[事件の概要] |
@本件特許出願の経緯 (a)甲(原告)は、名称を「5角柱体状の首筋周りストレッチ枕」とする発明につき、 平成20年10月31日に特許出願(特願2008−280947号)をし、 平成25年6月19日付けで拒絶理由通知を受け、ついで拒絶査定を受けたため、 平成26年6月15日に拒絶査定不服審判請求(不服2014−11286号)をし、 特許庁(乙)によって「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決が出されたため、審決取り消しを求めて本件訴訟に至りました。 A本件特許出願の請求の範囲 「発泡プラスチック等弾力性のある材料で作られた5角柱体状の首筋周りストレッチ枕」 B本件特許出願の発明の概要 裁判所が認定した本件特許出願の内容は次の通りです。 (a)発明の目的 本願発明は、ベッドや床上で首筋、頸椎、頭皮等のストレッチが手軽にできる用具に関するものである。(【0001】) 従来、安眠を目的とする通常の睡眠用枕で首筋周りのストレッチをするには、いろいろと困難を伴っていたが、本願発明は、ベッド上での首筋周りのストレッチに伴うこれらの困難を解決する用具を安価に提供することを目的とする。(【0002】〜【0004】) (b)発明の構成・効果 本願発明は、「発泡プラスチック等弾力性のある材料で作られた5角柱体状の首筋周りストレッチ枕」との構成であるところ、これにより、次の効果を奏する。 ・本願発明の首筋周りストレッチ枕を、床に置いたり睡眠用枕の上の任意の位置に任意の方向に置いたり睡眠用枕に立てかけたりして使用することできる。睡眠用枕の上に置いて使用する場合には、枕の上で首を前後左右に押したり、引いたり、曲げたり、捩じったりして、首筋周りのストレッチをするために必要な動作、すなわち、顎を低く沈めたり、顔や頭部を自由に動かしたり、廻り込ませたりすることを可能にする高さと空間が確保できる。(【0007】【0013】)(【図2】)(【図9】) ・本願発明の首筋周りストレッチ枕は、手で簡単に移動できるので、稜線を境にして向きが異なる二つの斜面を頭や顔のいろいろな箇所に任意の方向から容易に当てることができる。また、稜線がはっきりしているので、眼や鼻の近くでも目鼻が押しつぶされないギリギリの所まで好みの面を当てることができる。このように、ストレッチに効果的な面を容易に作り出すことができる。(【0007】) ・本願発明の首筋周りストレッチ枕は、5角柱体状であるから、頭を枕にこすり付けても滑りを起こさずに強い抗力、強い摩擦力を引き出してくれるので、人間が仰臥又は横臥の姿勢で枕に頭をこすり付けたり、引っ掛けたりするストレッチ運動を、他の角柱体状又は円筒体状の枕よりも容易にかつ安定して行うことができる。例えば、3角柱体は、急斜面すぎて使いにくく、7角以上の柱体は、一辺が短いので転がりやすく不安定であり、また、頭との接触幅が小さいので感触が劣る。(【0011】【0015】) [本願発明] [引用発明] [周知技術] C本件特許出願の先行技術 (A)主引用例(引用発明)として、特開2003−102607号公報が、また周知技術(枕の形状5角柱とするであること)として、特開2008−125974号公報、特開2006−102018号公報、特開平7−275098号公報があります。 (B)主引用例について 裁判所が認定した引用発明の内容は次の通りです。 (a)発明の目的 引用発明は、弾性体円柱形状の丸形枕に関するものである。(【0001】) 一般的な枕は、就寝中に頭と接する部分が傾斜したり沈み込んだりする、頭から外れて寝首を痛める、寝たきり状態などでは枕を移動させて任意の部位にあてがうことが難しいという問題があった。引用発明の目的は、容易に転がして首筋、頭、背、腰など体の任意の部位にあてがうことができ、また、その部位をわずかに上げることで、そのまま転がして容易にあてがい直すことができる転がり枕を提供することにある。(【0001】【0003】【0004】) (b)発明の構成 「適度な弾性を有するウレタンフォームや発泡スチロール若しくはゴムなどの弾性体で作られた、多角形状の外周面をもつ転がし容易な形状の、容易に転がして首筋の任意な好みの部位にその円頂部を宛がう転がり枕」 (c)発明の効果 引用発明の転がり枕は、その外周面を多角形の転がりやすい円柱形状にしてあるので、仰向けの姿勢で寝ていても、横向きの姿勢で寝ていても、頭をわずかに上げれば簡単に転がして頭部、首筋など任意の部位にあてがうことができる。また、背、腰など、体の任意の位置にあてがう敷き枕としても使用することができる。