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●平成16年(行ケ)第53号(拒絶審決取消請求事件/容認)


進歩性審査基準/特許出願/周知技術/後知恵

 [事件の概要]
@本件特許出願の経緯

 原告は、“密封包装物の検査方法”の発明に係る特許出願に基づいて国内優先権を主張して本件特許出願(平成11年特許願第162937号)を行いましたが、進歩性の欠如を理由として拒絶査定を受け、拒絶査定不服審判を請求し、請求は成り立たない旨の審決を受けたために、当該審決の取り消しを求めて本件訴訟を提起しました。

A本件特許出願の請求の範囲(審判請求時の補正あり。補正発明という)
「導電性を有する流動物ないし粉体又は食品等の内容物1を電気絶縁性被膜2で被包した密封包装物3のピンホールを検査するための方法であって、

 該密封包装物3の側面部31に高圧電源6の電圧出力端子からの単一の電極4を接触ないし近接せしめて該密封包装物3内の内容物1に帯電せしめ
次いで、該密封包装物3の被検部3aに密接ないし近接対面せしめた電極5を接地せしめ、被検部3aからの放電電流を検知して密封包装物3のピンホールを検出することを特徴とする密封包装物の検査方法。」

B本件特許出願の発明の概要

(a)この発明は、食品や医療用消耗品等の完全密封包装物のピンホールを検査するための方法に関する(段落0002)。

(b)これら密封包装物のピンホール検査は極めて重要である(∵食品の場合ピンホールがあると、包装の中身が大気に接触して変質・腐敗の原因となり、また、医療用消耗品、例えば輸液瓶の場合は、汚染、変質の原因となる)。

(c)完成した密封包装物を傷つけずにピンホール検査を行う技術として、一対の電極の間に電気絶縁性被膜からなる包装で密封した食品を挟み、各電極と食品間に形成される静電容量に大差をつけて両電極間に電圧をかけて、一方の電極と食品との間の閃落によって生じる電流を検出してピンホールを検出するようにしたものがある。

(d)(こうした技術では)浮遊している微細な塵などの影響により検出部における電流に誤差を生じピンホールの有無を短時間の電流の大きさの大小による判別ではピンホールがないのにあるように判別するなど誤動作の発生は避けられなかった。

(e)本願発明は、…簡単な手順で検査時の雰囲気による誤動作の発生を完全に防止した効率的な密封包装物の検査方法を提供することを目的とする。

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B本件特許出願の先行技術

(a)特開平9−222420号(刊行物1)
「導電性を有する流動物ないし粉体又は食品等の内容物1を電気絶縁性皮膜2で被包した密封包装物3を、接地した電極板等の所定形状の支持電極4上に該密封包装物3の側面部31を接触させて載置する一方、該密封包装物3の被検端部3aに密接ないし近接対面せしめた電極5と前記支持電極4との間に直流高電圧を印加し、被検端部にピンホールがあるとき該ピンホールを介して内容物1に充電せしめ、次いで前記支持電極4の接地を解除するとともに前記被検端部3aに接触せしめた前記電極5を接地せしめ、被検端部3aからの放電電流を検知して密封包装物3のピンホールを検出することを特徴とする密封包装物の検査方法。」

(b)刊行物2(「三訂増補 物理実験事典」・株式会社講談社発行)

【c】「〈2〉 人体コンデンサー

 〔目的〕絶縁された人体に電気が蓄わえられることを示す。

 〔準備〕絶縁台、ウイムズハースト起電機又はバンドグラーフ起電機、はく検電器

 〔方法〕1.絶縁台の上に生徒Aを立たせる。

 2.生徒がアースしていないのを確かめたのち、その手を起電機の極に触れさせ、起電機を働かせる。(アースしていなければ危険ではない。)

 3.チャージが終わったら(チャージは数分以内で終わる)、生徒の手を自分で極から離させる。

 4.もう一人の生徒BをAに近づけさせる。Bは(Aとは逆に)よくアースさせておく。・・・

 5.生徒Aは手を伸ばし、人さし指の先端をアースしている生徒の鼻先に少しずつ近づけていく。すると小さい音を立てて指先と鼻先に火花が飛び、Aに電気が蓄わえられていたことを示す。

