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判例紹介
今岡憲特許事務所マーク


●499 F.2d 201 (In re Conrad)


進歩性審査基準/特許出願/進歩性の判断/ステアリングシステム

 [事件の概要]
@本件特許出願の経緯
 Conradは、名称を“四輪車用ステアリングシステム”とする発明について特許出願をしましたが、2つの引用発明から自明である(進歩性を欠く)ことを理由として当該出願を拒絶され、審判部も当該拒絶を支持する審決をしたため、本件訴訟を提起しました。

A本件特許出願の請求の範囲

 車体の一端側にある2輪をピボティング(旋回)させるように構成した第1流体アクチュエータ手段と、

 車体の他端側にある2輪をボティングさせるように構成した第2流体アクチュエータ手段と、

 圧力流体供給用のソースと、

 このソースからの圧力流体を導入することにより前記流体アクチュエータ手段を操作するオペレータ用ステアリング装置と、

 前記オペレータ用ステアリング装置及び第1流体アクチュエータ手段の間で液体を導通させる第1流体コンジェット(導管)と、

 前記第1流体コンジェットに連結された2ポジションバルブと、

 2ポジションバルブ及び前記第2流体アクチュエータ手段の間で流体の導通を可能とする第2流体コンジェットと

 を具備し、

 2ポジションバルブは、第1のポジションで第2流体アクチュエータ手段を前記第1流体アクチュエータ手段に導通させ、第2のポジションで前記第2流体アクチュエータ手段を迂回させるように構成したことを特徴とする、四輪車用ステアリングシステム。

B本件特許出願の発明の概要は、次の通りです。

 特許出願人の四輪車用ステアリングシステムは、

 車体の一端側の一対の車輪を、第1ダブル・アクティング(複動)流体アクチュエータで、

 車体の他端側の一対の車輪を第2ダブル・アクティング流体アクチュエータでそれぞれ回動させるように構成されている。

 これら流体アクチュエータは、ソースから加圧流体を導入された、オペレータ用ステアリング装置により操作される。

 このステアリングシステムは、

 オペレータ用のステアリング装置と相互の流体の導通を可能とする一対の第1ダブル・アクテクング流体アクチュエータとの間を連結する3つの第1の流体ラインと、

 2ポジションバルブ及び第2ダブル・アクティング流体アクチュエータの間の第2の一対の流体ラインと を具備する。

 2ポジションバルブは、第1ポジションにおいて一対の第2流体アクチュエータを迂回して、2ウィール・ステアリングを実現し、第2ポジションにおいて一対の第2流体アクチュエータを第1流体アクチュエータに連結し、4ウィール・ステアリングを実現する。

C本件特許出願の先行技術は、次の通りです。

・Hoyt 米国特許第3、185、245号(May25.1965)

・Tucker 米国特許第3、265、146号(August 9.1966)

zu

(a)Hoyt特許は、4輪車用のステアリングシステムを開示している(図1参照)。第1流体アクチュエータ28、29は、車体の一端側の2つの車輪12を旋回させるために配置され、また第2流体アクチュエータ30、31は、車体の他端側の2つの車輪18を旋回させるために配置されている。加圧流体40、44のソースが設けられている。またオペレータ用のステアリングコントロールバルブ32は、前記ソースからの加圧流体を導入するために連結されている。

 第1コンジェット50、52、56、58は、オペレータ用のステアリングコントロールバルブ32と第1流体アクチュエータとの間を流体が導通するように連結されている。第1コンジェット52、56には3位置ポジション・選択バルブ34が連結されている。また第2コンジェット66、68、72、74は、選択バルブ34と第2流体アクチュエータ30、31との間を流体が導通するように連結されている。

 選択バルブは、第1ポジションにおいて一対の第2流体アクチュエータを迂回して、2ウィール・ステアリングを実現し、2つの遠いポジションにおいて一対の第2流体アクチュエータを第1流体アクチュエータに連結し、第3のコントロール・ポジションにおいて第2流体アクチュエータを迂回する。

