[事件の概要] |
@事件の経緯 原告は、名称を「気泡シート及びその製造方法」とする発明につき特許出願をし(特願2003−320363号)、平成20年5月16日、特許登録を受けました(特許第4126000号)。 これに対し、被告は、平成22年5月12日、本件特許の請求項1〜3につき無効審判を請求しました(無効2010−800090号)。 その中で原告は訂正請求をしましたが、「訂正を認める。特許第4126000号の請求項1ないし3に係る発明についての特許を無効とする。」旨の審決がされたため、その取消を求めて本件訴訟を提起しました。 A本件特許発明の内容 [請求項1・請求項2] 省略 [請求項3](本件発明3) 「多数の凸部が形成されたキャップフィルムと、当該キャップフィルムの一方の面に設けられたバックフィルムと、前記キャップフィルムの他方の面に設けられた一層からなるライナーフィル厶と、を有する三層構造を備え、内側に多数の気泡空間が形成されてなる気泡シートであって、キャップフィルムおよびバックフィルムの原材料がポリオレフィン系樹脂であり、ライナーフィルムの原材料が、ポリオレフィン系樹脂を30重量%以下含有する水素化スチレン・ブタジエン系共重合体とポリオレフィン系樹脂とのブレンド物であり、前記ライナーフィルムは、前記ブレンド物を溶融押し出しし、融着することにより前記キャップフィルムに直接設けられ、前記バックフィルムの背面である、前記キャップフィルムと接しない面に、前記気泡空間の直径及び配置ピッチの円形の凹部を形成した気泡シート。」 [本件特許発明] B本件特許出願前に存在した先行技術は次の通りです。 (イ)刊行物1(特開平9−207260号公報)には、実質的に以下の発明(引用発明1A、引用発明1B)が記載されていることが認められる。 ・「基材としてのポリオレフィンフィルム31の片面に、粘着力が0.7〜25(N/50mm)である粘着剤層32を有し、他面に熱可塑性樹脂からなる緩衝材シートを有する表面保護粘着シートであって、真空成型により予め多数の凸部を形成した緩衝材シートとしてのポリオレフィンフィルム10を保護用のポリオレフィンフィルム12と熱融着させて含気泡構造を形成し、さらにポリオレフィンフィルム31と、上記の含気泡構造のポリオレフィンフィルム10とを直接熱融着させてなる表面保護粘着シート。」(引用発明1A) ・「基材としてのポリオレフィンフィルム31の片面に、粘着力が0.7〜25(N/50mm)である粘着剤層32を有し、他面に熱可塑性樹脂からなる緩衝材シートを有する表面保護粘着シートの製造方法であって、真空成型により予め多数の凸部を形成した緩衝材シートとしてのポリオレフィンフィルム10を保護用のポリオレフィンフィルム12と熱融着させて含気泡構造を形成し、さらにポリオレフィンフィルム31と、上記の含気泡構造のポリオレフィンフィルム10とを直接熱融着させてなる表面保護粘着シートの製造方法。」(引用発明1B) (ロ)刊行物2(特許第3106227号公報)には、実質的に以下の発明(引用発明2)が記載されていることが認められる。 「オレフィン系重合体を9.1〜50重量%含有する水添スチレン−ブタジエンランダム共重合体とオレフィン系重合体とのブレンド物からなる自己粘着性エラストマーシート。」 C本件特許に対する無効審決の内容は次の通りです。 [本件発明3と引用発明1Aとの一致点] 「多数の凸部が形成されたキャップフィルムと、当該キャップフィルムの一方の面に設けられたバックフィルムと、前記キャップフィルムの他方の面に設けられたライナーフィルムと、を備え、内側に多数の気泡空間が形成されてなる気泡シートであって、キャップフィルムおよびバックフィルムの原材料がポリオレフィン系樹脂である気泡シート」である点。 [相違点1] ライナーフィルムが、本件発明3は「一層」からなり「原材料が、ポリオレフィン系樹脂を30重量%以下含有する水素化スチレン・ブタジエン系共重合体とポリオレフィン系樹脂とのブレンド物」であり「前記ブレンド物を溶融押し出しし、融着することにより前記キャップフィルムに直接設けられ」たものであるのに対し、引用発明1Aは「基材としてのポリオレフィンフィルム31の片面に、粘着力が0.7〜25(N/50mm)である粘着剤層32を有」するものである点。 [相違点2] 層構造が、本件発明3は「三層構造」であるのに対し、引用発明1Aは「四層構造」である点。 [相違点3] 本件発明3は「前記バックフィルムの背面である、前記キャップフィルムと接しない面に、前記気泡空間の直径及び配置ピッチの円形の凹部を形成した」と規定されているのに対し、引用発明1Aはそのような規定がされていない点 以下の理由により、本件発明3は、刊行物1及び刊行物2に記載された発明及び周知慣用技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 [相違点1について] 引用発明2の自己粘着性エラストマーシートは、引用発明1Aの粘着剤についての「被着体に対して粘着力を有し、かつ使用後に被着体から容易に引き剥がすことができる」という課題を解決するための粘着剤として適するものであり、これは、「原材料が、ポリオレフィン系樹脂を30重量%以下含有する水素化スチレン・ブタジエン系共重合体とポリオレフィン系樹脂とのブレンド物」といえ、さらに、引用発明2の自己粘着性エラストマーシートは、溶融押し出しし、融着することで他のフィルムに直接設けられるものであることから、引用発明1Aにおいて、「基材としてのポリオレフィンフィルム31の片面に、粘着力が0.7〜25(N/50mm)である粘着剤層32を有」するものに代えて、同じ機能を一層で代用できる、「一層」からなり「原材料が、ポリオレフィン系樹脂を30重量%以下含有する水素化スチレン・ブタジエン系共重合体とポリオレフィン系樹脂とのブレンド物」であり「前記ブレンド物を溶融押し出しし、融着することにより前記キャップフィルムに直接設けられ」たものとすることは当業者が容易に想到し得ることである。 [相違点2について] 引用発明1Aにおいて、「一層」からなるライナーフィルムとすることは当業者が容易に想到し得ることであるから、引用発明1Aにおいて、層構造は「四層構造」から「三層構造」とすることも当業者が容易になし得ることである。 [相違点3] 引用発明1Aは、「真空成型により予め多数の凸部を形成した」ものであるところ、刊行物3(特開平10−315363号公報)に示されるように、真空成型により製造される在来のプラスチック気泡シートは、バックフィルムがキャップ内部に落ち込んだ形で成形されるのが通常であり、引用発明1Aにおいても、バックフィルムがキャップ内部に落ち込んだ形で成形される(すなわち、「バックフィルムの背面である、キャップフィルムと接しない面に、気泡空間の直径及び配置ピッチの円形の凹部を形成した」ものとなっている。)と認められる。したがって、相違点3は、実質的な相違点ではない。 [効果について] 本件発明3の緩衝性や断熱性を損なわずに、接着剤層を積層あるいは塗布する手間をかけることなく、ライナーフィルム同士の粘着性と気泡シートの巻き戻し容易性の両立を図ることのできる気泡シートを提供することができるという効果は、引用発明1A、引用発明2及び周知慣用技術に基いて当業者が予測し得る範囲のものであって、格別顕著なものとは認められない。 D原告が主張する取消事由 (a)取消事由1(本件発明3についての判断の誤り) ア 相違点1について (省略) (b)相違点2について 上記アのとおり、引用発明1Aにおいて、「基材としてのポリオレフィンフィルム31の片面に、粘着力が0.7〜25(N/50mm)である粘着剤層32を有」するものに代えて「一層」からなるライナーフィルムとすることや、「熱賦活性樹脂層11」を介さずにライナーフィルムの原材料を溶融押し出しし、融着することによりライナーフィルムをキャップフィルムに直接設けることは当業者が容易に想到し得ることではない。よって、引用発明1Aの層構造を「三層構造」とすることは当業者が容易になし得ることではない。 また、被告は、本件特許出願時の技術水準を示すものとして、乙3の段落【0009】の記載を引用する。しかし、本件発明3の「三層構造」は、一層からなるライナーフィルムがキャップフィルムに熱融着により張り合わされることにより形成されるものであるが、乙3に一層構造のものと二層構造のものとの変更実施の可能性が開示されていることだけをもって、粘着性を有する一層からなるライナーフィルムがキャップフィルムに熱融着により張り合わされることにより形成される「三層構造」が本件特許出願時の技術水準であったことにはならない。 (c)本件発明3の効果に対する予測可能性の判断の誤り 審決では、引用発明1Aに引用発明2を適用したことにより得られる効果について、「してみると、引用発明1Aに引用発明2を適用したことにより得られる気泡シートを巻き取ってロール状にした際には、バックフィルムが自己粘着性エラストマーシートに対する離型シートとなるから、巻き戻しが容易となる効果は当業者が容易に予測し得るものである。」(31頁21行〜24行)、「さらに、引用発明2である自己粘着性エラストマーシートは、摘示事項2fに示されるように、押出成形により製造可能なものである。