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判例紹介
今岡憲特許事務所マーク


●347 F.2d 847 (In re Rosselet)


進歩性審査基準/特許出願/進歩性の判断/ステロイド化合物

 [事件の概要]
@本件特許出願の経緯
 は、名称を“ステロイド化合物”とする発明について特許出願をしましたが、4つの先行技術から自明である(進歩性を欠く)ことを理由として審査官により拒絶され、審判部も当該拒絶を支持する審決をしたため、本件訴訟を提起しました。

A本件特許出願の請求の範囲

[請求項3]
 1−Dehydro(脱水素)–6;methyl(メチル)–16α–hydroxyhydrocortisone(ヒドロキシヒドロコルチゾン)。

[請求項9]
 1−Dehydro –6α−methyl−9α− fluro(フッ化)–16α−hydroxyhydrocortisone。

B本件特許出願の発明の概要
 特許出願人の新規な化合物は、hydrocortisone(ヒドロコルチゾン)及びcortisone(コルチゾン)よりも糖質コルチコイド(glucocorticoid)活性(※1)が大きい高活性の副じん皮質ホルモン(adrenocortical hormones)に関する。

※1…タンパク質を糖化して血糖値を上げる特性を言います。

 この化合物は、慢性うっ血性心不全(chronic congestive heart failure)の管理などに適した利尿(diuretic)活性及び塩消失性(saltlosing)特性を有する。

C本件特許出願の先行技術は、次の通りです。
・Bernstein特許(IV)(米国特許第2789118号) 1957.04.16

・Bernstein特許(V)

・Spero(I) 米国化学会誌(J.Am.Chem.Soc.)1956.12.05

・Spero(II) 米国化学会誌1957.05.20

(a)Spero(I)は、様々なステロイドの6−methlationに関する研究をレポートしている。この文献は、1−Dehydor−6α−methyl−hydrocortisoneがグリコーゲン沈着分析(glycogen deposition assey)に関して次のことを報告している。
・糖質コルチコイドに関してヒドロコルチゾンの16倍も活性的である

・塩分保持特性、すなわちミネラスコルチコイド(mineralocorticoid)の性質−を呈しない。

 この化合物は、16α–hydroxyl substitute (ヒドロキシ置換基)を欠いている点において特許出願人のクレーム3の化合物と異なっている。

 この文献には次の記載がある。

 “ミネラルコルチコイド活性を生じることなく、6α−methyl−hydrocortisoneに対して糖質コルチコイドを発揮することは、予想を超えたことであり、かつ大きなメリットがある。1−hydroシリーズに対する研究の継続は、皮質活性(cortical activities)の選択的強化に寄与するであろうと考えられる。”

(b)Spero(II)は、Spero(I)に関係して、たくさんの副腎ホルモンの類似物であって6メチル化されたものを報告している。これらは、ナトリウム貯留特性を示さない糖質コルチコイドという通常にない相乗作用(potentiation)を発揮する。(中略)当該文献は、1−Dehydro –6α−methyl−9α− fluro–hydrocortisoneを開示しており、これは、動物検定においてhydrocortisoneに比べてよりも大きな糖質コルチコイド活性及び抗炎症(anti-inflammatory)活性を有する。

 この化合物は、16α−ヒドロキシ置換基を欠いている点において特許出願人のクレーム5の化合物と異なる。

(c)Bernstein特許(IV)は、とりわけ、1−Dehydor−6α−methyl−hydrocortisone及び1−Dehydor−9α−methyl−hydrocortisoneを開示しており、関節炎・喘息・火傷などの処置に有用な抗炎症剤に適している。

(d)Bernstein特許(V)は、Bernstein特許(IV)の9α−フッ化化合物がラットの肝臓を用いたグリコーゲン検定においてhydrocortisoneの13倍も活性的であり、塩類貯留特性を有しない糖質コルチコイドの中で最も活性が大きいものである旨を開示している。

この結論から、16α−hydroxylation(ヒドロキシル化)が糖質コルチコイド活性を損なうことなく、塩類貯蔵特性を排除することが導かれる。

zu

D本件特許出願に対する審決の内容は、次の通りです。

・当該特許出願のクレーム3は、Spero(I)にBernstein特許(IV)を組み合わせることにより自明である(進歩性を有しない)として拒絶され、

・クレーム5は、Spero(I I)にBernstein特許(V)を組み合わせることにより自明である(進歩性を有しない)として拒絶され、

・クレーム5は、Bernstein特許(IV)にBernstein特許(V)を組み合わせることにより自明である(進歩性を有しない)として拒絶される。

E特許出願人の主張は次の通りです。
(a)化学的化合物の発明においては、同族的(homologs)なものの間でも構造的な類似性のみでは、その違いが予測可能であることにはならない。In re Riden 318 F.2d 761

