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●平成27年(行ケ)第10026号(無効審決取消事件/容認)


サポート要件/特許出願/回転角検出装置

 [事件の概要]
@事件の経緯

(a)被告は、平成12年1月28日、名称を「回転角検出装置」とする発明につき、特許出願をし(特願2000−24724号)、平成15年6月13日、特許登録を受けましたた(特許第3438692号)。

(b)原告は、平成24年8月31日、請求項1〜4に係る本件特許権につき特許無効審判請求をした(無効2012−800140号)ところ、被告は、同年11月30日、訂正請求をましした。

(c)特許庁は、平成25年6月17日、「請求のとおり訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をしました。

(d)そこで、原告は、同年7月22日、当庁に対し、上記審決の取消しを求める訴えを提起し(平成25年(行ケ)第10206号)、平成26年2月26日、上記審決を取り消す旨の判決を受けました。

(e)被告は、特許庁における審判手続において、同年5月22日付け訂正請求書により、特許請求の範囲を含む訂正をし(本件訂正)、特許庁は、平成27年1月8日、「請求のとおり訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下、単に「審決」というときは、この審決を指す。)をし、その謄本は、同月16日、原告に送達されました。

A訂正後の特許請求の範囲の内容は次の通りです。

 「金属製の本体ハウジングと、

 この本体ハウジング側に設けられて被検出物の回転に応じて回転する磁石と、前記本体ハウジングの開口部を覆い前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製で縦長形状のカバーと、

 このカバー側に固定された磁気検出素子とを備え、

 前記磁石と前記磁気検出素子との間にはエアギャップが形成され、

 前記磁石の回転によって変化する前記磁気検出素子の出力信号に基づいて前記被検出物の回転角を検出する回転角検出装置において、

 前記磁気検出素子は、その磁気検出方向と前記カバーの長手方向が直交するように配置されていることを特徴とする回転角検出装置。」

〔本件特許発明〕

図面

B訂正明細書によれば本件特許発明の概要は次の通りです。

(a)本件発明は、磁気検出素子と磁石を用いて被検出物の回転角を検出する回転角検出装置に関するものである(【0001】)ところ、

(b)従来、自動車の電子スロットルシステムでは、磁石とホールICからなる回転角検出装置により、スロットルバルブの回転角(スロットル開度)を検出していたが(【0002】、【0003】)、

(c)これによると、ホールICを固定するステータコアをモールド成形した樹脂製のカバーは、これを取り付ける金属製のスロットルボディーに比べて熱膨張率が大きく、また、このカバーは、スロットルボディーの下側部に配置されたモータや減速機構を一括して覆うように縦長の形状に形成されているため、その長手方向の熱変形量が大きく(【0004】)、

(d)しかも、ホールICの磁気検出方向(磁気検出ギャップ部と直交する方向)とカバーの長手方向が平行になっていたため、カバーの熱変形によって、ステータコアと磁石とのギャップが変化して、磁気検出ギャップ部を通過する磁束密度が変化しやすい構成となっていることから、カバーの熱変形によってホールICの出力が変動しやすく、回転角の検出精度が低下するという欠点があった(【0005】)。

(e)そのような欠点に鑑みて、訂正発明1は、カバーの熱変形による磁気検出素子の出力変動を小さく抑えることができ、

 回転角の検出精度を向上できる回転角検出装置を提供することを目的として(【0006】)、熱変形しやすい樹脂製のカバー側に磁気検出素子を固定する場合に、磁気検出素子をその磁気検出方向と縦長形状のカバーの長手方向が直交するように配置し、磁気検出素子の磁気検出方向がカバーの短尺方向となり、カバーの熱変形による磁気検出方向の寸法変化を小さくする、すなわち、磁石と磁気検出素子との間に形成されたエアギャップの寸法変化を小さくできるようにしたものである(【0007】。【0008】)。