いずれの場合でも、体のその部分をわずかに上げて転がせば、任意の部位に容易にあてがい直すことができるという効果を奏する。(【0004】【0005】【0007】【0009】) D本件特許出願に対する審決の内容 (a)本件特許出願に係る発明(本願発明)と引用発明との一致点 「発泡プラスチック等弾力性のある材料で作られた多角柱体状の首筋周り枕」 (b)本願発明と引用発明との相違点 (イ)相違点1 本願発明が「首筋周りストレッチ枕」であるのに対し、引用発明では、「容易に転がして首筋の任意な好みの部位にその円頂部を宛がう転がり枕」である点。 (ロ)相違点2 本願発明が「5角柱体状」であるのに対し、引用発明では、「多角形状の外周面をもつ転がし容易な形状」であるものの、「5角柱体状」かは明らかではない点。 (c)審決の判断 (イ)相違点1 ・引用例の記載(【0010】)によれば、引用発明の転がり枕を首筋伸ばしの用途に用いることが示唆されている。 ・首筋周りのストレッチ器具ないし枕は、従来周知の技術事項である。 ・本願明細書の記載(【0013】【図9】)に照らせば、本願発明のストレッチ枕は、転がり枕としての使用態様も予定されているといえる。 ・そうすると、引用発明において、転がり枕を首筋伸ばしの用途として用いるために、首筋周りストレッチ枕として構成することは、当業者が容易に想到し得た。 (ロ)相違点2 ・一般に、枕の断面形状を5角形とすることは、従来周知の技術事項である。 ・引用発明の転がり枕は、多角形状の外周面を持つ転がし容易な形状のものであるから、多角形状の一形態として、従来周知の技術事項に照らして5角形の断面形状を選択して、5角柱体状の転がり枕を構成することは、当業者にとって容易である。 ・そうすると、引用発明において、多角柱体状の枕の形状を5角柱体状に限定することは、当業者が容易に想到し得た。 (ハ)従って、本願発明は、引用発明及び従来周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができない。 E特許出願人が主張する取消事由 (A)取消事由1(相違点1の判断の誤り) (a)審決は引用発明の転がり枕を首筋伸ばしの用途として用いることができると判断する。 (b)しかしながら、引用発明の転がり枕は安眠用のものであり、そのストレッチ効果は小さいが、本願発明のストレッチ枕は、簡易・小型・使いやすい装置であるにもかかわらず、安全で、かつ、頸椎の牽引、旋回などを含めた種々のかつ高度なストレッチを可能とする。このように、転がりやすいという発想から生まれた引用発明の転がり枕と、ストレッチのために頭と枕を一体として旋回できる本願発明のストレッチ枕とは、技術思想が異なる。 (B)取消事由2(相違点2の判断の誤り) (a)審決は、5角形の断面形状の枕が周知の技術事項であり、引用発明の転がり枕の一形態として、5角形の断面形状を選択して5角柱体状の転がり枕を構成することが容易であると判断する。 (b)しかしながら、本願発明のストレッチ枕は、枕面からの抗力に着目し、これを利用してストレッチをするものであり、その最適形状として、任意の場所で任意の方向に作用を加え得る5角柱体状としたのであり、むしろ、枕が転がらないようにしたものである。したがって、引用発明の転がり枕から本願発明のストレッチ枕は導かれない。 F特許出願人の主張する取消事由に対する特許庁の反論 (A)取消事由1(相違点1の判断の誤り)に対して (a)引用発明は、体の任意な部位に転がして宛行指圧する背筋伸ばしの敷き枕としても使えるのであるから(引用例【0010】)、その用途は安眠用枕に限られることはない。 (b)本願明細書には、本願発明のストレッチ枕によれば、自分自身で力の強さ加減や危険度を感じながら力を加えられるとするが(【0009】)、力の入れ加減を知らない素人が本願発明のストレッチ枕を使用すれば、突如として力の強さ加減や危険度を感じることができるというのは不自然であり、力の入れ加減が難しいのであれば、それは、本願発明であっても従来の枕についても同じことである。 (c)したがって、従来技術と本願発明との間で、頸椎の牽引方法の差異といったストレッチ方法の違いがあるとしても、本願発明の構成を採用することと高度なストレッチが可能になることとの間には、必ずしも相関関係はないし、本願発明の構成を採用することで直ちに安全にストレッチができることにもならない。 (d)また、本願発明は、首筋周りストレッチ枕の発明であるところ、首筋周りのストレッチには種々の態様のものが含まれるから(本願明細書【0012】〜【0014】)、本願発明のストレッチを、枕面からの抗力を利用したストレッチ方法に限定して解釈すべき理由もない。 (B)取消事由2(相違点2の判断の誤り)に対して 枕が転がれば、枕面からの抗力を利用したストレッチができないとしても、5角形の枕であっても、枕の弾性によるたわみが小さく、かつ、枕と設置面との間の摩擦力が小さければ、頭を枕面に押し付けたときに転がることは十分に想定されるのであり、5角形の断面と転がりにくさとの間には、必ずしも相関関係はない。 |
