[事件の概要] |
@本件特許出願の経緯 (a)原告は、米国特許出願に基づく優先権を主張して「芝草品質の改良方法」と称する発明について特許出願(特願2005−20775号)をし、拒絶査定を受けたため、拒絶査定不服審判を請求し、請求が成り立たない旨の審決がされたため、本件訴訟を提起しました。 A本件特許出願の請求の範囲(補正後)は次の通りです。 「芝草の密度、均一性及び緑度を改良するためのフタロシアニンの使用方法であって、銅フタロシアニンを含有する組成物の有効量を芝草に施用することを含み、ただし、(i)該組成物は、亜リン酸もしくはその塩、または亜リン酸のモノアルキルエステルもしくはその塩の有効量を含まず、(ii)該組成物は、有効量の金属エチレンビスジチオカーバメート接触性殺菌剤を含まない、方法。」 B本件特許出願の発明の概要は次の通りです。 (a)発明の目的(段落0001〜段落0004) (ア)「本発明は、芝草品質の改良方法および芝草へのストレスを軽減する方法ならびにそれらに適した組成物に関するものである。」 (イ)「米国特許第5、599、804号には、ある種のフタロシアニンを亜リン酸またはそれらのアルカリ土類金属塩、あるいはある種の亜リン酸モノエステルと特定の比率で組み合わせて施用することによって、菌類に有効である、芝草における芝生の品質を高める方法が記載されている。米国特許第5、643、852号には、ある種のフタロシアニンを(i)亜リン酸またはそのアルカリ土類金属塩またはある種の亜リン酸モノエステル塩と(ii)ある種のビスジチオカーバメート系接触性殺菌剤とを特定比率で組み合わせて施用することによって芝草における芝生の品質を高める方法が記載されている。(中略)」 上記の追加の成分の実質的な不存在下で、ある種のフタロシアニンを施用することによって芝草品質を改良され得ることが、思いがけなく、見出された。」 (ウ)「本発明は、有効量のフタロシアニンを含有する組成物を施用することを含み、ただし、該組成物は、亜リン酸もしくはその塩、または亜リン酸のモノアルキルエステルもしくはその塩の有効量および好ましくは金属エチレンビスジチオカーバメート接触性殺菌剤または他の殺菌剤もまた含まない、芝草品質の改良方法を提供するものである。」 (b)本件特許出願の発明のフタロシアニン組成物と公知の組成物との比較試験を行った。本発明では、銅フタロシアニンであるPigment Blue15が使用され、比較対象として各種殺虫剤が使用された。試験項目は、目視による芝生の品質の評価、正味光合成速度(Pn)、光エネルギーの吸収に寄与するクロロフィル含量、光化学的効率(Fv/Fm比)、天然色素であるカロチノイド含量、苗条の成長速度、最終の根およびキャノピーの生物量、根の死亡率であり、特許出願人の発明品が全体的に優れた結果を残した。すなわち、 (イ)「芝生の品質は、Pigment Blue15の施用において最高であり、」(段落0029) (ロ)「Pnは、Aliette殺菌剤および水の施用よりもPigment Blue15およびSignature殺菌剤の施用の方が高かった。」(段落0031) (ハ)「クロロフィル含量は、Signature殺菌剤およびPigment Blue 15の施用について最高であり、」(段落0032) (ニ)「光化学的効率(Fv/Fm)は、…Pigment Blue 15の施用について最も高く、」(段落0033) (ホ)「苗条の成長速度は、…Aliette殺菌剤および水の施用より、Signature殺菌剤およびPigment Blue 15の施用の方が高かった」(段落0035) (ヘ)「根およびキャノピーの生物量ともに、…Aliette殺菌剤および水の施用より、Signature殺菌剤およびPigment Blue 15の施用の方が高かった」(段落0037) (ト)「Pigment Blue 15の施用は、…Signature殺菌剤およびAliette殺菌剤の施用より、低い根の死亡率であった」(段落0037) C本件特許出願に対する審決の内容は次の通りです。 (a)本件特許出願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という)は、本件特許出願の優先権主張日前に頒布された、刊行物1に記載された発明(以下「刊1発明」という。)又は刊行物2に記載された発明(以下「刊2発明」という。)と同一であるから、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができない、 (b)本願発明は、刊2発明並びに本件特許出願の優先権主張日前に頒布された刊行物2、7、8及び周知例から理解される技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。 ア 刊行物1:特開平3−221576号公報(甲1) イ 刊行物2:特開平10−234231号公報(甲2) ウ 刊行物7:特開平6−279162号公報(甲7) エ 刊行物8:特開平11−346576号公報(甲8) C本件特許出願の先行技術の内容は次の通りです。 (a)刊1発明 「芝生を全体的に均一な緑色に着色するために顔料(銅フタロシアニン等)6.5重量部、分散剤2重量部、バインダー(共重合エマルジョン)70重量部、及び水21.5重量部のみを含む芝生用着色剤を芝生に散布する方法。」 (ア)本願発明との一致点 「芝草の均一性及び緑度を改良するためのフタロシアニンの使用方法であって、銅フタロシアニンを含有する組成物の有効量を芝草に施用することを含み、ただし、(i)該組成物は、亜リン酸もしくはその塩、または亜リン酸のモノアルキルエステルもしくはその塩の有効量を含まず、(ii)該組成物は、有効量の金属エチレンビスジチオカーバメート接触性殺菌剤を含まない、方法。」に関するものである点。 (イ)(本願発明との一応の)相違点 フタロシアニンの使用が、本願請求項1に係る発明においては「芝草の密度」も改良するための使用であるのに対して、刊1発明においては「芝草の密度」を改良するための使用として特定されていない点。 (b)刊2発明 「シアニングリーン(商品名:シアニングリーン2GN)、ジスアゾイエロー、分散剤、バインダー、及び水を含む緑色着色剤の100倍希釈液を高麗芝に散布処理する方法。」 (ア)本願発明との一致点 「フタロシアニンの使用方法であって、銅フタロシアニンを含有する組成物の有効量を芝草に施用することを含み、ただし、(i)該組成物は、亜リン酸もしくはその塩、または亜リン酸のモノアルキルエステルもしくはその塩の有効量を含まず、(ii)該組成物は、有効量の金属エチレンビスジチオカーバメート接触性殺菌剤を含まない、方法。」に関する点。 (イ)(本願発明との一応の)相違点 フタロシアニンの使用が、本願請求項1に係る発明においては「芝草の密度、均一性及び緑度を改良する」ための使用であるに対して、刊2発明においては「芝草の密度、均一性及び緑度を改良する」ための使用として特定されていない点。 E特許出願人が主張した取消理由の要旨は次の通りです。 (1)刊1発明に基づく新規性の判断誤り(取消事由1) 審決は、本願発明は、刊1発明と同一である旨判断したが、次のとおり誤りである。 (a)「芝草の密度、均一性及び緑度を改良」の意義について (ア)本願発明は、ある種のフタロシアニンが、芝草の生理学的性質である品質に対する影響を有するという属性を見出し、芝草の密度、均一性及び緑度改良という用途への使用に適することを見出したことに基づく、フタロシアニンの用途発明である。 そして、本願の明細書の記載、特に、実施例1でクロロフィル含量、光合成速度、光化学的効率及びカロチノイド含量を測定していること、他に「緑度」が人工的な着色を意味すると解し得る記載もないこと等からすると、「芝草の緑度」については、クロロフィル等の光合成色素により呈される芝草が天然に有する緑色を意味し、着色剤を使用した見かけ上の緑色を意味しないことは明らかである。一方、刊行物1における「芝生を全体にきれいな緑色に着色」は、芝草がうわべ上均一な緑色に見えるように、芝生に全体的に人工的に緑色を着けることである。