C無効審判の請求の理由は、争点は、実施可能要件違反の有無、サポート要件違反の有無、明確性要件違反の有無、新規性・進歩性の有無です。
(本記事では記載不備についてのみ扱い、新規性・進歩性に関しては言及しません)

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D無効審判の審決(請求棄却)の理由は次の通りです。

(a)実施可能要件について

(イ)カバーのスロットルボディーへの取付けは、ボルト等により固定されるのが一般的であるところ、部材同士がボルトにより固定されていても、ボルト軸線と直角方向の荷重を受けた場合に被締付け物間にすべりが発生する場合があるということは、本件特許出願時点における機械工学の技術常識であり、カバーが本体ハウジングにボルト固定されていても、ボルト締付力と荷重との関係によっては、カバーと本体ハウジングとの位置ずれ(すべり)は当然生じ得る。

(ロ)そして、横方向のすべりについて、熱膨張率が方向によらず均一であり、カバーが縦長形状であれば、その長手方向が短尺方向より大きいこと、また、図8に示されるように、ホールICを固定したステータコアが、カバーの中心から所定距離だけ長手方向にずれた位置にモールド成形されていることを考慮すると、カバーの長手方向の位置ずれが短尺方向の位置ずれより大きいといえる。

(ハ)従来装置の欠点は、「ホールICを固定するステータコアをモールド成形した樹脂製のカバーは、これを取り付ける金属製のスロットルボディーに比べて熱膨張率が大きく、しかも、縦長の形状に形成されているため、その長手方向の熱変形量が大きくなり、ホールICの磁気検出方向とカバーの長手方向が平行であった従来構成では、ステータコアと磁石とのギャップが変化」するというのであるから、上記のようなカバーの横方向のすべりが発生し、ホールICを固定したステータコアの磁石に対する横方向の位置ずれが発生する場合を想定していることは明らかである。

(ニ)したがって、当業者であれば、訂正明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載並びに本件特許出願当時の技術常識に基づき、上記従来装置の欠点が生じる場合があることを理解し、訂正発明1の目的を設定することが理解できる。

(ホ)また本件特許に係る願書に添付した図面の図2の記載から明らかなように、磁気検出素子25をその磁気検出方向と縦長形状のカバー24の長手方向が直交するように配置すると、磁気検出素子25の磁気検出方向がカバーの短尺方向となり、上述のように、短尺方向の位置ずれは長手方向の位置ずれよりも小さいから、ステータコア26と磁石22との間のギャップの変化が小さくなって、磁気検出方向の磁束密度の変化を小さくすることができ、これにより、カバーの熱変形による磁気検出素子の出力変動を小さく抑えることができ、回転角の検出精度が向上できることは明らかである。

(ヘ)したがって、訂正発明1が上記作用効果を奏するということを、当業者が訂正明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載並びに本件特許出願当時の技術常識に基づき、理解することができる。

(b)サポート要件について
(イ)前述のとおり、訂正明細書の特許請求の範囲に記載された発明は、発明の詳細な説明に記載された発明であり、発明の詳細な説明の記載により、又は特許出願時の技術常識に照らし、当業者が、その課題を解決できると認識できる範囲内のものである。

(ロ)あらゆる条件を検討して、位置ずれが不可避に生じる条件をもれなく特定することは事実上不可能であり、そのような説明がなくとも、当業者であれば、このような構成によりカバーとスロットルボディーとの間に位置ずれが生じる場合があることを理解できる。そして、あらゆる条件を検討することは、過度の試行錯誤を強いるものではあるが、上記構成において、ある条件、例えば、訂正明細書に従来の技術として記載されたものを参考に立てた条件について、上記位置ずれが生じるか否かを、当該条件を設定した上で実験を行ったり計算をしたりすることにより確認することはできるから、これらの条件について記載されていなくても、発明の詳細な説明や特許請求の範囲に上記構成が記載されていれば、位置ずれが生じる前提となる構成が記載されているといえる。