[Hoyt特許(引用例1)]       [Tucker特許(引用例2)]

zu

(b)Tucker 特許は、4トラック(track)車用のステアリングシステムを開示している。

 第1水力ラム10は車体の一端側の2つのトラック8を旋回させるために、第2水力ラム11は車体の他端側の2つのトラック9を旋回させるためにそれぞれ配置されている。

 このシステムには、さらに圧力流体12、16のソースと、

 このソースから圧力流体を導入して水力ラム10、11を作動させるための、ステアリングウィールで操作されるステアリング・コントロール装置と、

 ステアリングコントロール装置及び第1水力ラム10の間で流体を導通あっせるために連結された第1コンジェット17、19、20、23、25、76と、

 第1コンジェットに連結された2ポジションバルブ21と、

 この2ポジションバルブ21及び第2水力ラムの間で流体を導通させるために連結された第2コンジェット28、29と、が設けられている。

 第2ポジションバルブは、第1ポジションで第2水力ラム11を第1水力ラム10に導通させ、また第2ポジションで第2水力ラムを迂回させる。

D本件特許出願の拒絶の理由は、次の通りです。

 審査官は、本件特許出願のクレーム1から6を、Tuckerを参照してHoytから自明なもの(進歩性を有しないもの)として拒絶した。Hoytだけを考えても、Hoytの3ポジションバルブの2つのポジションのみを用いることは単なる選択又は設計の問題であるから、自明のことである。

 また審査官は、Tuckerの2ポジションバルブをHoytの3ポジションバルブ34に置換して第1コンジェット及び第2コンジェットの間に配置することも自明であると考えた。

 本件特許出願のクレーム2に関しては、審査官は、Hoytの(車体の)各端のアクチュアータの一方を省略することが容易であると考えた。なぜなら、操作のモードに何ら変化がないからである。この点に関して、Tuckerがフロントトラック及びレアトラックをコントロールするためにそれぞれ単一のラム10、11を設けていることに着目されたい。

E本件特許出願に対する審決の内容は、次の通りです。

 審判部は、本件特許出願の拒絶を支持するに際して、審査官の論理付けのエッセンスを採用した。(既存の)構造の簡素化をなしえたという特許出願人の議論(効果の主張)は、審判部にとって支持できないものであった。(構造が簡素になった代わりに)Hoytの発明において可能なコントロールを実現できなくなっていたからである。

 審決によれば“Hoytの構造をバルブ34が手動でセットされる態様へ変更させることは、非自明性(進歩性)を有する変化とは全く言いえないものである。それは直接的な手動のモードの選択が、非直接的でありかつ洗練されたモードの選択に置き換えられるだけだからである。後部エレメントをも対象としたステアリングモードの選択は、特許出願人が示した通りの手動手段とともにTucker文献に開示されている。”

F特許出願人の主張は、要するに、Hoytのシステムの構造を簡素化すること(3ポジションバルブを2ポジションバルブにすること)を引用文献に示唆していないということです。


 [裁判所の判断]
@裁判所は、本件特許出願の審決に関して次のように認定しました。

(a)まずHoyt特許単独による米国特許法第103条(進歩性)に基づく特許出願の拒絶について検討する。

 Hoyt特許のステアリングシステムは、3つのステアリングモードを可能とするものであり、所定の改良を実現するための追加の(電子的)要素を含んでいる。

 特許出願人は、自分のシステムがHoytのシステムと正確に同一ではないが、基本的にそれと同様の作用を奏することを認めている。

 この事実こそが審判部がHoytの3ポジションバルブの作用及びこれに付属の機能を犠牲にすることを自明と判断する理由なのである。例えば331 F.2d 315 In re Keeganの判決及びそこに引用されている事例を参照されたい。

 特許出願人がクレームした発明を丁寧に審査すると、solicitor(特許庁の法務官)の主張、が支持される。すなわち、当該クレームが2ポジションバルブを作動させる手段に言及していない。しかしながら、バルブ34の作動のための電子装置が設けられているかどうかは、取るに足らないことである。

