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●平成14年(行ケ)第84号(拒絶審決取消訴訟/容認)


進歩性審査基準/特許出願/発明の効果/共焦マイクロスコープ

 [事件の概要]
@本件特許出願の経緯

 原告は、「共焦マイクロスコープ」と称する発明についてオーストラリア特許出願に基づいて本件特許出願(特願平1−508154号)を行い、進歩性の欠如を理由として拒絶査定を受け、これを不服として審判請求をしたところ、審判の請求は成り立たない旨の審決がされたため、その取消しを求めて訴訟を提起しました。

A本件特許出願の請求の範囲

 本件特許出願の請求項7の発明(本願発明という)は次の通りです。

 (a)焦点付け可能な照明エネルギーを供給するエネルギー源と、

 (b)コアと入射端と出射端とから成り、エネルギー源からの照明エネルギーが入射端によって受け入れられ、コアを通過し、出射端に導かれて該出射端から現れるよう成された単一モードエネルギーガイドと、

 (c)(@)該出射端から現れた照明エネルギーの少なくとも一部を集束させて、使用時に物体と交差する回折限界スポットにし、(A)スポット内の照明エネルギーと物体との相互作用の結果生じる及び/又はスポット内での照明エネルギーの透過の結果生じるスポットからの出力エネルギーを回収し、(B)回収された出力エネルギーを再び回折限界スポットに集束させる、共焦形式に構成された集束手段と、

 (d)回収された出力エネルギーを検知のため方向付けるエネルギースプリッターと、

 (e)開口の平均直径が0.6×λ/NA未満である検知用開口と検知素子とを有して、エネルギースプリッターによって方向付けられ集束手段によって回折限界スポットに集束された出力エネルギーが前記検知用開口に位置づけられるよう成された、出力エネルギーを検知する検知器(ここでλは出力エネルギーの波長、NAは焦点位置すなわち検知用開口の開口位置において前記集束手段によって画定される錐角の半角を用いて定義される該集束手段の開口数である)とから成る、回折限界共焦点顕微鏡。

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B本件特許出願の発明の概要

イ.特許出願人の発明は、回折限界共焦マイクロスコープに関するものです。なお、“回折限界”とは、光が波の性質を有するために波長より小さいスケールを扱うことができない限界のことを言い、また共焦(コンフォーカル)マイクロスコープとは、高解像度のイメージ及び三次元情報の再構築が可能な顕微鏡(焦点距離がバラバラな厚い試料でもボケのない映像が得られる)を言います。

ロ.本件特許出願の図3には、本願発明の実施例が記載されています。同図中、30は回折限界反射共焦マイクロスコープ、31はレーザー、34は単一モード光ファイバー(単一モードエネルギーガイド)、35は出口端部、36は照準レンズ、37は偏光ビームスプリッター、38は波長板、39は対物レンズ、40は物体、41は収束レンズ、42は光受信端部、43は第2光ファイバー、44は出口端部、45は光検知器です。

C本件特許出願の先行技術

(イ.)特開昭61−219919号(第1引用例)

 焦点付け可能な照明エネルギーを供給するレーザ84、8 5と、

(b)レーザ84、85からの照明エネルギーを通すピンホール90、91と、

(c)(i)該ピンホール90、91から現れた照明エネルギーの少なくとも一部 を集束させて、使用時に試料63と交差する回折限界スポットにし、

(ii)スポット内の照明エネルギーと試料63との相互作用の結果生じる及び/又 はスポット内での照明エネルギーの透過の結果生じるスポットからの出力エネルギ ーを回収し、

(iii)回収された出力エネルギーを再び回折限界スポットに集束させる、共焦 形式に構成されたコリメータ92、93及び対物レンズ62と、

(d)回収された出力エネルギーを検知のため方向付けるビームスプリッタ55 と、

(e)ピンホール72と検知素子とを有して、ビームスプリッタ55によって方向 付けられ集束手段によって回折限界スポットに集束された出力エネルギーが前記ピ ンホール72に位置づけられるよう成された、出力エネルギーを検知する検出器7 4、75とから成る、回折限界共焦点顕微鏡が記載されている。