(ハ)また、そのような条件をすべて特定しなくても、訂正発明1は、カバーの長手方向の位置ずれが短尺方向より大きいものを前提としており、その前提に係る構成も特許請求の範囲に記載されているのであるから、上記諸条件のうちこの前提を満たすもののみが訂正発明1に含まれるのであり、このような前提が満たされれば、特許請求の範囲に記載されている上記配置に係る構成により、訂正発明1の課題は解決されるのである。
 したがって、訂正発明1は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものではない。

(c)明確性要件について

(イ)カバーの全体形状や各部の形状、各部の肉厚、凹凸の有無やその形状、ステータコアが設けられる位置等の諸条件をすべて特定しなくても、訂正発明1は、カバーの長手方向の位置ずれが短尺方向より大きいものを前提としており、特許請求の範囲の記載が、明確であるとはいえないほど必要な事項が不足しているとはいえない。

(ロ)特許請求の範囲に、カバーのスロットルボディー(本体ハウジング)への取付けの構成が特定されていない場合、当業者は、一般的な取付けの態様を想定するものであるから、特許請求の範囲に、一般的な取付けの具体的態様が記載されていないからといって、特許請求の範囲の記載が明確であるとはいえないほど必要な事項が不足しているとはいえない。

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E原告主張の審決取消事由は次の通りです。

(a)取消事由1(実施可能要件違反の判断の誤り)

(イ)訂正発明1の課題は、「カバーの熱変形による磁気検出素子の出力変動を小さく抑える」(【0006】)ことにあるところ、訂正発明1は、磁気検出素子の磁気検出方向と当該カバーの長手方向を直交させれば、磁気検出素子の磁気検出方向が、カバーの短尺方向となり、カバーの熱変形による磁気検出方向の寸法変化を小さくでき、これにより、磁気検出方向の磁束密度の変化を小さくできるという課題解決原理を開示している。

(ロ)要するに、訂正明細書は、「短尺方向に比して長手方向のほうがよりカバーが熱変形する」⇒「長手方向の寸法変化のほうがより大きい」⇒「磁気検出方向を長手方向と直交させておけば、これと平行する場合に比して寸法変化の影響はより小さくなる」⇒「磁気検出素子の出力変動を小さく抑えることができる」との因果関係を説明している。

(ハ)このような説明は、客観的・科学的には完全に誤りである。磁気検出素子の出力変動の大きさに影響を与えるのは、他の多くの条件であり、このような条件について、訂正明細書の記載は皆無である。

(ニ)訂正明細書の記載から、当業者であっても、そもそも当該明細書に記載された課題の存在、すなわち、カバーの長手方向のほうが短尺方向よりも位置ずれが大きいことを認識できず、また、当該明細書所定の効果を奏することも理解できないし、その実施のためには、種々の条件を設定した上での実験や計算など、合理的範囲を超えた過度の試行錯誤が必要となるのであり、訂正発明1の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。(後略)

(b)取消事由2(サポート要件違反の判断の誤り)

(イ)訂正発明1は、同様にサポート要件にも違反している。すなわち、訂正発明1のクレームの、「縦長形状のカバーと・・磁気検出方向と前記カバーの長手方向が直交するように配置されている」という要件は、訂正明細書の発明の詳細な説明の記載に比べて広すぎるのであって、特許請求の範囲の記載が、訂正明細書の記載にサポートされているとはいえない。

(ロ)審決は、「訂正発明に係る回転角検出装置は、請求人が主張するように、カバーとスロットルボディーとの間の位置ずれが生じることを前提とするもの、さらに言えば、上記位置ずれが短尺方向より長手方向が大きいことを前提とするもの」などと認定するが、クレーム上は、そのような限定は全く付されていないのであり、むしろ、審決自身が認定するとおり、ボルトを固く締めると位置ずれの課題は存在しないというのであるから、訂正発明1のクレームは、訂正明細書の発明の詳細な説明に記載された事項を超えるものであって、サポート要件違反であることは明らかである。