このため、引用発明1Aにおいて、引用発明2を適用した際には、接着剤層を積層あるいは塗布する手間をかけることなく製造できるようになることも当業者が予測し得る効果である。」(31頁25行〜29行)と判断した。 しかし、前記の通り、引用発明1Aに引用発明2を適用することは、当業者が容易に想到し得ることではないから、そのような適用が容易であることを前提にした上記判断は、いずれも誤りである。特に、後者の判断における「接着剤層を積層あるいは塗布する手間をかけることなく製造できるようになる」との効果は、前記「誤った周知慣用技術の適用」のとおり、本件特許出願時の技術水準からは、到底予測することのできない格別顕著なものである。 取消事由2・3 省略 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、本件発明3に関する取消事由1のうち「ライナーフィルムの機能の認定の誤り」及び相違点2について次のように判断しました。 (a)刊行物2(甲2)によれば、引用発明2は、ガラス、セラミック、金属、プラスチック、木などの平滑な表面に対して、接着剤や粘着剤を使用せずに容易に貼着することができるとともに、容易に引き剥がすことができる自己粘着性エラストマーシートに関するものであり、従来のシールは、紙、金属箔、プラスチックシートが使用され、片面には粘着剤を使用して粘着されていたが、粘着剤の劣化による剥がれが生じたり、シールを取り外すときに剥がれにくく、取り外した後に粘着剤が残ってしまうなどの問題があったことから、粘着が容易で、剥がした後の粘着剤の残りの問題がなく、再使用の場合も容易に粘着できる自己粘着性エラストマーシートを提供することを目的とし、それを達成する手段として、水添ジエン系ランダム共重合体100重量部に対して、オレフィン系重合体を10〜100重量部配合した樹脂組成物を採用したものであることが認められる。 (b)原告は、刊行物2には、粘着剥離を繰り返せる標識や表示として使用される自己粘着性エラストマーシートが開示されているのであって、この自己粘着性エラストマーシートはそもそも被着体の運搬・施工時の衝撃から被着体を保護するという用途が想定されたものではなく、運搬・施工時の衝撃に対する強度の記載が一切ないにもかかわらず、審決ではその点についての検討を行わず、引用発明1Aのポリオレフィンフィルム31と粘着剤層32の二層の機能を引用発明2における一層で担保できる材料であるかどうかを、衝撃に対する強度を無視して、粘着性、押出成形性、および保形性のみに基づき判断している点で誤りであると主張するところ、かかる原告の主張は、運搬・施工時の衝撃に対する強度の記載が一切なく、被着体保護用途が想定されない引用発明2を材料自体の性質、製造可能性の観点から検討しただけでは、引用発明1Aとの組合せの論理付けがなされていないというものと解される。 (c)そこで検討するに、審決は、「プラスチックフィルム等を用いる包装材において、新たな機能を付与しようとすれば新たな機能を有する層を付加するのは当業者の技術常識といえ、逆に、従来複数の層により達成されていた機能を例えば一層で達成できるならば、従来の複数の層に代えて新たな一層を採用し、製造の工程や手間やコストの削減を図ることも、当業者の技術常識といえる。すなわち、二層の機能を一層で担保できる材料があれば、二層のものを一層のものに代えることは当業者が当然に試みることである。」(28頁1行〜8行)と当業者の技術常識を認定している。 (d)しかし、積層体の発明は、各層の材質、積層順序、膜厚、層間状態等に発明の技術思想があり、個々の層の材質や膜厚自体が公知であることは、積層体の発明に進歩性がないことを意味するものとはいえず、個々の具体的積層体構造に基づく検討が不可欠であり、一般論としても、新たな機能を付与しようとすれば新たな機能を有する層を付加すること自体は容易想到といえるとしても、従来複数の層により達成されていた機能をより少ない数の層で達成しようとする場合、複数層がどのように積層体全体において機能を維持していたかを具体的に検討しなければ、いずれかの層を省略できるとはいえないから、二層の機能を一層で担保できる材料があれば、二層のものを一層のものに代えることが直ちに容易想到であるとはいえない。目的の面からも、例えば材質の変更等の具体的比較を行わなければ、層の数の減少が製造の工程や手間やコストの削減を達成するかどうかも明らかではない。 (e)引用発明2は、粘着剥離を繰り返せる標識や表示として使用される自己粘着性エラストマーシート(いわばシール)に関する発明であって、被着体の運搬・施工時の衝撃から被着体を保護するための気泡シートに関する発明である引用発明1Aとは技術分野ないし用途が異なるものである。