そうすると、刊1発明が目的とする「緑色に着色」と、本願発明における「緑度を改良」とは、技術的意義が異なる。また、「均一性」は、刊行物1では人工的に着色した色のみを評価対象とするのに対して、本願発明では、芝草社会の色、密度、きめなどの色以外の複数の要素をも対象として判断されるものであるから、刊1発明の「均一な緑色」と本願発明の「芝草の均一性」についても、技術的意義が異なる。 したがって、審決が、刊1発明の「均一な緑色に着色」を本願発明の「均一性」及び「緑度」に相当するとした判断には誤りがある。(中略) (2)刊2発明に基づく新規性及び容易想到性の判断誤り(取消事由2) (a)刊行物2における「緑色」も、刊行物1と同様に、芝生着色剤に含まれる顔料が芝生に付着することにより呈される色によってうわべ上見える色を意味するのであって、芝生が天然に有する緑色は意味していないことが明らかである。(中略)したがって、刊2発明が、芝草の密度、均一性及び緑度を改良するためにフタロシアニンを使用しているとした審決の判断は誤りであっって、本願発明と刊2発明は同一ではない。 (b)審決は、刊2発明は銅フタロシアニンを含む組成物の有効量を芝生に施用するという工程ないし手段を含むものであるから、本願発明と刊1発明は、その具体的な方法・手段において区別することができず、刊2発明の方法においても、芝草の密度の改良及び芝草の均一性及び緑度の改良という作用効果が得られていると解するのが自然であるから、相違点は実質的な差異であるとは認められない旨判断した。しかしながら、刊1発明と本願発明とでは生じている現象や機序が異なるものであるから、用途としては異なるというべきであり、また刊行物3には、シアニンブルー(フタロシアニン)のような有機顔料には植物に対する生理効果は認められないことが記載されているから、本件特許出願の優先権主張日当時、刊行物2及び3に接した当業者であれば、生理効果が認められないとされているフタロシアニンを含有する組成物を芝草に施用しても、品質向上といった生理効果は得られないと認識したはずである。そのような状況の中、本願発明は、フタロシアニンの新たな属性として、芝草の生理学的性質である品質に対して影響を有することを発見して、芝草の品質(密度、均一性及び緑度)の改良という用途への使用に適することを見出したことに基づくものであって、本願発明の用途は、刊2発明の用途に対して新たな用途を提供するものであるから、本願発明と刊2発明は相違するものである。 (c)審決は、刊行物2、7及び8を引用して、銅フタロシアニン等の青色顔料の使用によって、芝草などの光合成をする植物の育成促進効果や老化防止効果が得られることは、当業者にとって技術常識となっていたと認められるから、刊2発明の「シアニングリーン・・・を含む緑色着色剤を高麗芝に散布処理する」という工程を含むことにより、芝草の密度、均一性及び緑度を改良するという作用効果が得られることは、当業者が容易に予測可能なことである旨判断した。 しかしながら、刊行物2が開示する植物育成及び老化防止効果を奏する青色顔料とは、MFe[Fe(CN)6]などの800nm以上の近赤外部に吸収波長を有するものであって、フタロシアニンはこれには当たらず、むしろ、刊行物2には、シアニングリーンやシアニンブルーのようなフタロシアニンには生理効果が認められないことが記載されている。 また、刊行物7の実施例には、有機質肥料発酵製造後に鉄フタロシアニンを添加しても施肥効果や病原菌防除効果は奏されないことを示すデータが記載されていることから、刊行物7は、芝草の育成促進効果や老化防止効果を得る目的で芝草に銅フタロシアニンを直接散布することを阻害するものである。 さらに、刊行物8では、フタロシアニン化合物は、植物成長抑制用被覆材料中に含浸、塗布等され、植物を覆うために用いられるのみである上、対象植物に芝草は含まれていない。 周知例には、グリーンジット等の芝草着色剤で芝草を処理することが記載されているが、芝草着色剤がどのような顔料を含有するのかは明らかにされていない。 