(ハ)また、前述のとおり、そもそも、訂正発明1の作用効果を実証した実施例について、訂正明細書には記載が皆無である。

(ニ)さらに、前述のとおり、訂正発明1の特許請求の範囲は、ボルトの固定力の強さや、カバーのたわみやすさという、位置ずれという課題の存否の判断に最も重要な考慮要素について全く記載していないところ、その結果、訂正発明1の特許請求の範囲は、課題自体がそもそも存在しない場合や、訂正発明1に記載された作用効果を奏しない場合を広範に含むものとなっており、訂正明細書の特許請求の範囲に記載された発明は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により又は特許出願時の技術常識に照らし、当業者が、その課題を解決できると認識できる範囲内のものではない。

 したがって、サポート要件に違反することは明白である。


 [裁判所の判断]
@裁判所は、サポート要件の判断基準に関して次の見解を示しました。

 特許法36条6項1号は、特許請求の範囲の記載は「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」に適合するものでなければならないと定めている。特許法がこのような要件を定めたのは、発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると、公開されていない発明について独占的、排他的な権利を認めることになり、特許制度の趣旨に反するからである。

 特許請求の範囲の記載が上記要件に適合するかどうかについては、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、当業者が、特許請求の範囲に記載された発明について、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により、当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうか、また、その記載や示唆がなくとも特許出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討して判断すべきものである。

 そして、当業者が、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明の記載又は示唆あるいは特許出願時の技術常識に照らし、当該発明の課題を解決できると認識できるというためには、当業者が、いかなる場合において課題に直面するかを理解できることが前提となるというべきである。

A裁判所は、前記基準を本件に当て嵌め、この観点から、訂正発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討しました。

(a)訂正発明に係る特許請求の範囲については、磁気検出素子の位置について「縦長形状のカバー」側に固定されていることは特定されているものの、

 この磁気検出素子がカバーのどの位置に固定されるかは特定されておらず、

 磁気検出素子がカバー側の任意の位置に固定されること、又は、磁気検出素子が固定されたステータコアがカバー側の任意の位置に成形されることを包含するものである。

 また、「カバー」について、金属製の「本体ハウジングの開口部を覆い前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製で縦長形状」であることの特定はあるが、

 カバーの形状、厚み等についての特定はなく

 均一な平板でないものや、凸凹があるもの、左右対称でないもの等も包含するものである。

 また、訂正発明1においては、回転角検出装置の用途についての特定はない。

(b)訂正明細書によれば、訂正発明1の課題は、次のとおりである。

 従来の回転角検出装置においては、

(イ)ホールIC(磁気検出素子と信号増幅回路とを一体化したIC)を固定するステータコアをモールド成形した樹脂製のカバーは、これを取り付ける金属製のスロットルボディーに比べて熱膨張率が大きく、縦長形状に形成されているため、その長手方向の熱変形量が大きく

 しかも、ホールICの磁気検出方向(磁気検出ギャップ部と直交する方向)とカバーの長手方向が平行になっていたため、カバーの熱変形によって、ステータコアと磁石とのギャップが変化して、磁気検出ギャップ部を通過する磁束密度が変化しやすい構成となっていたので、カバーの熱変形によってホールICの出力が変動しやすく、回転角の検出精度が低下するという欠点があった。

(ロ)そこで、カバーの熱変形による磁気検出素子の出力変動を小さく抑えることができ、回転角の検出精度を向上することができる回転角検出装置を提供する。

(c)上記によれば、次の条件が備われば、当業者は、訂正発明1の上記課題に直面し、これを理解できると解される。

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(A)樹脂製のカバーは、これを取り付ける金属製の本体ハウジングに比べて熱膨張率が大きいことにより、カバーの熱変形が生じ、本体ハウジングとの間に横(水平)方向の相対的な位置ずれが生じること(以下「横すべり」ともいう。)、