 6.1.〜3.と同じように操作し、Aの手をはく検電器の金属円板に触れさせ、はくが大きく開くのを見せる。」(384頁左欄〜右欄)

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【d】「〔方法〕1.ライデンびんの一極(外側のすずはく)をアースし、他極(内側のすずはく=金属円頭部)を起電機の−極につないで、起電機を働かせて、ライデンびんの充電を行う。充電は数分で終わる。

 この場合、机の上にライデンびんを置けば、その外はくは自然にアースされていることになる。・・・

 2.ライデンびんの外側を手でもって(・・・)、これを別の机の上に置き、図2のように放電さを用いてライデンびんの両極を近づけると、充電が十分のときは5〜6mmほどの火花が飛んで中和する。これで大部分の電気は失なわれるが、間もなく誘電余効によってびんに少量の電気が蓄えられる。これを用いて実験する。

 3.25人ぐらいの生徒を輪形に並べ、順に手をつながせ、1個所だけ開いておく。・・・すると、ふつう2mmの間隔で放電が行われ、小さい音を出して火花が飛ぶ。このとき、生徒は軽い電気ショックを受ける。

 〔要点〕1.途中、よくアースしている生徒がいると電気ショックを感じた生徒とそうでない生徒が出てくる。・・・」(385頁左欄〜右欄)

C本件特許出願に対する審判部の判断

(a)本件特許出願の補正発明と刊行物1に記載された発明(引用発明)とを対比すると、補正発明には「帯電」なる用語が使用されているが、放電電流を提供できるためには内容物が電気的に充電されていなければならない限度において引用発明における「充電」と相違はない。

(b)したがって、両者の一致点は次の通り

 「導電性を有する流動物ないし粉体又は食品等の内容物1を電気絶縁性被膜2で被包した密封包装物3のピンホールを検査するための方法であって、該密封包装物3内の内容物1に充電せしめ、次いで、該密封包装物3の被検部3aに密接ないし近接対面せしめた電極5を接地せしめ、被検部3aからの放電電流を検知して密封包装物3のピンホールを検出することを特徴とする密封包装物の検査方法。」として一致する。

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(c)両者の相違点は次の通り。

 【相違点1】

 補正発明は、「該密封包装物3の側面部31に高圧電源6の電圧出力端子からの単一の電極4を接触ないし近接せしめて該密封包装物3内の内容物1に帯電せしめ、次いで、該密封包装物3の被検部3aに密接ないし近接対面せしめた電極5を接地せしめ」であるのに対し、引用発明では、「密封包装物3を、接地した電極板等の所定形状の支持電極4上に該密封包装物3の側面部31を接触させて載置する一方、該密封包装物3の被検端部3aに密接ないし近接対面せしめた電極5と前記支持電極4との間に直流高電圧を印加し、次いで前記支持電極4の接地を解除するとともに前記被検端部3aに接触せしめた前記電極5を接地せしめ」である点。

 【相違点2】

 引用発明は、密封包装物の被検端部にピンホールがある場合は、そのピンホールを通じて密封包装物の内容物1に充電され、ピンホールがないと充電されず、したがって、被検端部にピンホールがないと電極5を接地しても放電電流は検知されず、ピンホールがあると電極5を接地したとき放電電流が検知できる作用となるのに対し、補正発明ではピンホールがあっても、なくても内容物は帯電(充電)されるが、被検部にピンホールがないと電極5を接地しても放電電流が流れないので検知できず、ピンホールがあると電極5を接地したとき放電電流が流れて検知できる作用となる点。

(d)相違点についての判断

 相違点1、2について検討するに、

 刊行物2の【c】、【d】の記載は、高圧電源の単一の電極を対象物(絶縁台に乗った人体やライデンびん)に接触させるだけで対象物に電気を蓄わえることができること、また、充電が終了した対象物から高圧電源の単一の電極を離し、次いで、対象物をアースやアースした生徒(放電路)に近づければ放電電流が流れること、その放電路の導電性の良否で放電電流が流れるか否かが左右されること、が当業者にとって周知事項であることを示している。

 これらの周知事項は高圧電源による対象物の充電や放電という物理現象において引用発明と共通するもので引用発明に適用して相違点1に係る補正発明の構成を得ることに困難はなく、その結果、検査手順が簡易になることは自ずと得られる作用効果である。