(ロ)実開昭61−122518号(第2引用例)
本考案ではレンズ2およびレ ンズ3によって平行にされ重ねあわせられた双方向の光は受光器6に入射する前に レンズ9によって小さく集光される。さらにその集光点にピンホール10または光ファイバからなるノイズ光除去装置が設置されており、それを通過した後、受光器 6に入射する。・・・したがってピンホールの直径や光ファイバのコア径を十分小 さくすれば信号光と反射光を分離でき信号光のみ受光器に入射できる。」(第3頁 第16行~第4頁第8行)との記載がある。

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D本件特許出願に対する審決の内容

 審決の理由は、要するに、本願発明は、第1引用例、第2引用例及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項(進歩性)の規定により特許を受けることができない、というものである。

 すなわち、本願発明と第一引用例とでは、次の点で相違する。

A光学部材が、本願請求項7に係る発明は、コアと入射端と出射端とから成る単一 モードエネルギーガイドであるのに対して、第1引用例は、ピンホール90、91 である点、

B本願請求項7に係る発明は、検知用開口の平均直径が0.6×λ/N.A.未満(ここでλは出力エネルギーの波長、N.A.は焦点位置すなわち検知用開口の開口位置 において前記集束手段によって画定される錐角の半角を用いて定義される該集束手段の開口数である)であるのに対して、第1引用例には、そのような記載が無い点

 そこで、先ず、相違点Aについて検討すると、 第2引用例には、「集光点にピンホール10または光ファイバ(本願発明の単一モードエネルギーガイドに相当する)からなるノイズ光除去装置が 設置されと」の記載があり、ピンホール10または光ファイバが択一的に用いられることを示唆している。してみれば、相違点Aの構成、さらに、ピンホールに換えて光ファイバを用いる ことが、第2引用例に開示ないし示唆されている。

次に、相違点Bについて検討すると、一般に、開口の直径をエアリーディスクよ りも小さくして回折光強度の大きい部分の光を使用することは、従来周知である。『新版 レーザーハンドブック』(矢島 達夫外3名編1989年6月15日初版第1刷、 株式会社 朝倉書店発行、第36~37頁には、(2.5.2)式として、Δθ=0. 514λ/Dと半値半幅角の記載があり、レーザー学会編『レーザーハンドブック』 昭和57年12月15日第1版第1刷、株式会社 オーム社発行、第105頁には、(9・50)式として、ΔθH=1.03(λ/2a)と半値全幅の記載がある。 上記(2.5.2)式より、D=0.514λ/Δθが導かれ、上記 (9・50)式より、2a=1.03(λ/ΔθH)が導かれ、これを半値半幅に換 算すると、2a=0.5(λ/ΔθH)が導かれ、何れの係数も0.6未満である。

E特許出願人が主張する取消事由は、次の通りです。

[取消事由1(相違点Aについての判断の誤り)]

(1-1)審決が相違点A(光学部材が、本願発明は、コアと入射端と出射端とからなる単一モードエネルギーガイドであるのに対して、第1引用例は、ピンホールである点)の構成、さらに、ピンホールに代えて光ファイバーを用いることが、第2引用例に開示ないし示唆されていると判断したことは誤りである。

(1-2) 本願発明は、

(α)「回折限界共焦点顕微鏡」の、

(β)「光源側」に、

(γ)「単一モードエネルギーガイド」を用いる構成であるが、

第2引用例には、

(α)「ジャイロスコープのノイズ除去装置」の、

(β)「検出側」に、

(γ)「ピンホール10又は光ファイバー」を用いることが記載されているにすぎず、
本願発明の上記構成を何ら示唆するものではない。

なお、(α)については、両者の対象技術が全く異なるものであり、(β)が異なることは明らかである。
そして、(γ)については、本件発明は、「単一モードエネルギーガイド」すなわち「単一モード光ファイバー」を用いるものであるが、第2引用例では、単に「光ファイバー」が用いられるとの記載があるだけであり、「単一モード光ファイバー」に限定されるとの記載はない。また、本願発明は、回折限界共焦点顕微鏡の光源側に、単一モードエネルギーガイドを用いることによって、光源、検知器及び関連するエレクトロニクスが、偏光子、集束レンズ、集束レンズシステムといったような光学的ハードウエアから離れて配置できるとの効果を奏するのであるが、第2引用例には、本願発明の上記効果について何ら示唆するものはない。