(B)カバーが縦長形状に形成されているため、長手方向の熱変形量が大きく、Aの横すべりの長さ(延び)は、短尺方向よりも長手方向が大きいこと、

(C) Bの横すべりの結果、カバーに固定された磁気検出素子の位置がずれ、磁気検出素子と金属製の本体ハウジングに固定された磁石との間のエアギャップが変化すること(以下「磁気検出素子と磁石との位置ずれ」ともいう。)、

(D)Cの位置ずれは、短尺方向よりも長手方向が大きいこと、

(d)以上を前提として、当業者が、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明の記載又は示唆あるいは特許出願時の技術常識に照らし、当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討する。

(e)原告は、カバーと本体ハウジングの位置ずれを防止するためには、ボルトをできるだけ強く締めてカバーを固定すべきことは技術常識というべきであるから、ボルト固定力が比較的弱い場合を前提に議論する審決は誤りであり、そもそも、課題に直面することはないと主張するが、証拠物には「図10−15に示すようにボルト軸直角方向に振動外力Pが作用する場合、被締付け物間にすべりが発生すると、ボルト・ナット間にゆるみ回転が発生する」(549頁左欄最下行から2行目〜右欄1行)との記載があり、部材同士がボルトにより固定されていても、ボルト軸線と直角方向の荷重を受けた場合に被締付け物間にすべりが発生する場合があるということが、本件特許出願時点において機械工学における技術常識であったことが認められる。

 したがって、原告の主張するように、できるだけボルトを強く締めてカバーを固定するとしても、熱や振動によって、ボルトにゆるみが発生し、カバーと本体ハウジングとの間に横すべりが生じる場合があり得ると解され、そのような場合を想定して課題を設定することに問題はない。

(f)もっとも、カバーと本体ハウジングとの間の相対的な位置ずれ(横すべり)は、常に生じるものではなく、審決が述べるように、ボルトの固定力がカバーに生じる熱応力との関係において強い場合には、横すべりはそもそも生じず、ボルトの固定力がカバーに生じる熱応力を下回る場合にのみ、横すべりが生ずる場合があり得るということになる。

(g)また、カバーの熱変形が生じ、本体ハウジングとの間に横方向の相対的な位置ずれ(横すべり)が生ずるとしても、短尺方向よりも長手方向に大きくずれるということ(上記B)が常に生ずるものではない。

 すなわち、審決も、「熱膨張率が方向によらず均一であり、カバーが縦長形状であれば、その長手方向が短尺方向より大きい」としているように、カバーが均質組成の平板形状でなかったり、カバー内部の温度分布が均一でなかったり、熱膨張により3次元的に変形したりする場合には、実証実験を行うなどして確認しない限り、縦長形状のカバーにおいて横すべりが生じるものとしたとしても、縦長形状のカバーの長手方向が短尺方向に比べて、熱変形量(延び)が常に大きくなるともいえない。

(h)カバー内部の温度分布を均一とするとともに、カバー自体が均質組成で、熱膨張により2次元的に変形し、3次元的変形量は無視できるものと仮定したとしても、横すべりの結果、横すべりが長手方向に大きく生じること(上記B)、磁気検出素子の位置がずれ、磁石とのギャップが変化すること(磁気検出素子と磁石との位置ずれ、上記C)、及び、その位置ずれは、短尺方向よりも長手方向が大きいこと(上記D)が生じるとは限らない。

