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●平成20年(行ケ)第10121号・拒絶審決取消請求事件・認容


進歩性/特許出願/後知恵/切換弁

 [事件の概要]
@事件の経緯は次の通りです。

(a)原告は,発明の名称を「切替弁及びその結合体」(後に「切替弁」を「切換弁」と補正)とする発明について,平成8年6月27日にした特許出願(特願平8−185330号)の一部について,平成13年12月20日に新たな特許出願(特願2001−387025号)をし,さらに,上記特許出願の一部について,平成15年4月7日に新たな特許出願(特願2003−102825号。以下「本件出願」という。)をした。

(b)原告は,平成19年5月18日付けの拒絶査定を受け,同年7月10日,これに対する不服の審判(不服2007−19302号事件)を請求した。

(c)特許庁は,平成20年1月21日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年3月5日に原告に送達された。 

A特許出願の請求の範囲

 「【請求項1】

 蛇口と連結可能な原水流入口と,原水をそのままストレート状またはシャワー状に吐水する各原水吐出口と,浄水器に接続可能な原水送水口とを備えた切換弁本体並びに取っ手部分を備えた切換レバーとを有する切換弁であって,該切換弁本体の内部に,該切換レバーと連動して回動する回転軸の回動操作により各原水吐出口または原水送水口への水路の切り換えを行う水路切換機構及び該切換レバーによる回動伝達部にラチェット機構とを有するとともに,該切換レバーが,その取っ手部分の上面側または下面側の少なくとも一部分に,前記回転軸に対して常に平行となる略平面部を有する切換弁。」

[本願発明]

図1

[引用発明2]

図2

B特許出願に対する審決の内容

 本願発明は,特開平8−75018号公報(以下「引用文献1」という。甲1)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び実願平4−84419号(実開平6−49565号)のCD−ROM(以下「引用文献2」という。甲2)に記載された発明(以下「引用発明2」という。)に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない,というものです。

C特許出願に対する先行技術

 「水道の蛇口が挿入される原水導入口と,原水ストレート用分岐流路,原水シャワー用分岐流路と,浄水器用分岐流路とを備えた筒部並びにレバーとを有する切換弁であって,

 該筒部の内部に,該レバーの回動により回動する軸体の回動操作により各分岐流路への水路の切り換えを行う構成を有する切換弁。」(審決書3頁13行〜17行参照)

D特許出願に係る発明と引用発明との一致点・相違点

(a)一致点

 「蛇口と連結可能な原水流入口と,原水をそのままストレート状またはシャワー状に吐水する各原水吐出口と,浄水器に接続可能な原水送水口とを備えた切換弁本体並びに切換レバーとを有する切換弁であって,

 該切換弁本体の内部に,該切換レバーと連動して回動する回動軸の回動操作により各原水吐出口または原水送水口への水路の切り換えを行う水路切換機構を有する切換弁。」である点(審決書4頁15行〜20行参照)。

(b)相違点

 ア 「切換レバー」に関し,本願発明が「取っ手部分を備えた」ものであり,「その取っ手部分の上面側または下面側の少なくとも一部分に,回転軸に対して常に平行となる略平面部を有する」としているのに対し,引用発明はその様な特定をしていない点(審決書4頁21行〜24行参照)

 イ 本願発明が「切換レバーによる回動伝達部にラチェット機構を有する」としているのに対して引用発明ではその様な構成を有していない点(審決書4頁25行〜27行参照)。

E原告(特許出願人)の主張する取消事由

(a)取消事由1(相違点アに係る認定判断の誤り)

 審決には,以下のとおり,相違点アに係る事項が実質的に相違しないとの判断には,誤りがある。

 審決は,相違点アが実質的な相違点に当たらないと判断した。しかし,以下のとおり,

・引用発明のレバーがどの部分に平面部を有するかについての認定をしていないこと、

・「該切換レバーが,その取っ手部分の上面側または下面側の少なくとも一部分に,前記回転軸に対して常に平行となる略平面部を有する」との本願発明の構成が,引用発明の構成と実質的に相違しない理由が説明されていないことから,判断に誤りがある。

 (裁判所は、取消事由1に関して判断を示していないため、以下、省略します)

(b)取消事由2(相違点イに係る認定及び容易想到性判断の誤り)