したがって、刊行物2、7及び8によっても、銅フタロシアニン等の青色顔料の使用によって、芝草などの光合成をする植物の育成促進効果や老化防止効果が得られることが技術常識となっていたとはいえず、審決には、容易想到性の判断誤りがある。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、刊1発明に基づく本件特許出願に対する新規性判断の誤りに関して次のように判断しました。 (a)審決は、刊1発明の「芝生を全体的に均一な緑色に着色するために顔料(銅フタロシアニン等)を含む芝生用着色剤を芝生に散布する方法」は、本願発明の「芝草の均一性及び緑度を改良するためのフタロシアニンの使用方法であって、銅フタロシアニンを含有する組成物の有効量を芝草に施用することを含み」に相当する、刊1発明の「均一な緑色に着色」を本願発明の「均一性」及び「緑度」に相当すると認定し、本願発明と刊1発明は、芝草の均一性及び緑度を改良するためのフタロシアニンの使用方法である点で一致するとした。 しかしながら、芝草管理用語辞典によれば、芝草の品質は、肉眼観察で判断できる葉色、密度、均一性など利用目的に適合しているかどうかの度合いなどを総合評価して判断するとされていることからすると、芝草管理においては、「密度」「均一性」などの用語は、芝草の植物としての品質を評価する指標として用いられるものであると認められ、各指標の内容は一義的に明らかとはいえないものの、本願の特許請求の範囲の請求項1における「芝草の密度、均一性及び緑度」は、芝草の植物としての品質を意味するものと認められる。そして、「改良」は、悪いところを改めて良くするという意味であることからすると、本願発明の「芝草の密度、均一性及び緑度を改良する」とは、芝草に対して生理的に働きかけて、芝草の品質を良くすることを意味すると認められ、この点については、本願明細書において、芝草の植物としての品質を生理的に改良することがもっぱら記載され、着色などの人工的な加工については記載されていないことからも明らかである。(中略) 刊1発明の「芝生を全体的に均一な緑色に着色するために顔料(銅フタロシアニン等)を含む芝生用着色剤を芝生に散布する方法」と、本願発明の「芝草の均一性及び緑度を改良するためのフタロシアニンの使用方法」とでは、技術的意義が異なることは明らかである。 (b)審決は、本願発明の「芝草の密度、均一性及び緑度を改良」は、芝草の品質を表す密度、均一性及び緑度という3つの要素のうちの少なくとも1つを改良することを意図していると解釈し、本願発明と刊1発明とに実質的な相違がない旨判断した。 しかしながら、本件特許出願の請求項1における「芝草の密度、均一性及び緑度を改良」が、芝草の品質のうち、密度、均一性及び緑度という3つの要素の全てを改良することを意味することは、文言上明らかであって、これを3つの要素のうちの少なくとも1つを改良することを意図していると解することはできない。従って審決の判断の前提に誤りがある。 (c)審決は、本願発明も刊1発明は、銅フタロシアニンを含む組成物の有効量を芝生に施用するという手段において区別できず、刊1発明においても芝生の均一性及び密度の改良という作用効果が得られていると解されるから、両者は実質的に同一である旨判断した。 しかしながら、本願発明は「芝草の密度、均一性及び緑度を改良するためのフタロシアニンの使用方法」であるから、「芝草の密度、均一性及び緑度を改良するための」は、本願発明の用途を限定するための発明特定事項と解すべきであって、銅フタロシアニンを含む組成物の有効量を芝生に施用するという手段が同一であっても、この用途が、銅フタロシアニンの未知の属性を見出し、新たな用途を提供したといえるものであれば、本願発明が新規性を有するものと解される。 