(i)すなわち、縦長形状のカバーにおいて、長手方向及び短尺方向の寸法変化(位置ずれ)の大きさは、カバーのボルト等による係止位置とカバー内における磁気検出素子の取付位置との相互の位置関係や、ボルト等の締付力と大いに関係するもので、このことは当業者にとって明らかであり、審決も認めるところである。例えば、長方形のカバーを、その左右の長辺に沿ってそれぞれ均等に3か所、計6か所をボルト等で係止した際に、熱応力とボルト固定力との関係で、カバーの熱応力が勝って熱変形が生じ、かつ、その熱変形量について長手方向が短尺方向よりも大きいとしたとしても、つまり、上記のA及びBを満たすとしても、磁気検出素子をカバーの中心点(対角線の交点)に配置した場合には、磁気検出素子の位置を起点として熱変形が生ずることとなるから、長手方向にも短尺方向にも位置ずれは生じないこととなる。また、左辺側のボルトの締付けが右辺側のボルトに対して相対的に強い場合、右辺側ボルトの近傍の位置においては、短尺方向が長手方向に比べて寸法変化(位置ずれ)が大きくなることは、当業者にとって明らかである。

(k)そうすると、磁気検出素子の位置は、少なくとも、長尺方向の熱変形の影響により、短尺方向よりも大きく動く位置に配置される場合でなければ、訂正発明1の課題に直面することはないといえるが、訂正発明1に係る特許請求の範囲には、前記のとおり、カバーにおける磁気検出素子の位置についての特定はない。

(l)以上によれば、訂正発明1の特許請求の範囲の特定では、訂正発明1の前提とする課題である「熱変形により縦長形状のカバーの長手方向が短尺方向に比べて寸法変化(位置ずれ)が大きくなること」に直面するか否かが不明であり、結局、上記課題自体を有するものであるか不明である。

(m)そして、仮に、磁石と磁気検出素子とのずれが、短尺方向に大きく生じる場合においては、磁石と磁気検出素子との間のエアギャップの磁気検出方向への寸法変化は大きくなってしまうのであるから、訂正発明1の課題解決手段である「磁気検出素子をその磁気検出方向と縦長形状のカバーの長手方向が直交するよう配置」したとしても、出力変動は抑制されず、回転角の検出精度も向上しない。

(n)よって、訂正発明1は、上記課題を認識し得ない構成を一般的に含むものであるから、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えたものであり、サポート要件を充足するものとはいえない。(後略)

(o)そうすると、訂正発明1の特許請求の範囲の記載はサポート要件を満たしていないから、取消事由2には理由があり、審決の結論に影響を及ぼすものといえる。よって、その余の取消事由について判断するまでもなく、審決を取り消すこととし、主文のとおり判決する。


 [コメント]
@サポート要件として、請求の範囲に記載された課題解決手段が明細書等に裏付けられているか否かが問われるのは当然ですが、今回紹介する事例では、特許出願人により提示された課題に直面するような構成−課題解決の前提となる構成−が請求の範囲に記載されているか否かが真正面から取り上げられ、そして特許権者側が負けたということが特色的です。

A例えば電気自動車に固有の欠陥を解決することが課題であるのに、特許出願人が保護を要求する発明は電気自動車でない物を含むからサポート要件違反であるというような事件であれば理解し易いのですが、課題に対応する発明の部分と対応しない発明の部分との間に目に見える不連続性がありません。

 装置を構成する異材質の熱膨張率の相違により磁気検出素子の位置が設計位置よりずれることを問題としており、縦長の装置のうち長手方向の中間部ではズレが生じないという議論になっているからです。

B従って、今後は、特許出願前の段階において、課題の書き方一つのとっても、サポート要件に対してより丁寧に対応することが望まれます。

C特許出願のサポート要件では、請求の範囲の記載と明細書中の課題の記載との不一致が問題となります。

 請求の範囲の書き方を工夫するのであれば、長手方向の装置の一半部及び他半部の熱膨張がそれぞれ均一になるとするとともに、長手方向の中間部を除く位置に磁気検出素子を配置した、とすれば、サポート要件違反は回避できるかもしれませんが、特許侵害の段階での対応は難しくなります。

 課題の書き方で対応するのであれば、“磁気検出素子の位置のずれを防止すること”が課題であると認定されるような書き方から、より上位概念の課題や遠まわしの課題(“位置ずれを生じているか否かを確認する必要がない”など)を工夫する必要がありそうです。

 [特記事項]
 
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