Spero及びBernsteinの化合物における構造的な重複(superimposition or mechanistic overlaying)は、特許出願人のクレームした発明を自明であることを不適当にしている。

(b)Bernstein特許(IV)又は(V)とSpero(I)又は(II)とを組み合わせることは、これらの引用文献に示唆されていないから、不適当である。

 [裁判所の判断]
@裁判所は、本件特許出願の審決に関して次のように認定しました。

(a)本件特許出願のクレーム3がSpero(I)及びBernstein特許(IV)の組み合わせにより拒絶されたことと、当該出願のクレーム5がSpero(I I)及びBernstein特許(V)の組み合わせにより拒絶されたことが、パラレルな問題を提示していることは明らかである。この問題は、特許出願人のクレームした化合物がSperoの化合物から自明であるかということである。Speroの化合物は、前述のクレームされた化合物と比べて16α–hydroxyl substitute (ヒドロキシ置換基)を欠いている点で異なるのみであり、このヒドロキシ置換基に関するBernsteinの教示が密接に関連したステロイドにおいて存在している。そしてBernsteinの化合物自体も前述のクレームされた化合物と比べて6α−methyl substitute (メチル置換基)を欠いている点で相違するにすぎない。原告(特許出願人)は、6−methyled steroid (メチル化されたステロイド)及び16–hydroxyled steroid(ヒドロキシル化されたステロイド)に最初に想到した者ではない。従って、これらの置換基の両方を備えたヒドロコルチゾンを提案したことが特許出願人のしたことであるという点に着目して、新規性・進歩性を判断するべきである。

(b)このケースは、前記の通りであるが、これに照らして、当裁判所は、審査官による特許出願の拒絶を支持した我々の決定を不適当とする理由を見出し得ない。

(c)原告は、本件特許出願のクレーム3及び5の化合物とSpero及びBernsteinの化合物との全体的な(gross)構造的な類似性を認めており、ただ最近の判例に基づいて構造的な類似性のみでは同族的なものの違いが予測可能であることにはならない。”と主張するのみである。

(d)当裁判所は、化学的発明の自明性を判断するときに構造のみで決定してはならないという訓戒に同意する。しかしながら、我々は、特許出願人が下記の理由に基づく一応の自明性に対して十分に反論できる証拠を提示していないと考える。

・化合物の全体的な構造的類似性

・引用文献の化合物が特許出願人の発明と同一の分野(薬剤の分野)に用いられること。

(e)特許出願人は、審判の手続において、2つのAffidavit(宣誓陳述書)を提出して、クレーム3の化合物が抗炎症剤としてBernstein特許(IV)の化合物の4.7倍の効果を示し、またクレーム5の化合物がBernstein特許(V)の化合物の1.6倍の効果を示したと証言させた。証言者は、発明者(特許出願人)の譲受人である会社の従業者である。

 審判部は、前記宣誓陳述書では特許出願人のクレーム3の化合物とBernstein特許(IV)との比較のみを行い、Spero(I)の化合物との比較を行っていないから、効果の優越性を示すに至らないと判断した。Spero(I)の化合物は周知の技術であり、かつ前記譲受人が製品として販売しているという事情があるから、これとの比較がなされていないことは正当化されないと考えたのである。またクレーム5の拒絶はクレーム3の拒絶とパラレルな問題である。

(f)当裁判所は、審判部の分析及び結論に同意する。Speroの文献は、Bernsteinの文献を参照して進歩性の疑念を抱かせる先行技術である。法律は、こうした場合に特許出願人の発明が予期せぬ特性を発揮することを示さない限り、自明なものとして取り扱うとしている。

(g)特許出願人は、Speroの化合物との比較は必要ないと主張している。Bernsteinの化合物が最も近い化合物であり、そこで十分な効果の差異が示されているというのである。ここで特許出願人の主張は、二段構えになっている。

 第一に、審査官は一つのクレームをBernstein特許のみで拒絶しているに過ぎない。

 第二に、メチル置換基は化学的にメチル置換基に比べて小さい違いしかない。

 特許出願人は、置換されていない炭素原子にメチル置換基を付加しているからといって、直ちに同族列(homologous serious)を形成するとは言えないと主張する。

