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判例紹介
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●昭和37年(ワ)第310号


利用発明/特許出願/新規性/ポリエステル繊維

 [事件の概要]
@事件の経緯

(a)原告は、英国内に本店を有する英国法人であり、“ 高重合結晶性または高重合微晶性物質の製造法”の発明について基づいて同国への特許出願に基づく優先権(優先権主張日:一九四五年九月二四日)を主張して我が国への特許出願を行い、特許権を取得しました(甲特許という)。

(b)さらに原告は、“高重合ポリメチレンテレフタール酸エステルから人造繊維を製造する方法”の発明について、別の英国特許出願に基づく優先権(優先権主張日:一九四一年七月二九日)を主張して日本への特許出願を行い、特許権(乙特許)を取得しています。

(c)被告は、ランダム共重合体を製造する方法((イ)号重合方法という)を実施していました。

(d)原告は、被告が甲乙特許を侵害しているとして提訴しました。

(裁判所は(イ)号重合方法が乙特許の技術的範囲に属しないとされたため、以下、これに関する攻防は省略します)。

A甲特許の請求の範囲の記載

 HO(H2)nOH系グリコールをテレフタール酸またはテレフタール酸の低級脂肪族エステルと反応させ、反応生成物を加熱して高重合された状態のエステルとすることを特徴とする高重合結晶性または高重合微晶性物質の製造法。

 内容を整理すると次の通りです。

 出発物…HO(H2)nOH系グリコール 

     テレフタール酸またはテレフタール酸の低級脂肪族エステル

 手段…両者を反応させ、反応生成物を加熱して高重合された状態のエステルとする

 目的物…高重合結晶性または高重合微晶性物質

B(イ)号重合方法の内容

 出発物 (イ)エチレングリコール
      (ロ)テレフタール酸またはその低級脂肪族エステル
      (ハ)イソフタール酸またはその低級脂肪族エステ

 (ただし、(ロ)(ハ)の配合割合は、(ロ)九〇―八五モルパーセント、(ハ)一〇―一五モルパーセントである。)

 手段  (イ)右三者を同時に反応させ、
     (ロ)反応生成物を冷間引抜性を有するにいたるまで加熱して、

 目的物  高重合エチレンテレイソタール酸エステル(ポチエチレンテレフタレート・イソフタート)という共重合体(エチレンテレフタレート単位対エチレンイソフタレート単位は九〇―八五対一〇―一五)

 を製造する方法である。


 [裁判所の判断]
@裁判所は、(イ)号重合方法の構成要件と甲特許との構成要件との対応関係を次のように判断しました。

・出発物の(イ)エチレングリコールとはポリメチレングリコールHO(H2)nOHのうちnが2のものである。

・(ロ)テレフタール酸またはその低級脂肪族エステルが甲特許方法の出発物の一つであるテレフタール酸またはその低級脂肪族エステルと同一である

・(ハ)イソフタール酸は二塩基性酸である(テレフタール酸の同族体)

 (中略)

・手段は二段階に分れ、第一段階においてテレフタール酸(またはその低級脂肪族エステル、以下テレフタール酸で代表させる)とエチレングリコールとが反応してTエステルを生成するとともに、イソフタール酸(またはその低級脂肪族エステル、以下イソフタール酸で代表させる)とエチレングリコールとが反応してビス―β―オキシエチルイソフタレート(イソフタール酸ジエチレングリコールエステル。以下Iエステルという)を生成すること、第二工程においては、第一工程の反応生成物であるTエステルとIエステルとを加熱することによって互にランダムに繰り返し反応させること
 