 そして、刊行物1の【0007】に記載された、被検部を充電路としたときにピンホールが存在しないと導電性が悪く、存在すると導電性が良くなる現象は、被検部を放電路としたときにも当然起こる現象(ピンホール等の欠陥があるとインピーダンスが激減することは上記特開昭59−125035号公報(5頁右上欄6行〜同頁左下欄4行)に記載されている。)であるから、周知事項を引用発明に適用することに伴い、ピンホールがあっても、なくても内容物が帯電(充電)され、次いで、接地したときに放電電流が流れるか否かでピンホールの有無を検査できるという相違点2に係る補正発明の作用となることは当業者にとって明らかなことである。


 [裁判所の判断]
@裁判所は周知技術の内容に関して次のように認定しました。

 上記「人体コンデンサー」の例では、絶縁台に乗った生徒Aとアースとの間にコンデンサが形成されると解される。起電機の他方の極についての記載はないが、上記〔方法〕の2.に、「アースしていなければ危険でない」と記載されているから、生徒Aがアースされていれば感電する恐れがあり、技術常識に基づけば、このことから起電機の他方の極はアースされていると解される。そうすると、生徒Aの手が起電機の極に触れることにより、起電機の一方の極から、生徒Aの手、体、及び、アースを通して起電機の他方の極に戻る回路が形成され、該回路に電流が流れて「人体コンデンサー」が充電される。生徒の体とアースとの間は接続されていないが、上記のようにコンデンサが形成されるため、生徒の体とアースとの間に変移電流が流れると解される。

 同様に、「電気ショック(ライデンびん)」では、ライデンびんの内側のすず箔と外側のすず箔との間にコンデンサが形成される。ライデンびんの外側のすず箔(−)をアースすることが条件となっているから、技術常識に基づけば、起電機の+極はアースされていると解される。ライデンびんの内側のすず箔(金属円筒部)を起電機の−極に接続することにより、起電機の−極から、ライデンびんの金属円筒部、内側のすず箔、外側のすず箔、アースを通して起電機の+極に戻る回路が形成され、該回路に充電電流が流れて、ライデンびんのコンデンサが充電される。ライデンびんの内側のすず箔と外側のすず箔との間に変移電流が流れるのは、上記「人体コンデンサー」と同様である。

 そうすると、刊行物2に記載された「人体コンデンサー」や「ライデンびん」への充電は、引用発明の内容物1(正確には、「支持電極4と内容物1とで形成されるコンデンサ」)への充電と原理を同じにするものであり、補正発明の「単一電極による帯電」とは異なるものである。

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A裁判所は、前記認定に基づき審決に関して次のように判断しました。

(a)審決は、刊行物2の記載から、「高圧電源の単一の電極を対象物(絶縁台に乗った人体やライデンびん)に接触させるだけで対象物に電気を蓄えることができること」を周知事項として認定し、この周知事項を引用発明に適用して相違点1に係る補正発明の構成を得ることに困難はなく、その結果、検査手順が簡易になることは自ずと得られる作用効果であると判断した。

(b)しかし、まず、「単一の電極を対象物に接触させるだけで対象物に電気を蓄えること」が、補正発明の「単一の電極による帯電」を意味するのであれば、この「単一の電極による帯電」は刊行物2には記載されていないから、上記周知事項の認定は誤りである。一方、「単一の電極を対象物に接触させるだけで対象物に電気を蓄えること」が、刊行物2に記載された「人体コンデンサー」や「ライデンびん」への充電を意味するのであれば、該充電は補正発明の「単一の電極による帯電」とは異なり、引用発明の「充電」と原理を同じにするものであるから、周知事項を適用しても、補正発明の構成は得られない。いずれにしても、審決の上記判断には誤りがある。

(c)なお、補正発明の構成にあるように、「密封包装物3の被検部3aに密接ないし近接対面せしめた電極5を接地せしめ、被検部3aからの放電電流を検知して密封包装物3のピンホールを検出する」際に、密封包装物3の側面部31に接触ないし近接せしめた単一の電極4を側面部31から離すことは、特許請求の範囲にも発明の詳細な説明にも記載がない。