[裁判所の判断] |
@裁判所は、取消事由1に関して理由なしと判断しました。 (a)相違点1は、「本願発明が『首筋周りストレッチ枕』であるのに対し、引用発明では、『容易に転がして首筋の任意な好みの部位にその円頂部を宛がう転がり枕』である点」というものであるところ、原告は、引用発明の転がり枕を首筋伸ばしの用途に用いることはできないと主張する。 (b)しかしながら、引用例には、「簡単に転がして頭部や首筋などの任意な部位に宛変えでき、」(【0009】)、「外周面の全面又は一部に磁石、竹炭、備長炭などを指圧材として埋め込むと、その突起物によって首筋や肩を刺激して凝りを和らげることができ、また、腰など体の任意の部位に宛がって指圧する背筋伸ばしの敷き枕としても使える」(【0010】)との記載があり、また、引用発明の転がり枕を頭部や首筋にあてがった状態が図示されている(【図2】【図3】)。 (c)すなわち、引用例には、引用発明の転がり枕を頭部や首筋にあてがって用いることができると明記されるとともに、引用発明の転がり枕を腰付近にあてがうことにより、背筋伸ばしの効果を生じることが開示されている(指圧材が腰を刺激したこと自体では背筋を伸ばす効果は生じない。)。 そうであれば、引用発明の転がり枕を首筋にあてがうことによりその付近を伸ばすこと、すなわち、首筋周りのストレッチをしようとすることは、引用例に記載されているに等しい事項であり、引用発明の転がり枕を首筋周りのストレッチ枕とすることは、とりたてて創意を要することではない。 (d)原告(特許出願人)は、本願発明のストレッチ枕の技術思想と引用発明の転がり枕の技術思想とは、異なるものであると主張する。 しかしながら、相違点1に係る構成の容易想到性とは、引用発明の転がり枕を首筋周りのストレッチ枕として用いることが容易に想到できるか否かであるところ、たとえ明示された技術思想に異なる部分があるとしても、引用発明を、前記のとおり、引用例に記載されているに等しい首筋周りのストレッチの用途に用いることは、当業者にとって容易である。 A裁判所は、取消事由2に関して理由なしと判断しました。 (A)審決中の周知技術の範囲の認定に関して (a)審決は、枕の断面形状を5角形とすることが周知の技術事項であり、引用発明の転がり枕が多角形状の外周面をもつ転がし容易な形状のものであるから、その多角形状の一形態として5角形の断面形状を選択して5角柱体状の転がり枕を構成することは、当業者にとって容易であると判断する。 (b)しかしながら、審決が周知の技術事項である根拠として摘示した参照文献である特開2008−125974号公報(乙4)には、複数の多角形断面を有する柱状体を連結した枕部品が、特開2006−102018号公報(乙5)には、複数種の枕袋体で構成された枕(請求項2記載の発明は、各枕袋体が着脱自在であるだけで、各枕袋体を単独で用いるものではない。)が、特開平7−275098号公報(乙6)には、2個の枕を連結して凹部を構成する枕が開示されているだけである。上記各公報には、枕の一部を構成する部分に5角形の断面形状を有するものが認められるものの、そうであるからといって、一部材からなる枕の断面形状を5角形にするという技術事項を開示したことにはならないのであり、また、単体で使用する枕の断面形状を5角形にすることが直ちに動機付けられるものでもない。審決の上記認定の根拠となる刊行物等は、見当たらない。 (B)引用発明と本願発明との相違点の技術的意義に関して (a)引用発明について (イ)また、引用発明は、「適度な弾性を有するウレタンフォームや発泡スチロール若しくはゴムなどの弾性体で作られた、多角形状の外周面をもつ転がし容易な形状の、容易に転がして首筋の任意な好みの部位にその円頂部を宛がう転がり枕」というものであるところ、 ・「多角形」の語義それ自体には5角形が含まれ(ただし、5角形の断面形状が「多角形状の外周面をもつ転がし容易な形状」と異なることは、相違点とされており、当事者間に争いがない。)、 ・また、引用例には、「多角形」が8角形であってもよいことが開示されている(【図5】)。 (ロ)しかしながら、前記認定のとおり、引用発明の転がり枕は、容易に転がして体の任意の部分にあてがうことができ、また、その部位をわずかに上げて転がすことであてがい直しができるとするものである。 (ハ)引用例にも、 ・「円形状若しくは多角形状の外周をもつ転がり容易な円柱形状の弾性体枕」(【請求項1】)、 ・「多角形状の外周面をもつ転がし容易な円柱形状の丸型枕」(【0004】【課題を解決するための手段】)、 ・「本発明の円柱形状に形成された転がり枕」(【0009】【発明の効果】)との記載があることにかんがみると、 引用発明の転がり枕の外周面は、円に近い形状の多角形が想定されているものと認められる。 (ホ)審決は、引用例【0005】【0007】の記載から、引用発明について「多角形の転がり易い形状」と認定したものと解されるが、十分に正確なものとはいえない。 (ヘ)そして、多角形は、角の数が増えるほど円に近い形状となるから、そのような断面形状を有する物が転がりやすくなり、逆に、角の数が減るほど円から離れた形状となり転がりにくくなることは自明である。 (ト)そうであれば、引用例に接した当業者は、具体的に開示された8角形よりも角の数の多い多角形状の外周面を持つ形状とすることを通常試みるとはいえるものの、これよりも角の数の少ない多角形状の外周面を持つ形状とすることは、引用発明の目的から離れていくことであって、これを試みること自体に相応の創意を要する。 (b)本願発明について (イ)他方、本願発明は、本願明細書に 「正5角柱体枕の形状や傾斜度は、他の角柱体や円柱体に比べて、人間が仰臥、横臥の姿勢で行う、こすり付けや引っ掛け等のストレッチ運動において、そのし易さ、安定度等の点で非常に優れている… 例えば、…、3角柱体は、急斜面過ぎて使い難い。 7角以上の柱体では、一辺の長さが5角柱体に比べ小さく、転がり易く不安定」であり、「又、頭との接触幅が小さいので感触も劣る。」(【0011】)と記載されているとおり、 5角柱体に格別の技術的意義を見出したものである。 (ロ)このように、枕を5角柱体とすることに格別の技術的意義を見出した本願発明に対し、枕の断面形状を5角形とすることが周知技術とはいえず、また、多角形状の枕である引用発明は、「転がり容易」なことを目的とするものである。 (ハ)そうすると、引用発明において、「多角形状の外周面をもつ転がし容易な形状」を「5角柱体状」とすることは、当業者が容易に想到し得る事項ではないと認められる。 (ホ)被告は、転がりやすさは、枕の弾性や枕と設置面との間の摩擦力にもよることであって、断面形状と転がりにくさとの間には必ずしも相関関係はないと主張する。 (ヘ)しかしながら、枕の弾性や枕と設置面との間の摩擦力など、枕の断面形状以外の条件を同じくすれば、断面形状の角の数がより少ないものがより転がりにくくなることは明らかである。被告の上記主張は、枕の断面形状と転がりにくさとの関係を主張しているものではなく、失当である。 |
[コメント] |
@進歩性審査基準によれば、進歩性の基本的な考え方は、“進歩性の判断は、本願発明の属する技術分野における特許出願時の技術水準を的確に把握した上で、当業者であればどのようにするかを常に考慮する”ことです。 本件の場合には、引用文献の「円形状若しくは多角形状の外周をもつ転がり容易な円柱形状の弾性体枕」から特許出願人の5角形状のストレッチ枕へ想到することが容易かどうかという点について、裁判所は、引用発明の技術的意義(転がり容易な枕)から鑑みるに、前述の“多角形”とは引用文献に例示されている八角形の如く、円に近い多角形をいうのであり、当業者にとって、八角形より角数の多い多角形とすることは容易であろうが、角数の少ない多角形にすることは、発明の目的から離れることになるから、容易ではない、と判断しました。 Aさらに、“当業者は請求項に係る発明の属する技術分野の特許出願時の技術常識を有している”ものとされているので(進歩性審査基準)、仮に枕の形状を5角形とすることが周知の技術であるとするならば、引用発明の目的を動機付けとしなくても、当業者が本願発明の構成に容易に想到し得ることもあり得ます。しかしながら、特許庁が示した周知技術文献は、“一部材からなる枕の断面形状を5角形にする”を示すものではありませんでした。 従って当業者が本願発明に想到し得るという論理付けをするには、根拠が足りないことになります。実際に開示された周知技術を無理に上位概念化することは、進歩性の判断の誤りにつながります。 |
[特記事項] |
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