 審決は,「蛇口に連結する切換弁において,水路切換機構を回動させる回動伝達部にラチェット機構を用いた発明が引用文献2に記載されている。」(審決書5頁11行,12行)と認定した上で,「引用発明と引用文献2に記載された発明は,蛇口に連結する切換弁において,水路切換機構を回動させる手段である点で共通するものであるから,引用発明において,回動伝達部にラチェット機構を用いることで相違点イに係る本願発明とすることは,当業者に容易である。また,本願発明の全体構成により奏される効果は,引用発明及び引用文献2に記載された発明から予測し得る程度のものと認められる。」(審決書5頁13〜18行)と判断した。

 しかし,上記審決の認定判断には,以下のとおり,誤りがある。

   ア 相違点イに係る引用文献2の認定の誤り

 「回動伝達部にラチェット機構を用いた発明が引用文献2に記載されている。」とした審決の認定は,以下のとおり,誤りである。

 引用文献2(甲2)の段落【0016】には,「この回転板9には,その回転軸を中心に180度ずらした二つの孔91,92と,60度ずつの6個の歯が形成されたラチェット歯車94とが形成されている。10は円板回転機構であり,押し部11の先に連接された金属板状の爪12とバネ13とを備えている。この押し部11を押す毎に,前記爪12が前記ラチュット歯車94の各歯を一つずつ押して,歯車を一山ずつ(60度ずつ)回転させるのである。」と記載されている。

 このように,引用発明2においては,押し部11及び爪12の直線運動が,ラチェット歯車94において回動運動に変換される。すなわち,引用発明2のラチェット歯車94は,「直動−回動変換部」に設けられているのであって,本願発明のように切換レバーの回動操作に連動して回転軸を回動させるために,回転運動が伝達される「回動伝達部」に設けられているのではない。

 この点について,被告は「引用文献2記載の発明は,・・・操作部材(押し部)は直線運動をするものであるが,操作部材に加えられる操作力は本願発明と同様,回転運動として伝達されるのであって,操作力を回転運動として伝達する構造の意味で,引用文献2記載の発明も,ラチェット機構を用いた「回動伝達部」を備えているということができる。」と主張する。

 しかし,本願発明は「回動伝達部に」ラチェット機構を有しているのであって,「操作力伝達部に」ラチェット機構を有しているのではない。したがって,「回動伝達部にラチェット機構を用いた発明が引用文献2に記載されている。」とした審決の認定は,誤りである。

zu

   イ 相違点イに係る容易想到性判断の誤り

 「引用発明において,回動伝達部にラチェット機構を用いることで相違点イに係る本願発明とすることは,当業者に容易である。」とした審決の容易想到性に係る判断は,以下のとおり,誤りである。

 (ア) 前述したように,引用発明2のラチェット歯車94は「直動−回動変換部」に設けられているのであるから,引用発明2のラチェット歯車94を引用発明の回動伝達部に対して,直ちに適用することはできない。

 また,引用文献1(甲1)の段落【0020】には,「軸体25の筒部22から突出された端部には,軸体25を自身の軸線を中心として回動操作するためのレバー39が固定されている。このレバー39は,軸体25の半径方向一側に突出され,軸体25の軸線回りに回動させることにより軸体25を回動させるようになっている。」と記載されている。すなわち,引用発明においては,レバー39を回動させることにより軸体25を回動させるから,引用発明の回動伝達部に対して,引用発明2のラチェット機構を適用する場合には,引用発明2において直線運動する「爪12」を回転運動するものに変換する必要がある。また,引用発明2において「押し部11」を直線方向に付勢する「バネ13」を,回転方向に付勢するものに変換する必要がある。

 このように,引用発明2のラチェット歯車94を引用発明の回動伝達部に対して直ちに適用することはできないのであるから,引用発明に引用発明2を適用することは,困難である。

 (イ) この点について,被告は引用発明2の水流切り換え機構に「直動−回動変換部」を備えたラチェット機構を見た当業者が,引用発明の回動操作されるレバーの回動伝達部に,「回動−回動変換部」を備えたラチェット機構を採用することは,格別の困難を伴うことなく,当業者が容易に想到し得ることであると主張する。

