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●平成27年(行ケ)第10120号(審決取消訴訟/棄却)


サポート要件/進歩性審査基準/特許出願/阻害要因

 [事件の概要]
@事件の経緯

(イ)被告らは、平成3年9月10日、発明の名称を「モータ駆動双方向弁とそのシール構造」とする発明について特許出願(特願平3−230252号)をし、平成12年3月31日、設定の登録(特許第3049251号)を受けました。

(ロ)原告は、平成26年4月25日、本件特許の請求項1に係る発明について特許無効審判を請求し、無効2014−800064号事件として係属しました。

(ハ)被告らは、平成27年2月2日、本件特許に係る特許請求の範囲を訂正明細書のとおり訂正する旨の訂正請求をしました。

(ニ)特許庁は、平成27年6月4日、「請求のとおり訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同月13日、原告に送達されました。

(ホ)原告は、平成27年6月19日、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起しました。 

A本件特許明細書に記載されたクレームは次の通りです。

 〔請求項1〕

 ガス遮断装置に用いられるモータ駆動双方向弁において、回転軸28の左端部にリードスクリュー28aを形成し、ロータ回転手段34のステータヨーク37の内周面に接するように配置され、Oリング等のシール材と共に内部の気密を確保するシール構造をなし、 当該シール材が嵌装される静止部分となる非磁性材の薄板パイプ38を有する正逆回転可能なモータDと、

 このモータDの取付板23との間に装着されたスプリング24により付勢されて弁座21に密着する弁体22と、

 先端部25aがこの弁体22の保持板22aに固定され、前記リードスクリュー28aと螺合して、左右に移動する弁体移動手段25と

 からなることを特徴とするモータ駆動双方向弁。

B本件特許明細書には次の記載があります。

〔本件発明〕 

zumen1

〔引用発明〕

zumen2

〔従来技術及び解決しようとする課題〕

 (従来技術は)ステータヨーク13とこれに内装されている電磁コイル12とを備えたロータ回転手段Aの制御により、ロータ10と永久磁石11とよりなる回転手段Bが正逆回転し、この回転手段Bと螺合しているリードスクリュー5と弁体2からなる弁体移動手段Cが左右にリニア移動する。これにより、弁体2は弁座1と密着又は弁座1から離隔する。

 しかしながら、上記のように構成された貫通孔8とリードスクリュー5との間のシール構造では、シール材としてのOリング16は密着状態にあるリードスクリュー5が左右に移動するため、摩擦熱等による経年変化を起して、リードスクリュー5と粘着状態になってしまう。このため、流体遮断装置の負荷が増大し、緊急時におけるガス遮断に即応することができなくなるという問題点が生じる。

 本発明は、このような従来の技術の有していた問題点を解消するため、非磁性材の薄板パイプをステータヨーク内周面及び軸受保持板外周面に接するように配設し、このパイプとその幅方向の両端に嵌装したOリングと、モータの軸端部に設けたOリングとによるシール構造によって、負荷の安定と信頼性の向上を図ったモータ駆動双方向弁とそのシール構造を提供することを目的とする。

 〔作用〕

 弁体移動手段25により、弁体22は弁座21に密着されてガス通路等を遮断してガス流を停止させるとともに、弁座21から離隔保持してガス通路を開放する。また、弁体移動手段25のみがガス通路隔壁内に配置され、他のモータ構成部分はガス通路隔壁外に配置されているから、このモータのステータヨーク37内周面及び軸受保持盤32の外周面に接する薄板パイプ38と、これらにより形成される隙間にOリング等のシール材39を嵌装するシール構造のため、シール材39は移動部分との接触がなくなるので、双安定弁の負荷が安定する。(後略)

C審決の内容は、次の通りです。

(a)特許請求の範囲の請求項1の記載は、発明の詳細な説明において記載された範囲を超えた広い記載となっていて、平成6年改正前の特許法(以下「法」という。)36条5項1号に規定する要件(以下「サポート要件」という。)に適合していないとはできない、

(b)特許請求の範囲の請求項1の記載は、特許請求の範囲に特許を受けようとする発明の技術的特徴点を成す事項(発明特定事項)が記載されていると解されるから、本件発明が明確に把握できないとはいえず、「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項」が記載されたものではないということはできず、法36条5項2号に規定する要件を充足する。