刊1発明における銅フタロシアニンの用途について検討すると、前記アで判示したとおり、刊1発明は、銅フタロシアニンを着色剤として用いて芝草を緑色にするという内容にとどまるものであって、刊行物1には、芝草に対して生理的に働きかけて、品質を良くするという意味での成長調整剤(成長調節剤)としての本願発明の用途を示唆する記載は一切ない。加えて、着色剤と成長調整剤とでは、生じる現象及び機序が全く異なるものであ(る)。(中略)本願発明は、刊1発明と同一であるということはできないものと認められる。 (d)被告は、用途発明として取り扱って新規性等を判断することができるのは、例えば、「・・・を用いた芝草の緑度、密度及び均一性改良方法」「有効量を芝草に施用する、フタロシアニンを有効成分とする芝草の緑度(密度、均一性)改良剤」のように用途発明の形式で特定されている場合に限られると解すべきであって、本願発明において、「芝草の密度、均一性及び緑度を改良」は、フタロシアニンを含有する組成物を製造し施用する方法の奏する作用効果にすぎないなどと主張する。 しかしながら、特許請求の範囲の記載からすれば、「芝草の密度、均一性及び緑度を改良するための」が用途を特定していると解され、被告が例示するような表現でなければならないという理由はない。 @裁判所は、刊2発明(刊行物2に比較例として記載された発明)に基づく本件特許出願に対する新規性・進歩性判断の誤りに関して次のように判断しました。 (a)審決は、刊行物2には、フタロシアニンを使用しない無処理の芝草に比べて、フタロシアニンを使用した比較例1の芝草の方が、色褪せが少なく、枯れも少ないという作用ないし効果が記載されていると認定した上で、刊2発明は芝草の密度、均一性及び緑度を改良するためにフタロシアニンを使用しているから、本願発明と実質的な差異はない旨判断した。 しかしながら刊行物2の記載は、「無処理」と「比較例1」とは、植物自体の状態としては差がないものの、「比較例1」では45日前に処理した着色剤が色は褪せたものの多少残存しているため、「無処理」のように褐色ではなく、枯れ芝色に近い色止まりであったという趣旨であった。したがって、比較例1は、実施例と異なり、芝生に対して生理作用を有さない着色剤として、それを具体的に示すデータを伴って記載されたものと解される。(中略)審決が、刊行物2には、「フタロシアニンを使用しない無処理の芝草に比べて、フタロシアニンを使用した比較例1の芝草の方が、色褪せが少なく、枯れも少ないという作用ないし効果が記載されている」とした認定には誤りがあ(る)。 (b)審決は、刊2発明は銅フタロシアニンを含む組成物の有効量を芝生に施用するという工程ないし手段を含むものであるから、本願発明と刊1発明は、その具体的な方法・手段において区別することができず、刊2発明の方法においても、芝草の密度の改良及び芝草の均一性及び緑度の改良という作用効果が得られていると解するのが自然であるから、相違点は実質的な差異であるとは認められない旨判断した。 しかしながら、前述の「芝草の密度、均一性及び緑度を改良するための」は、本願発明の用途を限定するための発明特定事項と解すべきである。これに対して、刊2発明は、刊行物2に記載された発明と比較するために、むしろ成長調整剤としての効果を有しないものとして銅フタロシアニンを着色剤として用いるものであって、刊行物2には、銅フタロシアニンに成長調整剤としての効果があるという本願発明の用途を示唆する記載は一切ない。(中略)本願発明と刊2発明とは実質的に同一であるとした審決の判断には誤りがある。 (b)審決は、刊行物2、7、8及び周知例を引用して、銅フタロシアニン等の青色顔料の使用によって、芝草などの光合成をする植物の育成促進効果や老化防止効果が得られることは、当業者にとって技術常識となっていたと認められるから、刊2発明の「シアニングリーン・・・を含む緑色着色剤を高麗芝に散布処理する」という工程を含むことにより、芝草の密度、均一性及び緑度を改良するという作用効果が得られることは、当業者が容易に予測可能なことである旨判断した。 