 以上の各点については当事者間に争いがない。

zu

A裁判所は、甲特許の出発物として第3成分を付加する可能性に関して次のように判断しました。
原告は、右出発物質はHO(H2)nOH 系グリコールとテレフタール酸に限定されるものではなくて、それらを反応させた上反応生成物を加熱することによって「高重合結晶性または高重合微晶性物質」が得られるかぎり、右二物質に第三成分を付加することはなんら排除されておらず、したがって、甲特許発明の方法は単独重合体だけではなくて共重合体の製法をも含むものであると主張している。なるほど、甲特許の請求の範囲の文言からすると、それが「高重合結晶性または高重合微晶性物質」の製造法を対象とするものであることは疑問の余地がないかのようにみえないわけではない。しかしながら、右特許請求の範囲の「高重合結晶性または高重合微晶性物質」なる記載は、なんら甲特許発明の方法における目的物が「高重合結晶性または高重合微晶性物質」一般であることを示すものではなくて、むしろ、全体の文脈から考えて甲特許発明に対する命名部分とみるべきものであろう。すなわち、右の方法における目的物は、「……特徴とする」なる部分に記載された特定の方法、つまり「HO(H2)nOH系グリコールをテレフタール酸またはテレフタール酸の低級脂肪族エステルと反応させ、反応生成物を加熱して高重合された状態のエステルとすること」によって生成される特定の物質にほかならないといわなければならないのであって、右特許請求の範囲に「高重合結晶性または高重合微晶性物質の製造法」なる包括的記載があるからといって、それのみを根拠に甲特許発明が共重合体の製造法をも含みうると解し、そのことからさらにさかのぼって、その出発物質がHO(H2)nOH系グリコールとテレフタール酸またはテレフタール酸の低級脂肪族エステル以外の第三成分を含むことを排除するものではないとするがごとき見解はとうてい採ることができないのである。いいかえるならば、甲特許方法における出発物としてポリメチレングリコールおよびテレフタール酸またはテレフタール酸の低級脂肪族エステル以外の第三成分を用いうるかどうかは、製造法に対する命名として右のごとき包括的記載がなされているかどうかにではなくて、そのことが甲特許明細書において開示されているかどうかにかかっているといわなければならないのである。

 しかるに、右特許請求の範囲に出発物質として第三成分を用いうる旨の記載が全く存しないことは右にみたとおりであり、また、<証拠>によると、甲特許明細書の「発明の詳細なる説明」の項にも第三原料を用いうる旨の記載は全く見当らないのである。もつとも、第三成分を排除する旨の記載が右いずれの項にも存在しないことは、これまた疑いのないところである。しかし、特許請求の範囲および発明の詳細なる説明の項に第三成分を排除する旨の記載が存在しないということは、明細書に前記のごとき開示がなされているかどうかを判断するについてはさして重要なことではないのであって、むしろ第三成分を用いうる旨の積極的記載が存在しないことが重要なのである。けだし、特許の対象である技術的思想は、特許明細書、なかんずくその特許請求の範囲に記載されることによって一般に公開されるものであるから、甲特許方法における出発物として第三成分を用いうるとの思想が開示されているといいうるためには、そのことが積極的に明細書に記載されていなければならないことは当然であり、そのような積極的な記載がない場合には、特段の事情がないかぎり、右のごとき思想は開示されていないというべきであって、第三成分を排除する旨の記載がないからといってその結論が左右されるものではないからである。そうだとすると、本件甲特許明細書の特許請求の範囲の項にも、また発明の詳細なる説明の項にも、出発物質としてHO(H2)nOH系グリコールとテレフタール酸またはテレフタール酸の低級脂肪族エステル以外の第三成分を用いうる旨の積極的記載が全く存在しない以上、これを排除する旨の記載の有無にかかわらず、かような第三成分を用いうる旨の思想は開示されていないというべきであり、それゆえにまた、甲特許発明における出発物は右二物質に限定され、またその目的物は高重合ポリメチレンテレフタール酸エステル(単独重合体)に限られるといわなければならないのである。

 ただ、甲特許明細書に右のごとき積極的記載が存在しない場合でも、甲特許優先権主張日当時における当該技術的分野の通常の専門家が、右明細書を一読することにより、その発明が共重合体の製法をも対象とするものであることを容易に推知することができたものと認められるようなときには、積極的記載がないにもかかわらずなお前記のごとき思想が開示されているものとみることができるから(右はいわゆる特段の事情に当る)、甲特許発明における出発物はなんら右二物質に限定されるものではないといわざるをえないであろう。そこで次に、本件において右のような事情が認められるかどうかについて検討することとする。

 (証拠に基づく)認定の事実からすると、甲特許優先権主張日当時すでに、若干の具体例から、共縮重合反応によって線状共重合体が得られることが知られており、実験結果にもとづいてそれら特定の共重合体の構造、性質がある程度明確にされていたことは明らかなところである。しかし、これら若干の実験例によって得られた右のごとき知見から、当該技術分野における通常の知識を有する者が、エチレングリコールとテレフタール酸とを反応させ、その反応生成物を加熱することによって高融点、難溶性の結晶性単独重合体を得ることができる旨の教示にもとづいて、テレフタール酸とイソフタール酸(モル比九〇―八五対一〇―一五)とエチレングリコールとから共縮重合体を得ることができ、しかもそれが、実用的繊維を形成しうる程度の結晶性、融点、難溶性を有することを、容易に推知することができたかどうかの点については、きわめて疑問であるといわざるをえない。