当業者は、発明が解決しようとする課題に関連する技術分野の技術を自らの知識とすることができる者であるから、気泡シートの分野における当業者は、引用発明1Aが「粘着剤層32」を有していることから「粘着剤」に関する技術も自らの知識とすることができ、「粘着剤」の材料の選択や設計変更などの通常の創作能力を発揮できるとしても、引用発明1Aを構成しているのは「粘着剤層32」であるから、当業者は、気泡シート内でポリオレフィンフィルム31上に形成されている粘着剤層32に関する知識を獲得できると考えるのが相当であり、両者を合わせて気泡シートの構造自体を変更すること(すなわち、「ポリオレフィンフィルム31上に形成されている粘着剤層32」という二層構造を、気泡シートの構造と粘着剤の双方を合わせ考慮して一層構造とすること)まで、当業者の通常の創作能力の発揮ということはできないというべきである。 (f)したがって、引用発明1Aにおいて、「基材としてのポリオレフィンフィルム31の片面に、粘着力が0.7〜25(N/50mm)である粘着剤層32を有」するものに代えて「一層」からなるライナーフィルムとすることは容易想到でなく、そうすると、引用発明1Aに引用発明2を適用することは容易想到であるとはいえない。 (g)なお、被告は、登録実用新案第3048069号公報(乙3)の段落【0009】には、「・・・微着シート層10の微着性は、張付面側のベース層を汎用合成樹脂フィルムで形成して、その上に微着性の透明合成樹脂をラミネートするという手段によっても形成可能である。」と記載から、微着シート層10は、微着性合成樹脂フィルムのみを用いた一層構造のものと、汎用合成樹脂フィルム上に微着性透明合成樹脂をラミネートした二層構造のものとの間での変更実施を可能としていることが容易に理解できるので、引用発明1Aにおける「基材としてのポリオレフィンフィルム31の片面に、粘着力が0.7〜25(N/50mm)である粘着剤層32を有」するものと同じ機能を一層で代用することで、引用発明1Aの層構造を「三層構造」とすることは、当業者が容易になし得ることであると主張する。 (h)しかし、「・・・微着シート層10の微着性は、張付面側のベース層を汎用合成樹脂フィルムで形成して、その上に微着性の透明合成樹脂をラミネートするという手段によっても形成可能である。」とは、汎用合成樹脂フィルムと微着性の透明合成樹脂をラミネートして積層するものであって、具体的接着剤層の形成方法として塗布・乾燥を用いる引用発明1Aとは形成方法や材料が異なる。したがって、乙3の前記記載から、微着シート層10は、微着性合成樹脂フィルムのみを用いた一層構造のものと、汎用合成樹脂フィルム上に微着性透明合成樹脂をラミネートした二層構造のものとの間での変更実施を可能としていることが容易に理解できるとしても、具体的接着剤層の形成方法として塗布・乾燥を用いる引用発明1Aにおける基材としてのポリオフィレンフィルム31と粘着剤層32を一層にすることが容易であるということはできないと解されるし、乙3は層の変更実施の技術水準の立証という範囲に限り検討されるべきである。 したがって、被告の上記主張は採用することができず、本件発明3について相違点2を容易推考とした審決の判断は誤りである。 |
[コメント] |
@進歩性審査基準によれば、「当業者」とは、本願発明の属する技術分野の特許出願時の技術常識を有し、研究、開発のための通常の技術的手段を用いることができ、材料の選択や設計変更などの通常の創作能力を発揮でき、かつ、本願発明の属する技術分野の出願時の技術水準にあるもの全てを自らの知識とすることができる者、を想定するとされています。 A技術常識に従って発揮される通常の創作能力とはどの程度のものかに関して、本事案では、積層体の発明に関して、一般論として、新規な機能を発揮するための新たな層を追加する如きは、創作容易と言えるけれども、2層構造を1層とする如きは、全体としての機能がどのように発揮するのかを検討しなければなんとも言えないという見解を示しました。 B審判官は、2層のものを1層のものにすることを試みることが自明であることは当然という一般論で動機付けを試みましたが、裁判官を納得させることはできませんでした。 C技術者の視点からすると技術常識に過ぎないように思えるものでも、裁判官に想到容易(進歩性なし)と納得させるためには、よほどしっかりした証拠を揃える必要があることが理解されます。 |
[特記事項] |
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