(h)当裁判所は、特許出願人の化合物に対する先行技術の相対的な近接性(comparative closeness)の問題について論ずることは不必要だと考えるから、この問題に深入りして検討しない。しかしながら、当裁判所は、特許出願人の発明が一応自明であるかどうか、先行技術から予期せぬ効果を奏するものかを判断するに際して、Speroの化合物はクレームの化合物に十分に近いものであると考える。我々がSperoの化合物はクレームの化合物を自明なものとすると考える理由は、Bernstein文献が示しているように16–hydroxyled steroidが公知であること、及びこれらの化合物が非常に多くの物性を共通していることである。

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A裁判所は、さらに特許出願人の主張に関して次のように判断しました。

(a)原告(特許出願人)によれば、6−メチル化及び16−ヒドロキシル化を施すことにより得られたステロイドは、必ずしもSpero及びBernsteinの各文献に開示されたグループに貢献するものとならない。原告は、このことを証明する先行技術を米国特許商標特許庁に提出したが、同庁はこれらの先行技術を十分に検討することを怠ったと原告は主張する。

 当裁判所は、全ての記録を調べたが、提出された先行技術は、特許出願人の化合物に対する強い示唆を覆すには至らないものであった。むしろ、我々は、Bernstein特許(V)での議論を肯定する16−ヒドロキシル化の好ましい結果が証拠中に存在することに着目した。

(b)特許出願人は“ernstein特許(IV)又は(V)とSpero(I)又は(II)とを組み合わせることは、これらの引用文献に示唆されていないから、不適当である”旨を主張している。

(b)しかしながら、当裁判所は次の立場をとる。自明性のテストは、一つ又は全部の文献に特許出願人がクレームした発明に対する明示的な示唆(express suggestion)があるかどうかではなく、複数の文献が当業者に集合的な示唆(take collectively would suggest)をしていることである。これらの文献は同じ分野において密接に関連し合っている。

(c)なお、この法律の分野で訴訟が頻繁に行われ、同じような要素が現れるため、当裁判所は我々の判決が誤解され易い幾つかの点を指摘しておくことが有意義であると考える。

 当裁判所は、
・先行技術の化合物とhydroxy group(ヒドロキシル基)又はmethyl group (メチル基)のみが異なるいかなる化合物も一応の自明性(prima facie obiviousness)が成立し、(特許出願が許可されるために)予期しない効果を主張しなければならないとは考えておらず、
prima facie obiviousnessとは

・一般論として、Affidavit(宣誓陳述書)において特許出願人がクレームした化合物が主引用例及び副引用例の化合物と比較されるべきだとは考えておらず、

・法律問題として、先行技術に対して4.7倍又は1.6倍の効果の差異が特許性を確立するのに不十分であるとも考えておらず、

・特許出願の審査官が引用した先行技術中の教示又は示唆に反論するために原告が先行技術を引用することが有効ではないとは考えていない。

 [コメント]
@日本の進歩性審査基準では特許出願人の発明に到るための動機付けとして、技術分野の関連性・課題の共通性・作用機能の共通性・引用発明の内容中の示唆が挙げられていますが、米国の特許出願の実務においても、似たような判断基準(テスト)があります。

 TSMテストと呼ばれるものがそうですが、そのテストの項目として、発明に対する示唆が挙げられます。

 特許出願のクレームの発明の進歩性を否定するためにはどの程度の示唆が必要なのかと言うのは難しい問題であり、これをあまりに厳格に解釈すると、テストが硬直化してしまいます。発明者(特許出願人)は必ずしも自分の知っていることの全部を明細書に記載するわけではないからです。

A本事案では、裁判所は、複数の引用文献のコンビネーションにより実現される発明に到るための示唆は、一つの文献に明示的なものでなくても構わない、と言う判断を示しました。

 引用文献1にメチル置換基を含むステロイドが開示されており、これは抗炎症剤として優れているものの、さらに人体に塩分を貯蔵しないという要請に応えることが望まれていたとします。当業者がどうしたものかと先行技術文献を漁っていると、同じ薬剤の分野でヒドロキシル置換基を含むステロイドが記載されており、ヒドロキシル化により、塩類貯蔵特性を排除することが期待されると記載されています。こういう状況であれば、たとえ各文献にメチル置換基及びヒドロキシル置換基を併用することが明示的に示唆されていなくとも、引用文献1のステロイドに引用文献2を適用することは、当業者であれば、難しくないと言えるでしょう。

Bこうした趣旨から、裁判所は、特許出願人がクレームした発明に対して複数の引用文献が集合的に示唆していれば、進歩性(非自明性)を否定できるという見解を示しています。


 [特記事項]
 
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