(1-3) 審決には、第2引用例と第1引用例をどう結びつければ本願発明に至るかの道筋が示されていない。本願発明と第2引用例とでは、以下のような点で技術的相違があり、第2引用例と第1引用例をどう結びつけても本願発明には至らない。

 本願発明のファイバーには、第2引用例のジャイロスコープの検知側におけるピンホールやファイバーのようなノイズ除去の機能はない。

 本願発明において、単一モードエネルギーガイドが光源側に存在することの意義は、光の特性(波面や波長)に何の変化も与えることなく、レーザー光源からエネルギーガイドの末端までレーザー光(照明エネルギー)を伝達する点にある。

 別言すれば、レーザー光源から出てエネルギーガイドを伝わった光が、レーザー光源から直接ピンホールに至った光と同じ特性(可干渉性の維持、波長の維持等)を示すことに意義がある。これに対し、マルチモードファイバーでは入射端における光の特性を変化させずに出射端に導くことはできない。

 本願発明が、共焦点顕微鏡において、ピンホールに代えて単一モードエネルギーガイドを用いたことの利点は、レーザー光源をピンホールから離して設置することができ(つまり、単一モードエネルギーガイドの入射端面とレーザー光源との位置を固定したまま、その出射端面を自由な位置に配置することができ)、それによってレーザー光源を原因とする振動が出射端面(実質的な発光側焦点)に伝達される可能性を減らすことができることにある。これに対し、第2引用例において、ピンホールに代えることが示唆されているファイバーは、ジャイロスコープの検知側に存在し、ノイズを除去するために、単に、小さい開口(アパーチャー)としての役目だけをもっていればよい。ピンホールに代えてファイバーを用いるとしてもそのファイバーの性質が単一モードかマルチモードかを問うことはあり得ず、第2引用例にはその記載はない。

 本願発明において、光源側のファイバーが単一モードエネルギーガイドであることと、相違点Bに関する検知側開口の大きさとは密接に関連している。光源側に単一モードエネルギーガイドを用いても検知側開口の大きさが2a<0.6λ/NAを満足しなければ、検知用開口で検出される像が劣化してしまい、共焦点顕微鏡としての高い性能を発揮することができない。これに対し、第2引用例では、光源側のファイバーが単一モードエネルギーガイドであることと、検知側開口の大きさとの関連性は全く示されていない。

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[取消事由2(相違点Bについての判断の誤り)]

(2-1) 本願発明と第1引用例との相違点Bは、本願発明が、検知用開口の平均直径が0.6×λ/NA未満であるのに対して、第1引用例には、そのような記載がない点であるところ、この点につき、審決は、「一般に、開口の直径をエアリーディスクよりも小さくして回折光強度の大きい部分の光を使用することは、従来周知(矢島達夫外3名編『新版レーザーハンドブック』1989年6月15日初版第1刷・株式会社朝倉書店発行〔本訴甲1−2〕の36、37頁には、(2.5.2)式として、△θ=0.514λ/Dと半値半幅角の記載があり、レーザー学会編『レーザーハンドブック』昭和57年12月15日第1版第1刷・株式会社オーム杜発行〔本訴甲1−3〕の105頁には、(9・50)式として、△θH=1.03(λ/2a)と半値全幅の記載がある。)である。上記(2.5.2)式より、D=0.514λ/△θが導かれ、上記(9・50)式より、2a=1.03(λ/△θH)が導かれ、これを半値半幅に換算すると、2a=0.5(λ/△θH)が導かれ、何れの係数も0.6未満である。」とした。

(2-2) しかし、以下のとおり、「回折限界共焦点顕微鏡」におけるエネルギー検知器の検知用開口の平均直径を0.6×λ/NA未満とすることを想到することは容易とはいえない。

 「回折限界共焦点顕微鏡」におけるエネルギー検知器の検知用開口において、「一般に、開口の直径をエアリーディスクよりも小さくして回折光強度の大きい部分の光を使用すること」が従来周知の技術であるとはいえない。

 上記の矢島達夫外3名編「新版レーザーハンドブック」1989年6月15日初版第1刷(甲1−2)は、本件出願日(優先権主張日は1988年8月1日)よりも後に発行されたものであり、公知文献とはいえない。