(c)本件発明は、ドイツ特許第512667号公報(引用文献)に記載された発明並びに本件特許出願前の慣用技術及び周知技術等に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、特許法29条2項に違反しない、

 というものです。

  (b)の理由は旧特許法の下の要件ですので、これ以上説明しません。

zu


D本件審決が認定された引用発明は、次のとおりです。

 高圧蒸気の還流を遮断する装置に利用されるモータが遮断機構を駆動する高圧遮断弁において、シャフト9の下側端部のところでスピンドル12を構成し、モータのエアギャップに高圧の作用のもとでステータ体xに当接するように配置され、ロータがある空間がモータのステータから分離されて定置の部品に密閉式に密着して高圧シールが実現され、相互に可動の部品でのシールを回避した両方の側で開いた中空体からなる弾力性あるシール体zを有するモータと、モータのハウジング3と、弁座に密着する弁部と、下側端部が弁部であり、スピンドル12を介して、回転するスピンドルナット13と結合されている遮断機構aとからなるモータが遮断機構を駆動する高圧遮断弁。

E引用発明との一致点・相違点は次の通りです。

〔一致点〕

 ガス遮断装置に用いられるモータ駆動双方向弁において、回転軸の左端部にリードスクリューを形成し、ステータの内周側に配置され、内部の気密を確保するシール構造をなし、静止部分となる中空状の部材を有する正逆回転可能なモータと、モータの取付板と、弁座に密着する弁体と、端部に弁体を有し、前記リードスクリューと螺合して、左右に移動する弁体移動手段とからなるモータ駆動双方向弁。

〔相違点1〕

 ステータの内周側に配置され、内部の気密を確保するシール構造をなし、静止部分となる中空状の部材を有する点について、本件発明では「ロータ回転手段のステータヨークの内周面に接するように配置され、Oリング等のシール材と共に内部の気密を確保するシール構造をなし、当該シール材が嵌装される静止部分となる非磁性材の薄板パイプを有する」のに対し、引用発明では「モータのエアギャップに高圧の作用のもとでステータ体に当接するように配置され、ロータがある空間がモータのステータから分離されて定置の部品に密閉式に密着して高圧シールが実現され、相互に可動の部品でのシールを回避した両方の側で開いた中空体からなる弾力性あるシール体を有する」点。

〔相違点2〕

 本件発明では、モータの取付板と弁体との間にスプリングが装着され、弁体がスプリングにより付勢されて弁座に密着する構成であるのに対し、引用発明では、モータのハウジングと弁部との間にスプリングが装着されておらず、弁体がスプリングにより付勢されて弁座に密着する構成になっていない点。

〔相違点3〕

 弁体移動手段が端部に弁体を有する態様に関し、本件発明では、先端部が弁体の保持板に固定されるのに対し、引用発明では、下側端部が弁部である点。

F原告により主張された取消理由は次の通りです。

(a)サポート要件違反に係る認定判断の誤り(取消事由1)

(b)法36条5項2号の要件違反に係る認定判断の誤り(取消事由2)

(c)進歩性欠如に係る認定判断の誤り(取消事由3)

(c−1)相違点1の認定の誤り(取消事由3−1)

(c−2)相違点1の容易想到性の判断の誤り(取消事由3−2)

 以下、取消事由1、3に関して解説します。

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G取消事由1(サポート要件違反)に関する当事者の主張は次の通りです。

(a)原告の主張

(イ)本件明細書の【0005】、【0010】、【0015】、【図1】は、いずれも、本件発明が、両端が開放された薄板パイプの幅方向の両端部でシールする構成を具備する発明であることを明確に示している。他方、【0007】、【0014】では、文言としては、形式上、薄板パイプの両端部でシールする構成であることまでは逐一記載されていない。

(ロ)しかし、【0014】の記載は、両端が開放された薄板パイプの幅方向の両端部でシールする構成が明示されている【図1】に基づく具体的な構成を記載したものである。また、【0007】は、直前の【0005】(発明の課題)、【0006】(課題を解決するための手段)の各記載を受けて、これらの発明の課題や課題を解決するための手段で示された発明の作用を記載したものであるから、【0007】が、両端が開放された薄板パイプの幅方向の両端部でシールする発明の作用を記載したものであることは明らかである。

