[事件の概要] |
@本件特許出願の経緯 原告は、 昭和三五年八月一日名称を「接着用銅材料の表面処理法」とする発明について特許出願(特願昭35?33591号)し、 昭和三七年四月一七日拒絶査定を受けたので、拒絶査定審判を請求し、 昭和四〇年七月一九日出願公告(特公昭40?15327号)がなされたところ、同年九月一三日F会社及びM会社からそれぞれ特許異議の申立がなされ、 →付与前異議申立とは 昭和四四年七月一五日、これら異議申立に基づいて特許庁が右審判事件について「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をしたため、本件訴訟に至りました。 A本件特許出願の請求の範囲 銅材料の表面に銅のヤケ鍍金を施した後、該面に接着剤を使用し、または使用せずして合成樹脂含浸紙または布からなる積層板を密着せしめることを特徴とする銅貼積層板の製造法 B本件特許出願の明細書の発明の詳細な説明の記載 (a)電着銅の粗表面に直接絶縁材料を接着して銅貼積層板を製造する方法が本件特許出願前に当業者間に周知であつたが、この方法による場合は銅材料と絶縁材料との間の剥離抗力が極めて劣弱であつた。本発明はかかる点に着目し、「銅材料の表面に銅を電気科学的に析出させて粗面化することにより、かかる欠点を改善しよう」とするものである。 (b)一般に銅を電解析出せしめる時の浴電圧(電流密度)と析出する銅結晶との関係は次の通りである。 ・浴電圧が極めて低いと析出しないか、緻密につかない。 ・浴電圧を高くすると表面が平坦で結晶粒形が多角形である析出層を生ずる。 ・浴電圧をさらに高くすると、表面がやや粗面で結晶粒は柱状(又は縦長繊維状)になる。 ・浴電圧をさらに高くすると、表面が粗面で暗赤色・金属光沢のないヤケ鍍金となる。 (c)ヤケ鍍金は良鍍金と性質が異なり、従来は使い物にならないとして当業者は専らこれを避ける努力をしていた。 (d)特許出願人らは、その表面が粗面になることに着目し、銅材料の表面にヤケ鍍金(円柱状独立突起を一面に有するもの)を施し、有機物質表面を持つ基板と密着させて銅貼積層板を作成したところ、剥離抗力が極めて大きくなることを見出した。 (e)ヤケ鍍金の外形形状を限定した理由は、ヤケ鍍金処理の電解要因の選択如何によっては、銅析出物の状態が突起の生起が低すぎたり、先太の形状の物又は海綿状或いは銅粉化したもの等となり、本発明で挙げ得た優れた剥離抗力を有する接着が得られないためである。 C本件特許出願の先行技術 審決の第一引用例には「電着銅の銅粗表面に合成樹脂含浸紙からなる積層板を密着して銅被覆積層板を製造する」旨の記載があり、これが本件特許出願の明細書に記載された周知技術に関するものであることに争いはない。 引用発明も前記周知方法の欠陥の改善を目的とし、銅材料と絶縁材料との接着力を強化させるために、予じめ銅材料の表面に、酸化剤を加えたアルカリの水溶液にこれを浸漬するなど周知の方法によって、銅酸化物層を形成させたうえ、銅材料をこれとは別の物体である銅酸化物層を介して絶縁材料と接着させることを主要な構成要件とするものであるが、銅材料の粗表面自体を使用することはない。 D本件特許出願に対する審決の内容 審決は、願発明が第一引用例の記載から当事者が容易に推考できたものであることを肯定する理由として、本願発明は同引用例に示された銅粗表面(銅粗表面自体および銅粗表面に銅酸化物層を形成させたものの両者を指す)として、単にヤケ鍍金を施した銅電着粗面を用いた程度のものである旨説示している。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、審決に関して次のように判断しました。 審決の説示はその趣旨が曖昧であるが、さきに認定したところに照らせば、引用発明の方法が銅粗表面自体を使用することがあるものと誤認したか、銅粗表面自体を使用することとこれに前認定の銅酸化物層またはヤケ鍍金層を形成させたものを使用することを漫然同一視したものと解され、いずれにしても十分な理由の説示とは認められない。 A裁判所は、訴訟での被告(特許庁)主張に関して次のように判断しました。 (a)被告は、第一引用例には表面粗度を大きくすれば接着力が大きくなる旨の記載があるから、本願発明は同引用例の記載から容易に推考できたものである旨主張する。 (b)同引用例に、引用発明の前認定の構成が接着力を強化する作用効果を生ずる理由の説明として、被告主張の趣旨の記載があることおよび銅表面にヤケ鍍金を施すと粗度が大きくなることは当事者間に争いがない。 (c)しかし、 〈証拠〉によれば、 ・表面の粗度、すなわち真の表面積の幾何学的表面積に対する比率を大きくすれば接着力が大きくなるという命題は、本件特許出願前俗説としては存在したが、学説または理論としてこれを主張するものは皆無であり、むしろこれとは反対の実験結果がいくつか報告されていたこと、 ・当時の学説ないし理論によれば、表面粗度を大きくした場合には、清浄な面または反応性に富む面を作るなどの長所があると同時に、空隙が残りその部分に応力が集中しそこから破壊がはじまるなどの短所があること、 ・表面粗度のほかに表面粗化の方法、例えば機械的方法によるか化学的方法によるかによって接着力が異なることが指摘され、表面粗度と接着力との関係は複雑で一義的に説明することはできないとされていたこと、 以上の事実が本件特許出願前における当業者の技術常識であつたことが認められる。 (d)そうだとすると、第一引用例記載の前記命題は真実に反しており、かつそのことが本件特許出願前当業者間に周知であつたことが明らかであるから、被告の前記主張はすでにその前提を欠くものであるのみならず、 右認定の本件特許出願前における当事者の技術常識を基準にして考えれば、本願発明は第一引用例の右記載から容易に推考できたものということはできない。 (e)そして第一引用例の発明においては銅材料の表面に酸化物層を形成させるものであるのに対し、本願発明においては銅材料の表面に銅のヤケ鍍金を施すものであること前認定のとおりであるから、両者は銅表面の粗化の方法を異にし、かつ、銅材料と絶縁材料との間に銅酸化物層が介在するかどうかの構造にも差異があるというべきである。 (f)したがって右引用発明からして当業者が容易に本願発明に想到することができると認めるのは相当でないといわざるをえない。 Bさらに裁判所は、本件特許出願に係る発明に関して次のように評価しました。 (a)銅の電気鍍金の際に限界電流密度を越える電流が流れると原告主張のヤケ鍍金の現象が生ずることが本件特許出願前当業者間に周知であつたことは当事者間に争いがないところ、前叙のとおり、審決はこれを本願発明の容易推考性を認める理由の一としている。 (b)しかし、前認定の本願発明の目的および構成と〈書証〉を総合すれば、 ・本願出願前にヤケ鍍金の現象は産業上価値のない不良現象として当業者に認識されていたこと、 ・本願発明者は、右ヤケ鍍金の現象が本願発明の目的である銅材料と絶縁材料との接着力の強化のため有益な作用効果を有すること、 ・すなわち、右ヤケ鍍金の現象を本願発明の目的を達成するのに適した態様(この態様は当業者の適宜選択すべきものである。)において利用するならば、前認定の周知方法による場合と比較して剥離抗力が約3.4倍ないし八倍増大することを発見し、この知見に基づいて本願発明を完成したこと が認められるから、ヤケ鍍金の前記作用効果の発見が当業者にとって容易な場合でなければ、ヤケ鍍金の現象自体が周知であっても、本願発明が容易に推考できたものと認めることはできない。 (c)そして、接着力と表面粗度との関係は複雑で一義的に説明することはできないというのが本件特許出願前当業者の技術常識であつたことは前認定のとおりであるから、銅にヤケ鍍金の現象が生ずると銅表面の粗度が大きくなることが周知であつたとしても、ヤケ鍍金の有する前記作用効果を発見することは当業者にとって必ずしも容易ではなかつたものと認めるのが相当である。 (d)したがって、ヤケ鍍金の現象が周知であつたことだけでは本願発明が容易に推考できたものと認める理由にはならないことが明らかである。 (e)以上判示したとおり、審決には原告主張の違法があることが明らかであるから、原告の請求を認容し |
[コメント] |
@本事例は、事実に反する事項(いわゆる俗説)は進歩性の判断の基礎に用いることができないことを示したものです。 Aもともと本件発明は、物の表面に鍍金を施す際に過剰な電圧をかけることで生ずる不良現象(ヤケ鍍金)に絶縁材との接着力を高めるという有用性を見出し、これを接着用銅材料の表面処理法として有効利用するものです。 B審決は、その点を十分に評価せず、過剰電流を流すとヤケ鍍金を生ずることが特許出願前に周知であることを以て進歩性を否定したものであり、裁判所から進歩性を否定する論理が不明確であると指摘されていました。 C審決取消訴訟において、特許庁は‘引用例には“表面粗度を大きくすれば接着力が大きくなる”旨の記載があるから、本願発明は同引用例の記載から容易に推考できた’と主張しますが、その記載内容自体が前述の事実に反する事項(俗説)に過ぎず、いわゆる事後的分析(後知恵)であると言わざるをえません。 →後知恵とは |
[特記事項] |
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