 上記のレーザー学会編「レーザーハンドブック」(甲1−3)には、(9・50)式として△θH=1.03(λ/2a)の記載があるが、これは、円形開口のフラウンホーファ回折による「エアリーパターン」における「主ローブの半値全幅」を示す数式にすぎず、「回折限界共焦点顕微鏡」におけるエネルギー検知器の検知用開口を、検知用開口の平均直径が0.6×λ/NA未満とすることを何ら示唆するものではない。また、審決は、上記数式を、「半値半幅に換算すると、2a=0.5(λ/△θH)が導かれ、」として、本願発明の係数0.6と対比しているが、この場合、1/2とする必要、根拠がない。

(2-3) 従来の回折限界共焦点顕微鏡は、発光側のピンホールに機械式ピンホールを用いていたが、本願発明では、発光側に機械式ピンホールの代わりに、「単一モードエネルギーガイド」(シングルモード光ファイバー)を用いた。

 従来の発光側のピンホールに機械式ピンホールを用いる回折限界共焦点顕微鏡では、発光側の機械式ピンホールの回折によって、レーザーから発せられた光線のガウスビーム形状が変形されるのに対し、本願発明のように、発光側に「単一モードエネルギーガイド」を用いた共焦点顕微鏡では、検出側のピンホールには、純粋ガウス形状のビーム形状が提供される。

 そのため、上記従来の回折限界共焦点顕微鏡では、必要な分解能を与えるため、検知側開口は、エアリーディスクの第1の最小限よりもわずかに小さく、すなわち、検出口径は、一般的にエアリーディスクより若干小さい直径で<1.22に設定される。他方、検出口径を上記以上に小さく設定する必要がない。なぜなら、検出口径を1.22に設定した場合の分解能より、1.22より小さく設定した場合の分解能は大した改良がないし、必要以上の検出手段に伝導された光の量が減少するからである。検知側開口を狭めて、エアリーディスクの中心の明るいところだけを使用しようとしても、ビーム形状のごく一部の情報しか得ることができず、充分な解像度を得ることができない。

 これに対し、発光側に「単一モードエネルギーガイド」を用いた本願発明では、検出側のピンホールには、純粋ガウス形状のビーム形状が提供される(レーザー光線は、不完全なガウスビーム形状を有するので、レーザーからの光線がシングルモード光ファイバーに入射すると、そのファイバーにはレーザー光線の一部のみが入射でき、単一モードの光線のみが伝導される。このシングルモード光ファイバーによる「フィルターリング」では、ファイバーに入射された不完全なガウスビーム形状は、純粋ガウスビーム形状としてそのファイバーの射出端から射出される。)。その純粋ガウスビームのエネルギーは、変形された不完全ガウスビームよりも、はるかに小さいスポットサイズまでに合焦することができる。よって、同じ共焦点分解能を得るためには検出口径もより小さく、つまり、平均直径を0.6×λ/NA未満とすることで、初めて適切な解像度を得ることができる。このように、検知側の開口は、エアリーディスクの第1の最小限の中心のごく狭い範囲(<0.6)を使用することで、光伝導に関しては作業効率は減少するが、一方、解像度のレベルは高くなり、そのシステムが回折共焦点顕微鏡として作動し、かなり浅くされた被写界深度の中で結像結果を得られるようになり、空間フィルターにおける中央部の像から非合焦情報をほぼ除外することができる。逆に、この構成において、従来の検知側開口のように、エアリーディスクの第1の最小限よりもわずかに小さい範囲(1.22の幅)を使用すると、非合焦情報を多量に含んでしまい適切な解像度を得ることができない。

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 以上のように、本願発明は、回折限界共焦点顕微鏡の発光側に「単一モードエネルギーガイド」(シングルモード光ファイバー)を用いることにしたので、適切な解像度を得るため、検知側開口の平均直径を0.6×λ/NA未満とし、エアリーディスクの第1の最小限の中心のごく狭い範囲(<0.6)を用いたものである。本願発明の構成は、従来技術(エアリーディスクの第1の最小限よりもわずかに小さく形成する)にない構成であって、新規性を有するとともに、回折限界共焦点顕微鏡の発光側に機械式ピンホールを用いた場合の検知側開口に関する知見からは容易に想到することができないものである。