(ハ)以上のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明及び図面には、「両端が開放された薄板パイプ(38)の幅方向の両端部をOリング等のシール材でシールする発明」のみが開示されていて、これ以外の構成は、全く開示も示唆もされていない。ところが、本件発明の特許請求の範囲の記載は、「薄板パイプの幅方向の両端部をOリング等のシール材で装填し固定する」との発明に欠くことができない事項が特定されておらず、広く、「薄板パイプの幅方向の両端部がOリング等のシール材で装填・固定されていない発明」をも含む記載となっている。したがって、本件発明に係る特許請求の範囲の記載は、サポート要件に適合しておらず、これに適合するとした本件審決の判断は誤りである。

(b)被告の主張

(イ) 本件明細書の【0004】〜【0007】、【0014】、【0015】によれば、従来のガス遮断弁において、リードスクリュー(可動部分)とその貫通孔(静止部分)との間にOリングを設けてシールを行う構造では、リードスクリューが軸方向の左右に移動するため、この移動に伴う摩擦熱等によりシール材としてのOリングが経年変化を起こし、リードスクリューが粘着状態になってしまうなどの問題点があり、

その解決手段として、本件発明は、

 @ステータヨークとの内周面に接するように薄板パイプを配設し、

 AOリング等のシール材と共に内部の気密を確保するシール構造を成し、

 B薄板パイプを当該シール材が嵌装される静止部分とすることによって、可動部分と静止部分の間のシールに代えて、静止部分同士の間でシールを行うことで、Oリングの劣化(粘着状態)による負荷の増大を解消し、負荷の安定性を保持するとともに、高い信頼性を実現できるという作用効果を奏するものである。したがって、本件発明の「薄板パイプ」の技術的意義は、シール部材が装着される被シール部材としての静止部分を提供することであり、「何個」のシール部材が装着されていても、「薄板パイプ」の技術的意義は同じである。

(ハ)そして、本件発明の「薄板パイプ」は、リードスクリューの貫通孔からロータ内部にガスの漏入があっても、薄板パイプ内の気密を保つことにより、装置外へのガス漏洩を防止するという機能を果たすものである。したがって、薄板パイプにおいて、ガス通路側とは反対側(後端側)の開放端は、気密に閉じた閉結状態とする必要がある。ここで、薄板パイプの後端側の開放端を閉結して気密を保つためには、必ずしもOリングを介して他の部材と連結して閉結する必要はなく、溶接等により他の部材と連結して閉結した状態とすることや、一体成型により薄板パイプの開放端を覆う部分を設けることで閉結した状態とすることは、当業者であれば当然に導き得る設計事項である。

(ニ)上記の「薄板パイプ」の技術的意義と機能によれば、本件明細書には、薄板パイプの「両端部」でシールされることに限定されない発明が開示されており、本件発明がサポート要件を満たすことは明らかである。

H取消事由3(進歩性違反)に関する原告の主張は次の通りです。

(a)原告の主張

〔取消理由3−1に関して)〕

(イ)仮に、本件発明につきサポート要件違反及び法36条5項2号の要件違反が認められないのであれば、本件発明は、具体的なシール構造(ガス漏れが生じやすい薄板パイプの両端部でシールする構成であることや、いかなる隙間をシールする構成であるか等)を何一つ特定しないまま、単に抽象的に、「リードスクリュー部でシールするのでなく、薄板パイプを静止部分としてシール材と共にシールする構造」を発明特定事項として定めたものでしかない。

(ロ)また、本件発明は、リードスクリューでシールする従来技術では負荷の安定や信頼性を確保することができなかったという問題に対し、これを解決する手段として、薄板パイプでシールするシール構造を提供した発明である(本件明細書の【0004】、【0005】等)。したがって、本件発明の技術的特徴点は、たかだか、「リードスクリュー部でシールするのでなく、薄板パイプを静止部分としてシールする構造」にしか認められず、「薄板パイプ」と「シール材」とが別個の部材から成るか一部材から成るかは、本件発明と引用発明との実質的な相違点ではない。

