[事件の概要] |
@本件特許出願の経緯 原告は、名称を「電話転送装置」とする発明について特許出願(特願昭51−25683号)をしたところ、進歩性の欠如を理由に拒絶査定を受けたので、これを不服とする審判を行い、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があったので、その取消を求めて本件訴訟を提起しました。→特公昭61−29180号 A本件特許出願の請求の範囲 着信電話回線に接続され着信信号を検出する信号受信回路と、 この回路の出力により局線起動制御回路を介して応動し発信電話回線に対して直流ループを作るとともにMF信号制御回路を起動する局線起動回路と、 前記MF信号制御回路の出力により制御され予め記憶させてある被呼者電話番号信号を送出するMF信号発振回路と、 被呼者が応答した場合にこれを検出する被呼者応答検出回路と、 この回路の出力によつて作動し着信電話回線に対して直流ループを作るとともに通話路を閉じ前記着信電話回線と発振電話回線とを交流的に接続して両回線間の通話を可能にする応答回路と、 被呼者が応答した際に予め記録してある通知音を送出するための通知音制御回路とを備えたことを特徴とする電話転送装置。 B本件特許出願の発明の概要 本件特許出願の明細書によれば、本件特許出願の発明の内容は次の通りです。 (イ)「不在時に掛つてきた電話を自動的に人間が直接出られる他の電話機に切換えるとともに各種の機能を付加して多機能化した…電話転送装置を提供しようとするもの」であり、 (ロ)前記構成により、例えば、「ある得意先が電話機Aを用いて電話機Bを呼んだ場合に、営業所の所員が不在であると、電話機Bのベルが鳴るとともに本発明転送装置Sが起動してプツシユホンCから発信し、予め記憶させておいた転送先の電話機Dの番号のMF信号を自動的に送信する。電話機Dが応答してプツシユホンCと電話機Dが接続されると直ちに本発明装置の応答回路が動作し電話機Bのベルが鳴り止み、同時に電話機Aは本発明装置の仲介であたかも電話機AとBとで話しているようにDとの間で通話できる」、 (ハ)「通信音制御回路9は被呼者を呼び出す際、磁気記録装置等に予め記録してある通知音を送出してこれが転送されたものであることを報せるものである。この通知音としては単なる発振音でなく、場合により「東京」「大阪」等の音声を単時間繰り返すことにより転送された営業所名を告知する手段を取ることもできる」(明細書第8頁第13行ないし第19行)こと、したがつて、右電話転送装置は、「設置個所に人が不在の場合にも、自動的に予めセツトされた他の電話機に転送して発信者に不快感を与えることなく通話を可能とするもの」である。 C本件特許出願の先行技術 特公昭45―39648号公報(以下、「引用例」という。)には、 着信電話回線に接続され着信信号を検出する信号受信回路と、 この回路の出力により局線起動制御回路を介して応動し発信電話回線に対し直流ループを作る局線起動回路と、 電話局からのダイヤル音を検出するとダイヤルパルス信号制御回路を起動してその出力により制御され予め記憶させてある被呼者電話番号信号を送出するダイヤルパルス信号発生回路と、 被呼者が応答した場合にこれを検出する被呼者応答検出回路と、この回路の出力によつて作動し着信電話回線に対して直流ループを作るとともに通話路を閉じ前記着信電話回線と発信電話回線とを交流的に接続して両回線間の通話を可能にする応答回路とを備えた電話転送装置、が記載されているものと認められます。 D本件特許出願に対する審決の内容は次の通りです。 本件特許出願の特許請求の範囲の第1項の発明(本願発明という。)と引用例に記載された発明とを対比すると、両者は、次の1ないし3の点で相違すると認められる。 るが、その余の構成に実質的な差異があるものとは認められない。 [相違点1] 発信電話回線への被呼電話番号信号の送出が、本願発明では、発信電話回線に対する直流ループの作成とともに行なわれるのに対し、引用例に記載された発明では、直流ループの作成の後ダイヤル音を検出した時に行なわれる点。 [相違点2] 被呼電話番号信号を、本願発明がMF信号発振回路から送出するのに対し、引用例に記載の発明では、ダイヤルパルス発生回路から送出する点。 [相違点3] 本願発明の、「被呼者が応答した際に予め記録してある通知音を送出するための通知音制御回路」が、引用例に記載された発明には備えられてない点。 