 本願発明の「検知側開口を、その平均直径が0.6×λ/NA未満とする」との構成は、回折限界共焦点顕微鏡の発光側に「単一モードエネルギーガイド」(シングルモード光ファイバー)を用いた上で、検知側の開口をエアリーディスクの第1の最小限のどの範囲とすることが、非合焦情報を排除し適切な解像度を得ることができるかという技術的課題に答えたものであって、「一般に、開口の直径をエアリーディスクよりも小さくして回折光強度の大きい部分の光を使用することは従来周知である。」との一般的な技術に含まれるものでもない。

E原告(特許出願人)の主張する取消事由に対する被告の反論は、次の通りです。
 取消事由1(相違点Aについての判断の誤り)に対して

・第2引用例は、本願発明と第1引用例との相違点のうち、ピンホール10と光ファイバーとが代替可能である点に関して引用している。光ファイバーの代表例が単一モード光ファイバーであることは技術常識であるから、第2引用例は、少なくとも単一モード光ファイバーの使用を示唆している。

・原告は、本件特許出願の補正後の明細書(本件明細書)の記載に基づいて、本願発明においてピンホールに代えて単一モードエネルギーガイドを用いたことの利点を主張するが、本件明細書では、光源と検知器との両方の場合についての利点を述べているのであり、光源側に単一モードエネルギーガイドを用いたことによる効果とはいえず、また、光学的ハードウエアから離れて配置できるとの効果及び振動が伝達される可能性を減らすことができる効果は、光ファイバーが有している効果であって、格別のものでもない(後略)。

 取消事由2(相違点Bについての判断の誤り)に対して

・本願発明の式0.6×λ/NAは、本願明細書(甲5)において、式の導入過程を開示することなく、突然に記載され、しかも、一般的なものとして記載されているから。従来からピンホールを設計する際の根拠になっていた、光学系を設計する際に考慮すべき、光学分野における技術常識であることが推察され、開口数NA、波長λ、開口の直径dの含まれた式であるエアリーディスクに関するもの(甲1−2、3、乙1〜4)であることがわかる。

・エアリーディスクは、円形単開口によるフラウンホーファ回折像の中央部の最も明るい部分を意味し、エアリーディスクの外側の明環部は、誤信号の元になるから使用されず、エアリーディスクの中央部の明るさの強いところが用いられるのは、技術的にみて当然であるから、開口直径をエアリーディスクよりも小さくすることは周知であるといえる。

・開口直径をエアリーデイスクより小さくする際に、上限値をどの程度にするかというようなことは、当業者が適宜決定できる設計変更にすぎない。

・特許出願人は、回折限界共焦点顕微鏡の光源側に、単一モードエネルギーガイドを用いた場合には、検知器側のピンホールの開口を、平均直径が0.6×λ/NA未満とすると、適切な解像度を得ることができると主張しているが、そのようなことは本願明細書(甲5)に何ら記載されていない。(中略)本願明細書の詳細な説明の欄には、

 「一般的に、第1から第4の実施例においては、開口上に集光乃至集束される中心部からの出力エネルギーにより形成される集束手段の開口数NA、出力エネルギーの波長λ、及び開口、検知素子、或いはコアの平均直径dは、以下の式により関係付けられる。NA<0.6×λ/d」

 との記載があり、開口、検知素子、コアを同じように扱っている。そうすると、本願発明は、光源側と検知器側に光ファイバーを用いたものであるか、あるいは、光源側、検知器側にかかわらず、開口、検知素子、あるいはコアの平均直径dを特定したものであり、特許出願人の主張する「光源側に、『単一モードエネルギーガイド』を用い、検知器側のピンホールの開口を、平均直径が0.6×λ/NA未満とする」場合についての記載は、本願明細書の詳細な説明の欄には見いだせない。それゆえ、原告の主張は、明細書の記載に基づかないものであり、意味がない。


 [裁判所の判断]
@裁判所は、取消事由2に理由があるから、取消事由1に関して判断するまでもなく、審決は取り消されるべきであると判断しました。

(イ)審決は、相違点Bについての判断として、甲1−2、3を挙げ、次の如く説示している。すなわち、開口の直径をエアリーディスクよりも小さくして回折光強度の大きい部分の光を使用することは従来周知であり、甲1−2には、Δθ=0.514λ/Dと半値半幅角の記載、甲1−3には、半値半幅に換算すると、2a=0.5(λ/ΔθH)が導かれる式が記載されており、いずれの係数も0.6未満であるから、相違点Bは想到容易であるというものである。