(d)審決は、刊行物2の記載から、周知事項として「充電が終了した対象物から高圧電源の単一の電極を離し、次いで、対象物をアースやアースした生徒(放電路)に近づければ放電電流が流れること」を認定し、これを引用発明に適用したものであるが、補正発明は、内容物に帯電させた後に単一の電極を密封包装物の側面部から離すことを特定事項とするものではないから、この周知事項を適用しても、補正発明の構成を得ることができないものというべきである。

(d)被告は、補正発明の充電方法では、電気絶縁性被膜2を微少の電流が流れなければ内容物1に充電されるはずがないと主張するが、内容物1は電気絶縁性被膜2を介して電極4に接触ないし近接配置され、帯電されるにすぎない。電気絶縁性被膜2を介して電流が流れることは通常考えられないし、内容物1に充電するためには、高圧電源の一方の極から内容物を通って他方の極に戻る回路が形成される必要があるが、そのような構成は、請求項にも発明の詳細な説明にも記載されていない。また、電極4を密封包装物の側面部に近接させるだけでも帯電させることができるのであるから、被告の主張は理由がない。

 もっとも、内容物1がアースに対してわずかな静電容量を有し、内容物1とアースとの間に、「人体コンデンサー」と同様なコンデンサが形成されることも考えられる。しかし、内容物1とアースとの間の静電容量は、内容物1と電極4との間に形成される静電容量と比べるとはるかに小さいものと考えられ、このコンデンサによる影響は考慮する必要がないものと解される。

(e)被告は、刊行物2の「人体コンデンサー」にチャージする方法において、人体の皮膚は補正発明における電気絶縁性被膜と同様の振る舞いをするものであると主張する。

 しかし、刊行物2の「人体コンデンサー」において、絶縁された人体の皮膚は「人体コンデンサー」の一方の電極を構成するものと考えられるし、人体の皮膚が絶縁物として作用していないことは刊行物2全体の記載からも明らかであるから、補正発明における電気絶縁性被膜と同様の振る舞いをするとは認められない。

(f)以上のとおりであり、審決は、周知事項の認定を誤るか、その適用を誤ったものであり、本訴における主張立証をもってしては、前記2で認定した相違点に係る補正発明の構成が、引用発明に周知事項を適用しただけで容易に想到し得たものということはできない。


 [コメント]
@進歩性審査基準によれば、「周知技術」とは、その技術分野において一般的に知られている技術であって、例えば、これに関し、相当多数の公知文献が存在し、又は業界に知れわたり、あるいは、例示する必要がない程よく知られている技術をいいます。

A特許出願の発明と主引用例との相違点を認定した後に、その相違点を周知技術と認定して、進歩性を否定するという手法はよく行われていますが、ここでの周知技術は審査官の頭の中にある曖昧な知識ですので、主引用例と組み合わせるときに後知恵的発想が加わる可能性があります。

B本件では、特許出願人が請求の範囲に「単一の電極4を接触ないし近接せしめて該密封包装物3内の内容物1に帯電せしめ」と記載したことに関して、人体コンデンサーという資料を当て嵌め、電極から対象物を離せば請求の範囲の発明となるという論理を特許庁は展開しましたが、裁判所は、そうしたこと(対象物を離す)は本件特許出願の発明特定事項ではないとして、その主張を一蹴しました。

C特許出願の実務では、請求項に記載されている事項を“記載されていないもの”と扱ってならない(進歩性審査基準)のですが、請求項に全く記載されていない概念を発明特定事項として持ち込んで事実認定をすることも許されません。

Dこうした論理に陥った理由を考えるに、おそらくは、“許請求の範囲に記載された技術的事項の確定は、まず特許請求の範囲の記載に基づくべきであり、その記載が一義的に明確であり、その記載により発明の内容を的確に理解できる場合には、発明の詳細な説明に記載された事項を加えて発明の要旨を認定することは許されない”(リパーゼ判決)のであり、請求の範囲には“電極から対象物を離すこと”を除外していない、というような考え方であったのではないかと推察します。

 しかしながら、判例は請求の範囲中の「リパーゼ」を「Raリパーゼ」に限定するようなことは許されないと言っているだけであり、本件特許出願とは事例を異にするというべきであります。

 [特記事項]
 
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