 しかし,

 @被回動部材と回動部材との間にラチェット機構を設けること,

 Aラチェット機構の構造として「直動−回動変換部」を備えたもの,

 B同様の構造として「回動−回動変換部」を備えたものが,被告主張のとおりいずれも本件特許出願前に周知技術であったといえるかどうかは明らかではない。

 なお,上記@〜Bが本件特許出願前に周知技術であったか否かは,審決には記載されておらず,審判においても審理の対象にもなっていない。

 仮に,訴訟提起の時点で@〜Bが周知技術であるとしても,本件特許出願前にこれらが周知技術であったか否かについて,被告は何ら立証をしていない。

 また,仮に本件特許出願前に@〜Bが周知技術であったとしても,「引用文献2記載の発明の水流切り換え機構に『直動−回動変換部』を備えたラチェット機構を見た当業者が,引用発明の回動操作されるレバーの回動伝達部に,『直動−回動変換部』と同様のラチェット機構としての機能を付与すべく,これを『回動−回動変換部』を備えたラチェット機構として適用することは,格別の困難を伴うことなく,当業者が容易に想到し得る事項である。」と判断することはできない。

 また引用文献2のラチェット機構において,回転運動を伝達するのは,ラチェット歯車より下流側の部材であり,「回動伝達部」にラチェット機構を用いたものとはいえない。

   ウ 本願発明の効果に係る判断の誤り

 審決は,「本願発明の全体構成により奏される効果は,引用発明及び引用文献2に記載された発明から予測し得る程度のものと認められる。」(審決書5頁17行,18行)と認定した。

 しかし,審決の上記判断は,誤りである。

 (ア) 引用発明2においては,ラチェット歯車94の接線に沿って押し部11および爪12が直線運動することで,ラチェット歯車94にトルクを作用させる。この場合の「腕の長さ」は,ラチェット歯車94の半径程度であって,比較的短い。そのため,大きなトルクを作用させるには押し部11を大きな力で押圧する必要がある。なお「腕の長さ」を大きくしてもよいが,ラチェット歯車94の半径が大きくなるため,製品外形の大型化及び製造コストの増加を招くことになる。

 これに対して,本願発明においては「取っ手部分を備えた切換レバー」を採用するとともに,「該切換レバーによる回動伝達部にラチェット機構とを有する」構成を採用している。この「取っ手部分」により,切換レバー回動時の「腕の長さ」が大きくなる。そのため,「取っ手部分」を小さい力で押圧しても,ラチェット機構に大きなトルクを作用させることが可能になる。これにより,本願明細書の段落【0023】に記載されているように「切り換え操作での負荷が少なく,スムーズに行うことができる。」という発明の効果を奏することができるのである。

 このように,本願発明は,引用発明及び引用発明2から予測し得ない顕著な効果を有している。

 (イ) また,引用発明2では,ラチェット歯車が“直動−回動変換部”に設けられているので,押し部11および爪12を直線運動させることにより,ラチェット歯車94を回転運動させている。この場合には,ラチェット歯車94を1歯分だけ回動させるたびに,押し部11を元の位置まで戻す必要がある。この引用発明2のラチェット機構を引用発明に適用した場合には,水路切り換えを2段階続けて行う場合でも,必ず1段階ごとに押し部11を元の位置まで戻す必要がある。

 これに対して,本願発明では,回動伝達部にラチェット機構を有している。この構成によれば,水路切り換えを2段階続けて行う場合に,レバーを元の位置まで戻す必要がなく,連続して切り換えを行うことが可能である。このように,本願発明は,引用発明及び引用発明2から予測し得ない顕著な効果を有している。

 (ウ) したがって,「本願発明の全体構成により奏される効果は,引用発明及び引用文献2に記載された発明から予測し得る程度のものと認められる。」との審決の前記判断は,誤りである。

F被告の反論は次の通りです(取消事由2に関する部分)

 ア 相違点イに係る引用文献2の認定の誤りに対し

 原告は,「回動伝達部にラチェット機構を用いた発明が引用文献2に記載されている」とした審決の認定は,誤りである旨主張する。

 しかし,原告の上記主張は,理由がない。すなわち,引用発明2は,回転板9に回転力を伝達するために,押し部11及び爪12等からなる円板回転機構10からの押圧力を,回転軸と一体のラチェット歯車94に伝達する構成となっており,操作部材(押し部)は直線運動をするものであるが,操作部材に加えられる操作力は本願発明と同様,回転運動として伝達されるのであって,操作力を回転運動として伝達する構造の意味で,引用発明2も,ラチェット機構を用いた「回動伝達部」を備えているということができる。したがって,審決の上記認定に誤りはない。

zu

 イ 相違点イに係る容易想到性判断の誤りに対し

 (ア) 原告は,引用発明2のラチェット歯車94は,「直動−回動変換部」に設けられているから,ラチェット歯車94を引用発明の回動伝達部に対し,適用することはできない旨主張する。