 去の一時点において、特定の技術分野における平均的専門家が当時の専門知識にもとづいて、一定の技術的思想から他の技術的思想を容易に推知しえたかどうかの点について判断することは、裁判所にとってきわめて困難なことであるといわざるをえないのであって、右の点について的確な判断を下すためには、当該技術分野において特別の学識経験を有する者の意見を参酌することがどうしても必要であるといわなければならない。ところが、右のごとき推知が容易であったことを肯定する学識経験者の意見は、本件証拠上全くうかがわれない。(中略)

 以上の各事実を総合して考えるならば、甲特許優先権主張日当時の当該技術分野における通常の専門家が、当時の知識にもとづいて、甲特許明細書の記載から、テレフタール酸およびイソフタール酸(モル比九〇―八五対一〇―一五)とエチレングリコールとから共縮重合体を得ることができ、しかもその共縮重合体が実用的繊維を形成しうる程度の結晶性、融点、耐溶剤性を有するであろうことを容易に推知することができたものと認めることはできないといわざるをえないのである。

 そうだとすると、本件においては、前記のごとき特段の事情はなんら存在しないというべきであるから、甲特許発明が共重合体の製法をもその対象とするとの思想はなんら開示されていないといわなければならず、したがって、甲特許方法における出発物がポリメチレングリコールとテレフタール酸またはテレフタール酸の低級脂肪族エステルに限定され、また、その目的物が高重合ポリメチレンテレフタール酸エステル(単独重合体)に限られるとの前示結論になんらかわりはないといわなければならない。

zu

 そこで、以上認定の各事実を総合して判断するならば、甲特許発明の技術的範囲は次のとおりであると認定するのが相当である。すなわち、

(イ)、HO(H2)nOH系グリコール、すなわち、ポリメチレングリコールとテレフタール酸またはテレフタール酸の低級脂肪族エステルを用い(右二物質に限定され、第三成分を含まない)

(ロ)、右両者を反応させ

(ハ)、反応生成物(Tエステルn)を冷間引抜性を有するにいたるまで加熱することにより、

(ニ)、高重合ポリメチレンテレフタール酸エステル(単独重体)
を製造する方法である。

 原告は、被告の実施する(イ)号重合方法は甲特許発明の技術範囲に属すると主張しているけれども、

 (イ)号重合方法が、

 1(イ)エチレングリコールと
  (ロ)テレフタール酸またはその低級脂肪族エステルとを用い(ただし、(ロ)対(ハ)は九〇―八五対一〇―一五)

 2(イ)右三物質を同時に反応させ、
  (ロ)反応生成物(TエステルとIエステル)を冷間引抜性を有するにいたるまで加熱することにより、

 3 ポリエチレンテレフタレートイソフタレートというランダム共重合体(T対Iは九〇―八五対一〇―一五)を製造する方法であることは前記のとおりであって、これを甲特許発明の前記技術的範囲と対比してみるならば、

 出発物として第三成分、つまりイソフタール酸またはその低級脂肪族エステルが用いられている点および目的物がポリエチレンテレフタレートなる共重合体である点においてこれと異なるものであることは明白であるから、(イ)号重合方法はなんら甲特許発明の技術的範囲に属するものではないといわなければならない。

A裁判所は、(イ)号重合方法は甲特許発明を利用するものか否かに関して次のように判断しました。

(a)原告は、(イ)号重合方法は甲特許発明を利用するものであるから、原告の実施許諾を得ない以上、甲特許を侵害するものであると主張するので、この点について検討する。

(b)原告は、一般に特許発明の利用とは、先行特許発明の技術思想を全て利用し、これに何らかの技術的付加がなされることであるとし、かつ、本件においては、甲特許明細書の記載および甲特許発明の意義から考えて、その技術思想は、酸成分としてテレフタール酸を用いて繊維形成能力ある高融点の結晶性ポリエステルを得ることであると主張する。

 (中略)

 本件甲特許優先権主張日当時、HO(H2)nOH系グリコールと炭酸、修酸、コハク酸等の二塩基性酸とを加熱して反応させ、その反応生成物を高真空下でさらに加熱してエステル交換反応を進行させる方法により、過剰のグリコールを蒸溜除去しながら、高重合された結晶性で繊維形成能ある線状ポリエステルを製造することができること(ただし、低融点)、芳香族二塩基性酸であるフタール酸とグリコールとからも、右と同様の方法で線状ポリエステルを生成することができること(ただし、非晶性)はいずれも公知であり、したがって、甲特許発明は、繊維形成能ある高融点かつ結晶性のポリエステルを製造するためグリコールと反応させるべき酸成分として、分子対称性のよい芳香族二塩基性酸であるテレフタール酸(またはその低級脂肪族エステル)を用いた点にその新規性を有するものであることは明らかであるといわなければならない。