(ロ)そもそも、上記甲1−2の文献は、本件特許出願の優先権主張日前の公知文献ではない。なお、甲1−2の記載から本件優先権主張日当時の事項を推察するとしても、審決の説示を根拠付け得るものということは困難である。

 甲1−3に(9・50)式として記載されたΔθH=1.03(λ/2a)は、波長λの光の平面波が直径2aの円形開口に垂直入射した際に、フラウンホーファ回折により形成されるエアリーパターンのうち、主ローブ(エアリーディスク)の半値全幅を示す式であると認められる。しかし回折限界共焦点顕微鏡に適用できるとの記載はなく、検知器側の開口の直径をエアリーディスクよりも小さくして、回折光強度の大きい部分の光を使用することを示す証拠ということはできない。

 よって、審決の相違点Bについての説示は是認することができない。

(ハ)被告は、本願発明の式0.6×λ/NAは、本願明細書において、式の導入過程を開示することなく、一般的なものとして記載されているので、従来からピンホールを設計する際の光学分野における技術常識であることが推察され、上記の式は、エアリーディスクに関するものであり、エアリーディスクの中央部の明るさの強いところを用いるのは技術的にみて当然であるから、開口直径をエアリーディスクよりも小さくすることは、記載がなくても周知であるといえると主張し、乙5、6を挙げている。

 そこで検討するに、本件特許出願の明細書(甲5)には、次の記載がある。

・「従来の反射共焦マイクロスコープの図式的図面が図1に示されている。レーザー1よりのレーザー光線は、顕微鏡対物レンズ2により機械的ピンホール3に焦点付けられる。」(1頁)

・「反射共焦マイクロスコープの操作の基本は、単純化した共焦マイクロスコープ配列を図式的に示した図2を調べれば分かる。機械的ピンホール点光源15は、高品質光学素子16により、物体17上に集束される。照明するピンホールのサイズ15は、物体17に当たる光線が、光線の波長と高品質光学素子16の特性により大きさが決まる回折限界スポットパターンを形成するように、選択される。表面により反射され、散乱される光線は、高品質光学素子16により回収され、ビームスプリッター13により、ピンホール検知器14上に再方向付けられる。解像度を最大限にするために、検知器14上のピンホールのサイズは、その上に集束される回折限界スポットの第1の最小限よりもわずかに小さくなるように選択される。」(2頁〜3頁)

・「機械的ピンホールは、開口にたまるほこりの影響を受け易い。共焦マイクロスコープの機械的ピンホール内にほんのわずかでもほこりがあると、結果としての光の場が、もはや回転対称ではなくなり、収差が生じるので問題となる。更に、従来の共焦マイクロスコープにおける機械的ピンホール、或いは、何らかの他の素子の僅かなアライメントミスは、機械的ピンホールから放射される光ビームに非対称強度分布を引き起こし、これによりまた、収差が引き起こされる。」(3頁〜4頁)

・「本発明の第1の実施例に従えば、以下のものよりなる回折限界共焦マイクロスコープが提供される。焦点付け可能な照明エネルギーを供給するためのエネルギー源。単一モード・エネルギーガイド。前記エネルギーガイドは、コアと入射端と出射端とからなり、エネルギー源よりの照明エネルギーが、入射端により受信され、コア内にカップリングされ、出射端に導かれて、出射端におけるコアより現れるように成されている。コアより現れる照明エネルギーの少なくとも一部を集束させて、使用時に物体と交差する中心部を有する回折限界スポットにする第1集束手段。使用時における物体の存在下で、スポット内の照明エネルギーと物体との相互作用の結果として生じる、及び/または、スポット内での照明エネルギーの透過の結果として生じる、スポットからの出力エネルギーを回収する第2集束手段。開口と検知素子とを有する検知器。第2集束手段は、前記中心部を開口に集束させる。本共焦マイクロスコープは、被写界深度をかなりの程度低減し、それによって、開口上に得る中心部の画像から、焦点外情報をかなりの程度、除去できる。これにより、検知器は出力エネルギーを検知する。開口は、ピンホール・開口であってもよい。開口は、第2エネルギーガイドのコア内に焦点付けられる出力エネルギーを検知する出射端を同様に備えたコアを有する、第2エネルギーガイドのエネルギー入射端におけるコアであってもよい。第2エネルギーガイドは、多重モード・エネルギーガイドでも、単一モード・エネルギーガイドであってもよい。」(4頁〜5頁)