 しかし,@被回動部材と回動部材との間にラチェット機構を設けたもの,

 Aラチェット機構の構造として「直動−回動変換部」を備えたもの,及び

 B同様に「回動−回動変換部」を備えたものは,

 いずれも本件特許出願前,周知の技術事項である。「回動−回動変換部」を備えたラチェット機構としては,実公昭52−6058号公報(乙1),実公平6−40361号公報(乙2),実願平2−100722号(実開平4−57370号)のマイクロフィルム(乙3)がその例である。

 上記の周知技術を踏まえれば,引用発明2の水流切り換え機構に「直動−回動変換部」を備えたラチェット機構を見た当業者が,引用発明の回動操作されるレバーの回動伝達部に,「直動−回動変換部」と同様のラチェット機構としての機能を付与すべく,これを「回動−回動変換部」を備えたラチェット機構として適用することは,格別の困難を伴うことなく,当業者が容易に想到し得る事項であるといえる。

 審決では,上記の@ないしBの点がいずれも周知であることを明記していないが,実質的にこれらの点を踏まえて判断したものであり,引用文献2に記載されたラチェット機構の構造(直動−回動変換部)をそのまま引用発明に採用するのではなく,これを引用発明の回転操作されるレバーの回動伝達部に適用可能な構造として採用することを前提とした判断であり,当業者にとって自明の事項である。

 (イ) また,原告は,引用文献2のラチェット機構において,回転運動を伝達するのは,ラチェット歯車より下流側の部材であり,「回動伝達部」にラチェット機構を用いたものとはいえないと主張する。

 しかし,(直線運動の)操作力を回転運動として伝達する部分も,「回動伝達部」であるといえるから,引用発明2も,「回動伝達部」にラチェット機構を用いたものであるといえる。

 したがって,審決の判断に誤りはない。

   ウ 本願発明の効果に係る判断の誤りに対し

 原告は,「本願発明の全体構成により奏される効果は,引用発明及び引用文献2に記載された発明から予測し得る」とした審決の判断は,誤りである旨主張する。

 しかし,原告が主張する本願発明の顕著な効果とは,「取っ手部分を備えた切換レバー」を採用することにより,取っ手部分によって切換レバー回動時の「腕の長さ」を長くすることができるから,小さい力でラチェット機構に大きなトルクを作用させることが可能になるが,引用発明は取っ手を備えたレバーを回動操作するものであるから,引用発明に引用発明2を組み合わせることにより,上記のような効果が奏されることは当業者において容易に予測し得る。したがって,審決の上記判断に誤りはない。


 [裁判所の判断]
(A)裁判所は、取消事由2を理由ありと判断し、審決を取り消しました。

 引用発明と引用発明2とを対比すると,引用発明では,「該レバーの回動により回動する軸体の回動操作により各分岐流路への水路の切り換えを行う構成を有する切換弁」とされているとおり,その操作力の方向は,レバーを回すこと,すなわち回転(回動)であるのに対し,引用発明2では,「押し部11を押す」とされているとおり,操作力の方向が押し部を押すこと,すなわち直動であるとの点で,操作力の方向において相違する。

 そして,本願発明は,操作力の方向については,「該切換レバーと連動して回動する回転軸の回動操作により各原水吐出口または原水送水口への水路の切り換えを行う」とされているとおり,切換レバーを回動させるものであって,引用発明と共通する。さらに,本願発明では「取っ手部分を備えた切換レバー」と「該切換レバーによる回動伝達部にラチェット機構とを有する」構成の両者を採用することにより,「取っ手部分」を小さい力で押圧しても,ラチェット機構に大きなトルクを作用させることが可能になる等の効果を奏することが説明されている(もっとも,当裁判所は,そのような効果が格別のものであると解するものではない。)。

 そうすると,引用発明は,レバーと回転軸との関係においては,「回動−回動変換」方式を採用している点において,本願発明と共通するのに対して,引用発明2は,押し部と回転軸中心との関係において「直動−回動変換」方式を採用しており,押し部11を押す直動の操作力を回転板9の回動に変換するとの技術的特徴を備えている点において,引用発明及び本願発明と相違する。

 引用発明2の技術的特徴及び相違点を考慮するならば,引用発明と引用発明2とを組み合わせて本願発明の構成に到達すること,すなわち,引用発明2のラチェット歯94を,引用発明の回動伝達部に適用することにより,本願発明の構成である「該切換レバーによる回動伝達部にラチェット機構を有する」構成に至ることが容易であるとはいえない。