(c)しかしながら、甲特許発明の新規性の存する右の点をもって同発明の技術思想であるとし、これを使用することがすなわち甲特許発明の利用であるとする原告の主張は、当裁判所の採らないところである。その理由は以下のとおりである。

 特許発明の利用という概念はもともと、特許法七二条に由来するものであって、同条によると、特許発明が先願の特許発明を利用するものであるときは、業としてその特許発明を実施することができないとされている。いうまでもなく右法条は、特許発明相互の関係を規定したものであって、ある発明がなんらかの点において新規性ありとして特許された場合でも、それが先願特許発明を利用する関係にあるときは、先願特許権者の許諾なくして自己の特許発明を実施することができないとするものであるが、その趣旨とするところは、右両発明の間に、後願特許発明を実施しようとすればかならず同時に先願特許発明を実施せざるをえないという関係、つまり先願特許発明を実施することなしに後願特許発明を実施することができないという関係が存在するところから、後願特許発明を業として実施するには先願特許権者の許諾を得なければならないとしたものであると解せられるのである。そうだとすると、そこにいわゆる特許発明の利用なる概念は、先願特許発明を実施することなしに後願特許発明を実施することができないような関係を意味するものといわなければならない。

(d)ところで、ある特許発明と後行発明との間に右のごとき関係が生ずるのは、後行発明が特許された場合のみに限られるわけではなく、後行発明が特許されていない場合においても同様の関係が成立しうることはいうまでもないところであって、特許法七二条はそのうち後行発明が特許されている場合についてのみ規定しているにすぎない。つまり、特許発明の利用関係は、後行発明が特許されていると否とにかかわらず、特許発明を実施することなしにその後行発明を実施することができないという関係が成立する場合に認められるのである。ところが、特許権者の許諾なしにその特許発明を実施することはすなわち、その特許を侵害することにほかならないのであるから、この観点からすれば、特許発明の利用関係は特許権侵害の一態様にすぎないということになり、本件において甲特許発明の利用関係が問題となりうるのも、その意味においてであるにほかならないといわねばならないのである。

(e)このように考えてくると、本件(イ)号重合方法が甲特許発明を利用することによってこれを侵害するものかどうかは、甲特許発明を実施することなしに(イ)号重合方法を実施することができないという関係が成立するかどうか、つまり、(イ)号重合方法が甲特許発明の要旨ないしはその技術的範囲に属する重合方法「以下、甲特許重合方法という」をそつくりそのまま含むものかどうかによって決せられるものといわなければならない。

zu

 そもそも化学方法の特許では、出発物、操作(処理)手段、目的物の有機的な一体性(結合)が特許要旨を構成しており、これらの一体関係が発明思想であって、甲特許発明の技術的範囲もまた前記認定のごとく、その発明における新規部分たる出発物質としてテレフタール酸またはその低級脂肪族エステルを用いる点のみならず、その他の公知部分をも含んだ方法全体に及ぶものであり、それら新規部分、公知部分で有機的に一体となって不可分的に甲特許発明の方法を構成していることは明らかであるから、酸成分としてテレフタール酸を用いて繊維形成能ある高融点の結晶性ポリエステルを得るとの技術思想だけをそのまま使用することがすなわち甲特許の利用であるとする原告の前記主張は、とうてい採用することができないのである。

(f)(イ)号重合方法の出発物には甲特許重合方法の出発物が全部含まれており、甲特許重合方法の出発物であるエチレングリコールとテレフタール酸またはその低級脂肪族エステルを使用する点において両方法がその軌を一にするものであることは明らかであり、ただ、(イ)号重合方法にあっては右二物質のほかにイソフタール酸(またはその低級脂肪族エステル)が出発物に付加されているにすぎないといわなければならない。

(g)手段に関して、甲特許重合方法における手段の第一段階が出発物を反応させることであり、第二段階がその反応生成物を冷間引抜を有するにいたるまで加熱することであること、また、(イ)号重合方法における手段の第一段階が出発物をたがいに反応させ、第二段階がその反応生成物を冷間引抜性を有するにいたるまで加熱することであることは、いずれも前記認定のとおりであるから、甲特許重合方法と(イ)号重合方法とは手段の点においてなんら異なるところはないということができる。

(g)目的物に関して、甲特許方法の目的物が高重合ポリメチレンテレフタール酸エステル、すなわちT単位のみが五〇以上結合した単独重合体であるのに対し、(イ)号重合方法における目的物がポリエチレンテレフタレート・イソフタレート(九〇〜八五対一〇〜一五)、すなわちT単位とI単位とがランダムに結合したランダム共重合体(T単位とI単位との割合は平均して九〇〜八五対一〇〜一五)であること、右両物質が化学構造を異にする別物質であることは当事者に争いのないところである。