相違点1については、一般に電話局に対し発信(発呼)するために送受話器をオフフツク(直流ループを作成)すると、電話局の交換機において電話番号信号を受信する準備ができたことを表わすダイヤル音が発呼した電話回線に送り返され、これを聴取してダイヤルを行なうことにより確実に電話番号信号を交換機に入力できることは当業者に周知であり、たとえば、同じ時間に同じ交換機に収容された多数電話回線から発信が行なわれた場合等においてはダイヤル音が発信した電話回線に送られないことがあり、その状態で発信電話回線から被呼電話番号信号を送つても交換機へ正確に入力されない可能性があることは明らかである。したがつて引用例に記載された発明のようにダイヤル音を検出して電話番号信号を送出する構成の方が確実に被呼電話機への接続が行なわれることは自明であり、確実な接続に配慮をしない場合には本願発明のように発信のための直流ループの作成とともに電話番号信号の送出を行なうように構成することは当業者が任意に採用しうる設計的事項と認められる。 相違点2については、電話技術において、電話機から発生する電話番号信号として、直流信号の断続によるダイヤルパルス(DP)信号方式と複数の周波数信号を用いる多周波(MF)信号方式が周知であり、いずれの信号方式を用いるかはその電話回線が接続される電話交換機の機能に応じて定まることは明らかである。引用例において電話番号信号の発生器としてダイヤルパルス発生器を用いていたのを、本願発明のようにMF信号発振器に変更することは交換機の機能に応じて任意に採用できたものといわざるをえない。 相違点3については、電話交換機を介する接続動作において接続の状態を加入者電話機に表示または通知するために各状態に応じて異なる信号音を電話回線に送ることが、たとえば、ダイヤル音、話中音、リングバツク音等として周知であるばかりでなく着信側の電話機が応答した時に予め記録された音声を通知することも周知(必要なら、たとえば、特開昭48―70406号公報を挙げることもできる。)である。そうすると、引用例に記載された発明では発信電話回線において被呼電話番号信号を送出した後被呼者が応答したことを検出しているので、その際に被呼者に対してその発信に関する情報を表示または通知を行なうことが望ましい場合には応答検出により通知音を被呼者に送出するような制御回路を設けることは前記周知の技術にもとづいて当業者が容易に想到することができたものというほかない。そして、通知情報の信号形式として信号音または予め記録された音声を使用することは前記周知技術に示されているところである。また、通信音制御回路を設けることによる、転送であることを示す信号音または音声を被呼者に知らせることができるという本願発明の効果は、前記周知の通知のための技術を引用例の発明に応用することにより当然に予測される範囲のものと認める。 さらに、以上の相違点の1ないし3を総合して考えても、そこに格別の作用効果を見出すことができない。 E特許出願人が主張する取消事由 (a)本願発明は、電話転送装置において、 (イ)発呼者には秘密に電話が転送されること、 (ロ)転送先は転送元になりすまして電話に出ることができること、 (ハ)そのために、どこから転送された電話であるかを示す通知音を転送先に与えるものであること という課題のもとに創作されたものであつて、その構成は、通常の発呼操作による発呼を転送用に設置された手段が検出して自動的に転送手段を付勢し、この転送手段が転送先電話機を発呼し、転送先電話機の応答検出によつて自動的に、すなわち、人手を介さずに、特定の転送元電話機からの転送か、または通常の電話による呼出しかを着信側で識別することができるように、予め記録してある通知音を送出するための、転送元電話機と一体に結合された通知音送出手段を採用した点に特徴がある。 (b)そして、右構成により、本願発明にかかる電話転送装置においては、発呼者よりの発呼があつた場合に、相手方が不在であつても、自動的に、発呼者には秘密に電話が転送され、転送先には転送電話装置よりの転送であることや転送元電話機の設置場所等を認識させる通知音を与え、転送先は転送元になりすまして通話することができるという顕著な作用効果を奏するものである。 (c)ところで、引用例記載の電話転送装置は、本願発明の「被呼者が応答した際に予め記録してある通知音を送出するための通知音制御回路」を備えていないものであるところ(相違点3)、 審決は、電話交換機を介する接続動作において接続の状態を表示または通知するための各状態に応じてダイヤル音、話中音、リングバツク音等異なる信号音を電話回線に送ること及び着信側の電話機が応答した時に予め記録された音声を通知することがいずれも周知であるとして、電話転送装置において、被呼者に対してその発信に関する情報を表示または通知することが望ましい場合には、応答検出により通知音を被呼者に送出するような制御回路を設けることは、右各周知技術に基づいて当業者が容易に想到することができたものである旨認定、判断している。 しかしながら、ダイヤル音、話中音、リングバツク音等は交換機から発呼者に対して電話機の状態を示すために送出される音であつて、このような可聴音を送出する技術は、本願発明の特徴である前記通知音送出手段とは全く無関係であつて、右技術手段を示唆するところは全くない。 また、審決において、着信側の電話機が応答した時に予め記録された音声を通知することが周知であることを例証するために、引用された特開昭48―70406号公開特許公報(甲第3号証、以下「周知例1」という。)記載の発明は、発呼先電話機から指定された電話番号に対応する電話機との間を自動着信課金サービスの目的をもつて接続し、被呼者が応答したときに料金支払いの承諾を得るために予め記録しておいた音を送出する自動着信課金サービスに関するものであつて、本願発明とはその課題、構成及び作用効果を異にしており、本願発明における通知音送出手段に関する技術を示唆するものではない。 さらに、被告が本訴において、被呼者が応答した際に予め記録してある通知音を発信側である電話装置から着信側へ送出する技術が本願発明の特許出願当時周知であつたことを立証するために提出した特開昭49―57797号公開特許公報(周知例2)及び特開昭48―89696号公開特許公報(「周知例3」)は、いずれも単なるメツセージ送出装置に関するものであつて、電話転送装置とは全く関係なく、これまた本願発明における通知音送出手段に関する技術を示唆するものではない。 以上のとおり、周知例1〜3は、電話転送装置における本願発明のような通知音送出手段に関する技術を示唆するものではなく、引用例及びこれらの周知例に基づき本願発明の課題及び構成を着想することは困難であり、また、本願発明は前記のとおりの顕著な作用効果を奏するものであるにもかかわらず、審決は、これらを看過誤認し、その結果、本願発明に関する進歩性の判断を誤つたものである。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、まず周知例1〜3に関して次のように判断しました。 (a)被告は、周知例1〜3に示されるように、被呼者が応答した際に予め記録してある通知音を送出する技術は本願発明の特許出願当時周知であつたから、転送先の被呼者が応答した際にその発信に関する情報の表示または通知を行うことが望ましい場合には、引用例記載の電話転送装置に右周知技術を適用して、応答検出回路の出力により予め記録された通知音を送出させるように制御することは、当業者が容易に想到することができたものというべきであり、本願発明の作用効果も当然予測されるところであつて、審決の認定、判断に誤りはない旨主張するので、まず周知例1〜3に示される技術内容について検討する。 (b)成立に争いのない甲第3号証によれば、電話交換機において、発信加入者の要求に基づく特殊な通話形態を設定するような電話サービスのうち自動着信課金サービスでは、発着両加入者の通話に先立ち、着信加入者による相手方の確認及び通話の諾否の判断に資するため、着信加入者に対し、発信者名など所要の情報を通知するのが一般的である。 (c)周知例1は、この「着信加入者に対し所要の情報を通知する通知方式に関するもの」(明細書の項第2欄第2行ないし第4行)であり、(中略) 周知例2は、「自動ダイヤル通報装置、特に火災、侵入などの異常事態が発生した時、これを検出しその検出信号により、電話回線を利用して特定の場所へ自動ダイヤルし、異常事態発生の旨を通報する自動ダイヤル通報装置に関する」(明細書の項第1欄第17行ないし第2欄第4行)ものであり(中略)、 周知例3記載の発明は、「電話回線を利用して防災情報を自動的に監視所に通報するようにした装置に関する。」(明細書の項第1頁左欄第18行、第19行)ものである(中略)、 ことが認められる。 (d)以上認定の事実によれば、周知例1〜3には、被呼者が応答した際に予め記録してある通知音を送出する技術が示されており、右技術は本願発明の特許出願当時周知であつたことが認められるが、(中略)いずれも電話転送装置とは直接の関連性を有しないものであるから、電話転送装置において、転送先が応答した際、転送先において、それが特定の転送電話機からの転送であることを認識できるように通知音を送出する技術に利用しうることを、右周知技術が示唆しているものということはできない。 A裁判所は、本件特許出願の発明の効果を次のように評価し、審決を取り消しました。 (a)電話転送装置に右通知音制御回路を結合することによつて、転送先電話機に応答する者は、それが通常の電話ではなく、特定の転送元電話機からの転送電話であることを明確に認識することができ、発呼者との間に意識のずれを生ずることなく(右通知音制御回路の備えられていない電話転送装置においては、転送先の被呼者は、当該発呼が通常の電話であるのか、あるいは転送による電話であるのかを識別することができず、一方発呼者は最初にかけたところと通話しているものと認識しているから意識のずれを生じ、両者の間に適切な応答ができない場合が生ずる。)、通話することができるという格別の効果が当業者において当然に予測できるような範囲内のものとは到底考えられない。 (b)被告は、本願発明においては、転送通知音が転送先の被呼者に送られるのに平行して、発呼者からの音声も被呼者に伝達され(また転送通知音が発呼者へも送られ)るので、本願発明の構成は必ずしも通話前に被呼者に転送電話であることを知らせるという効果を奏するものでない旨主張するが、もともと、本願発明は、被告の指摘するような効果に係わりなく、被呼者に転送通知音を送るという構成を採ることにより充分の効果を生ずるものであるから、本願発明が被告の指摘するような効果を奏するものでないからといつて、前記のような本願発明が奏する効果の顕著性を損うものでないというべきである。 (c)以上のとおり、周知例1ないし3には、電話転送装置において、転送先が応答した際、転送先において、それが特定の転送元電話機からの転送であることを認識できるような通知音を送出する技術に利用しうることを示唆するところはなく、引用例記載の電話転送装置に前記周知技術を適用して、応答検出回路の出力により予め記録された通知音を送出させるように制御する本願発明のような構成を採用することは、当業者が容易に想到することができたものとは認め難いし、しかも、本願発明は前記のような顕著な作用効果を奏するものであるから、本願発明は引用例記載の発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に推考することができたものとした審決の認定、判断は誤つているものといわざるをえず、審決は違法として取消しを免れない。 |
[コメント] |
@進歩性審査基準によれば、技術分野の関連性、課題の共通性が存在するときには、複数の引用例(或いは周知例)を組み合わせることの有力な根拠となるとされています。 Aどの程度の関連性・共通性があるのかが問題となるところですが、本件では、電話転送装置に関する本件特許発明に関して、着信加入者に通話方式の情報を通知したり、異常事態の発生を通知したり、防災情報を通報する周知例は、前記電話転送装置の発明とは直接関連性がないと判断された事例です。 B特許出願人の発明と十分に関連していなければ周知例を集めても意味がないということが判ります。 Cまた進歩性審査基準においては、引用発明と比較した有利な効果が明細書等の記載から明確に把握される場合には、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として、これを参酌する、としています。どの程度が有利な発明の効果といえるのかが問題となりますが、本件では、“特定の転送元電話機からの転送電話であることを明確に認識することができ、発呼者との間に意識のずれを生ずることなく、…通話することができる”ことを格別な発明の効果と評価しています。本件では引用例同士の組み合わせの論理付けに難があったケースで、発明の効果だけで進歩性が肯定されたわけではありませんが、参考になると考えます。 |
[特記事項] |
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