(B)裁判所は、被告の主張に対して次のように説諭しました。

 被告は,以下のとおり主張する。すなわち,

 @被回動部材と回動部材との間にラチェット機構を設けたもの等は,本件出願前に周知となった技術事項である,

 A審決では,上記の技術事項がいずれも周知であることは明記していないが,実質的にこれらの点を踏まえて判断したものであり,引用文献2に記載されたラチェット機構の構造(直動−回動変換部)をそのまま引用発明に採用するのではなく,これを引用発明の回転操作されるレバーの回動伝達部に適用可能な構造として採用することを前提として判断をしたものである,

 B引用発明2の水流切り換え機構に「直動−回動変換部」を備えたラチェット機構を見た当業者が,引用発明の回動操作されるレバーの回動伝達部に,「回動−回動変換部」を備えたラチェット機構を採用することは,格別の困難を伴うことなく,当業者が容易に想到し得ることであるなどと主張する。そして,本件訴訟において,周知文献として,乙1周知文献ないし乙3周知文献を提出する。

 しかし,被告の主張は,以下のとおり,採用できない。

 まず,そもそも,審決は,本願発明に係る容易想到性の判断に関しては,単に,「引用発明と引用文献2に記載された発明は,蛇口に連絡する切換弁において,水路切換機構を回動させる手段である点で共通するものであるから,引用発明において,回動伝達部にラチェット機構を用いることで相違点イに係る本願発明の構成とすることは,当業者に容易である」との説示をするのみであって,引用発明2に着目した実質的な検討及び判断を示していない。

 特許法第157条第2項第4号が,審決に理由を付することを規定した趣旨は,審決が慎重かつ公正妥当にされることを担保し,不服申立てをするか否かの判断に資するとの目的に由来するものである。特に,審決が,当該発明の構成に至ることが容易に想到し得たとの判断をする場合においては,そのような判断をするに至った論理過程の中に,無意識的に,事後分析的な判断,証拠や論理に基づかない判断等が入り込む危険性が有り得るため,そのような判断を回避することが必要となる(知財高等裁判所平成20年(行ケ)第10261号審決取消請求事件・平成21年3月25日判決参照)。

 そのような点を総合考慮すると,被告が,本件訴訟において,引用発明と引用発明2を組み合わせて,本願発明の相違点イに係る構成に達したとの理由を示して本願発明が容易想到であるとの結論を導いた審決の判断が正当である理由について,主張した前記の内容は,審決のした結論に至る論理を差し替えるものであるか,又は,新たに論理構成を追加するものと評価できるから,採用することはできない。

 以上のとおりであるから,レバーを回動させる操作力を,被回動部材に伝達する回動伝達部に,ラチェット歯を有するラチェット機構として備える構成が,本願出願前に公知又は周知であるか否か,引用発明に,ラチェットに係る公知又は周知の技術を適用することにより本願発明の構成に至ることが容易であるか否かの争点については,審判手続において,出願人である原告に対して,本願発明の容易想到性の有無に関する意見を述べる機会等を付与した上で,審決において,改めて判断するのが相当である。


 [コメント]
@進歩性の実務では、主引用例A+Bと副引用例C‘とを組み合わせても本件特許出願の発明A+B+Cの内容にならないと主張すると、Cは周知の技術であるから、副引用例の適用に際してC’→ Cと設計変更することが自明である、として拒絶査定を受けることがあります。

A進歩性審査基準によれば、「周知技術」とは、その技術分野において一般的に知られている技術であって、例えば、これに関し、相当多数の公知文献が存在し、又は業界に知れわたり、あるいは、例示する必要がない程よく知られている技術をいい、また、「慣用技術」とは、周知技術であって、かつ、よく用いられている技術とされています。

 従って、審査官の立場からすると、周知技術であるから拒絶理由通知書で具体的な文献を示す必要はないということになります。

Bしかしながら、特許出願人がこれに承服せず、争いになったときに、改めて周知技術の文献を集めてみると、ぴったりの引用例がなく、そうした場合に、事後分析的に、後知恵的な理由を付けて進歩性を否定するということになる傾向があります。
後知恵とは

C従って、本来なら、進歩性の判断材料は、周知例を含めて事前に全て揃えて、後知恵のバイアスがかからないように判断するべきです。

D本件において、裁判所は処分の後で“処分判断を差し替えたり、追加する”ことになる判断資料の補充は許されないと述べております。

E具体的には、ラチェット機構の用い方として、直動−回動の変換部、回動−回動の変換部の違いがあるときには、少なくとも事前に周知例を示すべきだと判断しました。


 [特記事項]
 
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