(ハ)このように、本件発明は、シール構造について発明特定事項として抽象的な特定しかしていないから、本件発明と引用発明との対比においても、具体的なシール構造を捨象した対比をすべきである。本件審決のように、引用発明の具体的なシール構造(「モータのエアギャップに高圧の作用のもとでステータ体に当接するように配置され、ロータがある空間がモータのステータから分離されて定置の部品に密閉式に密着して高圧シールが実現される」)に着目した対比をすることは不相当である。

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〔取消理由3−2に関して〕

(ニ)本件審決は、引用発明において、Oリングを嵌装することにより弾力性あるシール体自体も変形するおそれがあることから、モータのエアギャップを成す狭い空間でロータとの干渉を避けるために相応の対処が必要となる旨判断したが、本件発明は「Oリング等のシール材」としか特定しておらず、Oリングを嵌装するという具体的構成に限定していないから、議論の前提を誤っている。

(ホ)本件審決は、引用発明において、弾力性あるシール体は、高圧の作用のもとでステータ体に当接し、定置の部品に密閉式に密着して高圧シールが実現される自動式の高圧シール体となるように、弾力性であることが必須であるから、Oリング等のシール材と共にシール構造を成すべく、Oリング等のシール材を嵌装してシール材にそのシール性能が充分に発揮できるような所期の圧縮をもたらせるように所定の硬度を備えるようにすることは、その厚さを薄くする必要性からしても技術的に相反することであって、阻害されるものである旨判断した。

(ヘ)しかし、上記の程度のことは、当業者が適宜に硬度や厚さを選択すれば足りることであって、阻害要因となるものではない。また、本件発明は、抽象的に、「リードスクリュー部でシールするのでなく、薄板パイプを静止部分としてシール材と共にシールする構造」を定めたものでしかなく、パイプの硬度やシール材の弾力性等を何ら限定するものではないから、当業者が適宜に硬度や厚さを選択し得るのであって、具体的な硬度や厚さ等を勘案して阻害要因を論ずるのは不相当である。

(b)被告の主張

(イ)本件発明では、特許請求の範囲において「当該シール材が嵌装される静止部分となる非磁性材の薄板パイプ」と明記しているように、Oリング等のシール材が薄板パイプに嵌装されるという具体的構成が特定されている。これは、本件発明が単にシール材と薄板パイプで気密を保つだけの発明はなく、Oリング等のシール材を設けるに当たり、薄板パイプのパイプ部分を利用し、ここにシール材を嵌装することを技術的特徴とする発明だからである。これに対して、引用発明では、「弾力性あるシール体」が「薄板パイプ」に相当するとしても、「弾力性あるシール体」のパイプ部分に嵌装されるOリング等のシール材は存在しないし、シール材が嵌装されるためのパイプ部分を提供する「薄板パイプ」も存在しない。

(ロ)したがって、薄板パイプがシール材の嵌装される静止部分となるか否かは、本件発明と引用発明との明確な相違点であり、相違点1を認定した本件審決に誤りはない。

(ハ)引用例には、「弾力性あるシール体」のパイプ部分を利用してOリング等のシール材をさらに嵌装することは、記載も示唆もない。そして、引用発明の「弾力性あるシール体」は、それ自体でもシール構造を成すから、Oリング等のシール材をさらに用いる必要はなく、むしろ、Oリング等のシール材を嵌装することによって、「弾力性あるシール体」が変形してロータと接触してしまうおそれがあるため、そのような構成を採用することには阻害要因が存在する。また、引用発明の「弾力性あるシール体」は、高圧の作用のもとでステータ体に密着してシールを実現するものであるため、十分な弾力性を持たせる必要があるが、「弾力性あるシール体」のパイプ部分にOリング等のシール材を嵌装してシールを可能にするためには、「弾力性あるシール体」に所定の硬度を持たせる必要があり、これは、「弾力性あるシール体」に弾力性を持たせることと相反する結果となるため、そのような構成を採用することには阻害要因が存在する。

(ニ)したがって、相違点1は、引用発明に基づいて、当業者が容易に想到することはできないから、本件審決の相違点1の容易想到性の判断に誤りはない。


 [裁判所の判断]
@裁判所は、サポート要件に関して次のように判断しました。

(イ)原告は、本件明細書の発明の詳細な説明及び図面には、「両端が開放された薄板パイプ(38)の幅方向の両端部をOリング等のシール材でシールする発明」のみが開示されていて、これ以外の構成は、全く開示も示唆もされていないところ、本件発明の特許請求の範囲の記載は、「薄板パイプの幅方向の両端部をOリング等のシール材で装填し固定する」との発明に欠くことができない事項が特定されておらず、広く、「薄板パイプの幅方向の両端部がOリング等のシール材で装填・固定されていない発明」をも含む記載となっているから、サポート要件に適合しない旨主張する。