・「一般的に、第1から第4の実施例においては、開口上に集光乃至集束される中心部からの出力エネルギーにより形成される集束手段の開口数NA、出力エネルギーの波長λ、及び開口、検知素子、或いはコアの平均直径dは、以下の式により関係付けられる。NA<0.6×λ/d」(12頁〜13頁)

・「既に上で指摘したように、機械的ピンホール/光源の組み合せは、アライメントを正確に行うことが難しい。機械的ピンホールが適正にアライメントされない場合は、共焦マイクロスコープの解像度に大きな影響を与え、結果として回折スポットの位置が変則となり、深度調査、及び他の調査の精度の面で重大な結果をもたらす。それに対して、単一モード光ファイバー/光源の組み合せが適正にアライメントされない場合には、ファイバーの出口端部からの光線の光強度は低下するが、発生する光線は依然として円形対称である。」(15頁)

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(ニ)上記の記載によれば、光源側に機械的ピンホールを使用する従来技術においては、解像度を最大限にするために、検知器上のピンホールのサイズは、その上に集束される回折限界スポットの第1の最小限よりもわずかに小さくなるように選択されていたことが示されており、回折限界スポットの第1の最小限とは、フレネル回折によるエアリーディスクの零値全幅である1.22×λ/NAと解される(甲6)から、乙5、6の開示事項からも、回折限界共焦点顕微鏡において、検知器側の開口の直径をエアリーディスクよりもわずかに小さくすることは、従来知られていたものと認められる。

 しかしながら、甲5の上記記載には、機械的ピンホールは、ほこりの影響やアライメントミスのため、放射される光ビームに非対称強度分布や収差が引き起こされること、本願発明は、エネルギー源、単一モードエネルギーガイド、及び開口と検知素子とを有する検知器を備え、集束手段の開口数NA、出力エネルギーの波長λ及び開口の平均直径dは、NA<0.6×λ/dの式により関係付けられること、単一モード光ファイバー/光源の組み合せが適正にアライメントされない場合には、ファイバーの出口端部からの光線の光強度は低下するが、発生する光線は依然として円形対称であることが示されている。

 これらの記載事項によれば、光源側の開口として機械式ピンホールを用いた場合には、解像度を最大限にするために、検知器上のピンホールの直径は、回折限界スポット(=1.22×λ/NA)よりもわずかに小さくなるように選択されるが、光源側の開口として単一モード光ファイバーを用いた場合には、解像度を最大限にするために、検知器側の開口の平均直径を0.6×λ/NA未満に選択すべきであることが本願明細書に記載されているものと解することができる。さらに、本願発明においては、光源(エネルギー源)側に単一モードエネルギーガイドを使用することと、検知器側の開口の平均直径が0.6×λ/NA未満であることが、相互に関連しているものと認められる。

 ところで、光源側の開口として機械式ピンホールを用いた場合には、検知器上のピンホールの直径を回折限界スポット(=1.22×λ/NA)よりもわずかに小さくなるように選択すれば、解像度を最大限にすることができる。しかし、開口の直径を更に小さくすることは光量の減少を招くだけであるから、「回折限界スポットよりもわずかに小さく」なるようにする以上に小さくすることは、従来技術からは想到し難いというほかない。

 加えて、被告が援用する乙5、6に記載された事項及び甲5に従来技術として記載された事項をみても、検知器側の開口直径をエアリーディスク(=1.22×λ/NA)より小さくすることが示されているのみであり、光源側に単一モード光ファイバーを用いる例は記載されていない。そして、本件全証拠を検討しても、本願発明に関するもの以外に、光源側の開口として単一モード光ファイバーを用いることと検知器側の開口の直径との関連付けを示す証拠は見当たらず、ましてや、光源側の開口として単一モード光ファイバーを用いた場合に、検知器側の開口の直径を0.6×λ/NA未満にすべきことは、開示されていないというほかない。