(b)Tuckerを参照してHoytから予期可能であるので進歩性を有しないという、本件特許出願の拒絶について検討する。

 両文献がコントロールバルブを利用した流体ステアリングシステムを開示していることが着目される。

 Hoytは、3ポジションバルブ34を採用している。Tuckerは手動で簡単に操作される2ポジションバルブ21を採用している。実際のところ、Tuckerの流体ステアリングシステム全体が特許出願人のそれと実質的な相違はない。

 当業者は、当該システムにおいてマニュアル操作が必要であれば、構造の複雑さを避けること及び経済的な利益を動機付けとして、Tuckerの2ポジションバルブをHoytの3ポジションバルブと置き換えることが可能(feasible)であると認識するであろう。後者の機能を犠牲にすれば良いだけである。

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A裁判所は、特許出願人の主張に関して次のように判断しました。

(a)発明の根本的な点において、Hoytの構造において2ポジションバルブを利用することの示唆が与えられれば、そうした設計変更が可能であるということを、原告(特許出願人)は認めていると見受けられる。

 特許出願人の主要な反論は、要するに、先行技術が特定の構造の簡素化を示唆していないということである。

(b)審査官及び審判部も、当裁判所もこうした主張を否定する。この主張によれば、Hoytのシステムは複雑さの程度が高く、洗練されている。より複雑でないシステムに興味を有する当業者は、よりコストがかかりかつ洗練された要素をその機能とともに省略することが可能である。そうすることに予測できない効果は存在しない。

 そうした構成の変更に示唆が必要であるなら、当裁判所の見解によれば、Tuckerが類似の流体ステアリングシステムに2ポジションバルブ21を使用していること自体が前記変更を示して(manifest)いる。

法律は、こうした場合に明確な示唆(express suggestion)を必要としていない。

 347 F.2d 847 In re Rosseletによれば、“非自明性(進歩性)のテストは、一つ又は全部の文献において明示の示唆が存在するかどうかではない。むしろこれら文献の集合において当業者にとって示唆があれば足る。”

 Rosseletの事例と同様に、ここでの文献は相互に密接に関連している。

 (中略)

 従って当裁判所は、本件特許出願を拒絶した審決を取り消すに足る誤りを見い出せず、当該審決を支持する。

 [コメント]
@本件では、4輪車のステアリングシステムにおいて2つの文献の組み合わせから3ポジションバルブを2ポジションバルブに変更することに進歩性(非自明性)が認められるかどうかが問題となりました。

A裁判所は、先行技術文献中にバルブの種類の変更に関する明示の示唆がないことは進歩性を肯定する材料とならないとした上で、主引用例及び副引用例はともにバルブを利用する自動車用ステアリングシステムに関連すること、洗練されかつ複雑な3ポジションバルブを手動式の簡単な2ポジションバブルへ変更することであり、予期せぬ効果が存在しないことなどから、前記の変更は進歩性を認めるに足りないとした審決に誤りはないと判断しました。

B判決は、3ポジションバルブを2ポジションバルブに変更することで機能面が犠牲となることを強調しています。逆に簡易な構成で同じ機能を発揮できるというのであれば、“予期しない効果”の主張ができたでしょう。

B日本の進歩性審査基準でも、技術分野の関連性が進歩性を否定する論理付けの動機となること、一応の論理付けができても、予期しない効果があれば反論が可能であることが述べられています。

C本判決では、発明が自明であること(進歩性を有しないこと)を裏付けるための示唆は、先行発明の特定の構成(例えばポジションバルブ)の変更に対する示唆、すなわち、明示の示唆である必要はなく、関連する技術分野の文献に関して置き換えの候補となる別の技術(例えばより簡易な構成の2ポジションバルブ)が開示されていれば十分であると説諭しています。主引用例が要素A+Bからなる発明を、副引用例が要素A+B’からなる発明をそれぞれ開示しており、前者の構成中のBをB’に置き換えることに予期しない効果がないとすれば、両引用例が集合的にその置き換えを示唆していると解釈できるからです。


 [特記事項]
 
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