しかしながら、刊行物2には、MFe[Fe(CN)6]などの800nm以上の近赤外部に吸収波長を有する青色顔料が芝草に植物育成及び老化防止効果を発揮することは記載されているものの(請求項1、段落0001、0009等)、証拠によれば、金属フタロシアニンは800nm以上の近赤外部に吸収波長を有していない。刊行物2においては、むしろ銅フタロシアニンは芝草に対する生理作用を有さないものとして記載されているのであるから、刊行物2の記載をもって、芝草などの光合成をする植物の育成促進効果や老化防止効果が得られることが当業者にとって技術常識になっていたと認めることはできない。 また、刊行物7には、有機質原料に金属フタロシアニンを添加後、微生物を接種して発酵させて得た有機質肥料は、肥料としての機能のみならず、植物病原菌に対する防除作用を有すること(段落【0005】)は記載されているものの、有機質肥料の製造が進んだ段階又は製造後に金属フタロシアニン系化合物を添加しても、病原菌に対する防除効果は低いこと(段落【0009】)なども記載されていることからすると、金属フタロシアニン自体が植物病原菌に対する防除作用を有するというよりは、金属フタロシニアンを添加した後に微生物を接種して発酵させて得た有機質肥料が防除効果を有することを主に開示しているにすぎず(段落【0042】等)、金属フタロシアニンが植物に直接作用して生理機能を活性化することについては記載も示唆もないと認められる。 さらに、刊行物8(甲8)は、植物体を覆って、植物にあたる光の波長を制御して植物の成長を抑制するための「フィルム等の被覆材料」に関する文献で、従来、「被覆材料」に添加していたフタロシアニン化合物の代わりに、より安価な金属フタロシアニン化合物を用いるというものであるから(段落【0001】、【0005】、【0006】)、金属フタロシアニンを植物に直接施用することは、記載も示唆もない。 加えて、周知例は、芝着色剤がノシバに与える生理作用に関する論文であり、インスタント・スプリング及びグリーンジットという名称の芝着色剤がノシバの天然の色を改良したことが記載されてはいるが、これらの芝着色剤の成分は不明であって、金属フタロシアニンが含まれるかすら明らかではない。 刊行物2、7、8及び周知例から、銅フタロシアニン等の青色顔料の使用によって、芝草などの光合成をする植物の育成促進効果や老化防止効果が得られることは、当業者にとって技術常識となっていたと認めることはできず、審決の判断はその前提を欠き、誤りである。 |
[コメント] |
@新規性・進歩性審査基準には、“用途発明とは、或る物の未知の属性を発見し、この属性により、当該物が新たな用途への使用に適することを見い出すことに基づく発明をいう”という解釈が示されていますが、本件判決もその解釈を踏襲しています。 A「新たな用途」とは従来品とはどの程度に違う必要があるのかが問題となります。枯れた芝生を緑色に着色することと、芝生の育成を促進して植物本来の緑色を保つこととは、ともに芝生の状態を管理するという意味では共通します。しかしながら着色剤と成長調整剤とでは発明の機序(メカニズム)が異なり、機序によりもたらされる現象も異なるので“新たな用途”と認められると裁判官は判断しました。 Bまた新規性・進歩性審査基準では、“請求項の用語の意味は、その用語が有する通常の意味と解釈する”と記載され、その解釈においては技術常識を参酌するとしています。技術常識を考慮すれば本件特許出願の請求の範囲に記載された“緑度”が着色剤の緑を意味するものという解釈にはならなかったと思います。 Bさらに新規性・進歩性審査基準には、「請求項に記載されている事項(用語)については必ず考慮の対象とし、記載がないものとして扱ってはならない。」とも記載されています。審決は請求の範囲中の「芝草の密度、均一性及び緑度を改良するための」という記載は作用効果に過ぎず、用途発明の構成ではないと判断しましたが、これは実質的に用途の限定がないものと扱ったことになり、妥当ではなかったと考えます。 |
[特記事項] |
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