 よって、光源(エネルギー源)側に単一モードエネルギーガイドを使用することとの関連で、検知器側の開口の平均直径を0.6×λ/NA未満とされたものと認められる本願発明において、上記検知器側の開口の直径を0.6×λ/NA未満にするについて、従来周知のものであるとか、設計変更にすぎないとか、容易に想到し得るものとは認められない。

 このように、審決の相違点Bについての判断は是認し得ず、被告の上記主張は失当である。

(ホ)被告は、回折限界共焦点顕微鏡の光源側に単一モードエネルギーガイドを用いた場合には、検知器側のピンホールの開口を平均直径が0.6×λ/NA未満とすると、適切な解像度を得ることができるというようなことは、本願明細書に何ら記載されていないと主張する。すなわち、本願明細書(甲5)の図3〜図6には、光源側のみならず、検知器側にも光ファイバーを用いた構成が開示されており、さらに、本願明細書の詳細な説明の欄の記載では、NA<0.6×λ/dの関係について、開口、検知素子、コアを同じように扱っているから、本願発明は、光源側と検知器側に光ファイバーを用いたものであるか、あるいは、光源側、検知器側にかかわらず、開口、検知素子、あるいはコアの平均直径dを特定したものであり、原告の主張する「光源側に、『単一モードエネルギーガイド』を用い、検知器側のピンホールの開口を、平均直径が0.6×λ/NA未満とする」場合についての記載は、本願明細書の詳細な説明の欄には見いだせず、原告の主張は、明細書の記載に基づかないものであると主張する。

 しかしながら、本願明細書(甲5)には、「開口は、ピンホール・開口であってもよい。開口は、第2エネルギーガイドのコア内に焦点付けられる出力エネルギーを検知する出射端を同様に備えたコアを有する、第2エネルギーガイドのエネルギー入射端におけるコアであってもよい。第2エネルギーガイドは、多重モード・エネルギーガイドでも、単一モード・エネルギーガイドであってもよい。」(5頁)と記載されており、本願発明は、検知器側の開口として光ファイバーを用いるものを含むことは明らかである。また、「開口上に集光乃至集束される中心部からの出力エネルギーにより形成される集束手段の開口数NA、出力エネルギーの波長λ、及び開口、検知素子、或いはコアの平均直径dは、以下の式により関係付けられる。NA<0.6×λ/d」(12頁〜13頁)との記載は、「開口上に集光乃至集束される」との記載からすれば、その開口は検知器側の開口であると解され、「コア」とは、検知器側の開口に光ファイバーを用いた場合のコアを指していることが明らかであり、さらに、特許請求の範囲の請求項7には、「開口の平均直径が0.6×λ/NA未満である検知用開口」と記載されている。

 さらに、本願明細書の特許請求の範囲請求項7及び第1〜第4の実施例のすべてにおいて、光源側の開口は単一モードエネルギーガイドと記載されている。

 そうすると、本願発明は、検知器側の開口としては、ピンホール又は光ファイバーを用いるものを含むが、光源側の開口は、単一モードエネルギーガイドのみが用いられるものであり、前記の如く光源側に単一モードエネルギーガイドを用いることにより、検知器側のピンホールの開口の平均直径を0.6×λ/NA未満として、適切な解像度を得るものである。したがって、被告のこの点についての主張も失当である。


 [コメント]
@進歩性審査基準には、特許出願の発明に引用発明に対して有利な固有の効果が存在するときには、そのことを進歩性の判断において参酌すると記載されています。

A本事例は公知技術の組み合わせにおいて有利な発明の効果が参酌された事例です。本件特許出願の発明の構成のうちで光検知器の開口の平均直径が0.6×λ/NA未満であることは、円形単開口によるフラウンホーファ回折像の中央部の最も明るい部分(エアリーディスク)を意味し、エアリーディスクの外側の明環部は、誤信号の元になるので、これを構成要件とすることは先行技術に示唆されており、元より光伝達手段として単一モードエネルギーガイドを使用することもありふれているという特許庁の判断は一見当然のように見えますが、裁判所は審決を覆しました。2つの技術の組み合わせの技術的意義を評価したからです。

Bなお、本件では、特許出願人が裁判で主張した発明の効果を予め明細書により明確に書いておけば、特許出願の審査或いは審判の段階で権利になったのではないかと考えます。


 [特記事項]
 
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