(ロ)そこで検討するに、前記のとおり、本件発明は、ガス遮断装置に用いられるモータ駆動双方向弁において、従来のリードスクリュー(可動部分)とその貫通孔(静止部分)との間のシール構造においては、シール材としてのOリングが経年変化を起こし、リードスクリューが粘着状態になってしまうなどの問題点があったことから、これを解決するために、@ステータヨークの内周面に接するように非磁性材の薄板パイプを配設し、AOリング等のシール材と共に内部の気密を確保するシール構造を成し、B当該薄板パイプを当該シール材が嵌装される静止部分としたものである。このように、弁体側からモータを経て外部にガスが漏れないようにするために、薄板パイプをロータとステータヨークの間に配設して、シール材と協働してシール構造を形成すること、すなわち、従来技術における可動部分と静止部分との間のシールに代えて、弁体とモータの間の取付板(静止部分)と薄板パイプ(静止部分)との間のシールを行うことにより、静止部分でのシール構造を得る点に技術的意義があると認められる。

(ハ)かかる本件発明の技術的意義に鑑みれば、静止部分でのシール構造を得るためには、「Oリング等のシール材と共に内部の気密を確保するシール構造をなし、当該シール材が嵌装される静止部分となる非磁性材の薄板パイプ」であれば足り、シール材が薄板パイプの幅方向の両端部にあることは必須ではないというべきである。

(ニ)パイプは、一般に、「くだ。特に、水・ガスなどの輸送に使う管。導管」、「液体・気体などを通すくだ。管。」(甲30、31)の語義を有し、モータ駆動双方向弁の分野において、特有の意味で慣用されている語であるということはできない。そして、本件発明における「薄板パイプ」は、ロータ回転手段のステータヨーク(静止部材)の内周面に接するように配置されて、ステータヨーク(静止部分)とロータ(可動部分)とを隔てて、内部(ロータ側)の気密を確保するものと解され、取付板(静止部分)との間でシールを行うものである。したがって、シール材は、薄板パイプの幅方向の両端部にあることは必須ではなく、Oリング39が薄板パイプ38の幅方向の両端部にある構成は、あくまで発明の詳細な説明に記載された実施例にすぎないのであって、かつ、本件特許の特許請求の範囲の請求項4の発明に係るものであると認められる。

(ホ)このように、本件発明の技術的意義に鑑みれば、本件発明におけるシール材は、静止部分でのシール構造を得ることができるものであれば足り、例えば薄板パイプの全長にわたってシール材が配置されていてもよいこととなる。

 加えて、前記のとおり、本件明細書には、作用として、「このモータのステータヨーク37内周面及び軸受保持盤32の外周面に接する薄板パイプ38と、これらにより形成される隙間にOリング等のシール材39を嵌装するシール構造のため、シール材39は移動部分との接触がなくなるので、双安定弁の負荷が安定する。」と記載され(【0007】)、必ずしもOリング等のシール材が薄板パイプの両端に装着されることを必須の構成とするものではない。

 以上検討したところによれば、本件明細書には、薄板パイプの幅方向の両端部でシールされることに限定されない発明が開示されているというべきであり、本件発明の特許請求の範囲の請求項1の記載は、発明の詳細な説明において記載された範囲を超えた広い記載であってサポート要件に適合しない、ということはできない。(後略)

zu

A裁判所は、進歩性に関して次のように判断しました。

〔取消理由3−1に関して〕

(イ)本件発明は、請求項1の記載によれば、モータのロータとステータヨークの間に薄板パイプを設けることにより、ロータとステータヨークとの間を仕切るとともに、Oリング等のシール材とともに、ロータ内部の気密を確保するシール構造を形成していることが把握できるのであって、シール構造については、発明特定事項として、薄板パイプとOリング等のシール材から成ることが具体的に特定されている。