(h)以上の比較検討の結果を要約すると、(イ)号重合方法にあっては、その出発物質において甲特許重合方法の出発物が全部含まれ、また、手段においても甲特許重合方法のそれとなんら異なるところはないけれども、出発物においてイソフタール酸(またはその低級脂肪族エステル)の付加があり、その結果T単位とI単位とがランダムに結合したランダム共重合体が生成する反応がおこり、その目的物として甲特許重合方法による、T単位のみの単独重合体とは化学構造を異にする別物質であるランダム共重合体を生成する点において異なっており、このような異った点のあること自体からみると、(イ)号重合方法は一見甲特許発明の要旨をそっくりそのまま含むものではないといわざるをえないかのように思われるのである。しかし、物質特許ではなくて方法の特許である甲特許の重合方法と比較して、その目的物が化学構造を異にする別物質であるというだけでは、(イ)号重合方法が甲特許発明の要旨をそっくりそのまま含むものではないと判定することはできないであろう。けだし、物を製造する方法の発明の特許にあっては、その方法によって製造された物自体はもちろんのこと、その方法によってもたらされる作用効果を保護の対象とはせられないのであって、そのような作用効果をもたらす解決手段のみが保護されるからである。

 けれども、化学方法の特許では構成要件における出発物から操作(処理)手段を経て、ある特定の目的物の生成という有機的なつながりの一体関係が発明思想であるから、出発物に第三成分を付加することによって生成される目的物の本質的性格が変化したり、あるいはその有用性効能が著しく増大したりするとき、つまり作用効果が著しく異なるときは、付加前の目的物が生成されずにこれとは異質の目的物が生成されるのであって、そのことは付加前の出発物操作(処理)手段そして特定の目的物の生成という構成要件のつながりの一体関係が破られていることを示すものに外ならない、この場合には付加に基因して新たなつながりの一体関係が生じているみるべき場合である。すると、そこには付加前の発明思想がそのまま含まれているわけでないから、利用関係は成立しないといえるであろう。

 つまり、第三成分の付加によって全く性質を異にする解決手段となったのであって、方法としては全く別個のものといわなければならないのである。その限りにおいて作用効果もまた、特許権による直接の保護の対象である方法を比較するうえで重要な意義を有するものというべきであり、その意味で本件においても、甲特許重合方法と(イ)号重合方法との目的物の性質の比較がどうしても必要となってくるといわなければならないである。そこで以下、目的物の性質を比較検討することとする。

 (中略)

 甲特許重合方法と(イ)号重合方法とは、出発物としてエチレングリコールとテレフタール酸とを用いる点において一致し、手段においてもなんら異なるものでなく、またその目的物の性質においても、実用的繊維の製造という観点からすれば多くの点において差異はあるがきわめて類似しているといわざるをえないことは前記のとおりであるけれども、甲特許重合方法は単独重合体である高重合ポリメチレンテレフタール酸エステルを生成するための右のごとき重合反応を目的とするものであるのに対し、(イ)号重合方法は、これとは全く異った化学反応であって、しかも甲特許重合方法によってはもたらされえない新規かつ著大な効果を伴うところの共重合反応を目的とするものであるから、両者は重合方法としては異なる性格をもった別異のものであるといわざるをえないのである。


 [コメント]
@本件は、製造方法の発明における利用発明の考え方を示す判決として紹介しました。すなわち、

出発物、操作(処理)手段、目的物の有機的な一体性(結合)が特許要旨を構成しており、これらの一体関係が発明思想である

・方法発明の構成のうち新規性のある部分だけを技術思想として、その技術的思想の全部を利用すれば利用発明が成立するものではない、

 ということです。

 このように先願発明の構成全部をそっくり含むことで利用発明が成立するという考え方を、そっくり説と言います(→そっくり説とは)。これは現在の利用関係の定説となっています。

Aまた判例は、A+B→Xの反応式で表される製造方法の出発物に明細書に記載されていない第3成分が含まれるかどうかは、特許出願時(優先権が主張されるときには優先権主張日)の技術常識により判断するとしています。

B利用発明の考え方は以上の通りですが、それを事件に当てはめるのは、裁判所も認める通り、非常に難しい判断だったようです。本件は、高等裁判所で和解が成立しています。

 またよく似た事案で反対の結論に至ったケースもあります(京都地判43.10.24)。


 [特記事項]
 
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