが主プレートに対し直線方向にスライドする構造の連結具が開示されているだけであるから,「分離不能に保持」には,主プレートと補助プレートとの係合手段として,補助プレートが主プレートに対してピンを中心とした円の円弧方向に移動する構成は含まれない。 (c)被告各製品は,主プレートと短辺方向の断面形状がコ字状の補助部材とを,ピンによって一端で枢止し,これにより,パソコンのスリットへ向けて,ピンを中心とした円の円弧方向に,前記補助部材が回転移動する構成のものである。 したがって,構成要件Bを充足するものではない。 (d)均等侵害に関して(第2審での主張) 被告各製品は,本件各特許発明とは,「スライド可能に係合」及び「分離不能に保持」という構成の点において,異なる技術思想(課題解決原理)によるものであって,文言侵害が否定される以上,さらに均等論を適用することは,結果的に,異なる技術思想(課題解決原理)による発明についてまで本件各特許発明の技術的範囲に含むことを認めるおそれがあり,相当でない。 したがって,機能的クレームである本件各特許発明の技術的範囲に被告各製品が文言上属さないとされた以上,均等論を適用する余地はない。 F甲の主張(構成要件Bに関して) (a)「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合」の意義 (イ)「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合」とは,「差込片と回止め片の重なりが生じている間,スリットへの挿入方向と近い距離を保って離れずにいる方向に,ずらすことができるように係合」することをいうものと解すべきである。 (ロ)本件明細書において,「スライド可能」の具体的な構成については特に限定がないから,公知技術等,当業者が適宜採用しうるあらゆる構成が含まれるものである。 複数の部材を「スライド可能に係合」する手段として,複数の部材をピン等で係合する構成は,技術分野を問わない慣用手段の一つであり,自明な構成である。 本件明細書に記載された実施例は,補助プレートのピン孔に,主プレートの長孔を貫通したスプリングピンを嵌めるという構成を2組備えるものである。これを1組にするだけで,「主プレートと補助プレートとの係合手段として,補助プレートが主プレートに対してピンを中心とした円の円弧方向に移動する構成」に至る。 従って,当業者が,複数の部材を「スライド可能に係合」する手段として,複数の部材を1点においてピンないしヒンジ等で係合する構成を採用することに,格別の困難はない。 (ハ)特許出願の経過に関する被告の主張に関して、原告は,平成16年3月15日付け意見書において,「スリットへの挿入方向を軸として相対的に回転可能な構成」について「相対的に回転可能な構成」と表現し,これと本件特許発明の構成が異なる旨述べたにすぎない。 「主プレートと補助プレートとの係合手段として,補助プレートが主プレートに対してピンを中心とした円の円弧方向に移動する構成」について,本件特許発明の技術的範囲から除外したものではない。 (b)「分離不能に保持」の意義 (イ)「分離不能に保持」とは,主プレートと補助プレートを離脱不能にする構成を広く含むものであり,公知技術等,当業者が適宜採用しうるあらゆる構成が含まれる。 (ロ)主プレートと補助プレートを1つのピンで分離不能に係合する構成は,周知慣用手段である。 (ハ)被告各製品の「主プレート(20’)」及び「補助プレート(40’)」は,本件特許発明1の「主プレート(20)」及び「補助プレート(40)」に,それぞれ相当する。 被告各製品の主プレートと補助プレートは,「差込片と突起部の重なりが生じている間,該スリットへの挿入方向と近い距離を保って離れずにいる方向に,ずらすことができるように係合」しており,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合するものである。 被告各製品は,補助プレートが主プレートに対してピンを中心とした円の円弧方向に移動する構成であり,「分離不能に保持」されたものである。 G第一審の判断 (a) 被告各製品は,少なくとも,本件特許発明1の構成要件B,D及びEを充足しないから,本件各特許発明の技術的範囲に属するものとはいえない。 (b)構成要件Bのうち「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能」とは,「スリットへさし入れる方向に,互いにスライドすることが可能」であることをいうものと解される。「挿入方向」,すなわち「さし入れる方向」ないし「方向」という単語の意義からすれば,移動(スライド)の態様は,パソコン等の本体ケーシングに開設されたスリットに挿入される差込片の形状に沿った方向(差込片の形状が直線であれば,その直線に沿った方向となり,差込片の形状が曲線であれば,その曲線に沿った方向となる。)を指すと解される。 (c)被告製品の主プレートと補助部材は,相対的にスライドするものの,ピンを中心に回動する方向でスライドするのであって,差込片の形状に沿った方向にスライドするとはいえない。 (d)いわゆる機能的クレームの解釈に関して、仮に,上記原告の主張を前提としても,本件各特許発明の「スライド可能に係合」ないし「分離不能に保持」という記載は,機能的,抽象的なものであるから,当該機能ないし作用効果を果たしうる構成であれば,全てその技術的範囲に含まれるとすると,明細書に開示されていない技術思想(課題解決原理)に属する構成までもが,本件各特許発明の技術的範囲に含まれることになりかねない。 (イ)したがって,上記のような,いわゆる機能的クレームについては,特許請求の範囲や発明の詳細な説明の記載に開示された具体的な構成に示されている技術思想(課題解決原理)に基づいて,技術的範囲を確定すべきものと解される。また,明細書に開示された内容から,当業者が容易に実施しうる構成であれば,その技術的範囲に属するものといえるが,実施することができないものであれば,技術思想(課題解決原理)を異にするものして,その技術的範囲には属さないものというべきである。 (ロ)そこで検討すると,以下のとおり,被告各製品の構成については,当業者が,技術常識等を参酌することにより,本件明細書の記載に基づき,容易に実施することができるものであったとは認めることができない。 (ハ)原告は,2つの部材をピンによって枢結し,回動させる構成が公知技術である旨主張する。しかしながら,原告が公知技術として提出するのは,クレセントおよびそのクレセントを備えた戸(甲22),サイドガラスロック装置(甲23),スライド式ウィンドの開閉装置(甲24),自動車のスライド窓ロック装置(甲25),荷物掛けを有する扉の掛け金具(甲26),ライター(甲28),鼻輪(甲29),折畳み式携帯電話機(甲30の1),無線機(甲30の2),脱落防止付きバッジ(甲31)であり,本件各特許発明とは,明らかに技術分野を異にするものである。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、本件特許権の文言侵害に関して次のように判断しました。 判決理由を一部修正して原判決を支持する。 A裁判所は、機能的クレームへの均等論の適否に関して次のように判断しました。 (a)被控訴人は,機能的クレームである本件各特許発明の技術的範囲に被告各製品が文言上属さないとされた以上,均等論を適用する余地はない旨主張する。 (b)しかしながら,文言上,特許請求の範囲に記載された発明と異なる構成を被告各製品が有しているとしても,一定の要件を充たす場合には例外的にこれと均等と評価されるものとして侵害を認める考え方が均等論であり,この理は,クレームが機能的に記載された構成であるか否かによって変わるものではないから,機能的クレームについてのみ,文言侵害が否定されたからといって,均等論の適用が当然に否定されるべき理由はない。したがって,被控訴人の上記主張は,採用することができない。 B裁判所は、、係争物が均等論の条件を満たすかどうかに関して次のように判断しました。 (a) 均等の第1要件における特許発明の本質的部分とは,特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうち,当該特許発明特有の課題解決手段を基礎づける技術的思想の特徴的な部分,すなわち,上記部分が他の構成に置き換えられるならば,全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものである。 本件各特許発明の特許請求の範囲の記載(請求項1,2及び5)と本件明細書によれば,従来,ノート型パソコンの本体ケーシングに開設されたスリットに連結する連結具として,先端に掛止部が形成された掛金具と,該掛金具に着脱可能に嵌合する卵形のカバーから成る連結具があったが,従来の技術では,「掛金具の掛止部をスリットに挿入した後,掛金具から手を離すと,掛金具がスリットに吊り下がったり,スリットから脱落することがあり,カバーを装着できない。このため,掛金具を片手で押さえたままで,他方の手でカバーを挿入する必要があった。しかしながら,掛金具,カバーは共に小型であり,また,スリットは,ノート型パソコンの下面に近い側部に形成されているから,両手で連結具を取り付ける操作は困難であり,作業性が悪い問題があった。」(本件明細書の段落【0003】)ことから,本件各特許発明は,「片手で簡単に取付けできるノート型パソコン等の器具の盗難防止用のケーブル連結具を提供すること」(本件明細書の段落【0005】)を目的とし,上記課題を解決するための手段として,スリットへの挿入方向,すなわち差込片の突出方向ないし形状に沿って補助プレートを前進スライドさせることにより,主プレートと補助プレートとを相対的にスライド可能に係合し,かつ両プレートを分離不能に保持する構成(構成要件B,D,Eに係る構成)を採用することで,「片手で連結具を掴んで,主プレートの抜止め片をスリットに挿入して90度回転させ,そのまま,補助プレートの回止め片を差込片と重なるようにスリットに押し込むだけで,連結具をスリットに取付けできる」(本件明細書の段落【0007】)という作用効果を奏するようにしたものであると認められる。 