(ロ)これに対して、引用発明は、モータのロータyとステータxの間に、弾力性あるシール体zを設けて、高圧蒸気の内圧の作用の下でモータの定置の部品(ハウジング3、4)に、密閉式に密着するようにして、ロータyとステータxとの間の仕切りとシール構造を兼ねたものである。

(ハ)本件発明と引用発明とを対比すると、モータとロータの仕切り及びシール構造における具体的な構成が相違していることは明らかである。

〔取消理由3−2に関して〕

(イ)本件発明と引用発明は、シール構造に関して、本件審決が認定した相違点1において相違している。すなわち、前記(2)アのとおり、本件発明と引用発明は、「静止部分でのシ−ル構造を得る」という技術思想を有する点では共通するものの、具体的なシール構造については、本件発明が、薄板パイプ及びOリング等のシール材で形成しているのに対して、引用発明はシール材zのみで形成している点で相違している。

(ロ)そして、本件発明における薄板パイプ38は、ロータとステータヨークの間を隔ててロータ内のガスを隔離するとともに、薄板パイプ38を非磁性材としてステータヨークからロータへの磁力の伝達に支障を来さないようにして、シール材(Oリング39)とともに静止部分のシール構造を形成するものではあるが、ロータ側とステータヨーク側の間の気密の確保は、主として、シール材(Oリング39)により行っているものと認められる。

(ハ)これに対して、引用発明は、弾力性あるシール体zのみで、シール体z全体にかかる内圧を受けてステータx、ハウジング3、4に密着させて、ロータyとステータx間を仕切り、ロータyのある空間17内の高圧蒸気を隔離するとともに、内部の気密の確保を行いつつ、別途、絶縁性の層8を設けて、ステータxからロータyへの磁力の伝達に支障を来さないようにしているものと認められる。

(ニ)したがって、本件発明における薄板パイプ38及びシール材(Oリング39)と引用発明のシール体zとでは、ガス(高圧蒸気)の隔離、シール作用(気密の確保)、電気絶縁に係る作用効果が各々相違しているというべきであり、相違点1に係る本件発明の構成が、設計事項であるということもできない。

(ホ)また、引用発明におけるシール体zは、弾力性ある部材であり、それ自体でシール構造を成すとともに、ステータxとロータyとを隔てる役割をも果たしていることから、さらにOリング等のシール材を用いる必然性は全くなく、さらに薄板パイプを設ける必然性も認められないから、引用発明において、薄板パイプ及びOリング等のシール材を採用する動機付けがない。また、引用例には、これらを採用する記載も示唆もない。

(へ)仮にシール体zをロータyとステータxとの間を隔離する部材であるとみなしたとしても、シール体zにOリング等のシール材を嵌装すれば、Oリング等のシール材を介してシール体zに外力が加わることとなり、この外力により弾力性あるシール体zが変形してロータと接触したり、あるいは気密性が失われたりするおそれがあるため、そのような構成を採用することには阻害要因があるというべきである。

(ト)以上によれば、引用発明におけるシール体に代えて、本件発明の薄板パイプ及びOリング等のシール材を採用することは、当業者が容易に想到することができたものということはできず、相違点1に係る本件発明の構成が容易に想到できるものとは認められない。


 [コメント]
@サポート要件に関して、特許審査基準によれば、サポート要件違反の第4類型として、「請求項において、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになる場合」を掲げています。本事例はこの類型を理解するための教材として紹介しました。

A具体的には、事件の当事者は、発明特定事項の技術的意義に着眼して、摺動パイプの両端部が閉塞されていないことが請求の範囲に記載されていないことが是か非かを論じているのに対して、裁判所は、発明の技術的意義に着眼して、その要件が必要かどうかを検討すれ足りるとしている点が重要である、と考えます。
 特許出願人が保護を要求する発明の意義が明らかになる程度にサポート要件を満たせば、敢えて必要以上に発明特定事項の内容を請求の範囲に書き込む必要はないからです。

Aまた進歩性審査基準によれば、いわゆる阻害要因に関して“刊行物中に請求項に係る発明に容易に想到することを妨げるほどの記載があれば、引用発明としての適格性を欠く。”と述べています。これに関しては、本判決では、引用文献の技術的要素の役割を考慮しつつ、当該要素を用いることが単なる設計変更なのか、阻害要因が存するのかを判断するべしと説諭しています。


 [特記事項]
 
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