本件各特許発明の上記の課題,目的,構成,作用効果等に照らすと,本件各特許発明は,スリットへの挿入方向,すなわち差込片の突出方向ないし形状に沿って補助プレートを前進スライドさせることにより,主プレートと補助プレートとを相対的にスライド可能に係合し,かつ両プレートを分離不能に保持するものとして構成することで,盗難防止用連結具を片手で簡単に取付け可能にした点に,本件各特許発明特有の課題解決手段を基礎づける技術的思想の特徴的な部分,すなわち本質的部分があるというべきである。 しかるに,被告各製品は,補助部材が,主プレートに対して,スリットへの挿入方向,すなわち差込片の突出方向ないし形状に沿って前進スライドすることによりスライド可能に係合するものではなく,一つの枢結点を中心として回転方向にスライド可能に係合する構成を採るものであって,上記相違点は,本件各特許発明の本質的部分に係るものというべきである。 したがって,第1要件である非本質的部分性については,これを認めることができない。 (b)第3要件(置換容易性)について 控訴人は,二つの部材をピンによって枢結し回動させる構成や,あらかじめ大きさが規定された孔に対して回転方向から突起を挿入する場合には侵入する突起の外周形状を円弧状にせざるを得ないこと等は,いずれも技術分野を問わず汎用される慣用技術であること,技術分野を問わず部品点数を減らすことは自明の課題であり,当業者が部品点数を減らす観点から二つのスプリングピンを一つにすることは当然に検討されるべきことからすれば,本件各特許権の請求項又は本件明細書の記載から,主プレートと補助プレートとを一つのピンによって枢結し回動する方向でスライドする被告各製品の構成とすることは,被告各製品の輸入販売時はもとより,本件出願時においても容易に想到することができたものである旨主張し,同主張に沿う証拠として,甲14ないし18,20,22ないし29,甲30の1及び2,甲34ないし39,43及び44を引用する。 しかしながら,上記各書証の技術等の開示事項は,いずれも盗難防止用連結具という技術分野に関する発明である本件各特許発明とは技術分野及び技術的課題が異なるものである上,仮に二つの部材をピンによって枢結し回動させる構成や,あらかじめ大きさが規定された孔に対して回転方向から突起を挿入する場合には侵入する突起の外周形状を円弧状にせざるを得ないこと等が,いずれも技術分野を問わず汎用される慣用技術であるとしても,控訴人が慣用技術の根拠として引用する上記各書証に開示された技術等は,発明が解決しようとする課題,発明の目的,課題を解決するための手段,基本構成及び使用態様等が,いずれも本件各特許発明とは異なるものであって,本件明細書には当該慣用技術を採用する動機付けが何ら開示も示唆もされておらず,上記各書証にも,本件各特許発明の技術的課題について何らの開示も示唆もされていないのであるから,本件各特許発明に当該技術等を適用して被告各製品の構成を採用する動機付けがなく,結局,本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,当業者が被告各製品を実施し得るものとは認められないことは前記のとおりであり,被告各製品の販売等の時点において,これが容易想到であったことを認めるに足りる証拠はない。 また,技術分野を問わず部品点数を減らすことが自明の課題であったとしても,それだけでは,当業者が本件各特許発明から被告各製品の構成を容易に想到することができることにつながるものではない。 したがって,第3要件である置換容易性については,これを認めることができない。 従って均等侵害も成立しない。 |
[コメント] |
@被控訴人側は、発明を機能的・抽象的に特定した機能的クレームにおいて当該クレームに規定した機能への該当性が文言上否定された以上、その上さらに当該機能と均等の機能を保護範囲に含めるような解釈は、異なる技術的思想(課題解決原理)による発明を保護範囲に含めることになるおそれがある旨を主張します。 Aこうした懸念はもっともなものですが、均等論の要件として、 相違部分を対象製品等におけるものと置き換えることが、対象製品等の製造等の時点において容易に想到できたこと(第3要件)、 対象製品等が特許発明の特許出願時における公知技術と同一でなく、かつ当該発明から容易に推考されたものでないこと(第4要件) が規定されているので、前述のような場合には、異なる思想であるので容易に推考できないなどという主張をすれば足り、ことさら機能的クレームに関して均等論で異なる取り扱いをする必要はないと推察されます。 →均等論とは |
[特記事項] |
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